春の涼しさも徐々に、かつ確実に感じなくなってきた初夏。俺の好きな季節、夏が来ようとしている。
俺のいつもの日常を取り囲むのはハルヒによって発生した変梃りんな事件の数々と、それを宇宙的、未来的、そして超能力的な力で解決していく俺とハルヒを除いた団員他3人だ。
あいつら3人が居なかったら俺は今、ここ――この世、と言った方が正確か――に居ない。朝比奈さんと古泉はヒントをくれ、長門は出鱈目な力で俺の絶対的危機を助けてくれた。
その根源のハルヒの能力については、もはや認めざるおえない程に色々なことを体験してきた。何万回も夏休みを過ごしてしまったり、灰色の空間に巨人を出現させたりなど、どの出来事も俺の度肝を抜かせてくれたね。
そしてそんな俺の非常識な毎日の中に、またひとつ。ちょっとした出来事が発生した。いや、させてしまった。
 
ある晴れた日のことである。
 
 
▼▼▼▼▼
 
いつもの日常、と言えば伝わるだろうか。俺は今日も、この非現実的な高校生活をまったりと楽しんでいる。
楽しめる要素は意外と多いのだ。団活の時にメイド姿の美少女と、大人しく無口な美少女と会うことができるし、そこらへんのゲイならすぐ食いついてしまうようなニヤケ顔のイケメンとのオセロも、意外とこれが楽しい。
そして俺の後ろの席で、魔法以上の愉快が限りなく振りそそぐことを望んでいる同級生。こいつがたまに見せるデレっとした紅潮の表情は、正直、たまらんね。
俺が理想として思い描いていた高校生活とはちっと違うが、これはこれで、全然OKなんじゃないんだろうか。まぁ俺の描いていた理想というのも、新学期に道で突然美少女とぶつかって、実はそいつが転校生だった!とかそういうくだらん妄想に過ぎない訳なんだが。
そうやって、昔を思い出す様にほのぼのと思い出に浸ってこれまでの馴れ初めを見つめ直している間に、今日の全授業が終わってしまった。
 
「先に行ってて!」
 
そう言って教室を出て行くハルヒの顔には、どこか嬉しそうだった。…少し不安だ。
言われなくても文芸部室へ足を運ぶことは義務と化している為、俺はさっさとそこへ行き、これまた習慣と化しているノックを2回ほどする。
 
「どうぞ~」
 
部室への侵入をマイエンジェルに許可された俺は、いつものようにパイプ椅子を広げ、そこに座る。
ここは特に描写する必要もないだろう。甘露なお茶を出してくれる朝比奈さんに、いつもより厚いように見えるブックカバーの本を読んでいる長門に、オセロの状況が劣等なのにも関わらず笑顔を崩さない古泉と俺とがゆったりと団活をしていただけだ。
ハルヒが来るまでは、な。
 
 
バタンとドアを開けて片手に何か球体のものを持った団長様は、高らかに言い放った。
 
「みんな!バスケするわよ!」
 
OKOK。まずは何故バスケをするのかから教えてくれ。
 
「知らないの?第3回、北高バスケットボール大会。」
 
小耳に挟んだことはあるな。…第3回?随分と歴史の浅い大会だな。
 
「ああ、来週行われるバスケットの大会ですね。」
「来週だと?おいおい、まさかハルヒ…」
「我等SOS団は、その大会で優勝を勝ち取ります!」
 
よく見ると、ハルヒの持っていた球体はバスケットボールだった。なるほど、頭数は合ってる。…いやいや、ここは制止しておくべきだろう。
 
「本気か?」
「本気じゃなかったらこんなこと言わないわよ。」
「うーむ…だがしかしだなぁ。」
 
…正直、最初から別に問題はないだろうと思っていた。いざ、試合中にピンチになったとしても長門の万能な力でなんとかしてくれそうだし、ハルヒの気分を害することはないだろう。
ただ、俺が「よし、やるか!」とノリ気になってもこの場の雰囲気が少々変になるだけだ。俺のキャラ的に。
 
「あたしの運動神経があれば他のチームなんて楽勝にブチ抜いちゃうわよ!安心なさい、あたしが全部頑張ってあげるから!」
「それは助かるんだが…なんだ、そのボールは。」
「もちろん、練習するからに決まってるでしょ?」
「何処で。」
「体育館以外に何処があんの?」
 
うちの高校にバスケットゴールがあるのは体育館だけだ。
当然そこを他の部活が使っているのをお前も知ってるだろう?
 
「その件だけどね?バスケ部に掛け合って、許可をもらってきたのよ。」
 
マジかよ。
 
「ふぇ、涼宮さん凄いですぅ~」
「さすがです、涼宮さん。」
 
歓喜の声が飛ぶ。たった2人だけの。
だが、それだけでハルヒの気分は有頂天になってしまった。
 
「そう?ふふん、あたしにかかれば朝飯前なんだけどねっ!じゃ、早速行くわよ、ついてらっしゃい!」
 
すっかり天狗のハルヒは、先陣をきって歩き始めた。ここで俺にひとつの疑問が浮かぶ。
 
「ちょっと待て、まだ俺らは制服のままだぞ?」
「そんなこと気にしないの!時間はいくらあっても足りないんだからねっ!」
 
ならもうちょっと早めに練習すればいいだろ、と心の中でブツブツ言ってたが、それが言葉となって出ることはなかった。反抗は無駄だというのは、前々から解かっていたことだ。
 
野球部やサッカー部の掛け声がうっすらと聞こえる、無人の体育館。本当にここを分捕ってしまったのか。バスケ部が可哀想に思えて仕方がない。
 
「はい、いくわよキョン!」
「おぶっ!」
 
ハルヒの両手から放たれた急速のバスケットボールが、俺の顔に見事命中。投げることは投げる前に言え。投げてから報告してどうする。
 
「鈍いわ、まだまだね。」
「実は僕も、バスケは得意な方でしてね。小学校の頃、嗜む程度にやっていたのですよ。」
 
両手を挙げて手首をクイクイと言いながら古泉が自慢げに話す。別に興味ねぇ。
俺は落ちたボールを拾い上げ、優しく朝比奈さんへ声をかけてボールを放る姿勢をとる。
 
「さあ、行きますよ朝比奈さん。」
「は、はぁいっ」
 
たったこんなことだけでこの人はこんなにも緊張し、そしてこれほどに真面目になるのだ。なんとも愛くるしい。
俺が放ったボールは、上手く放物線を描いてフワリと朝比奈さんへ向かっていく。しかし、ボールの進行は何者かによって妨げられてしまった。
 
「インターセプトぉ!つくづく甘いわね、キョン!そんなパス通るとでも思ってるの!?」
「俺は朝比奈さんにパスを出したんだ。強く投げられるはずがないだろ。」
「そこが甘いっていうのよ!行くわよ有希!」
 
またもや急速なボールは長門へと一直線。長門はそれを容易に受け止めて…受け止めただけだった。ボールはそのままポロリと落ちる。
 
「んもうっ!キャッチするのよ、キャッチ!」
「キャッチ?」
 
首を傾げて語尾に疑問詞を付けた長門は、ボールを拾い上げて静止している。
 
「そうそう。じゃ、シュートしてみて!届くかしら?」
 
俺たちが立っているこの場所はバスケットコートの丁度真ん中。無論、ゴールからは相当距離がある。
しかし長門は「シュート?」と言わんばかりに疑問の表情を僅かに浮かべている。
 
「有希はバスケットのルール知らないの?」
「そう」
「じゃ、古泉くん!シュートの見本見せてあげなさい!ゴール下付近からでいいわ!」
 
古泉は分かりました、と肯定の仕草をし、ボールを持ってゴール下まで行って華麗にシュートを決めた。やっぱり色男は違うね。普通の女子高生なら惚れてしまう光景なのだろう。
 
「ナイッシュー!古泉くん!」
「古泉くん、上手いですぅ~!」
「ふむ。様になってるな。」
 
古泉はこっちに戻ってきて、ボールを長門に手渡す。すると長門は、さっきの古泉のフォームを寸分の狂いもなく再現する。
 
「ちょっと有希、コートの真ん中から打ってどうするの?」
 
長門は無言でボールを宙へ放った。そのボールは綺麗な孤を描いてそのままゴールリングへと吸い込まれた。予想はしてたが、本当に入ってしまうとは…
 
「す、すっごいじゃない!!有希、バスケの才能あるんじゃない!?」
 
才能どころで済まされてたまるか。あんなの、反則技だ。
 
「長門さん、かっこいいですぅ~!」
 
さっきの古泉のシュートのことなどすぐに忘れてしまったハルヒは、長門の調教を始めた。ドリブルやフェイント…かな?なんであいつあんなにバスケ詳しいんだ?
 
「じゃ、何個かボール持ってきて練習でもしますか、朝比奈さん。」
「そうですねぇ。」
「じゃあ、3人でほのぼのと練習しましょうか。」
 
ちっ、俺と朝比奈さんとで楽しい練習をする計画がこいつのせいでパーになっちまった。
すぐに俺たちの三角形でのパスが始まった。朝比奈さんの優美で雅な性格は、投げるボールにまで伝わってくる。…この方を試合になんか出したくはない、というのが本音だ。
それにしても…2人で長門の特別指導をしているハルヒがジャンプする度に太ももの際どい箇所が露に…って、チラ見するな俺!
それでもやめられずに時折ハルヒの方に目をやっていると、最悪なことに、ハルヒに感づかれてしまった。
 
「何さっきからジロジロ見てんのよっ、このエロキョン!!」
 
 
俺はハルヒに引っ叩かれた後、隅の方で一人シュート練習をやらされることになってしまった。
くそっ、バスケのシュートというのは結構難しいもんだな。さっきの古泉のシュートをよく見とくんだった、等と思いつつ淡々とシュートをしていると、いつものニヤケ顔が近づいてきた。
 
「涼宮さん、楽しそうですね。良かった。」
「ああ、長門に教え込むのが相当面白いらしいな。」
「問題は大会の時ですが…優勝までいけますかね?」
「いけるんじゃないか?ハルヒも結構上手そうだし、いざとなったら長門がいるしな。…それに、お前もバスケやってたんだろ?」
 
古泉は少し鼻を高くして続けた。
 
「ま、そうなのですがね!あなたは朝比奈さんのガードでもしていてくれれば結構です。」
「そうかい。じゃあ責め役は任せたよ。」
「ええ、大船に乗ったつもりでいてください!」
 
古泉も今回はかなりのノリ気だ。これはいける。
 
その日の最後に、「あまり飛び抜けたプレーはするなよ?」と長門にひとつ忠告してから、俺は家へと帰宅した。
 
 
 
次の日の放課後。今日は文芸部室ではなく、体育館集合となっていたため、俺は制服姿のまま集合場所へ足を運んだ。
 
「おっそーい!あんたやる気あんの!?」
 
体操着姿で腰に腕を当てたハルヒは俺にそう怒鳴った。いつもは遅いくせに…今度俺が早くに着いたら遅いと言ってやろうか。
…いやだめだ、殴られるだけで終わってしまう。
ハルヒは長門の調教に早くも飽きたのか、今日は朝比奈さんに色々と教え込んでいる。
平々凡々と今日も何事もなく終わっていくのだろうと思っていたが…よくこういう平穏な日に突如何かが起きてしまうもんだ。
  


団長様から命令された一人でのシュート練習を黙々とやっていると、誰かが俺の腕の裾を引っ張った。
 
「…見てて」
 
そう言っていきなりゴールリングに向かっていったその人は、その小さな体を全身バネのように利用し、自分の身長と同じ高さ位の大ジャンプをして、そのままボールをリングへと叩き込んだ。
こんなことが出来るのは1人しかいない。長門である。
長門はテトテトと俺の元へ歩いてきて一言。
 
「すごい?」
「ああ、すごいなんてもんじゃないぞ、そりゃ。」
「涼宮ハルヒに教わった。これをすると彼女は喜んでくれる。どうして?」
「ん…長門がバスケ上手くなるのが、嬉しいことなんじゃないかな。」
「あなたも嬉しい?」
 
俺は少し言葉に詰まったが、出てくる答えはひとつしかない。
 
「ああ、俺も嬉しいぜ。」
「…そう」
 
長門はテトテトと歩いて戻っていった。去っていく横顔は僅かに微笑んでいるように見えた。…気のせいかもしれないが。
あいつはつくづく俺の萌えポイントをピンポイントで当ててくるな。
 
「おぶぇっ!?」
「なあにデレデレしてんのよっ!!」
「ボールを顔に投げつけるのはやめろ!」
「今、ずっと有希のこと見てたでしょ!」
「み、見てねぇよ。」
「嘘付くんじゃないわよ…!」
「だから見てないって言ってんだろ。」
 
何だか上手く誤魔化す自信がなくなってきちまった。ここは話を変えるのが最善の策と言えよう。
 
「それより、朝比奈さんの指導はどうした?」
「みくるちゃん?みくるちゃんは…あんまり上達してくれないからつまんないの。」
「お前なぁ…」
「だから次は特別に、あんたの特別指導してあげるわ!」
「いや、別にいい。」
「な、なんでよ!」
「お前に教えてもらうくらいなら、長門に教えてもらった方が良さそうだしな。」
「なにそれ…あたしより、有希の方がいいって言うの…?」
 
…少し言い過ぎちまったか?
俺とハルヒの間に、ピリピリとした空気が漂っている。そんな状況にてくてくと入り込んだ朝比奈さんは、ハルヒの機嫌を直そうと努力する。
 
「あ、あのぅ…お二人とも、そんな強張った顔なんてしてないで…」
「練習続けるわよみくるちゃん!キョンなんて、気に掛けることないんだから!」
「ふぇぇ…いいんですか?」
「べ、別にあたしは何とも思ってないわよっ。ほら、そっちでシュート練習、1000本!」
「そ、そんなの無理ですぅ~!」
「不可能じゃないわ!人間、やってできないことはないのよ!」
 
朝比奈さんはハルヒに肩を掴まれて、ずかずかと体育館の隅の方へと押されていった。
どうやらハルヒの機嫌を損ねてしまったようだな、俺は。
 
「どうやら、涼宮さんの機嫌を損ねてしまったようですね。」
 
うげ。こいつと思考が重なってしまった。人生の出来事ワースト10に入る大事件だぜ。
 
「無闇に閉鎖空間を生み出させてしまうのは勘弁してくださいね。」
「別に好きでやったわけじゃねえ。」
「まあ、今は大会の日まで、淡々と練習をこなしていくしかないでしょう。とは言っても、あと土日を挟んで三日後ですからね。」
「言われなくてもそうするつもりだ。」
「ああそれともうひとつ。」
「なんだ?」
「…今日のうちに涼宮さんに謝っておいた方がよろしいかと。」
「俺が謝る要素はゼロだぞ。逆にこの顔の打撲傷へ謝罪の言葉を貰いたいくらいだ。」
「涼宮さんが怒っていた理由、分からないんですか?」
「ん?…俺が練習をサボってた…からだろ?」
 
古泉は「お手上げです」とでも言いたげな表情に両腕を上げて掌を上に向けるという動作を加えて「やれやれ。」と呆れたように言葉をこぼした。
 
「なんだ?他に原因があるっていうのか?」
「乙女心というものが分かっていませんねー。まさかここまでとは思ってませんでしたよ。」
 
乙女心だと?俺には無縁のものだし、だいたいなんでこいつも乙女心なんか分かるんだ。『機関』はそういう研究もしてたりすんのかね。
 
「まあ、僕の助言はこれくらいにしておきますよ。くれぐれも、頼みましたよ。」
 
なんだか知らんが、とりあえず謝ればいいのか。まあいい。俺が謝れば済むならそれでいい。火に油を注ぐような行為はもうしないとずっと昔に心に決めたんだ。
 
ハルヒに話しかけようと振り返ると、団長様の声が体育館に響いた。
 
「今日は解散!!明日は市民体育館に1時集合ね!以上!」
 
そう言ってハルヒはずかずかと体育館から出て行った。俺とすれ違い際、「フンッ!」とそっぽを向くというオプションを付けてな。
…どうやら、今日はもう話しかけない方がいいらしいな。明日でも十分間に合うだろう。
 
明日また会うとき、ハルヒはどんな顔をしてるんだろうか。
 
 
 
翌日、タンスの奥に眠っていたジャージを引きずり出して、市が管理している市民体育館へと自転車を飛ばした。
ハルヒは赤いジャージに白いラインが入ったジャージ。朝比奈さんは可愛らしいピンクだ。よく似合っている。
古泉はというと…紫という悪趣味な色をしたジャージを着飾っている。変態色じゃなかったっけか?まあそれが板に付いていることが恐怖に値する。
長門は北高指定のジャージを着ていた。ああ、しまった、俺もそれにすれば良かったか。…等と悠長に団員のジャージチェックをする時間は終わってしまい、即練習の時間となった。
俺がハルヒに謝るタイミングを伺っていると、奥の方から見慣れた顔の5人が此方に迫ってきた。
 
「やあ、SOS団の諸君じゃあないか。」
「あら、コンピ研のメンバーその1~その5じゃない。なんでここにいんの?」
「決まってるじゃないか、バスケの練習だよ、バスケの!」
「まさかあんたらも大会に出るわけ?」
「ふっふっふ、随分な愚問をしてくれるね。前回と前々回の優勝チームも知らないのかい?」
「ま、まさかあんたら…」
「そう!今年は三冠を狙っているのだよ、我々コンピ研メンバーは!」
 
んなアホな。前回と前々回の優勝チームがコンピ研?このどう見てもスポーツに疎そうな5人が?
 
「信じられない、という顔をしているね。まあいいさ!大会当日に、否が応でも僕たちの実力を見せてあげよう!」
 
そう言ってジャージで身を包んだ5人は去っていく。あれ?練習はしていかないのか?
 
「王者からのサービスだよ。今日一日、君らだけでここを使うといい。ではさらばだ、はははは!」
 
まるで自分たちがここの管理者にでもなったかのような言い草だった。…まさか違うよな?
 
「っくぅぅ、何よあの態度!天狗にでもなったつもりかしら!?絶対勝ってやるんだから!」
「そうですね、勝ちましょう。」
「わ、わたしも頑張りまぁす!」
「…勝つ。」
 
SOS団の心がひとつになった瞬間だった。
 
 
俺が謝るタイミングが掴めないままその日が終わり、また次の日が来てしまった。集合場所と時刻は同じである。
日曜の練習は個人練習ではなく、所謂チームプレイというものを練習していた。パスをしあってシュートに持っていったり、まあそんな感じだ。
もうハルヒの機嫌は直ってるだろうとばかり思っていたが、現実はそう甘くはないようだった。
「へい、パス!」と俺の精一杯の爽やかな掛け声もハルヒの心には届かず、奴は俺にパスはしてこない。
 
「まだ涼宮さんとの仲直りが出来ていないんですか?」
「ああ、なかなかタイミングが掴めなくてな。」
「大会は明日ですよ。きちんと仲直りをすること。いいですか?」
 
何故こいつは上から目線なんだという疑問が頭を一瞬通り過ぎたが、俺もさすがに世界を破滅へ導く手伝いなんかしたくない。時給が貰えるんならまだしも…いやいや、今の問題はこれじゃない。
 
「分かった。今日の帰り際、けじめを付けることにする。」
「頼みましたよ。」
 
この後も着々と練習を重ね、体育館の時計は午後六時を回っていた。そろそろ帰り時だな。
 
「みんなお疲れっー!大会は明日の放課後、体育館で行われるから!ゆっくり体休めてちょーだい!じゃあ解散っ!」
 
爽やかな汗で全身を濡らしたハルヒは自分の荷物を持って体育館から出て行く。チャンスはここしかないようだ。
俺も自分の荷物を肩に背負って、すっかり暗くなった夜の道でハルヒを引き止めた。
 
「待ってくれ、ハルヒ。」
「…何?」
 
ハルヒは後ろを向いたまま対応する。
 
「お前がなんで怒ってるかは知らないが、俺が悪かった、すまん。」
「…ダメ」
「え?」
「あたしがなんで怒ってるか当てないと、許してやらないんだからっ…」
 
怒っている理由だと?古泉に聞いておけばよかったぜ、その乙女心というやつを。
それから数十秒間、沈黙がその場を支配した。
 
「…分かんないの?」
「…あ、ああ。」
「鈍感。」
「わ、悪かったな、鈍感で。」
「限度ってもんがあるわよ。鈍すぎ。」
 
酷い言われようだな、俺。
ハルヒの声は平然としていた。こいつ、本当に怒ってんのかね?
 
「怒ってるわよ!!」
 
いきなり耳に響くほどの大きな声をあげたハルヒは、こっちに振り向いて続けた。
 
「なんで…なんで分かんないのよっ…」
「…ハルヒ?」
「…あたしがこんなに…想ってるのにっ…!」
 
ハルヒはさっと俺に抱きついてきた。それを理解するまで、俺は数秒のシンキングタイムを要した。
 
「キョン…あたしねっ…」
「…なんだ?」
「あんたのこと、好き…じゃ、じゃあなくて!!き、嫌いじゃないわよ?」
 
嫌いじゃない?これは喜んでいいところ…だよな?
 
「そ、そう!!あんたのこと嫌いじゃないのよ!!」
「…そりゃあ、どうも。」
 
はっはーん。なんだか分かってきたぞ。
つまりこいつは、別に怒ってないから安心しろって言いたいわけか。
そうなら早くそう言えばいいのに、素直じゃねぇ奴だな。
 
「俺もお前のこと嫌いじゃないぜ。」
「あ、あたしもあんたのこと嫌いじゃないわ。」
 
………ハルヒはまだ俺に抱き付いて離れようとしなかった。なんだ、話はもうついただろ?
 
「…やれやれ、まったく。見てられませんよ。」
「キョンくん…」
「……はあ。」
「なっ…みんな、見てたの!?」
 
宇宙人と未来人と超能力者のお出ましだ。古泉は昨日見た困り果てたような顔をし、朝比奈さんは哀れの目で俺を見つめ、長門に至っては呆れて溜息をついている。
一体なんなんだよ。俺にどこか不満があるのか?
ハルヒは一気に俺から離れて距離をとった。何故か顔は唐辛子を100個一気喰いしたように真っ赤だった。
 
「もうお互い言っちゃえばいいじゃないですかぁ~。」
 
朝比奈さんが少し口を尖らせてそう言った。何を言えと言うんだ。
 
「お互い、好きと伝えればいい。簡単なこと。」
「「なっ…!?」」
 
俺とハルヒの声がシンクロする。
 
「ば、ばっかね有希!!なんであたしがこんな奴を好きにならなきゃいけないのよ!!」
「変な言いがかりはやめてくれ…!」
 
朝比奈さんは古泉のニヤケ顔が遷ったかのようにニヤニヤと微笑んでいる。そして、嘲笑うかのように言い放つ。
 
「お二人とも、顔が真っ赤ですよぅ?」
「「なぁっ!?」」
 
本日二度目のシンクロだ。
 
「も、もういいわ!今日は帰るっ!!」
 
そう言って小走りで去っていき、最後に俺に笑いながらハミングという器用な笑顔を見せてくれた。…どうやら、仲直りはできているらしい。
 
「キョンくん、もっと素直になった方がいいですよっ?」
「見ているこっちがじれったいですよ。さっきのだって、なんですか『嫌いじゃない』ってのは。」
「…好きと言えばいいのに」
 
3人からの三連攻撃は簡単に聞き流し、俺は自転車でそそくさを帰宅することにした。これ以上居たら、ずっと冷やかされるに決まっている。
 
「じゃあ明日、頑張りましょう~!」
 
という朝比奈さんの声だけには、「もちろんです。」とだけ答えて自転車をこぎ始める。
とりあえず、明日頑張れば今回は切り抜けられるさ。実力を出し切ればそれでいい。そんなことを考えつつ、今日も俺は寝床につくのだ。
 
 
 
大会当日。その日の放課後に、体育館に貼られていたトーナメント表を見てみる。コンピ研は別のブロックか。あたるとしたら決勝戦だな。
全8チーム…ねぇ。随分小規模な大会ってわけだ。この大会で優勝を取ってもあまり嬉しくなさそうであり、名誉もさほど感じられない。
だがそんなことお構いなしにやる気まんまんの団長様は、何やら大きな紙をどこからともなく取り出し、それを広げた。
 
「じゃっじゃーん!!今日の作戦!」
 
『嬉しさを集めよう!コンピ研の奴らなんかぶっとばせ!カンタンなんだよこんなの作戦、略してUKK作戦!!』と大きく書かれていたその紙を見て、俺はただただ溜息をはくだけだった。
…設定に無理がありすぎだろ、作者!UKK作戦だと?なんのこっちゃ!
俺がハルヒに突っ込む暇もなく、試合はすぐ開始された。SOS団チームVS一年のバスケ好き団体が1回戦だった。
…はっきり言って、相手にならなかった。ハルヒと長門がスコアラーとして活躍し、ドリブルも甘かったから俺がサッとボールを取ることもできた。
勝負開始から5分も経たぬうちに勝負は見えてきていたのだ。難なく勝利を修める。よし、これでベスト4だ。喜んでいいのか分からないけどな。
 
「こんなの通過点よ、分かってるわね?みんな!」
「ええ、もちろんです。」
「次も頑張りまぁすっ!」
「…手ごたえなし。」
「楽勝だったな。」
 
結局のところ、拍子抜けするほどレベルの低い大会だってことが分かった。俺と朝比奈さんが居なくても勝てるほどのチームばかりだったのだ。
それでも勝つ度にハルヒは大喜びして、満面の笑顔を浮かべている。それを見て紅潮している俺がいるのもまた事実である。
こんな美少女と海の浜辺で「追いかけてねっ~!つかまえてみて~!」なんて言いながら追いかけあっこをするなんてベタな青春もしてみたいものだ。
そんなこんなで最早決勝戦。相手はもちろん、コンピ研の5人である。
 
「ここまで勝ち登ってきたようだね。さすがと言ったところか。」
「いつまでも天狗のままでいさせないわよ!絶対あたしらが勝つんだから!!」
 
キャプテン同士の挨拶が済んだところで、早速試合開始。
別に描写する意味はないと思ったんだがなぁ。まあいい、とりあえず試合の状況だけは説明しないとな。
試合開始早々、長門がスリーポイントシュート連発で点を決めまくり、ハルヒも負けじとどんどんスコアボードの数を積み上げている。
そもそも、ハルヒ&長門のコンビに勝負をしかけるところから間違っているんだ。この2人に勝った奴なんて、俺が見る限り一人もいないぜ。
 
 
決勝戦にも関わらず、SOS団圧勝という文字がまさにピンとくるような試合内容だった。
コンピ研の実力は、まあそこそこ上手いけれど世間体から見れば全然まだまだ、程度の評価なのだ。その更に下をいく他6チームもどうかとは思うが。
とにかく、コンピ研が優勝していたのは強いチームが居なかったから、という単純な答えに結びつく。
 
そうやって、第3回北高バスケットボール大会は幕を閉じた。文芸部室には、優勝の賞状が縁もなく飾られることになった。
ふう、今回の騒動はこれでやっと終了…と思ったんだが、まだやるべきことが残ってるらしい。
 
「ちゃんと伝えなきゃダメですよぉ、キョンくん!」
「今日、絶対に伝えてくださいね。」
「失敗は許されない」
「お、おいおい。待ってくれよ。そんなこと言われる義理は、俺にはないはずなんだが…」
「「「ダメ」です!」」
 
…ああ、分かったよ、もう。
宇宙人と未来人と超能力者からの説得を回避できるはずもなく、俺は渋々と承諾した。
 
下校時、昨日のような清清しい汗をかき、その黒い髪と黄色いカチューシャを揺らしたハルヒを見つける。
この気持ちを伝えなくては。
この胸に込み上げる鼓動を伝えなくては。
 
「おい、ハルヒ!」
「…?どうしたの?」
 
腰を捻って振り向いた俺の初恋の人は、頭の上に「?」を浮かべている。
 
「ああ、実は話がある。大事な話だ、よく聞いてくれ。」
 
 
 
おおきな夢&夢 スキでしょう? おわり

 


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