――あの日から3日程経った。今に至るわけである。
 
ハルヒがどこからともなく新調した真っ白のまさに雪のようなドレス。それを着ている長門は朝比奈さんさえ凌駕する程の破壊力を持っていた。
 
「似合う?」
 
長門が上目遣いで訊いてくる。この状況があと10秒も続けば俺は失神していたかもしれないな。
 
「ああ、すげぇ似合ってるぞ。」
「そう」
 
トテトテと戻っていく長門。ドレスを着慣れていない歩き方はまた愛らしい。
 
「またボーっとして!ちゃんと台詞覚えたの!?」
「ああ、意外と真面目にやってたんだぞ、一応な。」
「言ってみなさい!」
「えーと…『おお、これはなんとも美しい…目を覚ましてくれたまえ、美女よ。』」
「…はっきり言うわ、気持ち悪い」
「お前がやらせてんだろうが!」
「もっと王子様っぽく言いなさいよ。それじゃあただの変態よ!」
「そう言うお前はどうなんだよ。」
「あたしはちゃんと監督と魔女役を両立させてるわよ。」
「じゃあ台詞言ってみろよ。」
「あたしにそんな暇ないの。有希の稽古で手一杯なんだから!あんたもちゃんとやりなさいよ!」
 
そう言ってハルヒは長門の元へ戻っていく。谷口は隅の方で台本とにらめっこ中で、鶴屋さんと国木田は仲良く話しながら台詞覚えをしている。朝比奈さんと古泉も同様だ。
コンピ研5人はブツブツと不機嫌そうに台詞合わせをしている。
もう気付いているかもしれないが、ここは文芸部室ではない。俺の説得とハルヒの権力(なのか?)で、体育館のステージを貸切状態しているのだ。もちろん演劇部と交代でね。
 
 
休憩時間。俺はふと思いついた素朴な疑問を投げかける。
 
「ハルヒ、衣装は長門のしかないのか?」
「今のところはね。でも後々あんたの衣装も揃えてあげる。」
「一体どこから持ってくるんだ。」
「ネット通販よ。」
 
ああ、バニーガールもそうだったっけか。
 
「魔女の服は去年の使い古しでいいし…七人の小人の衣装も揃えないといけないわね。」
「魔法の鏡はどうするんだ?」
「体育館にスクリーンを出してドアップで谷口の顔を映せばオッケーよ。」
「………ぶっ」
 
想像したら吹いた。というかまずい、笑いが止まらん。
 
「そんなにおかしいかしら?」
「っくく…楽しみになってきたぞ、その時が。」
「それは良かったわ。主役男優がその気でないと始まらないからね!」
 
するとハルヒは立ち上がって
 
「休憩終わり!今日は最後に第一章を合わせるわよ!」
 
珍しくハルヒの企画で俺がやる気になってきた。まぁ谷口のおかげか。
まぁ俺は第一章に出てこないから安心…してる暇もなかった。
 
「ほら、あんたはスポットライトの練習をしなさい!」
 
また言わせてもらおう。…やれやれ。
 
 
無事第一章の流れは一通り完成した。スポットライト役である俺への罵倒は何十回あったか分からんがな。
 
 
25日後に学校祭を控える朝のホームルーム前。まだハルヒが登校していない時、1年5組に珍しい訪問者が来た。
 
「訊きたいことがある」
 
と、一言俺に伝える平坦な声。そう、長門である。
 
「なんだ?」
「どうすれば感情というものを台詞に込める事ができるのか、教えて」
 
なるほど、長門も真剣なようだ。しかし中々難しい質問だな…お前の場合は見て覚えた方がいいかもしれない。
 
「見て覚える?」
 
長門は首を傾げてまた問いかけてくる。
 
「ああ、言葉じゃ伝えきれないもんがある。次の土曜、演技の勉強に行くか?」
「いく」
「じゃあ決まりだな。映画で演技の参考になるか…?ま、見るもんはこっちで決めとくよ。」
「…また放課後に。」
 
恋愛物でいいのか?それともファンタジー物?そう悩んでいると谷口が野次馬のように寄ってニヤニヤしながら言った。
 
「キョン、何デートに誘ってんだよ~!」
 
デート?一体何の事だ?
 
「今の約束に決まってんだろ!」
 
今の約束って…映画の件か?別にそんなつもりは無かったんだが。
 
「あいつを映画に誘う勇気がキョンにあるとはなー。驚きだぜ。」
 
確かにデートと言えるかもな…ん、俺は結構大胆な事をしていたのか…!?
 
「今更何言ってんだよ。これを涼宮が聞いたらなんて言うかね~!」
「別に関係ないだろ。」
「ん、そうだったのか?俺はてっきり…」
「何密着して話してんの?気持ち悪いわよ、あんた達。」
 
確かに一理ある。暑苦しいから離れろ、谷口。
 
「ま、せいぜい頑張れよ、キョン!」
 
あいつは最初から最後までニヤニヤしっぱなしだったな。
 
 
それから3日間、俺達の辛い練習の日々が続き、約束の土曜日がやってきた。
ハルヒもさすがに疲れたらしく、今日と明日の練習は休みだという。こりゃあ有意義な休日が過ごせそうだ、と期待を膨らませる俺。
 
 
集合時間より10分早い12時50分にいつもの駅前に到着した俺だが、長門は一足早く到着していたようだ。
 
「よっ、長門。」
 
制服で来るんじゃないかと心配したが、そんな心配は全く要らなかった。白い肌によく似合う真っ白のワンピース。
少し背が伸びたのか、と思って足に目をやると白いハイヒールを履いている。大人っぽい長門は最高に可愛かった。
 
「行こ」
「ああ。じゃあちょっと着いてきてくれ。」
 
近くの映画館へ長門を誘導するが、予想通り街中は混んでいた。
これでははぐれてしまうのも時間の問題だ。
 
「長門、はぐれないように…手繋いでもいいか?」
「繋ぐ」
 
長門は俺に右手を差し出してそう言った。本格的にデートみたいになってきたぞ…?
 
手を繋いだ時間が長いようで短く感じた映画館までの道のり。いかん、平常心だ。頬を赤く染めたりなんかしたら格好が付かないしな。
 
「…ここ?」
 
今日初めての疑問文。そう、ここが映画館だ。
俺は最後まで恋愛物かファンタジー物か決める事ができなかったが、恋愛物の方が空いてそうな雰囲気を醸し出していた事を見抜いて決断した。
 
 
席は後ろの方になってしまったが、長門にとって見やすい見にくいの問題は皆無だろう。
上映時間までの待ち時間、俺の左隣でポップコーンをパクパクと食べていく長門に唖然していたのだが、右隣の方から聞きなれた声が聞こえてきた。
 
「あーあ、後ろの方になっちゃったわねー…」
 
…間違いない。奴の声だ。
 
そして更なる不安が俺を押しつぶす…その次に聞こえた声によってな。
 
「めがっさ楽しみっさ!」
「わたし…こんなの初めてですぅ。」
 
容易に声と顔が一致する。これは最悪といっていいほどの悪状況…死んだな、俺。
だが幸いな事に、奴はこちらに気付いていないようだ。だが俺の心臓の音は周りに聞こえそうな程鼓動の音を発している。
長門は俺の汗の量を見て不思議に思ったのか、首を微かに傾げながら聞いてきた。
 
「…どうしたの?」
「あら?今有希の声が…って、有希じゃない!」
 
ハルヒは体を前にのりだして長門に話しかける。
 
「有希っ子ー、珍しいね、映画館にくるなんて~!」
「長門さん…こんにちは。」
 
…俺は死を覚悟した。朝倉涼子の突き刺してくるナイフも、今なら喜んで刺されに行くさ。
 
「ちょっとあんた…そこの子と席変わってくれる…って…」
「あっ!」
「…あれ?」
「………」
 
 
――そしてその次の日…って、え?省略するなって?…分かったよ、ったくもう。
 
すぐさま俺達の映画鑑賞は終わった。始まってもいないのだがな。
ハルヒは服の裾を引っ張って放り投げるように俺を外へと追いやった。
 
「で、あんたは何をやってたわけ…?」
 
涼宮さん…声、トーン低いです…
 
「何やってたのって聞いてるのよ!!」
「…い、いやあの…そのだな。映画で演技の勉強でもと思って」
「それで有希を誘ったってわけ!?」
「違う、長門の方から提案を…」
「有希があんたなんかと来るわけないでしょ!!」
 
いつもポンポンと出てくる言い訳さえ見つからない。俺の脳内探索隊は何をしているんだ!!
「隊長が汗だくで指示がありません!」と隊員の一人が主張する。ああすまん、それ俺の事だ。
 
「うっひゃー…ハルにゃんめがっさ怒ってるねー…」
「キョンくん…可哀想です…」
 
「頑張って指示を出してください!!」と隊員達の励みの声が聞こえる。いや、妄想だけどさ。
 
「俺が無理矢理誘ったわけじゃないし、俺はそんなことしない。信じてくれ。」
「今のあんたを信じられるわけ…!!」
 
ハルヒの声がいきなり途絶える。下げていた頭を上げると、長門がハルヒの服を引っ張っていた。
 
「ゆ、有希…?」
「彼は嘘は吐いていない。今日の事はわたしが提案した。」
「キョンに言えとか言われてない?本当?」
 
どこまで信用しないつもりなんだ、この総監督様は。
 
「わたしの意志で彼に勉強させてもらいたい、と申し出た。」
「そ、そうだったの…?え、ええっと…」
 
長門の総攻撃によって形成は逆転した。見ろ、あのハルヒのあたふた顔を。
誰が長門と来るわけないって?ええ?
 
「けれど、映画館に行くと提案したのは彼」
 
…長門の裏切りによって形成はまた逆転した。見よ、俺の恐怖感に満ちた顔を。
 
「誰がそんな事はしないんだって…?ええー?」
 
ハハハ、ナガトサン。クウキ、ヨモウヨナガトサン。
 
 
その日、俺はハルヒにこってりシメられた。回し蹴りに関節技、とび蹴りなど、技のバリエーションの多さを披露してくれたね。
日曜日にずっとベッドの上で過ごす事になった事は、言うまでもない。
 
 
明くる月曜日。なんとか動けるまでに傷が癒えた事で学校に行くことに。…まだ所々が傷むんだが。
教室に入ると真っ先に不機嫌そうなハルヒの姿が目に入る。見ただけで傷が痛んだのは気のせいか?それを確かめる術は俺には無い。
きっと知る事ができるのは、自称神の、魔女様だけなんだろう。
 
「よう…ハルヒ。土曜はほんとすまん。」
 
次の発言次第で今日の俺の気分は変わっていただろう。…あれ、俺の一日はハルヒに左右されて程になってしまったのか?
ハルヒは四分の三拍子程の間を置いて
 
「いいわよ、勉強しようとしてたのは本当らしいし。あたしの方こそ、やりすぎちゃったみたいね。」
 
なんとか最悪の事態――とは何か、実は俺も想像がつかない――は免れたようだ。
結局長門のために何もできなかった土曜を悔やみながら、放課後に俺は部室…ではなく、体育館ステージへ向かう。
 
「キョンくん、こんちには。」
 
朝比奈さんが缶のお茶を差し出してくれる。この方は体育館でもお茶を出してくれるのか。
 
「『まあ、美味しそうなリンゴ…早速いただくわ。』」
「ダメー!まだまだ感情こもってないわよ、有希!」
 
ハルヒと長門の稽古姿が視界に入った…んだが、いつもと何かが違う。ああ、ハルヒが去年長門が着た魔女の服を着ているのか…似合ってるぞ、くらい言ってやればいいだろうか。
 
「じゃあもう一回!『ヒィーッヒッヒ、お嬢さん、リンゴでもいかがかねぇ?』」
 
いかにも悪そうな魔女だな…ある意味あそこまで演じきるとは凄い。
 
「『まあ…!美味しそうなリンゴ…早速いただくわ。』」
 
だが長門の声の音程は全て同じ平坦なまま。まずはあれから直さないといけないらしいな。
 
「ダーメ!もっかいよ!あたしの演技をよく見て真似なさい!『ヒィーッヒッヒ、お嬢さん、リンゴいかがっ…あら?リンゴでもいかがかねぇ?』」
「『まあ、美味しそうなリンゴいただく…あら。早速いただくわ。』」
「…有希、えっと…ごめんね。」
 
この稽古をビデオで撮ればそのまま生徒会に提出して出し物として成り立つんじゃないか?結構面白いぞ、こいつら。
悠長にこんな事を考えていたが、ハルヒにすぐ感付かれた。
 
「あっ、キョン来てたの?台詞練習してきたでしょうね?」
「まあな。」
「じゃ、やってみなさい!」
「『おお、これはなんとも美しい…!!目を覚ましてくれたまえ、美女よ!』」
 
俺は自作の動作まで付けてハルヒに披露してやった。どうだ、俺の演技の程は。
 
「…上達したんじゃない?」
「だろ?」
「じゃあせっかくだし…第五章の練習始めましょうか。あんたと有希しか出てこないし。」
「第五章?」
 
俺は台本をパラパラを開き、第五章のページで指を止めた。
 
「お、おいこれ…」
「もちろん、練習してきたでしょうね?」
 
一応台本全部目に通したはずだったんだが…こんなシーン、あったのかよ!まぁ白雪姫では定番なんだろうが…
 
「ほら、棺桶も用意したんだから、有希ここに寝て!」
 
いつかの閉鎖空間から脱出した手段が主体のこの第五章。…マジでやるのか?
 
「まさか本当にするなんて思ってるんじゃないでしょうね?するフリよ、フリ!あんたが有希とキスなんて、100万年早いんだから!」
 
…ですよねー。
 
「だが残念な話があるぞ、ハルヒ。」
「何?」
「俺はこのシーンの台詞、全く覚えてない。」
「…まあいいわ、台本見ながらやって。」
 
ハルヒの喝は飛ぶかと思ったが…これは予想外の反応である。
 
「アクション!!」とハルヒの活気良い声と同時に俺と長門の演技が始まった。
第五章『Kiss』。どんなシーンかは説明は要らないよな?俺は棺桶で眠っている長門の横に立つ。
 
「『おお、これはなんとも美しい…!!目を覚ましてくれたまえ、美女よ!』」
「カァーット!!!!」
「なんだよ。」
「あんた、それ四章の台詞でしょ!?ばっかじゃないの?」
「そんなわけ…って…すまん。」
「もう一回!アクション!!」
「『か、可哀想な美女…魔女の毒によって死んでしまったというのかー』」
「『………』」
「『俺のく、くく口付けで…目を覚ましてくれ、美女よー』」
「『………』」
 
俺が長門の唇に顔を近づけた瞬間、ハルヒによってこの行為は妨げられた。
 
「カァーットォ!!!!!」
「なんだよ!」
「棒読み過ぎよ、あんた!初めてでもそんな下手な奴も珍しいわ!」
「難しいんだよ、これ!」
 
それに羞恥心が邪魔をする。
 
「有希を見てみなさいよ!見事な寝っぷりでしょ?」
 
別に寝るフリなんて誰でも…って、本当に上手いな。こんなに死んでるように眠るフリができるのか…?
 
「………」
「有希、もう演技はやめていいわよ。」
「………」
「有希?」
「ZZzzzz」
 
言ったのは何回目だ?まぁそんな事は気にせず言わせてもらおう。…やれやれ。

 

 

 

 

白有希姫 後篇へ

 


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