「彼岸花の花言葉、まだ覚えてますか?」
 
それは俺が高校2年の北高の卒業式、SOS団唯一の上級生である朝比奈さんの卒業の日のこと。
卒業と、大学が遠方ということで盛大にお祝いをしようというハルヒの提案により、連れ立って慣れ親しんだ部室へ向かっていた時だ。
 
ハルヒには言ってないが実は未来に帰るらしく、もしかしたら最後になるかもしれない朝比奈さんの姿を目に焼き付けていると、ててて、と俺に近付いてきて冒頭の質問をしてきた。
 
 
 
彼岸花と言われ俺はまだ朝比奈さんが受験の追い込みに入っておらず、ちょくちょく部室に顔を出していた頃を喚起した。
 
 
 
放課後いつものようにハルヒと並んで部室に行くと、いつもいる長門の姿がなく、代わりに一輪の彼岸花が机の上に飾られていた。
花などなかったここに誰が持って来たのだろうかと首を傾げていると、後ろから俺にのし掛かるようにハルヒが無理矢理中を覗き込んだ。
 
「どうしたのよ、って彼岸花じゃない」
「ああ、誰が持って来たのか考えててな」
「そうねぇ……本命はやっぱりみくるちゃんね。それから古泉くん、大穴で有希ってところかしら」
 
ようやく俺の背中から降りたハルヒは人差し指を立てて言う。大穴て競馬じゃないんだから、と呆れながら言うものの俺もそうじゃないかと思う。
大体古泉が持って来るなど想像するだけでおぞましい。
 
「あんたよりは似合うわよ」ほっとけ。
 
など部室の前で話していると、ぱたぱたという足音が聞こえメイド服の朝比奈さんがやって来た。
 
「こんにちは、キョンくん、涼宮さん。中に入らないでどうしたんですか?」
「いえ、中にある花は誰が持って来たのか話してたんです」
 
 
メイド姿で校内をうろつくとは、3年間でコスプレに慣れ過ぎたんじゃないだろうかと思いつつそう返す。すると朝比奈さんは途端にぱっと目を輝かせ、
「あ、あたしが持って来たんですぅ。きれいですよね、道端に咲いてたんで思わず持って来ちゃいました」
 
思わずですか、いえ構いませんよ。ただどんなに綺麗な花であろうと朝比奈さんの前では霞んでみえますよ……と言いたかったがハルヒに睨まれそうなのでやめておこう、後が大変だ。
 
「彼岸花の茎には毒があるっていうけど、それでも綺麗よね」
 
いつの間に中へ入ったのかハルヒが言うと朝比奈さんが可愛らしく「ど、毒?」と呟くのが聞こえた。
それに癒されつつハルヒにも花を愛でる心があったのか、と思わず口に出すと殴られた。ついでに褒めたつもりなのだがと言うとまた殴られた。
 
「確かお墓によく植えられるから悲しい思い出って花言葉があるのよね」
 
まあ彼岸花イコール墓ってイメージはあるな、色のせいかもしれんが。
 
「え!? あたしは“想うのはあなた一人”って……」
「へぇー、みくるちゃん?あなたは誰を思ってるのかしら?ほらほら、言ってごらんなさい?」
 
ハルヒは朝比奈さんの言葉を遮ると、ジロリと俺を睨みつけながら朝比奈さんににじり寄る。
なぁ、その手つきはちょっとやばくないか?
 
 
「ち、違いますよ、花言葉はさっき鶴屋さんに教えてもらったんですぅ。あたしはただ花が綺麗だなって思っただけで……」
 
朝比奈さんは必死に弁解するものの、すでに今日のハルヒの活動は朝比奈さんを弄ることに決まったようだ。
 
古泉や長門が来てからも弄り続け、下校するころには朝比奈さんはぐったりしていた。
 
 
 
懐かしい過去(といってもほんの数ヵ月前)を思い出しつつ現在。
 
 
「“悲しい思い出”と“想うのはあなた一人”でしたっけ」
 
俺がそう答えると朝比奈さんは満足そうに頷いた、だがこれがどうしたのだろうか。
俺が首を傾げていると、
 
「実はもうひとつあるんです」と言った。
もうひとつ? あの時は言ってなかったよな?
再び首を傾げると、朝比奈さんは俺より数歩前に出て振り返り、
 
「“また会う日を楽しみに”」
 
朝比奈さん(大)に劣らない程のウインクをした。
 
 
 
 
高校3年になってからというもの、我が身に迫る大学受験や相変わらずハルヒに振り回されたり、大学を卒業してからは就職結婚など目まぐるしく月日が過ぎ、今や俺も父親となった。
 
結局朝比奈さんには卒業以来会うことも連絡すらなく、あの時聞いた彼岸花の花言葉は年々増えていく思い出に埋もれて行くと思っていた。
 
 
 
 
俺は今病院にいる、病気などではなく子どもが生まれたからだ。
薄桃色の肌に茶色い髪の赤ん坊は母親であるハルヒに抱かれ、すやすやと幸せそうに眠っている。
 
 
“また会う日を楽しみに”
 
朝比奈さんの軽やかな声が思い出される。今になってようやく意味が分かった。
まさかこんな形での再会とはね、やれやれ、苦笑を漏らすしかないな。
 
大きくなったら俺たちのよく知るあの人に似るんだろう。
お茶が好きなあのドジっ子さんに。
 
 
 
終わり
 

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年10月05日 23:03