その日、文芸部室に入ると驚くべき光景に思わず谷口ばりに「のわっ」と退いてしまった。
そこにいたのは長門であって長門ではなかった。確かに顔は長門なのだがなぜか男子制服を着ていた。
よく見てみると、心なしか身体の骨格なんかも男らしくなっている。
またバグか何かなのか?一体どうしたんだ長門。

 

「ただ性別を女から男へ転換しただけ。私たちにとってはさほど難しいことではないし、驚くことでもない」

 

いやお前みたいな宇宙人にとっては驚くことではないんだろ。
俺たちの世界でも出来ないことではないんだが・・その・・。
去勢手術なんて想像しただけでも背筋が凍りついてしまいそうだ。
そりゃあ俺だって女なら、なんて思ってしまうことはあるが、そんなものは一時の気の迷いであって、
本気で性転換をしようだなんて思いもしない。長門、お前も何か大きな理由があったんだろ。

 

「どうして男になんてなったんだ」
「率直に言うと」

 

 

「朝比奈みくるに対して有機生命体の言う『好き』という感情を持ってしまったと推測している」

OK、待て待て。
俺は最近のキテレツな出来事の連続によって感覚が麻痺していたから、もう何が来ても驚かないと思っていたのだが、
これにはwhy?何故?と思わざるをえなかった。長門があの朝比奈さんを好きだと?
確かに朝比奈さんは俺から見ても部室専用のエンジェルだ。ハルヒだって可愛いからわざわざ2年から拉致ってきてSOS団に入団させたのだし、
あの古泉だって庇護欲をそそるとかうんたらかんたらまああいつはどうでもいい。
とにかく朝比奈さんが可愛くて異性同性共に人気があるのは周知の事実だ。しかし長門はどうだ。
長門が何かを「可愛い」などと思うなんて想像できないし、ましてや「好き」だなんてもってのほかだ。

 

「えー、朝比奈さんが可愛いのは分かるが・・どうして朝比奈さんが好きなんだ?」

いつも問いかけには何でも即答の長門が珍しく視線をそらして考えるようなそぶりを見せた。
そして、再度俺に真っ直ぐな視線を投げかけて首を少し傾けながら一言。

 

「胸?」

 

おい、それはお前の好きな箇所じゃないのか。しかも微妙に疑問系で聞かれても困る。
俺だって朝比奈さんの胸は好きだ。というか全世界の男は皆大好きだろう。
あの胸でパフパフなんてされたら一気に天国を越えてお前の上司の情報統合思念体のところまで飛んでいっちまうかもしれないぜ。

 


「映画撮影のときに朝比奈みくるの胸に触れたとき、原因不明のエラーが多発した。
 未だその原因は解明できていない」

 

あの殺人ビームのあたりのアレか。どさくさに紛れて何やってんだ。
あの時は恋人役である古泉ばかりに気を取られていたがダークホースはお前かよ。

 

「あの時から、何らかの拍子で彼女に触れるとエラーが発生した。
 バグに及ぶほどではない規模であったから処理は早急に済ませたけれど、
 私はそれをあなたたちのいう『好き』という概念だと認識することにした」

 

何かズレているような気もするがとりあえずこれが長門の朝比奈さんが好きな理由なのだろう。
けれど、何故わざわざ男にまでなったのだろうか。ありのままの姿では駄目なのか?
そりゃあ、朝比奈さんは未来人であるということを除いては普通の人間だし、偏見もあるかもしれない。
けれど、最近同性愛者は結構オープンになってきているような気もするし、
しかもあの朝比奈さんのことだから、長門が強引に迫ってしまえばあまり強くも断れないだろう。

 

 

「この国では同性同士では入籍できないと聞いている」

・・・はい?
確かにそうだ。わが国日本では一応形式的には同性で籍を入れることは認められていない。

 

「その・・なんだ、長門、お前は朝比奈さんと結婚までしたいのか?」
「できれば」

 

なんでも、結婚できないといろんなことに不都合が起こるらしい。
結婚できないことがいかに困ることかひとしきり説明したあと、朝比奈さんとの幸せ家族計画をのびのびと語った。
俺は初めてこいつに対して真性のアホだ、と思ってしまった。

 

「朝比奈みくるとの関係の発展に関しての相談役をあなたに適任した。
 だから、あなたには私が男であるという情報操作は施さなかった。
 私には有機生命体の思うこと、感じることがよく理解できない。
 けれど、私の行動で彼女を困らせたりするのは不本意。
 何かあってあなたに相談したとき、私に最善策を教えてほしい。それほど負担をかけるつもりはない」

 


はじめこそはなんじゃそりゃあと思ったが、普段の長門を見ているとこういうささやかな平凡な夢もありかもしれないと思った。
こいつはいっつも他人、というか主に俺のことばかりで自分に余裕がなかった。
だから今度は俺が幸せにしてやりたいと思う。そんな相談役でいいのならなおさらだ。
俺も朝比奈さんの考えることはよくわからんが、そんなことで長門の気が安心するのなら喜んでやってやる。
いつも助けてもらってる分の小さなお返しとでも思っとけよ。

 

「・・ありがとう。早速、一つ目の目的がある」
「何だ、言ってみろ」
「朝比奈みくると二人で下校をしてみたい」

 

普通すぎて俺は唖然としてしまった。こいつのことだからいきなりもう一度胸にでも触りたいとか言うのかと思っていたら。
いや、それでいい。実に人間らしい、男らしい願望じゃないか、長門。
一応情報操作をしたといっても朝比奈さんの長門に対する苦手意識がなくなったわけではない。
今の状況だと無理矢理二人で帰らせても二人ともほとんど話さないまま、最悪な帰り道になってしまうだろう。
かぎりなくゼロに近い位置の好感度をマイナスではなく、プラスに上げなければいけない。
そこで俺が編み出した策、それは。

 

「下校デートはどうだ」

 

 

とりあえず二人で帰って、そこから話があるとかなんとかいって無理矢理にでもお茶に誘う。
その辺はまあ強引にいってもいいだろう、まだ失うものはなにもないからな。
喫茶店であたりさわりのない話をして出る。そこから2コースに分かれるのだ。どっちか好きなのを選べばいい。

まずAコース。これはこの間市内探索のときに知ったのだが、朝比奈さんはとある店のショーウィンドウに飾られていたぬいぐるみをとても欲しそうにしていた。
そのお姿があまりにも可愛らしかったので俺が買ってあげたかったが、
その時は喫茶店でおごらされたばかりで持ち合わせがなく、泣く泣く知らない振りをせざるをえなかったのだ。
だから、喫茶店を二人で出たあと、そのショーウィンドウの前をわざわざ通る。すると、朝比奈さんはなんらかの反応を示すかもしれない。
あの人は案外反応がそのまんま顔に出る人だからな。
そこで長門がその様子を敏感にキャッチして店の中へ入っていき、そのぬいぐるみを男らしく買ってやる。
でもあんまり高すぎたら本当に悪いと思ってしまうかもしれないから、その時は素直に少し安めのほうを買う。
その辺の金銭感覚はお前に任せよう。

Bコースは、喫茶店を出て人ごみへ行き、チンピラに絡まれる。
そのチンピラは・・まあなんとかそこは古泉あたりに頼めば用意してくれるかもしれない。もし出来なきゃ俺がアテを探す。
そっからはもうお約束の展開でビクビクウサギのように丸まって怖がってる朝比奈さんの前に立って助けるんだ。
ベッタベタな展開だが、これぐらい分かりやすいほうがいいだろう。朝比奈さんは鈍感そうだからな、あんまり遠まわしにやっても気付いてもらえないだろう。

 

「いいと思う」

 

あの長門が珍しく目を輝かせたかのように頷いた。
まあ俺がその場で即席で思いついた案だからうまくいく保障はないが、長門がいいといっているのだからいいだろう。
あと気になる点がひとつ。

 

「お前、一人称は変えろよ、私でもいけんことはないが男だと少し堅苦しいな、
 普段は僕、男らしい一面を見せるときには俺でどうだ?」
「了解した」

 

あとは二人で帰らせるきっかけを作らないといけないな。
これはハルヒに相談すれば大丈夫だろう、きっと気をきかせて二人にしてやれる。
あいつはなんだかんだで気を利かせるのは上手いからな。
けれど、あの朝比奈さんと長門をくっつけるにはまだまだ前途多難だ。
俺はこれからの試練を思い浮かべてため息をついた。
やれやれ、俺がこんなおしゃまなキューピッドになる日がくるなんて思いもしなかったぜ。


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