第十六章 パーティ
 
三日間に渡って実施された二次試験が終わり、これでこの一年間続いてきた受験戦争も終わった。後は結果を待つばかりだ。試験の感想?出来れば聞かないで欲しい。一応、回答欄は全部埋めたが、それが正しいかと言われると、正直なところ全く自信がない。それに、試験直前のドタバタに全然整理が付かないまま本番に望んだため、いつもよりかなり集中力が落ちてしまったというのはもはや言い訳にしか過ぎないので、やめておく。
 
最後の科目が終わり試験会場を出て大学正門に向かっていた俺は、朝から切っていた携帯の電源を入れた。
 
着信メール:一通
from:涼宮ハルヒ
件名:SOS団緊急招集
内容:本日17時からアタシの泊まっているホテルで打ち上げパーティをするから、必ず来なさい。場所は国木田が知っているわ。重大発表もあるから、欠席は不許可。絶対だからね。
 
……なんだこりゃ。打ち上げパーティだって?しかも重大発表か。
ああ、何となく想像が付くな。
例えば、大学進学を期に「恋愛禁止令を解除」とか、古泉との交際宣言とか。
あいつのことだ、自分勝手な何かなんだろう。
どうせ俺が行っても、そんなところを見せつけられるだけだろうし。
でも行かないと後が怖そうだな。
くそ、どうしようか。
 
正門前のベンチでハルヒからのメールを読みながら、妙に冷静になりつつもパーティへの出欠を考えていた俺の肩が、ぽんと叩かれた。
 
「お待たせ、キョン」
おう、お疲れさん。どうだった試験の方は?
「まあまあかな。あまり自信がないが、今の自分に出来る精一杯をやったつもりだ。もしこれで落ちても、後悔はしないさ」
そうか。受かると良いな。
「キョンの方こそどうなんだい?例の……ああ、すまない。あのゴタゴタが有ったせいで……」
そうだな。俺も色々整理が付かないうちに本番だったから、自信はない。
「……そうか。残念だ。折角この一年頑張ってきたのに」
それでも出来るところまでやったぜ。まあ、その、何だ。「お前の夢」とやらを実現するためにさ。
 
佐々木はふっと微笑むと、俺にありがとう、それで十分だよと礼を言った。
「ところで、これからどうする?僕たちの乗る夜行列車の時間までやや時間はあるが」
 
俺は、ハルヒからのメールを佐々木に見せた。顔が曇る。
「涼宮さんからの呼び出しか……どうするんだい、キョン?その……キミは行きたいのかい?」
俺も今、どうしようかと思っていたんだよ。以前だったら何も考えずに参加していただろうが、今はな……この前、あんな所を見ちまったしな。
 
「キョン、僕のことは気にしなくて良いから行ってくればいい。ただし、夜行の発車時刻までには必ず戻ってきてくれ」
複雑そうな顔をした佐々木がくるりと踵を返しバス停の方に歩き始めたのを見た俺は、国木田に連絡を取るために再び携帯を開いた。
 
 
「本当に良かったのかい、キョン?パーティとやらに出なくて」
駅構内地下の小洒落たレストランで早めの夕飯を食いながら、向かいに座っている佐々木が心配そうに問いかけてきた。
しかし、流石は古都だな。駅地下のレストラン街ですら、伝統と風格を感じるお店がいっぱいあるぜ。あとは土産物屋をひやかしていれば、発車時刻までの暇つぶしは十分に出来そうだぜ。
「キョン?!」
佐々木が少し怒ったような顔で俺を呼ぶ。ああ、聞こえているさ。そんなに怒鳴るな。
 
「本当に行かなくて……」
大丈夫だ。国木田に「夜行列車の発車時刻の関係でパーティには参加できない」旨を伝えておいた。念のためハルヒにもメールは打っておいた。大丈夫さ。
……返事が来る前に、携帯の電源を切ったのはナイショだがな。
 
「そうか。なら良いのだが……」
佐々木は何故か煮え切らない表情を作って、再び料理を食べ始めた。
 
レストランを出た俺たちは、地下街の土産物屋をひやかし、親や世話になった人たちへの土産物を大量に買い込んだ。両親と妹、クラス担任や塾の講師だろ、朝倉と会長。あと誰がいたっけな?土産を買う人を指折り数え、それぞれに土産物を買っていたら、かなりの量になってしまったのはご愛敬だ。古都の名前が入った大きな土産袋を二人で抱えながら、夜行列車の到着ホームを目指して階段を上る俺と佐々木は、端から見ると新婚旅行の若夫婦に見えるかもしれんな。
 
「思ったよりも大量になったね」
「そうだな。でもまあ、世話になった人たちへの感謝の気持ちだから、良いじゃないか?」
「くくっ、そうだね。お土産が世話になった人への感謝の気持ちの表れだとすれば、特にキミは色々な人に買わなければいけないだろうからね」
「ほっとけ!俺もそれは十分に認識しているんだ。だからこんな量になっちまったんだ」
構内に列車到着のアナウンスが流れた。
そういえば一年位前に、俺たち家族はこの夜行列車に乗ってきたんだっけな。
あの時は始発駅から乗ったから結構乗車時間に余裕があったが、今回の停車時間は僅か1分だ。
何はともあれ、ゆっくりするのは乗り込んでからだな。
 
夜行列車が到着し、ドアが開く。
俺と佐々木はそそくさと乗り込んで指定された席兼簡易ベッドに腰を下ろした。ああ、これで一眠りすればもう向こうに着くのか。
夜行列車は、暖房のせいで結構喉が渇く。さっき買ってきたペットボトルのお茶が眩しいぜ。
 
発車ベルが鳴った。
とりあえず荷物を脇に寄せてねぐらを確保しようとした矢先、佐々木が俺を呼んだ。
 
「キョン、あれ……」
佐々木が指さした先には、ホームに続く階段を駆け上ってくる黄色いカチューシャが目に入った。
 
ハルヒ?
 
発車ベルが鳴りやみ、ドアが閉まる。
ハルヒは、俺たちが乗っている車両の一つ一つの窓を、まるで殺人光線でも照射するように睨みながら、こちらにやってきた。あと2つ、あとひとつ……
 
まるで石化魔法でも掛けられたような俺の顔を見つけ出したハルヒは、突然窓に向かって飛びついてきた。
怒り心頭で真っ赤になった顔が、俺の視界の全てを奪う。
やばい。
これは確実に殺される。
ハルヒが窓に飛びついているおかげで、夜行列車も発車できないようだ。ハルヒが何か叫んでいるようだが、残念ながら良く聞こえない。
 
突然ハルヒの体に何人もの手が取り付き、窓から引き剥がされた。
 
ハルヒの「電車の窓にしがみつく」という突然の暴挙に駆けつけた駅員と、遅れてやってきた古泉、長門、国木田、阪中、鶴屋さんたちの仕業だった。無為やり引き剥がされたハルヒは、鶴屋さんに羽交い締めにされながらも、こちらに向かって何か叫んでいた。
 
「少々発車時にトラブルがありましたが、寝台特急○○、1分遅れで発車いたします」
車内アナウンスが流れ、夜行列車は動き始めた。
 
列車が動き始めるとハルヒの動きはぴたりと止まり、その場に崩れ落ちてしまった。
 
俺が確認したのは、そこまでだ。
 
夜行列車は闇の中を粛々と、目的地に向かって進んでいく。
俺は、夜行列車の窓に映る町の光を見ながら、さっきのことを考えていた。
何故アイツはあんな所にいたんだ?打ち上げパーティだって言ってたのに、わざわざ不参加の俺を連れ戻しにあんな所まで来たのかよ。まあ、アイツらしいと言えばそうなのかもしれないが。でもな、いくらSOS団その1兼元雑用係とはいえ、耐えられないことってのもあるんだぜ?だから、察してくれ、と言う意味で不参加の事を国木田に話したし、念のためお前にメールを打ったつもりだったんだがな。
 
そんなことを取り留めなく考えながら窓の外を見ていた俺は、佐々木の一言で我に返った。
 
「キョン、キミは今、携帯を切っているだろう?」
??そうだが……何故だ?
「もしかしたら、キミは僕のために携帯の電源を切っているのかもしれない。でも、今は電源を入れておいた方が良いと思う。それが、おそらくキミのためでもあると思うよ」
……何を言っているんだ佐々木。もし携帯の電源を入れたら、いろんな意味で大変なことになると思うぞ?
例えば、ハルヒからの罵倒の電話が掛かってくる可能性が一番高いだろうしな。
 
「それでも僕は、電源を入れた方が良いと思う」
そ、そうか。お前がそれほど言うなら……
「ああ、待ってくれ。寝台車両では携帯電話の使用は禁じられているからね。携帯電話が使用できる場所に移動してから、電源を入れてくれ」
分かった。じゃあ、ちょっと席を外すわ。
「……ごゆっくり。悪いが、僕は先に就寝させて貰うよ」
随分と早い時間だが……まあ到着時刻も早いからな。じゃあ、お休み。
 
なにやら、色々含みのあるような佐々木の声を聞きながら、俺は寝台車両を出て車両連結部に移動した。
まったく、沈着冷静ってのは、まるで佐々木のためにあるような言葉だな。あの鬼気迫るハルヒの顔を間近に見てもこれだもんな。感心するぜ。
 
携帯電話の電源を入れる。着信履歴12件、メール着信28通……?
何じゃこりゃ?と思ったが、全てがハルヒからのものだった。
ああ、なるほど。怒ってたんだな。しかし、これは送りすぎだぜ。ちっとは場の空気を読めってんだ。
大体、不意打ちの打ち上げパーティなんだから、遠方から来ている俺が行けなくてもしょうがないだろう。
……行きたくなかったから、行かなかったんだけどな。
ため息をついて俺は、ハルヒからのメールを順に読んでみた。
 
「来ないってどういう事!説明しなさい!」
「もう時間よ!さっさと来なさい!」
「遅刻よ遅刻!罰金だからね!」
「なんで来ないの!一生罰金だからね!」
「来て」
「お願い」
「キョン」
「キョン」
「キョン」………
 
最初のうちはまとも(?)な罵倒メールだったが、最後の方は俺の名前しかない。
なんだってんだ。くそ、確かにパーティとやらに出なかったのは俺が悪かったが、人の都合も考えずにいきなり当日にメールを送りつけてくるお前もどうかと思うぞ。
これじゃまるで、俺の方が一方的に悪いみたいじゃないか。
 
……やっぱり、パーティに出てやった方が良かったかな……
 
その後しばらく携帯を弄っていたが、新しい着信は電話もメールもなかった。
 
しょうがない、ここで立ちながら携帯を弄っていても意味はないな。ちょっと早いが、寝るか。
明日の早朝には、見慣れた雪景色が俺を出迎えてくれるさ。
 
俺は携帯の電源を切り、今夜のねぐらへと戻った。
佐々木は既に眠ってしまったようで、アイツの簡易ベッドの前にはカーテンが引かれていて、中は見えない。
急激な眠気に襲われて、おれも早速夢の国の住人になるべく、カーテンを閉めてから簡易ベッドの毛布をかぶった。
 
 


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