「なんで、こうなったんだろうな……」

俺はそう呟くと、夜の教室から外を眺める。
窓の外には何時もの風景が広がっている。だが、幾ら手を伸ばしても窓の外に手が出る事はない。
黄色のリボンを付けた、鬱陶しくもいとおしいハルヒの姿を探す。

――彼女はそこにはいない
――先ほど校舎を探し回ったが、誰もいなかった

閉鎖空間。ハルヒの無意識が俺を閉じ込めた。何故か? わからない。
以前の様にハルヒの姿がある訳も無く、俺には理由など知る由も無かった。
数時間、教室の隅で呆然としていた。時計を確認すると、午後十一時半だった。

「遅れて申し訳ありません」

「こ、古泉か!?」

古泉の輪郭だけが教室に浮かび上がる。

「また、です。涼宮ハルヒの無意識が閉鎖空間を」

「分かってるよ! なんで俺なんだ? 他に人はいるのか?」

「わかりません。何らかの干渉を受けていて、今ここに立っているのがやっとです」

思わず立ち上がり、声を荒げる。

「ここから出る方法を教えてくれ!」

「涼宮さんの不満を解消すれば、あるいは」

「じゃあどうすればいいんだ! ハルヒは居なかったぞ!」

「それは、僕にも分かりません。ですが、もしかすれば」

「もしかすれば?」

「彼女の依存感情、つまり思い入れが強い場所にいるかもしれません」

文芸部室。そこには勿論行こうとした。けれど、渡り廊下から先に移動する事は出来なかった。

「文芸部室だろ!? 行こうとしたが、『壁』があって駄目だったぞ!」

「ふむ……では、あなたは涼宮さんに対して秘めた感情を持っていますか?」

図星。もちろん読者の皆さんにはこれが両思いである事も粗方見当が付いているのだろうが、自分からその感情を
告白する事など俺には出来ない、うん。
でも自分では気付いていた。

「……ああ」

「分かりました。大体の見当は付いています。今、長門さんと対策を練っている所です」

「それで、どうすればいいんだ! 俺のハルヒに対しての感情に一体何の関係があるんだ!」

「恐らく涼宮さんは、彼女自身の中にある感情を告白するべきか悩んだ」

「『キョンなんていなくなれば、悩まなくても済むのに』、涼宮さんはふとそう思った。
そして涼宮さんの無意識が、彼女自身の願望を達成したのです」

「じゃあ……もうどうしようも無いじゃないか……」

「いえ、そうとも言い切れません。長門さんの推測ですが、恐らく彼女は二人きりの空間で気持ちを打ち明けたいのだと思われます。彼女の行動から推測するに、本当にあなたを隔離してしまうのは考えにくい。むしろ長門さんの推測の方が自然です」

「……なるほど……古泉は俺がハルヒの事が好きだって気付いてたのか?」

「ええ、もちろん」

古泉は軽やかにそう言うと、消えつつある自分の体に目をやった。

「どうやらここまでが限界の様ですね。後はお任せします。
僕を含めSOS団の皆は応援しています。頑張って下さい」

そう言うと古泉の姿は消え去り、再び教室に静寂が訪れた。

「……そっか。やっぱ言うしかないか」

そう言うと立ち上がり、教室を飛び出した。
階段を一段飛ばしで駆け下り、文芸部室を目指す。

――渡り廊下だ。

目をつぶり、少し前のめりになりながら突っ込む。
何の抵抗も無く体は渡り廊下をすり抜け、文芸部室はすぐ目の前にあった。
電気が付いている。ハルヒだ。ドアの前に立ち、開けるのを少しためらう。
呼吸を整え、そっとドアを開ける。
ハルヒは窓から外を見つめていた。体が小刻みに震え、すすり泣く声が聞こえてくる。
どうやら俺が部屋に入った事にすら気付いていない様で、硬直する俺の前で大声を上げて泣き出した。
ハルヒの泣き声が部屋一杯に広がり、俺の胸が締めつけられていく。それと同時に抑えられない感情が込み上げる。
自分でも気がつかなかった。それほど無意識にハルヒに駆け寄る。

「ハルヒっ……!」

ハルヒの背中に手を回し、力強く抱きしめる。ビクッと震えるハルヒの体は華奢で、思わず力を緩める。

「キョン……?」

肩越しにハルヒが見つめる。涙が流れ、顔は紅潮している。畜生、何故こんな時に『可愛い』などという感情が湧き上がる。

「ごめん……ごめんな……!」

脱出不可能な校舎に二人きり、そして今抱き合っているという状況にハルヒは戸惑っている。
一旦手を離すと、ハルヒはこちらに向きなおした。

「え……あ、あた、あたしも」

何も言うな。そう気持ちを込めて強く抱きしめる。

「ひゃっ!」

「今まで、ずっと言えなかった事があったんだ」

まだ顔を赤らめ、すすり泣いているハルヒと目を合わせる。
触れ合わんばかりの距離。ハルヒの体温を感じながら、見つめあう。
ハルヒが下を向いて俯き、すぐに顔を上げて見つめ直す。

「あ、あたしも……い、言いたい事が……」

ここは、先に言わせて貰おう。せめてここだけは男性としてリードさせてくれ。

「ハルヒ、好きだ。友人とか団長としてとかじゃなく、一人の女性として好きだ」

全身が、今までの人生で体感した事の無いほど熱くなる。
ハルヒが口を開けて、今自分が聞いた事が信じられないのか呆然とする。

「……キョン……あたしも……」

まだ涙の残る目で、ハルヒが見つめてくれる。例えこれが、あの時みたいに夢だったと思う様になっても
この顔は忘れないだろう。
ハルヒはきょとんとした目で、まだ頬の赤い顔で見つめる。

これからも、よろしくな。

そっと、しかし大胆に唇を重ねる。
どれほどの時間が経っただろう。
これほどまでに互いの存在を感じあい、そしていとおしく思った時間は無い。
唇を離すと、ハルヒは目をつむりながらそっと、『よかった……』と呟いた。
辺りが白く包まれ、最後に見えたのはハルヒの微笑みだった。

……


ベットから飛び起き、今までの出来事を整理する。

……夢か?だとしたらクライング・ビューティーって……寒っ……

……でも、『これは』あるいは『これも』夢じゃないのかもしれない。

そう思うと俺は、ハルヒの携帯に電話を掛けた。

「キョ、キョン? な、何のよ、用よ」

「ああ、悪い悪い」

「ま、まったく……今さっきまで人がき、気持ちよく寝てたのに……で、何?」

「明日、日曜日だろ? もし暇だったら、その……どっか遊びに行かないか」

「え、えーっ……い、いいわよ。そ、その代わりお金はそっちが出しなさいよっ!」

「ああ、分かってるよ。じゃあ明日午前十時、駅前な」

「う、うん……ま、まあ……た、楽しみにしてあげるわ!」


fin

|