「おや、今日は長門さんだけですか」
いつもは騒がしいSOS団……もとい文芸部部室は水を打ったように静かであった。
世界を変革出来る力を持つ華麗な団長の声や、
それを止める鍵となる普通の男子生徒の声や、
未来から来た年齢不詳な巨乳なメイドの声も、今日はいっさい声が聞こえない。
居るのは本にかじりつく物静かな宇宙人だけだった。
「お茶、飲みます?」
問掛けに、顔を上げずに頷く長門。
その様子に溜め息を吐いてから古泉は問いを続ける。
「その本、面白いですか?」
首を縦に振る。
「何の本読んでいるんでか?」
黙って表紙を見せる。その言語は古泉の知らないものであった。
「長門さん、緑茶と紅茶どちらになさいますか?」
「……ほうじ茶」
「仰せのままに」
胡散臭い、と団員に言われてしまった笑みを向けるが、長門の興味は相変わらず本にのみ向く。
適切な温度で緑茶を煎れると、香ばしい香りが部室を支配する。
「どうぞ、長門さん」
視線を上げ、一瞬会釈。そして視線はすぐに本に戻る。
見えた本文からはどんな本か伺い知れぬような文字が群れをなしていた。
「長門さんは、」
自分の名前を出されても眉一つ動かさない。
動いているのは彼女の白く細い指のみ。
「キョン君が、お気に入りのようですね」

そこで長門は顔を上げた。そして、硝子玉のような澄んだ瞳で言う。
「私個人の感情としては、彼を気に入っている」
「それでは涼宮さんは?」
「興味深い観察対象だと考えている」
「それでは朝比奈さんは?」
「こちらから歩み寄ろうと考えている」
「じゃあ、僕は?」
そこまで言うと、長門は一度だけ瞬きする。そして淀みの無い声で言う。
「貴方は、涼宮ハルヒによって変わった人間の一人。それ以上でも以下でもない」
「……そうですか」
肩をすくめてそう言う古泉。
「僕は、長門さんを気に入っているんですがね」
「……そう」
パラリ。ページがまた捲られる。
「それでは、僕は帰りますね。戸締まりを……」
「古泉一樹」
長門が、古泉の発言を防ぐ。今度は本を閉じて真っ直ぐに言う。
「私は、確かに貴方を涼宮ハルヒによって変わった人間として捉えている」
「そうですか」
「しかし、貴方のその笑顔には興味がある」
「……」
「私は、感情が乏しいから」

「だから、貴方は興味深い」
そう言い、また視線は本に。詰まることなく、またページは捲られる。
「ありがとうございます、長門さん」
「私は、礼を言われることは言っていない」
「僕が言いたかっただけです」
「……そう」
古泉は穏やかに笑む。そして鞄を抱えてから言った。
「それでは長門さん。また明日お会いしましょう」
返事は無い。しかし古泉は気にせずに歩き出す。


部室には、冷めたほうじ茶が残されていた。

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