食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋・・・とまあ色々な「秋」がある訳だが、所詮それらは勝手に付けられたものに過ぎず、俺にとっては全くと言っていいほど当てはまらなかった。俺にとって今年の「秋」は―――年中そうなのではあるが―――「疲労の秋」だった。
そんな秋も無事に終わり、赤道直下に憧れはじめた冬。「疲労の冬」を覚悟していた俺にとっては想定外の出来事が起きたんだ。
・・・
・・

「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」


騒々しい声が部室に響き渡る。おい、長門ほど・・・とまでは言わんがもう少し静かに出来んのか?毎日聞かされる俺の身にもなってくれ。耳が痛い。で、何がどうしたって?


「あたしのプリンが無くなってんのよ!こんなことするのキョンしかいないでしょうが?」


やれやれ。俺はお前のプリンなぞ食べたことはないしこれからもそんな予定は無いね。食ったら何を言われるか・・・

「だからアンタ以外に誰が食べるっていうのよ!?大体アンタは」


「あなた」


突然ハルヒの声が遮られる。おお、長門。庇ってくれるのはありがたいんだが何も出ないぜ?しかもハルヒは証拠もなしに引き下がるようなやつじゃないんだ。

長門はくるりとハルヒの方に向き直り告げる。


「あなたは昼休みにプリンを食べた。12時47分16秒のこと」


ハルヒはぽかんと口を開け間抜け面をしていたが、あぁ!と一言言うと・・・ってやっぱりお前だったのか。俺を疑うのも大概にしてほしいね。


「そう言われてみればそうだったわね。有希、ありがと」


長門は2ミリほど頷き、


「いい。それよりも彼に謝罪したほうがいい」

「いいのよ。キョンは下っ端だし私は団長よ?」


おいおい。それはいくらなんでも酷いんじゃないか?お前が団長かどうかはどうでもいいが、俺が下っ端ってのは・・・ 「団員その1」とかなんとかじゃなかったのか?
長門は少し―――ほんの少しだがむっとした顔で言う。


「彼のことを下っ端呼ばわりするのはやめてほしい。」


鳩が豆鉄砲を食らったようってのはまさにこんなことなんだろうな。ハルヒはもちろん俺や古泉、朝比奈さんまでそんな感じだった。


「何よ?あたしがキョンの事をどう呼ぼうが勝手でしょ?あいつはあたしより下なの!!」


―――長門さん?どうされたんですか?なにか決意に満ちたような眼で顔を上げた長門の口から出た言葉はまさに驚愕の一言に尽きるものだった。


 「そのような団なら私はやめる。この部屋から出てって。」


そういえばここは文芸部室だったな・・・ってSOS団をやめる!?お前の任務はハルヒの監視じゃなかったのか!?
ハルヒのほうも売り言葉に買い言葉なのだろう。


「もういいわ!出てけばいいんでしょ!?あ、パソコンとかはあげるわ。もう・・・使わないだろうしね!!」


と言って出て行くハルヒに俺たちは何も言えなかった。

 

しばらくして、案の定古泉の携帯がなる。


「・・・閉鎖空間です。では」


とこちらを恨めしそうに一瞥すると肩を落とし出て行った。
おいおい古泉。今回は俺のせいじゃないだろ?あいつの自業自得さ。これでむやみに突っかかってこなくなればいいんだがな。・・・おや、朝比奈さん。どこへ行かれるのですか?


「ちょっと涼宮さんの様子を見てきますね」


古泉とは比べ物にならないくらい癒し効果が出ているであろう声でそう告げると、軽やかに部室から出て行った。

 

2人きりになり、急に広くなった部屋にどこか閑寂さを感じる。と、ここで1つの疑問が湧いてくる。何故長門はハルヒにあそこまで怒っていたのか、だ。宇宙人にも虫の居所とやらがあるんだろうか。


「なあ長門。どうしてあんなに怒ってたんだ?」 


わずかに顔をあげた長門から発せられた言葉は俺が予想だにしないものだった。


「あなたは涼宮ハルヒの事を名前で呼ぶ。私の事は名字で呼ぶ。何故?」


予想外の質問に意表を突かれ、少し思考が停止してしまったがすぐに再起動させる。そういえば何故だろうな。付き合いの長さは大差ないはずだが。


「すまん。分からん」


正直にそう告げるしかなかった俺をどうぞ罵ってくれ。俺だってもう少し気の聞いた事を言いたかったんだが・・・


「では私の事も名前で呼んでほしい。」


少し首を傾げ、「ダメ?」とでも言いたそうな目で見られたら・・・断れるわけがない。いや、断る理由なんてないのだが。


「わかった・・・有希」


満足そうに頷き読書に戻った長t・・・有希の顔は少し綻んでいる気がした。

 

翌日、体を温めるには十分すぎる通学路をせっせと登る。
何だってこんな所に学校を建てたのか。こんな場所を指定したやつは真性のサディストに違いないね。
一通り悪態を吐き終え、ふと顔を上げると――――いた。遠目からでも不機嫌さが見て取れる我らが団長、涼宮ハルヒが。
この分じゃ古泉は一晩中バイトだったな。ま、触らぬ神に崇りなし。わざわざ舌禍に巻き込まれに行くほど俺はマゾヒストじゃないんでね。
一定の距離を保ちつつ歩いていると、正に「軽い」という一語に尽きる男に肩を叩かれる。


「よっキョン。・・・っと、あれ涼宮じゃねえか。あーあ、また嫁と喧嘩でもしたのか?」


にやにやしながら話しかけてくる谷口にまともに返答をする気になれないので適当にあしらっておくことにする。
そうこうしているうちに学校に着き、授業が始まった。
結論から言おう。俺は今日の授業には全く集中できなかった。言わずもがな、後ろの席のやつの所為である。詳しくは俺の背中を見てもらえば一目瞭然なのだが、如何せん、そういう訳にもいかんので簡単に説明させてもらおう。
毎時間、無言で、後ろから、シャーペンで、攻撃されていた。
言葉にすると立った20字程度で大したことないのだが、実際絶え間なくこれをやられた俺の背中はとうに悲鳴をあげ、一瞬でも気を緩めようものなら俺の口からも出ていただろう。
授業が終わると多少はスッキリしたのか、「じゃあね」の一言を残すと、今日の団活はどうするんだという俺の問い掛けにも応じず帰っていった。

 


習慣と言うのは恐ろしいもので、気付けば今日も文芸部室に向かっていた。扉をノックし返事を待つが、反応がない。そこで部室には有希しかいないであろう状況を理解する。
カチャリと小気味よい音を立て扉を開く。ここで、もう文芸部室はSOS団のものではないという事を思い出し、尋ねる。


「入ってもいいか・・・有希?」
「いい」


歯切れのいい返事が来たのを聞き中へと入る。
・・・寒い。普段ならストーブが点いているはずなのだが・・・?
有希は平気だろうかと思ったが、夏でも汗一滴かかなかった姿を思い出し合点する。
だが俺は自他共に認める普通の人間なんでな。ストーブ点けさせてもらうぜ。
部室に来たのはいいのだが、する事がない。今ならいけ好かない超能力者のボードゲームの誘いにも飛びつくだろう。
・・・やはりこの状況はなんとかせねばなるまい。


「なあ、SOS団に復帰しないか?」
「断る」


間髪入れずに返ってくる拒否の言葉。
どうしちまったんだ、有希?


「あなたはあれでいいの?」


いいって・・・何がだ?


「涼宮ハルヒ」


ハルヒが何で出てくるんだ?確かに昨日は些か頭に来たが、いつもの事だ。
有希の真意がわからない。とりあえずいいとでも答えておくか。
その旨を伝えると、有希は少し考え込んだ後言う。


「それならば1つ条件がある」


条件?なんだ。出来る限りのことはするつもりだぜ?


「涼宮ハルヒがあなたに謝罪する事」


・・・以外に根に持つタイプなのか?だが残念な事に、それは俺の意思ではどうにもならない。
あいつに直接言ってくれるか?明日ここに連れてくるからさ。


「了解した」


と言い本を閉じると有希は帰っていった。
定刻より少し早めに帰った有希。1人取り残された俺はしばらくぼーっとしていたが、あまりに暇なので帰る事にした。

 



あくる日の業後、俺は恐る恐る後ろを向き話しかける。


「なあハル―――」
「うるさい」


相変わらずご機嫌斜めなようだ。だが今日は引き下がるわけには行かないんでな。


「一緒に文芸部室に来てほしい。有希がSOS団復帰について話したい事があるそうだ」
「有希?あんたいつから名前で呼ぶ事になってんのよ」


・・・こいつと会話のキャッチボールは成立したためしがないな。


「今はそんな事どうでもいいだろ。な、頼むよ」
「はぁ・・・ わかったわよ。行けばいいんでしょ」


案外素直に承諾してくれたハルヒ。よし。じゃあ行くか。
道中ハルヒは押し黙り、一言も会話を交わさなかった。部室前に着き、扉を叩く。「入って」と珍しくレスポンスがあり、俺とハルヒは中へ入る。
椅子に腰掛け有希を見る。


「彼に謝って」


開口一番、単刀直入にそう言った有希。ハルヒは少し面食らったようで返答に詰まっていた。


「そうしたら私はSOS団に戻る」


もうこちらからは話す事はないといった感じでハードカバーに目を戻す。


少し面食らったようでハルヒは

「・・・ちょっと顔洗ってくるわ」


と言って立ちあがった。
構わないが戻ってこいよ?お前がいないと話が進まん。
「わかってるわよ」とやけに素直に返事をし出て行った。

ふう。同じ沈黙でも有希となら心地よい。一息つくと急に眠気と疲れがどっと襲ってくる。ここ2、3日いろいろあって授業中寝てないからな。ふと顔を上げると有希がこちらを見ている。


「どうしたの?」


いや、最近寝不足でな。疲れてるんだ。
そう告げると、とことこと歩いてきた。と、次の瞬間俺の額に何かが当たる。お察しの通り有希の額だ。
当惑している俺を尻目に有希が言う。


「熱はない」


バタンという音とともに扉が勢いよく開く。もちろんさっき出て行ったあのお方だ。


「このエロキョン!有希に何してんのよ!」


という叫び声と同時に蹴りが来る。
痛ってーなハルヒ!何しやがんだ!


「アンタこそ何してんのよ!どうせ無理矢理させてたんでしょ!」


有希に何かを無理強い出来るやつがいたら見てみたいね。
見ればハルヒは有希に「あんな男は有希にあわない」だのなんだの如何に俺が駄目な男であるか懇々と説明していた。


「いい」


有希がハルヒの言葉を遮る。「でも・・・」と反論しかけるハルヒを信じられない発言がとめた。


「私は彼の事が好き。だからいい。」


ぽかんと口を開けて有希を見つめるハルヒ・・・と俺。
あー・・・今何て言った?俺の耳がおかしくなけりゃ・・・いや、聞き違いに決まってる。
だがほんのり頬を朱に染めた有希を見るとあながち聞き間違いともいえないわけで。
我に返ったハルヒの「正気なの!?」という問い掛けに首肯する有希を見て、俺の聴力もまだまだ捨てたもんじゃないなと思う。
そうか・・・有希は俺の事が好きなのか・・・・・有希が――――俺を!?告白されちゃったのか?どうする?どうする俺?などと脳内会議を開くも


「――い。アタシだってキョンの事がすきなのに!!」


というハルヒの馬鹿でかい声であえなく閉会。
あー・・・何だって?ほんの数分前に思った台詞を繰り返す。
お前が負けず嫌いなのは知ってるが何もこんな事まで張り合う必要はないんじゃないか?


「あなたは黙ってて」
「アンタは黙ってなさい」


ピシャリとはねつけられた俺はその後熱心に話し込む2人を見、入り込む余地はないと確信し部室を後にした。

 

 

 

つづく・・・かな

 

 


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