第八章 キョンの引っ越し
 
さて、引っ越しの日の朝がやってきた。
 
チャイムの音と共にに引っ越し便が到着。
既に待機していたSOS団全員+鶴屋さん+谷口&国木田の総勢7人は、引っ越し便のあんちゃんの指示で、タンスや机など嵩張るものから運び出していた。まあ色々細かいドタバタもあったのだが、流石に十数人もいれば運び出し&積み込みのペースは速い。
昼過ぎには、全ての荷物はトラックに乗せられ、引っ越し先へと運ばれていった。
 
がらんとした自分の部屋を見回す。こんなに広かったっけ?いつも狭い狭いと思っていたんだがな。
きちんとワックスが掛けられ、ゴミ一つ落ちていない俺の……いや、元・俺の部屋。
ここに今度はどんな人が住むんだろう?
俺の17年あまりの人生を一緒に過ごしてきた部屋だからな。
感慨がないと言えば嘘になる。
このままここにいたら泣き出しそうになるのを無理矢理押さえ込み、思い出を断ち切るように廊下に出た。
 
「キョンくん……」
と、そこには妹が涙をボロボロ流して立っていた。どうした?腹でも痛いのか?
 
「……もう、このお家とはお別れなんだよね?」
ああ、そうだ。
 
「みんなともお別れなんだよね?」
ああ、そうだな。
コイツもそれなりに感慨を覚えていたらしい。
 
「もう会えないのかな?」
そんなことはないさ。すぐにってわけには行かないが、そのうちこっちに遊びに来ればいい。その時は俺も一緒に来てやるからさ。むしろ、俺が連れてきてやる。
 
「本当?」
ああ。本当だ。だから、笑ってみんなに挨拶しような。
 
「……うん」
まだ涙がこぼれていたが、妹は笑顔で頷いた。
 
妹を連れて家の外に出てきた俺が、手配していたタクシーに手荷物を運び込んでいると、家の鍵を閉めて出てきたお袋が俺と妹を手招きで呼び寄せ、家の前で所在無さげにたむろしていた友人達に深々と頭を下げた。
「皆さん、本当に今日はお疲れ様でした」
 
「……あ、いえ、何の役にも立たなくて……」
ハルヒも慌てて頭を下げる。それにつられて他の全員も頭を下げた。
 
「そんなことありませんよ。名残惜しいですが、私たちはこれから出発します。今までこの子達と仲良くしていただいて本当にありがとうございました」
 
その、お袋の言葉で、改めて認識した。
 
これで、お別れなんだな、と。
ハルヒ達は全員目線を下に向け俯いている。俺の隣にいる妹やハルヒの隣の朝比奈さんなんかは、既に泣き出しそうな顔をしている。
 
「でも」
視線を上げると、ハルヒがこちらを見ていた。その視線の中には、揺るがぬ決意が秘められていた。
 
「あたし達はずっと友達です。離れてしまっても、ずっとずっと友達です。だからさよならは言いません」
 
お袋がクスリと笑った。
「……そうですね。さよなら、は言いません。これからもこの子達と友達でいてくださいね」
 
もちろんです、とその場にいた全員が口々に応え、その後一人一人と別れの挨拶を交わした。
 
いよいよ出発の時間が迫ってきたところで、皆に「じゃあな」と声を掛け、タクシーのドアに手を掛けた。
 
「キョン」
乗り込もうとした俺に、ハルヒが駆け寄ってきた。
 
「……待ってるから」
俺の耳元で小声でそれだけ呟くと、再び皆の元に駆け戻った。
そして、その場にいた皆に聞こえるような大声で、こう宣言した。
 
「我がSOS団初の、支部長の門出よ!みんな、笑顔で送ってあげましょ!」
 
動き出したタクシーの中から振り返ると……朝比奈さんは、泣いている顔を無理矢理笑顔にしたような顔で、小さく手を振っていた。長門はいつもの無表情で小さく、古泉は軽く会釈をするように手を挙げている。
鶴屋さんは、片手で朝比奈さんを支えながら、もう一方の手でちぎれんばかりにぶんぶんと手を振っている。
谷口と国木田も大きく手を振ってくれている。そして……
 
ハルヒは両腕を組み、仁王立ちしていた。
 
俺の大好きな、ヒマワリのような100Wの笑顔をしている。
しかし、その両目にキラリと光るものがあったのは、俺の見間違いではないだろう。
 
みんな、ありがとう。
 
そして、ハルヒ。
 
……俺は、帰ってくる。絶対に。
 
約束したからな、
 
お前の所にちゃんと帰ってくるって。
 
それまで待っててくれよ。
 
街頭の桜の花びらが舞い散る中、俺たち家族は、慣れ親しんだこの町をあとにした。
 
 


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