今日は中学生活最後の日、つまり卒業式の日だ。
いつもより早く起きた俺は、感慨深い気持ちを感じながら学校へ向かっていた。
 
 
小学校を卒業するとき、俺は別に何とも思っちゃいなかった。
実際中学なんて小学校の延長のようなもんだったしな、通学路だって小学校のときと同じ道を通る、強いて言えば歩く距離が少し長くなったぐらいだ。
もちろんクラスメートはみんな小学校のときからの知った顔である。
いや、みんなというのは語弊が生じるな。
うちの中学は基本的にうちの小学校の生徒がほとんどだが、もう一つ小さい小学校からも少人数だが来ることになっている。
そんなわけで、俺には多少なりよく知らない生徒がいたわけだ。
 
中学生活にもなれてきたある日、隣の組にとんでもねー美少女がいると聞いた。
その頃俺はそういうことにあまり興味がなかったが、友達が見に行こうと言うので付き添うことにした。
隣の教室を覗き込むと、誰が見てもはっきりとわかる美少女を見つけた。
こんな冴えない中学にもあんな人いるんだな。
そんなことを考えながらボーッとしていると、不意にその子と目があってしまった。
うわっ、恥ずかしい……、一旦、目を離した俺は、再度確認するようにまたその子の顔を見た。
すると、その子は笑いながら俺の方を見ていた。まさに天使の微笑みと言うやつだろうか。
とにかく俺は、そのときからその子のことが頭から離れなくなっていた。
 
中二のとき残念ながらその子と一緒のクラスになることはできなかった。
かといって自分から積極的に話しかけるような度胸も俺にはない。
そして、中三の春、クラス替えと始業式の日、俺はその子のことを諦めかけていた。
そりゃそうだ、あんな超絶美人がこんな平凡な俺のことを相手にするわけがない。
それに、その子は今まで告白してきた男を全部フってきたらしい。
もちろん、その中には俺よりもカッコいいやつは何人もいる。
だから諦めたって仕方ないだろ。
俺は自分の教室を確認し、大した期待をすることもなく、新しい教室に入った。
黒板で自分の座席の場所を見て、席に着く。
やることもなかった俺は始業式まで眠ることにした。
 
……………み…
 
……ぃ…きみ…
 
ん、誰の声だ。聞いたことねえぞ。
 
「…………あが…?」
 
「――おいっ!!君!」
 
「うおっ!!!」
 
俺は大声を出して飛び上がった。
当たり前だ、俺の耳元で誰か叫んでやがったからな。
うわっ、まだ耳鳴りがする。このバカ声が。
 
「おいっ、何しやがる!!」
 
そう言って、叫んだやつの方を見ると、天使が目の前にいた――。
いやいや違う、でもやっぱりあの子で間違いなさそうだ。
 
「もうすぐ、始業式だ。君と僕以外のみんなはもう廊下に並んでいるよ。」
 
辺りを確認すると、誰もおらず廊下の方からクスクス笑う声が聞こえてきた。
 
「俺、どのくらい寝てた?」
 
「少なくともホームルーム中はぐっすりだったね。
ああ、あと自己紹介も終わったよ。君には後からやってもらうそうだ。面白いものを期待してるよ。」
 
そう言って、その子は笑い始めた。
ああ、その顔だ。その顔に俺は惚れたんだ。
 
「どうしたんだい?さあ早く並ぶよ。」
 
「す、すまん。ええと…」
「佐々木だ。」
 
そういや俺名前も知らなかったんだな。
普通好きな女の子の名前くらい調べるよな。
ちょっと何もしなさすぎだったか。
 
「あ、ああ佐々木か、すまんな。俺は…」
 
「キョンだろ。聞いてるよ、面白いあだ名だ。気に入ったよ。」
 
佐々木までそう呼ぶのかい………、だが気に入られたんならしゃあねぇ、もう何とでも呼んでくれ。
 
その日以来、俺は佐々木とよく話すようになった。
更に決定的だったのは佐々木と一緒の塾になったことかな。
それから、より一層佐々木とは一緒にいる時間が多くなった。
けれど、俺は自分の思いを伝えたりはしていない。
よくある話だが、今の関係が壊れるのが怖いってやつだ。
 
 
ある時、俺と佐々木が付き合っているんじゃないか、という噂が流れた。
佐々木は、気にすることはない、などとのたまっていたが俺としては気にする、そして嬉しかった。
そうだろ?つい最近まで諦めかけていたやつとそう思われるまで親しくなったと思えると、な。
それでも、結局俺達の関係が友達から発展することはなかった。
 
そんなこんなで今に至る、つまり冒頭部分にもあった通り卒業式の日。
やはり早く家を出たせいなのか、教室には誰もいなかった。
一人を除いてな…
 
「よお佐々木。今日は早いな。」
 
佐々木は机に突っ伏したままで返事はない。
 
「おい、どうした佐々木?」
 
それでも佐々木は何も喋らなかった。
俺が心配になっていると、佐々木が急に頭をあげた。
その目は赤くなっており、少し潤んでいる。
 
「……やあ、キョン。恥ずかしいところを見られたね。」
 
そう言いながら佐々木は目を拭った。
こんなときに気が利いたセリフが言えない自分が憎かった。
 
「本番で涙を流したくなくてね、今のうちにと思って。」
 
そのときの潤んだままの目の佐々木は例えようもなく儚くて、そして美しかった。
 
「佐々木……」
 
「キョンのおかげでこの一年は今までで一番充実したものになったよ。ありがとう。」
 
「俺だってそうだ。お前がいなかったらって思うとぞっとするね。」
 
「フフッ、キョンは本当にいいやつだよ。」
 
最後までその笑顔、…………伝えたい、この気持ちを。
伝えないと、もうどうにかなっちまいそうだ。
 
「佐々木…、聞いてほしい…。
俺、お前が好きだよ。やっぱり隠しきれねえ。
三年前から、……お前は覚えちゃいないだろうが、俺が初めてお前を見たときからずっと…。俺は…お前がほしい……。」
 
そう言って俺は佐々木を抱きしめた。
 
「私も…キョンが好き……。
高校で…離れたくないよ。」
 
「佐々木……」
 
「だからね……、キョン。」
 
「何だ。」
 
「三年後、高校は違うけど、卒業式に必ず迎えに来てよ。
これが私からの約束。」
 
そう言って佐々木は俺に口付けた。
反則すぎだよお前は、最初から最後までよ。
 
 
「当たり前だ…………絶対行くさ、お姫様。」
 
終わり


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