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第二十章 悪夢
 


 
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。
 
俺は今、階段を駆け上っている。間に合わない、そんな焦りだけが足を動かしている。階段の終わりが見えてきたとき、発車ベルが鳴り響く。俺は疲れて棒になりそうだった足に鞭を打ち、プラットホームに走り出た。
そこには、あの時の夜行列車がもう発車直前と言った状態で発車ベルが鳴りやむのを待っていた。

……あ れ?これは夢?俺は今、一体……
そうだ。ここは、あの時のあの駅だ。だが俺はあの時、もう既に夜行に乗り込んでいたはず……
 
「キョン!」
頭の中に聞き慣れた声が響く。ハルヒ?
 
戸惑う俺の思考とは別に、体が勝手に動く。
体がドアに向かって走り出そうとしたとき発車ベルが鳴りやみ、ドアが閉まった。
 
ああ……分かった。これは多分、夢じゃない。あの時のハルヒの記憶だ。
でも何故?何故俺はこんなものを見ている?
 
そんな俺の思考とは別に、ハルヒは夜行列車の窓を次々と覗き込み……そして俺と佐々木のいる窓にたどり着いた。そこには、口をぽかんと開けてこちらを凝視している俺と佐々木がいた。
そこにいた俺は、まるで石化魔法が掛かったように微動だにしなかった。ハルヒが常々「間抜け面」と言っていた意味が分かったような気がする。
 
「……キョン。やっと……やっと会えたのに、なんで……どうして……」
俺の意志とは別に、口から言葉が紡ぎ出された。泣き声が混じったハルヒの声だ。
ふと視線が間抜け面をしていた俺の顔から、その隣に向いた。そこには……
困惑したような顔の佐々木がいた。ハルヒと目が合うと、佐々木はにっこりと微笑み返してきた。だが、その微笑みの中にはほんの僅か「優越感」が垣間見えたような気がした。
俺はあの時、ハルヒを見ていて気付かなかったが佐々木はこんな顔をしていたのか。
 
ハルヒの体は、もう今発車しようとしていた夜行列車の窓に飛びついた。
「……なんで?なんでアンタがキョンの隣にいるの?」
俺と佐々木に交互に視線を送りながらハルヒは叫ぶ。
「アタシの誘いを断っただけに留まらず、佐々木さんとデートだなんてなかなか良い度胸だわね、キョン!さっさと降りなさい!アンタのためにわざわざパーティを開いてやったって言うのに!重大発表もまだしてないのよ!アンタがいないと、意味無いのよ!早くそこから降りなさい!降りてアタシと一緒に来なさい!」
 
そこまで言ったとき、体が窓から引き剥がされた。
「危ないですよ!涼宮さん!」
「ハルにゃん、気持ちは分かるけど危ないっさ!」
「……危険。離れるべき」
「君たち何をやっているんだ!危ないから離れなさい!」
古泉、鶴屋さん、長門、そして二人の駅員に体を取り押さえられたが、それでもハルヒは叫ぶのを止めない。
 
「ちょ、離しなさいよ!ええい、もう!古泉君、鶴屋さん、有希、離して!団長命令だから!お願い離して!お願いだから……キョンが、キョンが行っちゃうの!お願い、お願いだから離して!!」
 
「少々発車時にトラブルがありましたが、寝台特急○○、1分遅れで発車いたします」
構内アナウンスが流れ、夜行列車は動き始めた。
 
「あ……あ……行っちゃう!キョンが行っちゃう……待って、待ってよ!誰か止めてよ!この列車を止めて!お願い、お願いだからぁ………止めてぇ……」
 
そこで俺の意識は暗転し、何も見えなくなった。


 
「心拍数、血圧共に上昇。うなされている」
その長門の声で目が覚めた。俺は考え事をしているうちに眠ってしまったようだ。
 
悪い、寝てしまったようだ。どのくらい寝てた?
「……20分ほど。あなたはうなされていた」
そうか。さっきあんな話を聞いた後じゃな……夢見が悪くてもしょうがないさ。
 
そう長門に応えつつも、俺はあれが夢だとは思えなかった。おそらく、あの時に本当にあった事実。
勘違いで、誤解で、ハルヒを追いつめてしまった俺の罪は重い。いくら事情を知らなかったとはいえ、あの時パーティに参加しておけば、全ての誤解は氷解していたんだな。今更ながら悔やまれるぜ。
喉がカラカラだ。俺はさっき買った缶コーヒーを啜った。ぬるい。
 
「考えは纏まりましたか?」
「ああ」
ミラー越しにこちらを確認する古泉と目が合った。さっきの夢が本当なら、コイツにも迷惑を掛けてしまったことになる。悪かった、と素直に古泉に言えない俺は、まだどこかにわだかまりがあったのかもしれない。
 
「ハルヒに会う。アイツを救いたい」
「……やっと、以前の呼び名に戻してくれましたね。あなたが決心してくれて、僕も一安心です」
古泉も以前のような表情に戻っており、長門もいつもの無表情ながらも、ほっとしたような感情を目の奥に宿らせていた。
 
「……着いた」
思考の海から顔を上げると、そこは先ほどの空港とは比べものにならないほど小さな空港に到着していた。
俺もこの空港のことは話にしか聞いていなかったので、実際に見るのは初めてだったが、素人の目から見てもかなり小さいことだけは分かった。……なんだ、素人って?
 
ハイヤーは空港ビルの前には止まらず、すぐ脇の「関係者以外立ち入り禁止」とプレートの下がったゲートを通過して、駐機場に向かった。そこで俺たちを待っていたのは、尾翼に大きく「Tsuruya」と書かれた小型のビジネスジェット機だった。Tsuruya……鶴屋さんちのか?
 
ハイヤーが側に停車するとすぐ、ビジネスジェットのエンジンが回り始めた。タービンの金切り音が、徐々に高くなっていく。
「もう準備は出来ています。さあ、早く」
古泉が助手席のドアを開けて、俺に話しかけた。既に長門はハイヤーの前に立っている。いつ降りたんだ?
ハイヤーのドアが開くのももどかしく、俺は自分でドアを開け放つと、古泉と長門の後を追って走り始めた。
 
「キョンく~~ん、こっちこっち!」
ビジネスジェットの昇降口から、懐かしい顔が俺を呼んだ。
客室乗務員姿の鶴屋さんだった。……なんでコスプレしてるんですか?
 
「ひっさしぶりだねえ!こんな形で再会するとは思っても見なかったけどさっ!」
ああ、その元気百倍のパワーを俺にも少し分けてください。ちょっと色々あって、精神的に疲れてますので。
「ん~~~、あたしは良いけど、有希っこが怖いんで止めとくっさ!さあ、乗った乗った!」
鶴屋さんは一瞬考え込むような仕草を見せたがすぐに元に戻り、俺たちに搭乗するように促した。
 
有希っこ?……長門がどうかしたのか?
俺の隣に佇み、じっと鶴屋さんを睨んでいた長門はその視線をこちらに向けた。怖い、怖いから長門!その高分子カッターと化したような鋭い視線は止めろ!
 
「……問題ない」
プイ、と横を向いた長門は、既に乗り込んでいた古泉の後を追うように機体に乗り込んだ。
「……貴方も早く」
お、おう。分かった。殺気溢れる長門の後を追い、俺も早速機体に乗り込む。
 
 
10人程度しか乗れない小型のビジネスジェットだが、中は意外に広い。適当に目に付いた席に座り、シートベルトを締めると、機体は滑走路に向けてタキシングし始めた。
「アッテンションプリーズ!これから当機は離陸するっさ!さっさとシートベルトを締めるにょろ!」
 
……異様にテンションの高い客室乗務員だな。まあ、鶴屋さんだが。
俺の頭がそんな感想を紡ぎ出していると、テンションの高い客室乗務員がカウントを始めた。
 
「では、発進するにょろ!5,4,3,2,1……GO!」
鶴屋さんのかけ声と共に、一気に滑走路を突進するビジネスジェット。ぐあ、こ、この加速は……まるでジェットコースター並みの加速に顔をしかめる俺。程なくふわり、と宙に浮いた。
 
「I can fly!」
……鶴屋さん。飛んでいるのは飛行機であって、貴方ではありませんよ?
 
 
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