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※このお話は『渋皮やさしく剥いたなら』の後日談です※


 女心と秋の空、とはよく言ったもので。妙に暑いなと思ってたら急に肌寒くなったり、はたまたジメジメとした小雨が長く続いたりもする、そんな季節の頃。
 要するに秋の半ばだな。空を覆うように広がるいわし雲の下を、俺はハルヒ宅に向かって自転車を走らせていた。別に呼び付けられた訳でもなけりゃ、大した用事でもない。単なる気まぐれと言うか、たまにはちょっとしたプレゼントでもあいつにくれてやろうかと思ってね。お、見えてきた。


 ハルヒの部屋の窓の端で、白いレースのカーテンが揺れている。日曜の昼下がりだし、もしかしたら家族で出掛けてるかも、なんて可能性も考えていたが、どうやら都合よく部屋に居るみたいだな。よしよし。
 路傍に自転車を停めた俺は、そよ風にふわふわ揺れるカーテンを見上げながら、ピッと携帯のコールボタンを押した。


「あによ、キョン。何か用?」
「…だから、一体どうすれば『もしもし』と言えるようになるんだお前は」


 呆れました全開の語調で、はーっと溜息を吐く。すると電話の向こうのあいつも負けず劣らず、ふざけんじゃないわよ全開の舌鋒で反論を叩きつけてきた。


「どこにそんな必要があんのよ。誰が掛けてきたのか着信音で最初から分かってんのに、いちいち丁寧な挨拶なんて使ってられるもんですか」
「ほーう、団長様は一団員のために、わざわざ着信音を設定してくださっておられましたか。それはそれはありがたい事で」
「な、なに言ってんのよ! だいたい何、その気色悪い喋り方!? あんた絶対あたしを馬鹿にしてるでしょ!」
「あースマン、俺が悪かったからそう大声を上げるな。お互い、ご近所さんに変な目で見られたかないだろ?」
「なによ! あたしがどんな目で見られようとあんたには関係な………。って、お互い? ちょ、ちょっと待ちなさいよ。あんた、まさか!?」


 電話越しの声が上ずったと思ったら、バッと見慣れたカチューシャ頭が窓の向こうから飛び出した。目と目が合ったので軽く片手を上げてやると、ハルヒは逆上したように、かーっと顔一面を紅潮させる。


「アポ無しで悪いが、昨日また田舎から届け物があったんでな。こうしておすそ分けに来てやったんだが、いま出て来れるか?」
「~~~っ! もう、あんたって奴は!」


 で、俺は今こいつと対面してる訳だが。何故に自分の部屋から玄関先へ出てくるまでに10分ほども時間が掛かるのかね。そういえば今日はスウェットパンツとかの部屋着じゃなく、ちゃんとスカートに、淡い黄色のセーターなんぞ着込んでいるんだな。


「ちょうど出掛けようかなって考えてた所だったの! あと少しタイミングが悪かったら、あんた思いっきり無駄足だったんだからね、あたしに感謝なさい!」
「人から差し入れを貰うのに、えらく居丈高だな」
「うっさいわね! 恩着せがましい事言ってないで、渡すならさっさと渡しなさいよ!」


 ふん!とそっぽを向くハルヒに、俺はやれやれと自転車のカゴの中から新聞紙で包んだ大き目のタッパを取り出し、突きつけてやった。


「ほらよ、今回は調理済みだから皮剥きに苦労したりする必要は無いぞ。なにしろ松茸ご飯だからな」
「へっ、松茸って…あの松茸?」


 ぱちくりと目を瞬かせるハルヒに、俺は事も無げに頷いてみせた。


「アノもコノもあるか。松茸は松茸だ」
「うそ、あんたの田舎ってそんなのも採れるわけ!?」

「まあな。去年の栗をハルヒが喜んでたって伝えたら、婆ちゃんが張り切っちまったみたいでさ。山から採ってきてくれたそうだ。なんでも今年は豊作だそうだし、ま、遠慮なく喰ってくれ」
「う、うん…。お婆ちゃんのご好意は無下に出来ないものね。あ、ありがたく頂く事にするわ」


 何やらゴニョゴニョと言いながら、ハルヒは両手で包みを受け取った。ふむ、さすがのハルヒも松茸には少々畏まるか。
 まあ分からんでもない。大げさに言えば、松茸って奴にはある種の魔力があるからな。こいつの場合、単に喰い意地が張っているだけという可能性も無きにしも非ずだが。


「とにかく、確かに渡したぞ。じゃ、また明日」
「あっ、ちょっと待ちなさいよ、キョン! 貰いっ放しなんてあたしの名がすたるし…その、お茶とお菓子くらい出してあげても…」
「いや、今日もおふくろからお使い頼まれてるんでな。明日にでも感想聞かせてくれればそれで十分だ。じゃあな」


 やや強引に話を切り上げて、俺はさっさと自転車を漕ぎ出した。なにせ、このままハルヒの前に居たら思わず吹き出しちまいそうで、俺は内心、笑いを堪えるのに必死だったからな。

 と、ここでネタばらし。俺が『松茸ご飯』と称してハルヒに渡したタッパの中身、実は真っ赤なニセモノ。本当はエリンギをそれらしい形にカットした物を醤油と松茸風味のお吸い物に漬け込んで色と香りを付け、スライスしたそれを炊き込みご飯に混ぜ込んだ、ニセ松茸ご飯なのだ。


 まあ俺はニセ松茸の仕込みをしただけで、調理そのものはおふくろに頼んだんだがな。もちろん本当の目的は内緒のままで。
 だいたい、松茸がそう簡単に採れてたまるか。希少価値があるからこそ、国産の松茸ってのはあんなに高いんだよ。うちの田舎は確かに小さな山を有してはいるが、秋に採れるのはせいぜい、あけびやむかごくらいだ。鶴屋さんクラスのブルジョワジーでもなけりゃ、この日本で松茸が採れるような山になんて入れやしないっての。

 



 なに? そもそも、どうしてこんな世界まる見えじみたドッキリを仕掛けてるのかって?

 よくぞ訊いてくれた。実は昨日、つまり土曜日の出来事なんだがな。例によって不思議探索で集合した喫茶店で、俺は久々にホットな飲み物でも注文しようかと考えてたんだ。


「有希は野菜ジュースね? あとは…キョン、さっさと決めなさいよ。本当にあんたはいっつも優柔不断なんだから」
「なんだハルヒ、その言い草は。俺はこれでも常に沈思黙考してるんだよ。
 じゃあ、ブルーマウンテンをお願いします」


 俺がウェイトレスさんに告げた銘柄に、意図など無かった。メニューを開いた中で、単に目に付いただけさ。ところがこれに、ハルヒが変に喰いついてきた。


「なーにがブルーマウンテンよ。キョンのくせに格好つけちゃって」
「俺が何を頼もうと、俺の勝手だろ」
「味の分かんない人間に飲まれたんじゃ、コーヒー豆の方が可哀想だってのよ。いいわ、だったらテストしてあげる。こっちのモカってのと利き比べてみなさい」


 ウェイトレスさんの前で、ハルヒがメニューの一部をビッと指差す。やれやれ、どうやらこいつのイベント好きの血が、また騒ぎ出したようだ。


「アホか、どうせここの支払いは俺だろうに。何が悲しくて、無駄に2杯もコーヒーを飲まなきゃならんのだ」

「みみっちいわねえ。いいわよ、あたしの分で注文したげるから。
 って事でウェイトレスさん、注文変更ね。シナモンティー取り消しでモカを頂戴。もちろんテーブルへ置く時に、どっちがどの銘柄なのか言っちゃダメよ。あたしにだけこっそり教えてよね。
 さーてキョン、あんたご自慢の舌はどの程度のモノかしら?」


 俺は単に本格的なコーヒーが飲みたかっただけで、舌の自慢などしていないんだが。勝手な事をほざきつつ、ウェイトレスさんにあれこれ指図しながらニマニマと瞳を細めるハルヒの表情が、あんたらにも思い浮かぶだろうか。
 その後に運ばれてきたふたつのコーヒーの利き比べがいかなる結果に終わったかも、とりあえずご想像にお任せする。ちなみにハルヒはしてやったりの澄まし顔でモカの残りを豪快に飲み干し、あまつさえ俺のブルマンにまでも手を出した挙句、


「にっがいわねえ、これ。胃を悪くしそうだわ」


などとほざいて、勝手にミルクと砂糖をぶち込んで突き返してきたのだった。泣く泣くそれをすする俺の様相に、朝比奈さんたちも、ウェイトレスのお姉さんまでクスクス笑ってたし。


「ふふ、見事なまでの尻に敷かれっぷりですね」


 古泉のくだらない冗談が、さらに俺の神経を逆撫でする。くそ、ハルヒの奴め要らん恥をかかせやがって。コノウラミハラサデオクベキカ!


 いや、さすがに藤子不二雄A調なまでに憤っている訳じゃないが、俺だってそうそう大人物じゃないからな。胸に復讐の炎が燃え上がったのも当然と言えよう。かくして今日この日、ニセ松茸ご飯作戦は決行されたのだった。
 くくく、月曜の朝が楽しみだぜ。「昨日の松茸ご飯、まあまあだったわ」とでもほざいたらハルヒめ、指差して嘲ってやるからな? はーっはっはっはっは!

 



 そうして、明くる月曜日。
 少年時代のピンポンダッシュの際にも似た背徳的緊張感を内心に秘めつつ、教室に一歩足を踏み入れた俺がちらりと隅の方を見やると、そこには窓の外を向きながらも背中に上機嫌オーラを漂わせたハルヒの姿が!

 ぷぷっ、見事に引っ掛かってくれたようだぜ。ついついニヤケてしまいそうになるのを懸命に堪え、努めて何でもない風を装いながら俺はハルヒに歩み寄り、声を掛けた。


「よう、ハルヒ。どうだった、昨日の…」
「あ、キョン! ようやく来たわね、待ってたんだから!」


 すると、いきなり席から立ち上がったハルヒは、そう言って俺の真正面に向き直ったのだ。なんだ? 松茸ご飯の礼にしては大仰すぎる。まさか、バレたのか!?
 思わず背筋に寒い物が走ったが、何の事は無い、ハルヒは全く気付いていない様子で、ばっしばっしと俺の両肩を叩いていた。


「本当に美味しかったわよ、あの松茸ご飯! 味も香りも最高! あんなに松茸がたくさん入った松茸ご飯なんて、久々だったもの。もう親父と奪い合うように夢中で掻っ込んだわ! 家族全員、大満足よ!
 あんたは届けただけだけど、とにかく近年稀に見る良い働きをしてくれたわね。うん、褒めてつかわす!」


 はあ、そりゃどーも。って、人を褒めるのにも大上段からか。こいつらしいといえばこいつらしいんだが、いやはや呆れるのを通り越して、むしろ感心しちまうね。
 それにしてもこのハルヒ、ノリノリである。いやまったく、100万Wを軽く超えちまいそうなくらいに満面の笑みだよ。あまりのご機嫌さに、なんだかこっちの方が罪悪感を覚えてきちまうぜ。ほんの軽いイタズラのつもりだったんだが、こりゃ度を過ぎない内に、さっさと本当の事をバラしておくべきだな。


 だがしかし、ハルヒのけたたましい大歓声にクラス中の注目がこっちに集まっているようで、今ここで真相を明かすのはタイミング的にまずいか…? などと俺が考えていると。ハルヒの奴は急に、ふっと声のトーンを落とした。


「でね、夕飯の後、親父たちと話したのよ。キョンには立派な田舎と優しいお婆ちゃんがいて、羨ましいなあって。あたしの家は両親とも都会育ちで、田舎の存在そのものが経験無かったからさ。
 そしたら、母さんがこう言ったの。あら、だったら良い方法があるじゃない、ってね」


 珍しくしんみりした口調で話してたかと思うと、突然ハルヒは俺の頬に左右の手を沿え、強引に顔と顔を向き合わせた。見上げるハルヒはえらく楽しそうで、大きな瞳が宇宙を凝縮させたみたいにキラキラ輝いている。この短い時間にこの表情の変わりよう、まさに女心と秋の空だね。
 などと、落ち着いている場合じゃない。おいこらハルヒ、お前いったい何を…。


「言ったでしょ、貰いっ放しじゃ涼宮ハルヒの名がすたるって。去年の栗もそうだし、あんたのお婆ちゃんには本当に良くして貰ってるわ。
 だからキョン、そのお礼として、あたしはあんたの所にお嫁入りする事に決めたから!」


 朝の教室に、うおーっ!?だの、キャー!といった黄色い悲鳴が飛び交う。そんな中、俺は目の前で得意げに胸を張っている団長様を、呆然と見つめていた。
 はい? そのお礼に………なんだって?


「だーかーらー、あたしがあんたの嫁になったげるって言ってんの!
 そうすればあたしには田舎が出来るし、あんたは分不相応なくらいすてきな奥さんを迎えてお家も安泰、お婆ちゃんも安心させられるでしょ? みんな万々歳、うん、こんないい話は無いわね!」


 一人で盛り上がっているハルヒのセリフは、俺の耳を右から左へ2、3周していた。

 いいや、盛り上がってるのはハルヒだけじゃない。クラスの男子も女子も十重二重に俺たちの周りを取り囲んで、既に異様なほどハイになっている。いつの間にやら俺の隣で腕と腕を絡ませたハルヒには、女子連中からのおめでとうコールが引っ切りなしだし、阪中など感極まって泣き出してしまう始末だ。
 向こうの隅じゃ別の意味で男泣きの谷口が、国木田に慰められてるし。これは一体何の祭りだ? 俺とハルヒの電撃婚約祭り? ああ、そうでしたか。

 って、納得してる場合かーッ! ととととと、とにかく落ち着けハルヒ、そう、こういう事はその場の思い付きなんかじゃなく、もっと真剣にだな…。


「当たり前でしょ。あんたまさか、冗談であたしが結婚したげるとか口にしたと思ってんの?」
「い、いや…そういう訳じゃないが、しかし…」
「このあたしが嫁に行くって言ってあげたのよ!? 本来はそっちから言うべき事なのに、あんたってば本当にいつまで経っても鈍感で優柔不断なんだから!
 そうよ、あたしは目一杯譲渡してあげたんだから…だから、ちゃんと幸せにしなさいよね。じゃなかったら許さないんだから…」


 憎まれ口の割には耳たぶまで真っ赤にして、こちらを見上げながらすがるようにそう呟くハルヒから、俺はどうしても目を逸らす事が出来なかった。
 やれやれ、ハメるつもりがハメられた。いや、ハマっちまったのか? とにかく今は、とても事の真相を話せるような状況じゃなさそうだ。だから俺は仕方なく、そう、本当に仕方なくこの場の雰囲気に流されるまま、両腕にハルヒを強く抱き締めたのさ。教室一杯の祝福の声に包まれながら、な。

 



 ああ、あとこれは別にどうでもいい事なんだが。
 次の年の秋から、何故かうちの田舎の山で、急に“ある物”が採れるようになった。はてさて、これは地球温暖化か何かの影響なんだろうかね?


「なーにを独りでゴチャゴチャ言ってんのよ、このバカキョン。せっかくの松茸ご飯が冷めちゃうでしょ?
 あんたの味覚オンチを是正するために! このあたしが! 愛情たっぷり込めて! 作ったげたんだからね。しっかり味わいつつ、さっさと食べなさい!」
「へいへい」




嘘から出た松茸   おわり

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