第六章 2年生最終日
 
終業式当日。
 
俺は朝イチで職員室にいた。朝のHRで岡部と一緒に教室に入って「みんなも知っていると思うが……」というお定まりの『アレ』をやるからだ。小学校から今まで何度も『アレ』を見てきたが、まさか自分がやる事になるとはね。何だか妙な気分だ。
……先日のハルヒとのすったもんだが起こった翌日には、俺の転校のことは既にクラス全員に知れ渡っていた。谷口と国木田が広めたらしいが、事実なので別にそれは良い。ただ、驚いたクラスメイトが休み時間ごとに俺の側に来て、別れの挨拶をするのには少々閉口した。
 
「キョンくん、もうすぐ転校しちゃうのねん?残念だわ……あっちで落ち着いたら連絡欲しいのねん?」
ああ、わかったよ阪中。そんなに泣くな。
 
「環境が変わると体調崩すって言うから、気をつけてね」
せいぜい風邪でも引かないようにするさ。ありがとな、成崎。
 
「私たちのこと忘れないでね?」
そうだな大野木。忘れないよ。高校の友人ってのは、一生ものだと言うしな。
 
「クラス会の時は必ず来てね」
了解だ、佐伯。でもクラス会って、そんなにすぐにはやらんものだろ?
 
……………
 
無事に終業式も終わり教室に戻ってのSHR。俺にとっては北高での最後のSHRだ。
岡部が来るまで谷口や国木田と暇を潰すことにした。
「キョンよぉ。お前って、じつはモテモテだったんだな」
「??なんのこった??」
「転校するって、この間クラスに広めたら、今日の今日まで女子に囲まれっぱなしだったろ」
「……まあ、そういえばそうか。でもそれは、もう会えないって思われてるからであって、別に俺がそんなにモテモテなワケではないぞ」
「そう思ってるのはキョンだけだよ」
「なんだ国木田、お前も谷口と同意見か」
 
「あの状況見てたら、誰だってそう思うさ」
「そんなもんか」
「そうだ」
「そうだよ」
「お前らがそういうなら、そうかもしれんな」
 
「くそ、余裕だな。お前なんざ一生涼宮の尻に敷かれて……あ……」
「……す、涼宮さんも寂しがるんじゃない?」
「ああ、あんまり気を遣うな」
 
「涼宮って言えば、ここ数日妙に大人しいんだよな」
「そういえばそうだよね。いつもよりも静かだし、かといって怒ってるわけでもなさそうだし。クラスの女子がキョンと話してても絡んでこないしさ」
「アイツなりに気を遣っているんだろ。俺にも、みんなにもな」
「なんか余裕だよなぁ、キョン?……おい、お前もしかして涼宮に」
「アタシが何?」
出ましたよ、天上天下唯我独尊娘。谷口の背後に仁王立ちして、俺と国木田を睨めつけてやがる。先日の殊勝さのかけらもないその態度は、確かにいつものハルヒだった。
そそくさと自分の席に戻る谷口と国木田。その後ろ姿にビシッ!と人差し指を向け「SOS団は恋愛禁止なの!そんなことにかまけている暇はないのよ!」いつものハルヒ節を決めたあと、俺の後ろにどっかりと腰を落ち着けた。
 
ハルヒや谷口、国木田は引っ越しを手伝ってくれると言うことなので、最後の挨拶はまたあとで、という事になるが、それ以外のクラスメイトとは今日でお別れだ。特に交流の無かった連中まで声を掛けてくれたのは何故だろう?おそらくハルヒとのこの2年間の間で、俺という平々凡々な人間も『校内有名人』になってしまったのだろうな。クラスの連中の別れの挨拶を聞いているうちに、妙に感傷に浸ってしまったのか、気がつくと教室には俺しか残っていなかった。
ああ、これでこの高校での生活も終わりだな。
感慨とともにため息をついて席を立つ。教室を出ようとすると、そこにハルヒがいた。
クラスの連中、もしかして気を遣ってくれたのか?
 
「待っててくれたのか」
「……うん」
「ありがとな」
「それより!アンタこれから空港行くんでしょ?どうやって行くの?」
「ああ、親父がもうすぐ坂の下まで迎えに来る予定だ」
「そっか。じゃあ、坂の下まで一緒に帰ろ」
「団活はどうする?」
「みんな用事があるから欠席ですって。だから今日は休みよ!」
「……へえ、珍しいな」
「気を遣ったつもりなんでしょ」
「……そっか」
 
靴箱から外履きを取り出し、習慣で内履きを中に入れようとして……持参した袋に放り込む。校門を出ると、いつもの下り道。もう何度も通ったこの坂道を下るのも、ハルヒと一緒に下校するのも今日でおしまいだと思うと、何とも言えない気持ちになってきた。
ハルヒは下校中、SOS団が春休み中に行う予定「だった」事を話してくれた。
恒例の不思議探索や、古泉提案の花見イベント。鶴屋山の探検や俺の勉強合宿@長門のマンションなどなど。
 
「ずいぶん前から準備してたのもあったけど、全部無駄になっちゃったわ。アンタのせいよ」
「それはすまなかったな」
「いいわ。その代わり、アンタの引っ越しイベントがあるから」
「やっぱりそれをやるのか。俺のプライバシーを晒すようなことは止めてくれよ」
「バッカねえ。それをやるから面白いんじゃないの!それで、今回の春休みイベント丸潰れの件は無しにしてあげる」
マジですか。
 
坂下の自転車置き場前に着き、俺は親父が来るのを待っていた。もうそろそろ来るはずだが……。
ハルヒは何故か落ち着かない様子で俺の隣に立っている。ふと、何か考えが浮かんだのか、俺の方にいつもの100Wの笑顔を向けてきた。
 
「アタシがアンタの自転車を家まで持っていってあげるわ」
「いや、いいって。だいたいお前の家とうちは別方向だろうが」
「別にいいわ。後でまた取りに来るって言うのは二度手間だし、時間がもったいないわ。別に壊したりしないから、この団長様に任せなさ~い!」
「そうか。すまんな」
 
俺は中学校時代からの愛車の元へ向かう。そう言えば、この駐輪場とも今日でお別れなんだな。
ポケットから鍵を取り出し、愛車のロックを外す。
「悪いな、ハル……」
 
愛車をハルヒに渡そうとして振り向いたとたん、頬にキスされた……何?
 
2秒くらいの短いキスだったが、ハルヒの顔は赤くなっていた。
 
「おまじない。アンタが無事に試験を受けて、合格できるように……じゃあね!頑張りなさいよ!」
 
それだけ言うと、ハルヒは俺の愛車に颯爽と跨って走り出した。
……速えええ。もうあんな所にいやがる。俺の自転車じゃないみたいだ……壊れなきゃいいが。
 
それにしても「おまじない」のキスですか。あいつはそういう「女の子」らしさとは無縁だと思っていたのだが、これはこれで良いかもしれない。
 
ニヤニヤが顔に浮き出てくるのを無理矢理押さえながら、ウインカーを付けてこちらに向かって来たタクシーに手を振った。
 
 


|