第二章 それぞれの思惑
 
一通りの説明を聞き終えた古泉は、いつもの0円スマイルを3割減の顔で首肯した。
「そうですか、家庭の事情というわけですね……貴方は宜しいのですか?」
「だから、ここで相談しているんじゃないか。お前らなら、何とかしてくれるんじゃないかと思ってな」
「なるほど、それは常識的な判断です……ふむ……分かりました。少し裏を当たってみましょう。貴方が『下宿できる』『格安な』物件の探査も含めて調べてみますよ」
「手間を掛けてすまない。俺も生まれ育ったこの町から、今更全く知らない土地に引っ越しなんかしたくないし、何よりSOS団を抜けたくはない」
 
ほう、という表情で古泉が感嘆の言葉を出す。
「……驚きました。貴方がそれほどこのSOS団に……いや、この環境に執着していたとは」
「この2年間色々あったし、おそらくこれからも一生忘れられないような事が起きるだろうしな。それが俺だけ抜きってのは、正直おもしろくない」
 
破顔一笑して古泉は両手を広げる。
「承知しました。明日にはご連絡できるかと」
「ああ、朝比奈さんと長門にも同じ事を頼みたいんです。引き受けてもらえますか?」
「ふぇ~、分かりましたぁ」
「……承諾した」
 
この時ほど、こいつらの特殊属性(宇宙人、未来人、超能力者)が嬉しく思った日はなかったね。きっと何とかしてくれる、何とかなるだろうと、俺は何の根拠もなく思っていたからな。
 
翌日。
 
「あたし用事があるから、先に行ってて!」という声がドップラー効果を伴って廊下に消えていった放課後。
俺は部室に向かった。
まあ、ハルヒが俺より遅れて部室に到着するのは願ったり叶ったりだ。なんせ連中には昨日の頼み事の件もあったしな。
 
「……何とも、すみません」
「……ごめんなさい」
「……すまない」
 
部室に着いて、いきなりの三連コンボだった。
いつものパイプ椅子に腰掛けながら、全員の顔を見渡す。全員が目をそらすが、古泉が意を決したように俺の目を見ながら話し始めたが、その顔にはいつもの笑みが宿ってはいなかった。
「機関で少々調査させて頂いたのですが、貴方のお父様の転勤には、全く不審な点は見あたりませんでした。
むしろ、一般的には『栄転』と呼ばれる類のもののようです」
「まぁ、確かに新規プロジェクトのリーダー、新社長って話だったからな」
「むしろ、貴方のお父様はリーダーに推されることを拒んでいたようです」
「??どういう事だ??」
「貴方や妹さんが一人前になるまで……そうですね、貴方が大学生になり、妹さんが高校生になる位までは、このプロジェクトを引き受けるつもりは無かったようです。
ただ、ライバル会社が同じ市場に目を向け始めたと言う情報が入ったあたりでお父様の心情とは別に、会社の方が動いたようですね」
「そうか」
俺は親父の仕事なんぞにあまり興味はなかったが、実はそんなめんどいことになっていたのか。今後俺が就職したら、この件で親父と飲み交わしてみても良いかもしれない。
 
「さらに住居の件ですが」
「おお、それを聞きたかった。で、どうだった?」
長門や朝倉のマンションレベルとまでは言わないが、なんならボロアパートでも構わんぞ。

「ありませんでした」
「何??『機関』の力をもってしても見つからなかったというのか?」
「いえ、アパート…と言いますか。一年間住める住居を見つけることは我々には造作もないことなのですが、その……」
「何だ、はっきり言え」
 
「『機関』からの許可が下りなかったのです」
「なんと……」
「何らかの事情で『機関』はこの件に関しての干渉を避けているようです。そのためマンション、アパートをはじめとする物件の申請の、ことごとくが却下されました。最後の手段として僕が今住んでいるマンションを提供しようと申請したのですが、それも却下されました」
おまえの部屋に住み着くのは、どう考えても却下なのだが……それはいい。
 
「つまり、どうしようもないって事なのか?」
「お力になれず、すいません」
0円スマイルをさらに値引きしたような顔で古泉が謝った。
 
「……キョンくん、あの」
朝比奈さんが本当に申し訳なさそうな顔で、俺の顔を覗き込んできた。
 
「……そちらは何か分かりましたか?」
「ええと……未来は確定していない、でも特定の未来を迎えるには分岐点……私たちの言う【既定事項】がある。これは以前お話したことがありましたよね?」
「以前聞いたことがありますが……それが今回の話と何か関係が?」
「キョンくんのお引っ越しは、この時間平面上の分岐点……それも凄く大事なものなんです。この分岐点は未来の私達に関わってくることなんです」
「どういう意味ですかそれは?俺が今後SOS団の活動に参加できないってのが分岐点なんですか?何故?」
「……【禁則事項】です……ごめんなさい、私にはこれしか言えないんです」
 
俺の鋭い視線に、びくっと身を震わせる朝比奈さん。
ああ、すいません。そんなつもりではなかったんですよ。本当です。
「……いえ、でもこんな事を言われたら、普通は怒りますよね。でも、今の私にはこれしか……」
大粒の涙をぽろぽろ溢す。ごめんなさい、虐めたつもりではないんです。
 
最後の望みを掛けて、長門に視線を送る。
しかし、その瞳に覗くのは「陳謝」の感情だった。
「情報統合思念体は、涼宮ハルヒの情報改変能力の減少を関知している。このままでは近い将来その能力が失われてしまう可能性が高い。情報統合思念体は、様々な仮説を立てた。涼宮ハルヒの情報改変能力の減少を食い止める、もしくは拡大させる方法。その中に「情報フレア発現、または収束の鍵となる人間との一時的な離別」も入っていた。その『鍵となる人間』とは、あなた」
「……長門??ちょっと待て。今回の黒幕はおまえのパトロンなのか?」
「違う。先ほどの案は、リスクが大きすぎるとして却下されている。また、この件に関して私は一切の命令を情報統合思念体から受けていない。現在も、この事態に対し情報統合思念体は当惑している」
「……よく分からんが、おまえのパトロンの仕業では無いって事か?」
「そう。もし情報統合思念体がそのような結論を導き出したとしても、私という個体はその決定に対してありとあらゆる抵抗を試みるだろう。しかし、私は現在そのような事態に陥っていない」
 
俺はため息をついた。
と言うことは、俺のこの引っ越しは『親の都合による引っ越し』であって『宇宙的な陰謀』でも『未来的な都合』でも『組織とやらの仕業』ではないって事だな?
 
俺は3人から視線を外し、虚空に惑わせた。
そっか、そうなのか。じゃあ、覚悟を決めなきゃな。
 
 
「ところで」
いつになく真剣な目をした古泉が言葉を紡いだ。
「涼宮さんにこの件はお話しされたのですか?」
「いや、まだだ。お前らの結論を聞いてからと思っていたからな」
「なるほど。でも」
言葉の端に笑えないほどの真剣さを含んだ言葉を聞いて、俺は古泉の顔をまじまじと見つめた。
「どのようにこの件を涼宮さんにお伝えするのかと思いまして」
「そうなんだよな。それが今の俺の最大の懸念事項なんだよなー。下手を打つと、引っ越し前に貯金がマイナスになりかねん」
 
「……そういうことではないのですが……」
「あいつにとっては、単に『団員その1』が引っ越すだけだろ?そりゃ不思議探索の財布係がいなくなってしまうんだから、あいつも面白くないだろうさ」
そこで会話が途切れ、ふと辺りを見回す。
 
「……鈍感」
「……そういう意味じゃないんですよお……」
「……やれやれ、これまでとは」
 
三人の痛い視線が俺に投げかけられる。
……待て待て、転校の件は俺が相談している立場なんだぞ?なのに、なんでそんな人を殺せるような視線を全員から投げかけられねばならんのだ?
 
突然「バァン!」と扉が開き、黄色のカチューシャが揺れる。
「へ~~~い、お~~待ちぃ~~~!!!」
こちらとしてはにっちもさっちもいかない状態だったので、部屋に入ってきた天上天下唯我独尊娘には感謝の言葉を贈呈したいような気分だった。気分だけな。
 
「……何?妙に場が暗いんだけど??」
「……なんのこった」
「まあいいわ。あ、キョン?あんたそういえば罰ゲームまだ残ってたよね?」
びしっ!と俺に指を突きつけた団長様は、いつも変わらない笑顔で宣言した。
「昨日と今日で、既に準備は整ったからね!春休みに入ったら、早速罰ゲームやってもらうわよ!」
 
俺以外の三人は、既にいつもの顔に戻っていた。
朝比奈さんは、ハルヒに差し出すためのお茶の用意を始め、長門はもっていた分厚い書籍に目を落とし、古泉はボードゲームの準備を始める。まるで先ほどまでの俺との会話が無かったかのよう。
 
その日も、長門が本を閉じる音とともに全員が帰り支度を開始、全員で下校。
こうやってSOS団のいつもの日常は過ぎていった。
 
ただ俺の心の中には、明日ハルヒへ転校の件を告げなければならないという暗雲が渦巻いていたが。
 
 


|