「ちっ……!お前がここまでやるとは思わなかったぜ、古泉……!!」
「こうみえても得意なんですよ。あなたこそなかなか……」
古泉は左にワンフェイク入れると右足を大きく踏み出し、一瞬で俺を抜き去った。
だがペイントエリア間近、花瀬がディフェンスのカバーに入っている。
古泉はシュートモーションに入る……と見せかけて、ポンプフェイク。
ディフェンスが飛ぶのを見計らって、エリア中央に走りこむセンターにバウンドパス。
フリーでボールをもらったセンターは落ち着いてバンクショットでボールをリングに沈めた。
 
 
「絶対に優勝しなさい!SOS団の一員たるもの、敗北は許されないわ!負けたら死刑だから!」
「頼むからそう物騒なことを言わないでくれ。実際うちのクラスじゃ優勝は無理だろうよ」
今日は球技大会だ。俺たちSOS団は通常の登校時刻の三十分前に部室に呼び出されていた。
何が嬉しくてこんな早くからハルヒの声を聞かなきゃならんのか。
「何弱気になってるのよ。あたしたちは優勝するわ。有希とみくるちゃんのクラスも優勝を狙ってるみたいよ」
そりゃうちの女子バレーは良い面子揃ってるし、ハルヒ自身が最大戦力だから優勝も狙えるだろう。
長門は男女混合ドッジボールに出るらしいが、あいつの場合一人残されても逆転するに違いない。
「この球技のルールは理解した。ルール上、私がいる限り私のチームは負けることはないと推測される」
……やはりな。そして女子バレー二年の部に出る朝比奈さんは……。
「わ、私のクラスも強いんですよ。鶴屋さんもいるし、バレー部の人も多いので。私は補欠ですけど……」
……だそうである。
「ウチのクラスにバスケ部は一人もいないし、経験者も手島が中学まで、花瀬はミニバスだ。
ウチと似たような状況のとこもいくつかあるが、バスケ部五人ってとこもあるんだぞ。勝てるわけがない」
俺たちのクラスのバスケメンバーは、今挙げた手島と花瀬、あとは俺と谷口、国木田に吉崎の六人だ。
俺はSOS団という謎の集団、花瀬は野球部、手島と谷口と国木田は帰宅部、吉崎は美術部だ。
実は俺は中学の頃ストリートバスケにハマっていたというご都合主義な裏設定が作られたらしく、手島や他のクラスのバスケ部の連中には敵わないにしてもそこらの一般人には負けるつもりはないのだが。
「とにかく優勝は無理だ」
「しょうがないわねぇ。確かにあの面子じゃ厳しいかもね……そうだ古泉君、あなたもバスケ出るのよね!?」
「はい、僕も出場します。うちの九組はバスケ部の方が三人いますから、優勝候補の一角と噂されています。しかも不運なことに、五組とは一回戦で当たってしまうんですよ。トーナメント方式ですから、どちらかは優勝できないことが早々に決まってしまいますね」
「なるほどね……それじゃあキョン、古泉君のチームに勝ったら許してあげるわ」
ハルヒがまた妙な提案をしてきやがった。
「おいハルヒ、お前は俺の話を聞いていたのか。古泉のチームとだったら圧倒的に俺たちが不利じゃないか」
「うるさいわねぇ、一回勝つだけでいいようにまけてあげたのに。その一戦に全力を尽くすのよ」
こうなっちまったら何を言っても聞かないのがハルヒだ。特に俺の言葉は届かない。
「わかったよ、ハルヒ。とりあえず古泉んとこだけには負けないようにするよ」
「うーん、そうねぇ。やっぱ罰ゲームがなきゃ面白くないわね!
キョンと古泉君、負けたほうがこの団長の出す命令に従いなさい!」
前言撤回。この流れはまずいと本能が告げいている。
「おいおいハルヒ、それじゃあいくらなんでもリスクが高すぎるぜ」
「ほんっとに情けないわね、あんた。でもまあいいわ、不利なのは確かだからね。
キョン、あんたが勝ったら特別にひとつだけ言うことを聞いてあげるわ。これで満足よね」
「だからそうじゃなくて、罰ゲームを軽いものにしてくれれば……」
「団長が団員の言うことを聞いてあげるって言ってんのよ。もうこれ以上はまけられないわ」
 
……かくして古泉のチーム、九組には負けられなくなったわけだ。
ハルヒが俺の言うこと聞いてくれるなんて言っても、閉鎖空間やらのことを考えるとどうせ大したことはさせられないんだろうし、そもそもあいつが素直に俺の言うことを聞くかどうか既に怪しい。
つまりは俺にはなーんにもメリットなんかありゃしないのだ。
かといって負けるのはまずい。古泉はともかく俺には無茶苦茶な命令をしてきそうだ。
素っ裸で「緑色の宇宙人が追いかけてくるー!」と叫びながら校庭を走らされるかもしれない。
まあこの勝負のおかげでやる気ゼロだった球技大会に少しはスリルが……
なんて漫画の主人公みたいな思考回路は構築されることはないが、まあ真剣に取り組まなきゃマズイ理由はできたってところか。
 
 
ここで冒頭の試合の模様に移る。今大会は10分ハーフ・休憩3分で行われ、今は前半終了間際だ。
序盤は手島と花瀬の調子がよく、谷口たちもそれなりに頑張り、俺もうまく使ってもらってリードしていた時間帯もあったのだがすぐに追いつかれてしまった。
やはり向こうはバスケ部三人、しかも残りの二人は経験者ではないが運動神経抜群の野球部員、そして試合直前に実は経験者とか抜かしやがった古泉だ。
先程の相手の得点でスコアは8-10、逆転されてしまったところである。
 
「逆転されちまったな」
「まだ前半も27秒ある、あせることはねーよ。残り時間はたっぷり使う。俺たちの得点で前半を終わらせよう」
手島の一言が頼もしい。エンドラインからボールをパスする。
手島がボールを運ぶ。前半もまもなく終わることもあって九組は積極的にボールを奪いに来る。
何とか手島と花瀬がボールキープをしているが、なかなか仕掛けられないでいる。
俺は必死にマークを振り切ろうとするが、古泉がなかなかフリーにしてくれない。
「好き勝手させませんよっ!」
いつもよりも活き活きと、それでいて必死な古泉の声。こいつ、こんなに熱くなることもあるんだな。
谷口も吉崎も結構疲れているみたいだし、今動ける俺が何とかしなければ。
「……!」
右サイド45°、スリーポイントライン手前でボールキープする手島の目線が動いた。
ここだ……!俺はローポストからハイポストに走りこむ。そこにすかさず手島のバウンドパス。
ゴールに背を向けた状態でボールをもらう。
左足を軸足にして、ターン、そしてそのままシュートモーションに……。
すかさず古泉が距離を詰める。その一瞬をついて左にドライブイン、カバーが来たのを見計らって左のローポスト付近でフリーの谷口にパス。
谷口は多少もたついたが、ブロックが来る前にジャンプシュート。
全員の目がボールの行方を追う……。入れっっ!
しかし願いも空しく、ボールはリングに嫌われる。
幸いにしてボールの行き先には吉崎と花瀬がいる。
花瀬はスクリーンアウトされ窮屈にしているが、フリーの吉崎がボールを拾う。
「吉崎っ!」
吉崎は体勢を崩しながらも、懸命に俺にパスを出した。前半残り六秒。
スリーポイントラインを少し越えたあたりでこのパスを受け取る。
ディフェンスがものすごい勢いでブロックに向かってくる。
その勢いにバランスを崩しながらも、ジャンプシュート。
無心でボールを放つ。
ディフェンスのブロックを越えていく。
「……!!」
弧を描き、リング中央に吸い込まれた。
歓声が一気に沸き起こる。ハルヒの声も聞こえた気がした。
残り二秒、古泉がエンドラインからバスケ部員にボールを渡したが、そこで前半終了。
スコアは10-10、試合を振り出しに戻した。
 
歓声がまだやまない中、両チームともベンチに戻り始める。
クラスのみんなが駆け寄り労いの言葉をかけてくれているが、俺はそれどころではない。
俺の周りに集まったやつらが、異変に気づき始める。
「おい、キョン、どうしたんだ!?」
俺は足を引きずっていた。
最後のシュートの着地時に、ディフェンスの勢いにバランスを崩し倒れこんだのだが、その時にどうも左足を捻ってしまったらしい。
「ちょっと捻ったみたいだが、多分大丈夫だ。後半も出れるさ」
俺は痛みを堪えながら強がった。やはり痛い。
「ダメだよキョン、せめてどういう常態かぐらい確かめなきゃ」
国木田が体育館シューズを脱がし、腫れ具合を見る。
「こういうの詳しいわけじゃないけど、これ結構腫れてるよ。後半は僕が出るから休んでなよ」
冗談じゃない。この勝負、負けるわけにはいかんのだ。
「国木田は谷口か吉崎と変わってやれ、結構疲れてたみたいだからな」
「何言ってんだよキョン。そりゃ誰がどう見ても捻挫だ。しかも結構酷そうじゃねえか。
確かにお前は俺たちより戦力になるけどよ、その状態で出るのは無茶だぜ。大人しくしてな」
谷口も俺と国木田の交代を促す。
「いや、本当に大丈夫なんだって。この通り、歩けるし痛くな……」
「ダメよっっ!!!!」
ものすごい怒鳴り声が響いた。ハルヒだ。
「さっきから聞いてれば、完全に痩せ我慢してんじゃないの。あたしの目はごまかせないわ。バレバレよ。」
つかつかと歩み寄るハルヒ。そして……、グイッッ!!
「痛ってーーーーーーーーーー!!!!!!!」
ハルヒが俺の左足首を内側に曲げやがった。俺は羞恥心を感じる間もなく、大声で叫んでしまった。
「ほら見なさい、ホントは痛いんじゃない。」
あっけらかんと言うハルヒに、温厚な俺もさすがに怒りがこみ上げる。
「捻挫した足をさらに捻ったら痛いに決まってんだろーが!!!」
「ったく、男なんだからそれくらい我慢しなさいよ」
「お前は俺に我慢してほしいのかしてほしくないのかどっちなんだよ!」
「うるさいわね、ほら、肩」
ハルヒが俺の左手を引き、立つよう促す。
「保健室連れて行くわよ。速く立つ!」
「え!あ?ああ…」
言われるがまま立たされ、肩を借りる形となる。
突然のことで、反論する間もなく怒りのゲージも急降下だ。
「国木田、あんたキョンの代わりに出なさい」
そしてポカーンと口が半開きな残りのバスケメンバーを指差し、
「あんたたち、絶対勝ちなさいよ!負けたら死刑だからっっ!」
そう言い放ち、体育館を後にした。
 
保健室に着く。が、誰もいない。
「球技大会の日に保健の先生がいないってどういうことよ!
……まあいいわ、捻挫の処置ぐらいあたしにもできるし。キョン、あんたはそのソファーに座ってなさい」
素直に指示に従う。
何を言っても無駄だろうし、俺のためにハルヒが何かしてくれるなんていう貴重な体験はそう何度もあることじゃなさそうだしな。
ハルヒは俺をソファーに寝るよう促し、ひじ掛けを利用して捻挫した足を心臓より高くなるように設置、患部にタオルをかけ、用意した氷嚢をその上に乗せた。
おそらく適切であろう処置をあまりにテキパキとこなすハルヒに、俺は言葉を失っていた。
「なにジッと見てんのよ、キョン」
俺は気付かぬうちにハルヒを見つめてしまっていた。
「いや……ありがとな、ハルヒ」
なぜだか素直に礼など口走ってしまった。
「か、勘違いしなでよね、団員の健康状態の管理は団長にも責任があるってだけよ!」
「そうかい。そう言えばハルヒ、バレーはいいのか」
「次の試合まで一時間近くあるから大丈夫よ」
「ところでキョン、あんた約束忘れてないでしょうね」
ぎくり。今は漫画みたいなこの表現が適切だろう。こいつ、覚えてやがった。
「いや、でもさハルヒ、俺怪我しちゃったし、前半はわりと活や…」
「そんなの関係ないわ。あいつらが後半頑張って勝てばいいだけじゃない。
仲間を信頼してあげなさいよ。まあ実際、あんたが抜けたら厳しいでしょうけど」
あいつらの健闘を祈るばかりだ……。
 
 
今、俺はSOS団のメンバーとともにカラオケに来ている。
俺の足は、ハルヒの適切な応急処置と、その後戻ってきた保健の先生のテーピングにより大事に至ることはなかった。その辺は大いに感謝したい。
しかしながら素直に感謝できず、この状況を素直に楽しめないでいるのは、現在大いに盛り上がっているこのカラオケ、そしてその後の昼食、さらにその後向かう駅近くのレジャー施設(ビリヤードやダーツ、ボウリング等が楽しめる)の料金、すべて俺の財布から出て行く予定になっているからだ。
まさかこんな理由で幼少の頃よりコツコツためたお年玉貯金を崩すことになるとはね。
 
ちなみにハルヒのバレーは当然優勝、長門と朝比奈さんものチームもそれぞれ優勝だ。
朝比奈さんのほっとした表情がとても印象的だった。
 
 
……古泉のチーム?優勝だよ畜生!
 
 
END
 


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