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第一章 家庭の事情
 
ことの始まりは一昨日の事だ。
期末試験明け初めての土曜日。
恒例の不思議探索が恙なく終わり(俺の財布のダメージは大きかったが)団長サマの「今日はこれで解散!」
の号令で各自家路についた。もうあと少しで春休みだが、あの団長サマの言によると、SOS団は年中無休で活動予定らしい。ま、少しくらいは俺にもぼーっとシャミセンや妹と戯れるような普通の休みがほしいねえ、などと自転車を漕ぐ俺は、これから起こるだろう真珠湾攻撃を予測できなかったオアフ島守備隊隊長の心境に近かったのかもしれない。
 
家に着くと珍しく親父がいた。
いつもは日曜日にしか家にいない仕事の虫だから、土曜日のこの時間に家にいるのは、滅多にないことなのでちょっと驚いた。
 
「ちょっといいか?」
リビングから顔を出した親父は、食卓の椅子に座るように目線で合図する。
その向かいには神妙な顔をしたお袋まで鎮座している。珍しいな、親父から声を掛けてくるなんて。
……つか、このポジションは……俺の向かいに親父とお袋。妹はいない。
俺何かやったっけ?
ああ、もしかして学期末テストのことで、また予備校がどうとか言う話になるのか?
 
落ち着かない表情の俺を見て、親父がさくっと切り込んできた。
 
「実は、引っ越すことになった」
「……わりィ、親父。意味が解らないんだが」
 
「引っ越しというのは、今住んでいるこの家から別の家に……」
「いや、そんなことは聞いていない。なんで引っ越しすることになったのか、その理由を教えてくれ!」
 
親父とお袋はちらりと目配せしてから、話をし始めた。
色々と言い訳がましい説明もあったのだが、要するに……
親父が勤めている会社で新しいプロジェクトを始めることになり、その責任者が親父に決まった。そのプロジェクトとやらはかなり大きなものらしく、ある程度の結果を出すまでには最低数年、予定では十数年かかる長大なものなのだそうだ。ただ、問題はそのプロジェクトを行う場所が、俺がずっと暮らしてきたこの街から遠く遠く離れた場所にあると言うことだ。もちろん、日本国内だがな。
親父も当初は単身赴任を考えたらしいが、そのプロジェクトがかなりの長期に渡るのであれば、いっそのこと生活基盤をそちらに移した方がよいだろうと考えた。結局、家族全員で引っ越すことにした、ということだ。
 
「……と、こういう訳だ」
「おいおい、俺も妹も学校があるんだが?いきなり転校と言われても、色々困る」
「心配ない。別に外国や人外魔境のジャングルに引っ越す訳じゃあない。一応日本国内だ、引っ越し先にも中学校や高校はあるぞ」
「妹ももうすぐ卒業で春からは中学生だぜ。誰も友達がいない中学校に行かせるのはかわいそうだと思うが。それに俺も来年は受験生だし、この大切な時期に引っ越したくはない。俺達はこっちに残るからな」
「……じゃあ聞くけど」
 
親父と俺の会話を黙って聞いていたお袋は俺の方をじっと見ながら、まるで判決文を読み上げる判事のような表情でこう宣った。

「仮に一年、引っ越しを延ばしてあんたが高校を卒業するまでここに居たとしましょ。あんたはいいわね。
でもあの子は、こっちの中学校に入って、新しい友達ができてから転校することになるのよ?それって今の状況よりも更にかわいそうだと思わない?この多感な時期に」
「……いや、あいつならどこに行っても友達を作れるはずだ。そうだ、いっそのことあいつが中学校を卒業するまで居るって言うのはどうだ?俺もその頃には大学生だろうしさ」
「ふ~~ん、あんたあの子と3年間も二人暮らしが出来るほど、家事やなにやら一通り出来るんだ?勿論、あんたの部活とやらも、出来なくなるわね。掃除や洗濯、毎食事の準備。学校が終わったらすぐに帰宅して取りかからないととうてい出来ないわ。勿論、朝の準備もね。主婦の仕事を嘗めるんじゃないわよ」
「う、そ……それは……つか、二人暮らして。お袋が親父に付いていくのは、既に決定してるのか?」
 
「当たり前でしょ、夫婦なんだから。あ、あとさっき『俺は受験生』って言ってたけど、どこの大学に行くつもり?」
「まだ決めてはいないが、一応学校には国公立志望で進路提出してる。つか、そうしろといったのはお袋で、俺には一切反論の余地を与えてくれなかったじゃないか」
 
「まあ、うちは私立の大学にあんたを入れられるほど裕福じゃないから、国公立大学に入ってもらわないといけないんだけどね。あんたが今の学力で入れるような大学って、どこ?」
「……ええと、そうだな。○○大学とか?」
 
「で、あんたはそこに入りたいわけだ。入って何をするの?その大学で何をしたいの?そうそう、あんたの家庭教師してくれた涼宮さんだっけ?あの子もその大学志望?」
「あいつの志望は、もっともっとランクが上の大学だ。以前ちらっと聞いたことがある。それよりも、なんでアイツの名前が出てくるんだ?」
 
「あら、あんた涼宮さん達と一緒の大学に行きたいんじゃなかったの?」
「別に俺はあいつらと同じ大学に入りたいとかそんなことは考えてないぞ?大体、何で大学に入ってまであいつの尻ぬぐいをしなきゃならんのだ。しかも涼宮さん達って事は古泉や長門もセットなのかよ!……でもまあ、一緒だったら楽しいだろうがな……」
 
そこで、お袋の目がキラリと光った。
「でしょ?だったら、別の場所で一年間みっちり勉強して、一緒の大学に行けるようにすれば良いじゃない?それだったらお父さんも母さんも何も言わないわ……ま、本当に入れるならね」
「おいおい、ちょっと待ってくれ。ハルヒの志望大学なんて、俺が逆立ちしても入れないような高レベルな所だぞ。あそこに現役ですんなり入れるようなのは、俺の知っている中では古泉と長門くらいなもんだ。俺のような一般人は、どう考えたって無理だぜ」
 
そんな俺の脳内突っ込みを察した様に、お袋は先刻から読み上げていた判決文の最後の言葉を読み上げた。
「あんたがSOS団とやらの部活を辞めて、一心不乱に勉強をすれば……もしかしたら何とかなる可能性もあるかもしれないけどね。でも現状でさえ無理なのにこっちで二人暮らしだったら、もうどうやっても無理でしょ。だったら、別の場所で心機一転して、本気で将来のことを考える方がいいんじゃない?」
「いやだから……でも……え~~と……」
 
「あんたがもし本当にやる気を出してくれるなら、塾でも講習でも家庭教師でも、応援するわ。その結果、その大学に合格したのなら下宿代でも何でも出してあげる。本当に合格できるならね。あと大学は学区制じゃないんだしどこの県の高校だろうと受験するチャンスは一緒だからね。受験まであと一年無いのよ?がんばりなさい」
 
ぐうの音も出なかった。
黙り込んでしまった俺を見て、親父がこの一方的な通告劇の最後を締めくくった。
「と、言うことだ。三学期の終業式が終わったら、引っ越し準備に掛かるぞ。今のうちから、荷物はある程度整理しておけ。それと、向こうの高校の編入試験もあるから、きっちり勉強しておくことだな」
「期末試験が終わったと思ったらまた試験かよ。勘弁してくれ。えーと、それはいつだ?」
「終業式の次の日だ。おまえには終業式が終わったら、向こうに直行して試験を受けてもらうことになる」
「……俺はその向こうの高校とやらに行ったこともないし、行き方も知らんよ?」
「俺も同行するよ。おまえ一人を向こうにやるわけにはいかんし、引っ越しの下準備もあるからな。気楽にやれとまでは言わんが、公立の普通高校だから、余程のことがなければ受かるさ」
 
そうですか。全て根回し済みって事ですか。
 
はぁ。
 
「……ちょっと待て。妹には引っ越しのことは話したのか?」
「話したわ。ぎゃんぎゃん泣き叫んだけど、最後には『分かった』って言ってた」
「……そうか。あいつが形だけでも納得したのなら、俺がどうこう言っても始まらないんだな」
「そういうことね。さて、いまから夕食にするから、あの子呼んできなさい」
 
部屋に閉じこもっていた妹を宥め賺し、リビングに戻ってきたのはそれから1時間後のことだった。
 
 

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