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第十一章 親友
 
新しい学校への登校初日。
昨日中等部に入学したばかりの妹は、早速気の合う友人を見つけたらしい。昨日の夕食時に、溢れんばかりの笑顔で報告してくれた。まあ、この調子でうまく学校に馴染んで欲しいものだ。
 
「おはようございます」
「おう!おはよう!」
一昨日来た高等部の職員室で、担任に挨拶した。朝のSHR前と言うことで、職員室の中はかなり慌ただしかったが、真新しい制服を着た俺を担任は明るく出迎えてくれた。朝っぱらから進路指導でもしていたのか、担任の前には女子生徒が座っていた。
「今日からだな。一年間頑張って、良い大学に行ってくれよ」
「はあ……頑張ります」
「何だ何だ、覇気が無いな。そんなので大丈夫なのか?」
担任の呆れたような声を聞き流そうとしたとき、彼の前に座っていた女子生徒がすっと立ち上がった。
 
「先生、彼はやるときはやる男です。心配要りません」
あれ?どこかで聞いたような声……?それにこの後ろ姿は……
 
「くくっ、久しぶりだねキョン。また会えて光栄の極みだ」
振り返ったその女子生徒の顔を見た俺は、さぞかし間抜けな表情をしていたことだろう。
佐々木????
 
「何だ、お前ら知り合いか?……って、同じ事をついこの間言ったような」
記憶の海から過去の事象を引っ張り上げようとしている担任を尻目に、この場にいないはずの俺の親友は、こう言った。
「これから一年、よろしく」
 
新学期最初の、新しい学校の新しいクラスでのHRに新たな転校生、と言えば転校生の自己紹介の場と相場は決まっているわけだ。だがこの学校は転入・転出が激しく、学期の最初と最後には必ず転校生がいる、というのはずいぶん後になってから聞かされた話だ。だから、新しいクラスの連中も、転校生には特に興味を持っていないようなのは当然だと言えるかもしれない。
ただ、進学クラスであるSクラスに一気に二人も、そのうち一人は『日本全国、進学校と言えば誰でも知っている』学校からの編入となれば、話は別だ。もちろん、それは俺ではなく佐々木のことなのだが。
 
自己紹介を終わった俺たちは、担任に言われるまま指定された席に着いた。
どうでも良いが、窓際後方最後尾に佐々木、その前に俺という、俺にとっては大変馴染み深いポジションに収まったのは何故だろうね?ただまあ、後ろに座っているのがハルヒではなく佐々木であり、俺の前がクラス委員である朝倉であると言うことは、何らかの因縁や思惑が感じられないでもない。
 
「キョンくん、前後ろの席だね。一緒に受験勉強頑張ろう」
屈託のない笑顔を向けてくる朝倉。昨日の話を頭から信じるほど俺は世間知らずではないつもりだが、今は場の空気に合わせておいた方がよいだろう。
 
「ああ、これから一年宜しくな」
……それとなく妙な圧力を後方から受けるのは、多分俺の気のせいだと思う。
 
三年生一学期、初日終了後の放課後。
今日はHRと始業式のみの短縮授業で、授業は明日からだ。ここら辺はどこの高校でも変わらないらしい。
そう言えば、転校生というのはどこでも質問攻めにされるらしいが、俺の方は殆ど何も聞かれていない。気が楽と言えば楽だが、それはそれで何だか寂しい気がする。
その代わりに質問の矢面に立たされたのが佐々木だった。放課後だというのに、佐々木の周りにはクラスの連中が集まり、佐々木を質問攻めにしていた。色々と歪曲された表現ではあったが質問の内容は一つだった。
 
何故あの進学校からこんな所に転校してきたのか?
 
佐々木は色々とはぐらかしていたようだ。確かにその話題には俺もたいそう興味があったのだが、あまりこの場で根掘り葉掘り聞くのもどうかと思ったので、俺は鞄を持って席を立った。学食で飯でも食ってから……と考えて、ふと思った。学食ってどこにあるんだろう?そういえば、俺はこの学校の中をまだよく知らない。
朝倉に案内して貰う予定が、アレだったからな。しょうがない、探検気分で色々回ってみるか。
転校なんて初めての経験だから、SOS団その1としてハルヒへの報告のネタにでもなるだろう。
 
「あ、キョン、帰るのかい?待ってくれよ」
俺が鞄を持って立ち上がったのを見て、佐々木も鞄を持ってクラス連中の輪を抜けてきた。
 
「あ、キョンくん?一緒に帰ろ?」
佐々木の側にいた朝倉までも付いてきた。
 
クラスの連中は「キョン??何それ??」と頭の上に疑問符を掲げている。
……ああ、ここでも俺の名前は「キョン」で決まったな、などとバカなことを思いつつ、俺は校内探検に繰り出した。
 
中高一貫校とはいえ、校内には特別興味を引くものはなかった。強いて言えば、地元の産業や風習を学ぶという授業があることくらいか。地元の人間にとっては当たり前のことなのかもしれないが、他からやってきた人間にとっては非常に興味深いだろう。ただ、それを授業に組み込むのはどうかと思うぞ。
 
3人で廊下を歩きながら、改めて朝倉を佐々木に紹介した。
もちろん朝倉がSクラスのクラス委員であることは、朝倉自身が佐々木への自己紹介で話していたのだが、俺は朝倉がかつては北高で同じクラスだったことや、3ヶ月あまりでカナダに転校してしまい『偶然』この学校で再会したことなどを伝えた。
 
「それはそれは。なかなかおもしろい偶然だね。まるで誰かが計らったようだよ」
くくっ、と喉を鳴らす佐々木を見て、ああこいつの勘の良さは変わっていないな、と思った。何故なら、俺はわざと『朝倉は長門と同じヒューマノイドインターフェースだ』と言うことは伝えなかったからな。それでも佐々木は何かを感じ取ったようだが。
 
「それよりキョン、僕のことを朝倉さんに紹介してくれよ」
ああ、そうだな。とは言っても朝倉のことだ。おそらく長門や喜緑さんと同期を取っていて、佐々木のことは全てお見通しなんだろう。
 
それでも俺は朝倉に、改めて佐々木のことを紹介した。
中学校3年生の時の同級生であること、同じ塾に通い受験戦争を乗り越えた仲間であること、そして、俺の『親友』であること。『親友』という言葉が出たとき、一瞬佐々木の顔が固まったように見えたが、すぐ元に戻った。何だったんだ、今のは?
 
朝倉に校内の案内をして貰い、学食にて遅い昼食を終えた俺たち三人は帰路についていた。朝倉は学校そばのマンション、佐々木は俺の家からちょうどショッピングセンターを挟んだ反対側にあると言うことだった。
「ここね、桜並木なんだよ」
朝倉が、規則正しく並ぶ街路樹を指さす。
ほう、桜が満開になったらさぞかし綺麗なことだろうな……って、まだ咲いてないのか?もう四月だぞ?
 
「くくっ、キョン。君はここら辺の桜開花予想日を知っているかい?」
佐々木が、本当に困った奴だと言わんばかりに俺に問いかけた。
いいや、知らん。
 
「GW直前なんだよ。だから、まだつぼみが膨らんですらいないじゃないか」
GW直前??そんなに遅いのか?まだ一ヶ月近くもあるじゃないか。あっちでは、俺が引っ越ししていたときにはもう咲いていたんだぜ?
一瞬、桜吹雪の中で仁王立ちしているハルヒの姿が頭に浮かんだ。
 
「それだけ地方によって違うと言うことさ。特に、桜の開花予想や梅雨入り/開け、海開きの日なんかは差が著しい。こういうのを見ると、日本は上下左右に長いというのが実感できると思わないか?」
確かにそうだな、と日本地図を頭の中に思い浮かべながら俺は答えた。向こうじゃもう桜は散っているだろうし、こっちはまだだ。下手すると向こうとこっちが同じ日本だなんて思えないかもな。
 
「じゃあ、また明日」
朝倉がマンションに入っていくのを確認して俺は佐々木の家の方に歩き始めた。色々と聞いておきたいこともあったからな。とはいえ、どうやって話を切り出そうか迷っていたが、珍しく佐々木の方から話し出した。
 
「キョン。僕は君に謝らなければいけない」
何のことだ?お前が俺に対して謝るようなことは、俺の記憶の限りでは何もないはずだぞ?
 
「そう、そうなのかもしれない。キミはどんな状況でも甘んじて受け入れてしまう、そんな優しさと度量の深さを持っている。だからこそ、僕は君に謝りたいんだ」
悪い、俺はお前が何を言っているのか分からないんだが?
「実はね……今のこの状況を作り出したのは、僕なんだと思う」
……なんだと?どういうことだ?
まさかお前にも世界改変の能力が備わっちまったてのか?
 
「キミのお父様が勤務している会社と、僕の父の会社がライバル関係にあるのをキミは知っていたかい?」
知らん。初耳だぞ、そんなことは。
 
「そうか。キミは、もう少しご両親の話をまともに聞いた方が良いのかもしれないな」
ほっとけ、人んちの事情はどうでも良いだろ。それよりどういう事なんだ、さっきのことは。
 
「そうだな、丁度一年ほど前だ。父の会社が新しい事業を立ち上げることになり、父がそこのリーダーになったんだ。社内外からそれなりの人材を揃えてはみたものの、今までの仕事とは全く畑が違うこの新事業をどのように展開していくのか、グループ内やプロジェクト内でも色々と意見が分かれていたらしいんだ。僅か半年でプロジェクト内での対立が起きてしまったんだな。ほとほと困った父は、半年くらい前に僕にそのことを話してくれた。夕食時の会社の愚痴、といった感じだったがね」
俺も親父に新事業とやらの話を聞いたが、さっぱりわからなかったがな。それが今後どうやって商売に繋がるかは、皆目見当も付かん。
 
「画期的な事業というのは、最初は何を目的としてどこを目指しているのか、他人の目には全く分からないものなのだよ。それで、父の愚痴を一通り聞いた僕は、自分の意見と感想を話したんだ。父は、僕の意見に痛く感動したらしく、その意見を元に事業計画を修正し、会社に上げたらすんなり通ってしまったらしい。そのあたりで、同じ事業に参入しようとしていたキミのお父様の会社が、父の会社の動きに気付いて……ここから先は、キミがよく知っている通りさ。つまり、僕のアドバイスが回り回ってキミがここにいることになってしまったと言うことになる」
……なんてこった。じゃあ、あの電話の時には……
「ああ。あの時はもう僕の家族は引っ越しすることが決まっていて、僕はどうするのかと相談していたときだったんだ。一応、全国的にも名の知れた進学校だったし、学校にも女子寮があるから、そこに入ることがほぼ決まっていたんだ」
そっか。でも、なんでお前はここに居るんだ?そのまま向こうの寮に入っていれば、大学なんかは選び放題だったのに。
 
一瞬驚いたような目で佐々木は俺をまじまじと見つめ、それから視線を足下に落とし、ため息をついた。
 
「……ある意味、日常に飽き飽きしていたからかな」
どこかで聞いたような台詞を佐々木は呟いた。
 
「キミは、僕の向こうでの日常生活を知っているかい?毎朝、満員電車に乗って学校へ行く。勉強のための勉強をしたあとは、受験のためだけの勉強をしに塾へ行く。家に帰ったら学校の勉強のための予習と復習、塾の勉強のための予習と復習。それが終わったら志望大学の予想問題集に取りかかって……今までの2年間、僕はずっとそうした生活を過ごしてきた。それでも、自宅に居れば何とか安らぎの時間も持てるんだが、これが寮になるとなかなかそうもいかない。高校最後の一年間、毎日毎日そんな生活を続けて……これがキミは楽しいと思うのかい?」
うわ……というのが、正直な俺の感想だった。進学校ってのは、お前でさえそこまでやらなきゃいかんのか?
 
「気を抜いたら、あっという間に抜かれてしまうからね。そう言った意味では、あの学校で本当の友達なんて出来ないさ。僕は、もっと余裕を持って勉学に励みたいんだ。だからある意味、北高に進路を取った国木田が羨ましかったんだよ」
くくっ、と喉を鳴らす佐々木。国木田か。
あいつは飄々と勉学に遊びに邁進してたっけな。そういえば、アイツは三年次のクラスは特進クラスにすると言ってたが、上手くやってるんだろうか?
 
「だから、キミからのあの電話が来たとき本当に驚いたんだ。僕がキョンと同じ学校に転校したら……新しい何かを得られるかもしれないって、そう思った。だから、僕はここにいる」
いつの間にか佐々木は俺の前に立ち、やわらかな微笑みを浮かべていた。
「キョン。キミがどこの大学を志望しているのかは知らないが、出来れば一緒の大学に行きたいと僕は思っている。中学三年以来だが、僕と一緒に受験戦争を戦わないか?」
凛とした瞳に宿る力強い光。俺はその瞳に吸い込まれるような感覚を覚え、分かったと言葉を発していた。
 
「そうかキョン!嬉しいよ!」
更に瞳に喜びの色を加えた佐々木は、俺の手を取って握手した。
 
「ところで」
すぐ脇の結構大きな家を指さして、佐々木は言った。
 
「ここが僕の家だ。ここまで送ってきてもらって有り難いが流石にまだ引っ越し荷物が片付いていなくてね。お茶くらいなら出せるのだが……」
ああ、すまんな。俺は帰るわ。お前の家が分かっただけでも今日はOKだ。
それにな、俺がここにいるのは決してお前のせいじゃない。
俺が転校を決断したからだ。だから、そんなに気に病むな。
 
「ありがとう、キョン。気をつけて」
「ああ、じゃあな」
 
道すがら、様々な考えが頭の中を通り過ぎていった。
朝倉がクラス委員の進学クラスで、佐々木と一緒に受験勉強……か。
ハルヒ達と遠く離れ、縁が切れてしまったと思っていた不思議達は、俺のこの巻き込まれ体質が気に入ってしまったのか、新しい縁を提供してくれたようだ。
 
やれやれだ。
 
 

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