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 東方見聞録を著したマルコ=ポーロは、中世日本を「黄金の国」と形容したわけだが、
 中世、近世、近代、現代と長い時を経た今の日本を彼はどう表現するだろうかと時々考える。
 学校という名の現実教育所に、SFの世界の住人プラスアルファが存在した事実を知れば、
「出鱈目の国ジパング」と呆れと驚きで飾り立てて称するかもしれない。
 身をもってその「出鱈目」を体験してる俺としてはもろ手をあげて賛同したいところだな。……さて。
 涼宮ハルヒと言う少女をご存知だろうか。恐らく名前とその奇行の十や二十は聞いた事があるだろう。
 宮中に仕えていた紫式部は、当時の女性としては賢すぎたせいで時に揶揄されたと聞くが、
 ハルヒも――規格外人間の常として――高校入学当初は敬遠されていたのだが、
 ルーレットのどちらの目が出るか普通は分からないように、人生何が起きるか想像もつかないもので、俺は、
 ヒトラーに気さくに話しかけようとしたユダヤ人(いたかどうかは知らん)並に無謀な試みをした結果、
 たった一度の高校生活を出鱈目で彩られる事となった。
 だけどまあ、……悪い物ではないさ。それどころか習慣とは恐ろしいね、
 のんきにも、「出鱈目」な日常――有限の高校生活――がいつまでも続くと思うようにまでなっていた。
 人が聞いたら笑うかも知れないが、思い返してもらいたいものだ。
 間断なく流れる時は、振り返て初めて、過ぎてしまったことを実感する酷く意地悪な代物であり、
 にやにや笑いながら忍び足で俺たちの横を通り過ぎて行くイメージがある。
「はあ……」
 興醒めだとでも言いたそうに溜め息を吐くハルヒ。あるいは、……あるいはそう、まるで、
 味も量も上質なご馳走の最後の一口を飲み込んだ後の、
 ある種の寂しさを混ぜた一息のような溜め息。
 りんとしていた常のハルヒは身を潜め、陰影を宿した瞳で部室を、
 まったく何一つとして俺たちがいた痕跡の残っていない部室の光景を目に焼き付けんばかりに見つめている。
「せっかく――」と、ハルヒが洩らす。
「ん、そうだな……」と、語感だけで返事を返す。
「ここまで元通りだと、でも、清々しいくらいだわ」と、無理して笑う。
「の割りには辛気臭い顔して……、いでででっ!」
 中途半端に励まそうとした俺の頬をつねり上げるハルヒ。
 にぎやかだったこの空間にはそう、もう何も。もう誰も。
「宇宙人も、未来人も、超能力者も結局最初からここにいたのよね?」
 宙に固定された視線は、しかし、別のものを眺めていた。
「人っこ一人、残っていないけど」
「未だ俺がいるぞ」と、聞こえないように呟く。
「来てくれた。でも気付かなかっただけなのね」と、一歩踏み出す。
「人が望んだものを全部与えてくれたそいつに、」と、両手を広げて天井を仰ぐ。
「異常な日常をあたしにくれたそいつに。感謝してる」と、体を半回転させる。
「世界を、あたしの世界を、盛り上げてくれた皆に、感謝してるわ。でも特に――」と、言って、笑んだ。
 界隈ではそれを泣き笑いって言うんだぜ。……笑い泣きかもしれないがな。
「人のやる事なす事にいっつも文句つけてた誰かさんに、ありがとう」
 超能力者達が神と呼んだ、しかし普通の少女。そいつが綺麗だと、今更に思った。
 能ある鷹は爪を隠す、とでも言うのか、暴虐の仮面にかくれて見えなかった、
 力強く、強固に植え付けられた俺の固定観念で見えなかった、
 者としての魅力。それに吸い寄せられるように言葉が、
「がんばってるお前との日常が、俺は好きだったみたいだな」溢れる。
 いたずらに三年間を過ごすよりもっともっと、充実した日々を与えてくれたこいつに、
 たくさんの思い出をくれたこいつに、
 らんぼうな中にも時折見せてくれたこいつの優しさに、
「ありがとう、本当にこの三年間、」喉の奥がツンとする。
「たのしかったぜ」
 しかし、もう、それも今日まで。卒業ってのはそういう事だ。
 のんびりだらだら過ごした中学時代より、濃い日々だったのに、
 ともすれば、物足りなさの方が勝っているのは、人の業の深さかね。
 この瞬間が過ぎれば俺たちは、はなればなれだ。
 ろくでもない人生がこの先待ってるかもしれない。
 にこやかな日々が有るのかもしれない。そんなことは分からない。
「来年」と、ハルヒは言う。
「なんだ?」と、俺は聞き返す。
 さっきまでとはうって変わったように輝いた瞳で、
「いい、キョン?」ハルヒは俺の顔を覗き込み、宣言する。
「以降は自主活動。来年には成果を……宇宙人、未来人、超能力者を連れてあたしのところに来なさい!」
 上等だ、一瞬の間をあけ笑いながら俺は答えた。
FIN.








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