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世界の崩壊、と聞いて一体何を想像するだろうか?
妥当なところではやはり地球環境関連が一番リアリティがあるのではないだろうか。
ただでさえ昨今「地球温暖化」がどーたらこーたらでそう遠くない未来に恐ろしい結末がやってくる、とテレビなどで良く騒がれている。
その原因は十中八九人間によるものなのだが、これといった改善策も見出せないままただ騒ぎ散らすことしかできず崩壊への道を歩むだけというのはまったくもって愚かな存在だ。
まぁ、本当にそうならないように頑張っている人達もいるのは確かだろうが、やはりこの世界を知るべき人間の一人としてはそれが実るとは到底思えない。
 
話を戻して次点では天変地異、所謂災害が思い付く。
どこぞの映画よろしく、大規模な隕石が降って来るか、それとも大津波がやって来るか、現実味は薄いかもしれないが可能性がゼロなどと誰が言い切れるだろう。
さて、早くもここからはゲームのし過ぎ、と言われても致し方ない妄想ではあるが、魔界の王がやってきて世界を破滅させる、というのも案外悪く無い。
街中に溢れる異形の怪物、それに対抗するは勇者様御一行、そんなファンタジー満載な世界も小数点が腐るほどあるだろうが可能性的にゼロでは無い。
で、次にエイリアンの来襲、というのがこれまた途轍もなく低い確率で俺の中の一つの可能性としてあったわけだが、とある理由で笑えない冗談と化してしまいここは敢えて外させて頂く。
 
まぁ、こんなものは確固たる証拠が無い限り可能性がゼロだとは言い切れない愚かな人間が幾ら考えても、海水をスプーンで掬い上げるか如く、無駄に可能性は溢れ出てくるものだ。
しかし、愚かと言えど理性はある。証拠など無くても「それはない」ときっぱりと言える部類はこれまた腐るほど存在する。
先ほど述べた一つ、魔王降臨が良い例ではあるのだが、曖昧な定義の境目で生き永らえる人間とはかくも愚かな存在だ。
 
「夢の世界でさえアンタはほんと生意気ねぇー」
 
「そりゃどーも」
 
世界を崩壊へと導くのがこんな少女1人だという可能性に気付かないのだから、心底人間とは愚かである。
その人間に部類する自分が溜息を禁じえないことに、誰が責め立てられるものか。
 
「まぁ、リアリティがあるからその方が良いんだけど」
 
「そりゃどーも」
 
「で、どう?」
 
輝くほどの笑顔を全開にしながらくるりと俺の前で一回転。
ふむ、バランスを崩すこともなく、元の定位置へと足を着けられるのは背筋の良い証拠だっけか?なかなかやるもんだ。
 
「バカ、今日の服装はどうなのかって聞いてんのよ」
 
なんだ、そんなことか、とは思ったが困ったことに自分はそれほどファッションセンスがあるわけではない。寧ろ無い方ではなかろうか。
そんな俺に対してその質問は酷だ、と言いたいわけだが、結局のところ、良いんじゃないか、と当たり障りの無い台詞を言ってみる。
 
「なんか反応が今ひとつねー。本番はこれにしようと思ってたけど、別のにしようかしら?」
 
「ご自由に」
 
「ほんっと現実のとそっくりで可愛げもないわねぇー!」
 
解らないものは解らないのだから、しょうがないだろう。
なんて言ってみても『夢』の中の俺だろうと一蹴されるんだろうな、それだけは解っている。
しかしハルヒよ、一つだけ言えることがある。それ、似合ってるぞ。
 
「……ほんと…そっくりね……」
 
揺れる一束を似合っていると指摘され頬を朱に染めながら、照れている素振りを隠そうとしながらも隠しきれていないその姿は悪く無い。
 
「さぁ、じゃあ行きましょ!!」
 
前とは違い最近は手首では無く手を掴まれる。
こういう違いがアイツの中での恋人同士なのかね。普通も悪く無いと思っている兆候なのなら幸いだ。
 
「ここまでそっくりなら予行練習に最適だわ」
 
あともう一つ、言えないことなので心の中だけで言っておくが、ハルヒよ、この俺は現実の俺だ、そっくりで当然だぞ。
初デートを言い付けられたあの日。
あの後、デートコースは全て朝比奈さんとハルヒの2人に委ねることと相成った。
朝比奈さんが絡んでいるとは言え、結局は判断するのはハルヒ自身である。そこに不安を感じないわけがなく、当初はデートコースとも言えない場所を巡るツアーを俺が主催しようとした。
しかし、そう言った瞬間朝比奈さんが、それじゃあキョン君、これ、と言って俺にしおりのようなものを手渡した。
タイトルは『男の子がすること百ヶ条』と書かれており、その文字を見た途端先ほどとは比べ物にならない不安が全身を駆け巡った。
なんとかその不安を押し退け、渡されたそれのラストだけを覗いて見る。
『優しく抱擁しながらキス―』という一部分が見えたところでぱたんとしおりを閉じ、ハルヒ、お前が考えてくれ、と真剣な眼差しを送る。
えー、男の子がデートコースを考えるのは紳士としてのマナーですよぉ?なんて言いながら朝比奈さんは俺を責めるが、ハルヒは気にもせず、おっけー、と言った。
普段のハルヒと朝比奈さんの立場が逆だというのは何とも納得がいかないが、今回ばかりはハルヒに感謝した。
納得がいかないと言えば、まぁ、今回は行って欲しいお店もあるから、涼宮さん一緒に考えましょ?と言いながら俺の時と同様にハルヒにしおりのようなものを渡していたのだが
そこには『女の子がすること十ヶ条』と書かれていたのには心底納得いかない。なんで一桁違うんですか?
 
んで、その後は暇を潰す方法も無くパイプ椅子に凭れ掛かりながら天井を眺め、それだけで解散時間を迎えることになった。
なんとも無駄な時間を過ごしたもんだと暢気に思ってみるが、この時間こそ、ここ最近の俺が欲していた退屈な時間だと気付くから憂鬱である。
余談ではあるが、古泉は戻って来なかった。バナナの皮で足を滑らせ頭をぶつけて死んでいたら最高である。
 
そして古泉を抜いた4人で下校する中、良く考えたらアンタ今ハーレム状態ね、などと喜んで良いのか悪いのかよく解らない台詞だけを残しハルヒは帰宅。
本日は帰宅までの護衛を命じられなかったのは救いだが、今度は長門に自宅まで来るように促された。
道中で、じゃあキョン君、期待してますよ!と一言だけ残され、朝比奈さんとも別れる。今回ばかりは朝比奈さんの期待には答えたくはないものだ。
 
そうして長門と二人きりになったわけだが、自宅へ招待されたとなるとやはり『あれ』関係であるのは容易に想像できる。
2人になったところで早速本題へと入ろうとしたが、自宅に行ってから、などと言われるのがそれを裏付けている良い証拠だ。
別段長門の家で話をする必要もないだろうと少々酷な思いもあるわけだが、それはまぁ本日は色々あったわけであり、明日更にもっと色々あるわけだから早く帰りたいという気持ちを汲んでさえくれれば有り難い。
だが、ここでそう言ってしまえば長門のことだ、そう、なら仕方ない、などと素っ気無く言って別れることになるだけ。
なんだかんだとこちら側に有意義になる情報を得れるのならば、その提案に乗る以外にないし何時も世話になっている長門のお願い―と言えるかは不明だが―を断るのも忍びない。
かくして俺は長門宅へと足を踏み入れたわけなのだが。
 
「やはり、コタツは良いですねー」
 
何故コイツまでいるのか訳が解らん。
気がつけば俺の後ろを陣取り、一緒にこの部屋へと足を踏み入れていた。
とりあえず一発ぶん殴っても良いか?
 
「残念ながら今回もあれが最善手だったんですよ?」
 
ほほう、『バカ』というダイイングメッセージを残したのも最善手、だと仰る訳か。
最善手なら最善手で構わんよ、ただダイイングメッセージにする為には『死』を迎えて初めてその価値があるのは知っているか?
ゆらりと古泉に手を伸ばし、取り合えずはどうしてくれようかとカオスな妄想を巡らせていたが、伸ばした右手に長門が制止させるようにそっと手を乗せてきた。
 
「憤慨する理由も解る、でも今は私達の話を聞いて欲しい」
 
ちっ、長門に救われたな。だが、少し命拾いをしただけに過ぎないことをその毛の生えた心臓に刻み込んでおくことだ。
 
「重々承知しております」
 
どこまでも癇に障る奴だ。苛立ちを抑えながら長門の対面位置に陣取り、足をコタツの中へと入り込ませる。
独特のこの暖かさ、何とも言えんね。
そして布団を肩まで掛ける、これこそがコタツに入る際の正しい形だと個人的には思っている。まぁ、他人がどう思っているのかなど興味はないが。
しかし、2人からの話となるとやはりハルヒに関する情報、ということになる。おまけにその情報は今度のデートに関する訳か。
 
「お察しの良いことで」
 
当たり前だ、慣れているというのもあるが今日、それもついさっきあったハルヒ絡みの珍事件だ、これで関与していないわけがない。
これでアイツが箪笥に足の小指をぶつけたから閉鎖空間が起きました、なんて言われてもそれこそ俺にはどうしようも無いことなので、そそくさと帰宅するだけだ。
アイツの小指を撫でながら痛いの痛いの飛んでけー、と妹にでさえやっとことの無い辱めを行わされるぐらいなら世界の崩壊を望むね。
自分が関与することだけに対処してやるさ、やる気の有無は露知らず。
 
「それはそれは……、現状あまり嬉しくない報告ですね」
 
などと口調は少し暗い雰囲気を醸し出しているが、手元は蜜柑の皮を剥くのに勤しんでいるとは、ほとほと人を馬鹿にしているのだろうか?
というかどこからそんなものを仕入れてきた?
 
「お土産です、あなたもお一つどうですか?」
 
お前には混じりっ気無しの純度100%と言える罪はあるが、蜜柑には無い。有り難く頂戴しておこう。
長門も古泉から1つ頂戴しているが、その姿は何と無しに妖怪の座敷わらしを彷彿とさせる。
長門特有の雰囲気がそう思わせるのだ、他意は無い。
 
「で、俺の言ったことに何が嬉しくない報告があったんだ? 俺はやる気の有無はともかく、対処はすると言ったぞ」
 
「それはこちらとしても有り難いことです、本当に。しかし、僕が言っているのはその部分ではありません、その少し前です」
 
飛び散る蜜柑の皮の汁が目に入らないように気をつけながら中身を取り出し、鮮やかな黄赤色を放っている果実を一粒頬張りながら、古泉の言う『少し前』というのを思い出していた。
しかして、なかなか人間とはやはり愚かなものでそんなことよりも舌に広がる甘美な蜜柑の味に気を取られあまり頭が働かない、というか神経が舌に集中してどうしようもない。
なので考えること事態面倒なのでさっさと古泉にその明確な答えを教えてもらうために、さっぱり解らん、と自分が言ったことへの問題なのに他人事のように言い放つ。
そんな俺の態度に呆れる素振りも見せず、俺と同じく蜜柑を頬張りながら口を開いた。
 
「『世界の崩壊』を望む、という部分ですね」
 
「冗談の一つも真面目に受け取られてしまっては、詰まらんとしか言い様がないな」
 
ぽいっともう一粒口に放り込む。
ふと見てみれば長門は蜜柑に手をつけていない様子だ。
宇宙人はこういう物質は摂取しない、ということなのだろうか。
 
「冗談ではない」
 
両手で包み込む様に蜜柑を持つ長門がぽつりと漏らす。
その言葉の意味するところは途轍もない大事を彷彿とさせているが、当然ながら現実味が沸かない。
 
確かにハルヒならそれが現実となる――現実とさせる――ことが可能だろう。
だが人間、その過程を自分の目で見なければそうほいほいと信じ込めるものではない。
最悪その眼で見ていた事柄でさえ信じられないことだってあると言うのに。
まぁ、とある空間なんかが良い例だ。
 
「しかし、それが事実なんです。まぁ、崩壊すると言っても最悪の結果になれば、ですけどね」
 
低いと言えどゼロの可能性というわけではありません、なんて言われてもやはり現実味は帯びない。
だが長門が言うのならば――はぁ?古泉?知らんね――それが現実であり真実なわけである。
となればそれはもう全力で阻止する方向で話は進まざるを得ない。
 
「剥いて欲しい」
 
「はいはい」
 
なのだが、何と言うか、ここは世界の危機を談合している言わば会議場なのである。
小さな子供が兄に甘えるように蜜柑の皮を剥いて欲しいと懇願する図とは一切無縁にするべきではないだろうか。
緊張感も何もあったものじゃない。
 
「きっと大丈夫ですよ、貴方の頑張り次第ですから」
 
いそいそと蜜柑の皮を剥きながらのその言葉は無責任としか言い様がない。
結局俺が頑張るしかないのならやれることをやるまでだが、勿論それなりの助言やらお助けアイテムを頂けるわけだよな。
 
「これを」
 
そう一言だけ漏らし長門が俺に蜜柑を突きつける。
……これがお助けアイテムだったのか?
 
「違う、剥いて欲しい」
 
本当に世界の危機なのか、長門の言葉でさえ疑わしい状況だ。
おまけに今、長門の蜜柑は古泉の手によって剥かれているのだから俺が剥く必要はあるまい。
 
「2つ分欲しい、少しの間も空けず」
 
ハルヒの件に関してあれほど真面目、と言うか何時もクールな長門がこうも蜜柑に執着するとは、果樹園で働く人々もさぞ喜ぶことだろう。
何時も世話になっていることだし、それぐらいは快く了承しようではないか。
 
「アルベドも剥いて」
 
「は? 何だって?」
 
「蜜柑の白い筋のことですよ」
 
ああ、これか、この白い筋か。
ってか本当に幼児化してないか?
これは食べても害を成すものではないのだから気にする必要はないぞ。
 
にしても男2人が蜜柑の皮を剥く絵図は何とも形容し難いものだ。
唯一得るものがあったとすれば蜜柑の白い筋をアルベドと言うことぐらいか。
トリビアにもなりそこねた無駄知識だ。
はぁ、と小さく溜息を付き、最大の疑問点をさっさと2人に投げ出すことにした。
どうせ何時も通りの解決策でしかないのだから、後の祭りにならぬよう先に溜息をついたわけである。
 
「で、結局俺はどうしたら良いんだ?」
 
 
 
 
 
 
 
「とどのつまり、私も満足して、アンタも満足するのが一番最高なのよね」
 
うんうん、と腕組みをしながら何度か頷いてみせる。
確かにそれがデートたるものの本来の姿かもしれんが、お前を満足させるのは俺以外何者も存在しない。
それ故、今回の、否、何時もの課題『涼宮ハルヒを満足させること』が俺へと圧し掛かるわけなのだ。
 
「その為の予行練習だもの、これを有効活用しない手はないわ!」
 
ほんと私って、夢ですればいいなんて良い方法を思いつくわねぇー、などと戯けたことを言いながら鼻唄なんぞ奏でてご機嫌だ。
ならば全て夢の中の産物で進めて欲しいものだ、ここに連れてこられた現実の俺は頭を痛ませることで精一杯である。
 
『余程の事が無い限り世界が崩壊する事はありません。こちら側が出来る事は事前に情報を与える以外に在りませんが、どうかその余程が起きないように』
 
『期待している』
 
解ってるっての、記憶の中の小泉と長門よ。
何時も通りの事をして、何時も通り世界を救うとするよ、誰にも褒めてもらえんがね。
 
「さて、それでこれから何処に行くんだ? デートコースは全てお前任せだったよな」
 
腹も据わればなんとやら。別にデート云々を楽しむつもりはないが、何時もの不思議探索でコイツとペアになっただけ、と考えれば何て事はない。
そういう割り切ったものを持ってさえいればこれ以上頭を悩ませることもなかろうて。
 
「そんなの考えてないわよ。だからそれを含めての予行練習じゃない」
 
少しは無い頭使って考えなさいよね、と苦言を呈されたわけだが俺としては、ある頭使ったお前の回答の方がどうかと思う。
まぁ所詮これを喉から言葉として通らせても何の効果も無いどころか、逆効果にしかならないのは明白なので心の中にそっと閉まっておく。
だが心を覗いてみれば、ぽっかりと余分に取っているはずのそのスペースがいつの間にか缶詰のようにぎっしりと詰まっているというのはなんとも泣ける話でもある。
 
「じゃあ、どうするって言うんだよ」
 
「考えられる可能性は全て実行するのみ。この夢の世界では時間がどれくらいあるか解らないけど、十分な猶予はないでしょうね。
 だからと言って急いては事を仕損じる、焦らずじっくり吟味するまで!」
 
「つまり……どういう意味だ?」
 
「……思い付く場所は全部行くって言ってんのよ、ボケ!!」
 
ニコリと柔らかく微笑んだかと思えば、瞬間にして耳元で―というか俺の右耳を引っ張りながら―大声で怒鳴りつけられてしまった。
言いたいことが解らなかったわけでもあるし、何より猪突猛進のお前がそんな風に落ち着いた物事を語るのなら致し方あるまい。
頭にキーンと響く耳障りな音に耐え、右耳を抑えながら何となしにさきほどのハルヒの言葉を、意味を込めて考えてみる。
 
「って、ちょっと待て! 全部? オールってことか!?」
 
「その全部、オールってわけ。悔いは残さないようにするのが当然でしょ?」
 
これは拙い。拙いなんてものではなくて緊急事態だ。どこぞで赤ランプが点滅して『エマージェンシー!エマージェンシー!』なんて機械独特の女性によるボイスが流れるぐらい非常事態だ。
そりゃそうだろ、この世界を『夢の世界』だと誤解しているのはこちらとしては好都合になるが、その好都合はハルヒにとってもだ。
『夢』なんてものは大方訳の解らない内容だったりして思い通りに動くということは少ない。
稀ではあるが、寝る前に読んでいた本やら見ていたテレビの内容、はたまた枕の下に敷いていたものが影響するということはあるが、やはり自由ではない。
だが、今の世界は『涼宮ハルヒ』という自我を保っているのだ。夢の世界では自分は自我を失ったように違う行動をすると言うのに。
となれば、普段のハルヒが願うものがこの世界には反映されてしまう、『夢の世界』と認識しているなら尚更だ。
 
それはつまり、やれ『心霊体験バスツアーに参加する』などと言い出せば目の前で赤い旗をパタパタと振り続けるお兄さんが現れ、あれやこれやと流されてなぜか無料でそのツアーに有無を言わさず参加することになるし、
やれ『天国を探す』なんて言い出せば、なんだかんだと歩き続け、気付けば自分自身が即身仏、なんてことだってありえるわけだ。
しかもそれは夢物語ではなく現実の出来事として。
これに恐怖感を抱かない奴がいるなら是非ともお目に掛かりたいものだ。
 
「それじゃあ早速行ってみましょうか」
 
「そ、それで、まずはどこへ……?」
 
「そうねぇ~……」
 
ごくり、と生唾を飲み込む。
漫画やドラマの中でしか起こさない行動だと思っていたが、なるほどこういうときに自然と出るわけか。
出来ればあとどれほど生きられるか知らない自分の人生で経験などしたくはなかったのだが。
 
しかして、この「生唾」は結局のところ杞憂で終わる。
それは何故か?
 
簡単だ、奇妙なことが起きたからだ。
 
「まずは映画にしましょ」
 
これを奇妙と言わず何を奇妙と言うべきか。
あの涼宮ハルヒがデートコースとしては定番の「映画」をチョイスしたのである。
これは正に『天変地異』の前触れか、と以前同じことを言った気がするので割愛。
兎にも角にも自分にとって旨く行き過ぎているのは無性に焦りという感覚を際立たせているのだが、それ即ち負の展開へと追い込まれていく自分の不幸っぷりが際立っている証拠にもなりえるわけだ。
良し悪しどちらかに転ばず、中間点である『平凡』という言葉通りに過ごして生きたい自分としては何とも居た堪れない結果である。
それにしても、この驚くべき回答をハルヒの口から聞いたというのに俺は良く声を上げずに押し黙ったものだ。
本能がそうすることを危険と察し、内面に収めるように働きかけたのだろう。
そこまでハルヒに関して過敏になっているというか、調教されたというか、こういう変化というのは素直に喜べないものである。
 
「ちょっと、何よその『奇妙な出来事が起きた』みたいな表情は!」
 
だがしかし、表情まで内面に押し込めていないところを見ると喜べない事柄に対してであろうと、もうひとつ進化しなければならない。
それが穏便に過ごす唯一の方法であるならば致し方なし。
 
「すっごいジレンマを感じるわ。夢の中なんだから思い通りに動くアンタでいて欲しいと思う反面、さっき言ったみたいに『現実』に近い存在のアンタじゃないと意味が無いと思うこの気持ち。
 どっちにしろ、結論はアンタが悪い!なんだけどね」
 
お前がジレンマを感じようが地団駄を踏もうが知ったこっちゃないが、俺としては「理不尽」の一言に尽きる事だ。
結局俺がどんな表情をしようと取り合えずの目的は映画ということで話は進んでいるのだろう。
話よりもアイツがずんずんとどこぞへ歩を進めているのだから。
 
それにしても、『映画』か……。
昨日の古泉説明から察するに問題無いとは思うのだが、やはり物事が物事だけに不安だ。
 
『今回の世界は今までとは違った世界です。あれやこれやと言葉を並べても意味がありませんし、簡潔に申しますと【閉鎖空間】と【改変世界】が交じり合った世界。
 正に、合わせ技一本!という感じの世界です』
 
何処が簡潔だ、どこが。
お前の頭のネジはどれぐらい緩んでいるんだ、マイナスドライバーで良ければぐりぐりと回してやるぞ?
大体、世界、世界、とやかましいことこの上ない。勝手にしろって世界だな。
 
『今のでは駄目でした? んー、それでは……、相当捻じ曲がった例えですが【RPGの世界】というのなら解ります?』
 
んー……お前にしてはまともな例えではあると思うのだが、なんだ、まだ歯痒い感じがする。
言いたいことは解りそうなんだが、こう、喉元まで答えが来ているのに出てこない、それぐらい歯痒い。
 
『これでも精一杯の努力をしたんですが……』
 
がっかりするな、何となく理解できそうではあるし努力も認めてやるから肝心の中身を話せ。
 
『そうですね……、つまり明日の世界は涼宮さんが創り出した世界でありながら、この現実の世界と何ら変わりない世界。涼宮さんがプログラミングした世界です。
 仮に涼宮さんが目の前に名前だけを知っているお店が欲しい!と思えばそれがその世界に反映されます、現実の世界と変わらぬお店が。
 勿論、人物も然りです、ただその人物を演じるのは神人ですが』
 
ん~?それって何時ものハルヒパワーに振り回されている我等が母星、地球が改変されていることと同じじゃないのか?
 
『全然違うんです。先ほど言ったように神人が演じるわけです、人間を。しかし、神人がいながら世界は現実の物と大差無く、また涼宮さんの改変作業が思いのまま。
 正に、【閉鎖空間】と【改変世界】の合わせ技、一本!です』
 
お前、そのフレーズ若干気に入ってるだろ。
何となしに嬉々としているお前を見るのは気に喰わん、さっきみたいにがっかりしていろ。
しかし何でまたそんな世界が生まれてしまうんだ。
 
『涼宮ハルヒの力が進化したものと推測される。この出来事に関し【情報統合思念体】は嬉々としている』
 
気のせいか、長門まで嬉々としているように見えなくもない。どうやったらこの出来事に喜びを噛み締めれるのかお教え頂きたいものだ。
それにしても進化……ねぇ……。あの力がまだまだ飛躍するかと思うと胃だけでなく腸まで痛くなってきそうな話である。
 
『まぁ、今のは大雑把な例えですから、もっと詳しく話すとなると後小一時間は掛かるんですが……』
 
当然、聴きたくないな。
 
『ですよねー』
 
 
などという先日の遣り取りの極一部を抜粋すれば、一応は映画に行くことは問題ではないということになる。
しかし、半信半疑なのも間違いない。
「映画の日」ということもあり、チケットを求めようと人でごった返すチケット売り場。
この周りにいる人々が全てあの変てこ物体とはやはり信じ難い。
それを確認する術も無ければ、それを確認するだけの度胸も無い、まさか『貴方は神人ですか?』なんて質問をして、これで実は現実世界でしたー、ってことになってみろ、それこそ振り子の如く揺れる俺がお目見えされるだけ。
まっ、考えたところでどうにもならんし、真実が解ったところでこの出来事も無しにはできない。
冷めた気持ちで諦めるのが肝心、肝心。
 
「そういえば、何の映画見るんだ?」
 
気持ちを映画へと切り替えて、極々自然な会話へと戻す。
出来うる限り、ここがそんな世界だと感じないように。
 
「アレ」
 
そう言ってハルヒが指差すは、タイトルからでも「恋愛物」と解る、男女が見詰め合っているポスター。
 
おやおや、ハルヒさん、冗談もほどほどに。
 
「アレが見たいの」
 
おやおや、ハルヒさん、冗談もほどほどに。
今度は両手を広げるジェスチャー付き。
 
「アレが見たい」
 
おやおや、ハル「さっさとチケット買って来い!!!」
 
げいんっ!と尻を蹴飛ばされて受け付けのお姉さんの前に誘導される。
本当に本気でその映画を見たいのか、昔のお前が言っていた『恋愛は一種の精神病』という言葉を覚えているおいでだろうか。
って、一応は俺達、恋人という設定だったか、すっかり忘れてた。
いやはや、それを忠実に守ってのチョイスとなるとその信念を貫く姿勢には頭が下がりっぱなしだ。
何時ものお前なら、こっちの奇怪なエイリアンが人々を襲うやつか、そっちのバリバリのカンフーアクションを選ぶはずなのになぁ。
というかぶっちゃけ俺が見たかった。恋愛物って詰まんないんだよ、実際。
 
「……お決まりですか?」
 
ぼそぼそ、と受け付けの女性が語りかける。
はぁー、と溜め息を零しながらタイトルが表記されているプレートを指差し、「二枚下さい」と淡々と告げる。
まぁ、別にこれは夢の中の出来事だからな、金に関してはどうでも良いことだ。これで朝起きてきっちり札が二枚減っていたら泣くぞ、ホント。
 
って、オイ……
 
「……二千円になります」
 
……何やってる?
 
「……バイト」
 
待て待て待て待て、なぁんでぇお前がここにいるんだよ。
あれか、これも監視方法の一つなのか?
モロバレってやつだぞ?
 
こんなのに引っ掛かるのは昭和のアイドルぐらいのもんだ。
後ろに「ドッキリ」とか書かれたプレートでも隠してるんじゃないだろうな。
 
って、そんなことはどうでも良い。
見つかる前に早く……
 
「あら? 有希じゃない」
 
さらば、地球。
俺が不甲斐無かったのか、それともこの宇宙人が失態を犯したのか、それとも古泉がなんとなしに悪かったのか。
どれが理由かは解らないが貴方は居心地の良い星でした、今までありがとう。
 
「なぁに? バイト?」
 
「そう」
 
時たまもの凄く不安になる。
SOS団で常識が一番あるのは俺だという考えが実は逆で、俺だけが常識が一切無い人間なのではないかと。
どうやったら高校生がこんなところでバイトできるだとか、偶然にしてもできすぎてるとか、明らかに身長が足りなくて台に乗って受け付けしてるとか、そういう突っ込みを入れようとする俺こそが
イレギュラーな存在なのか?
 
「へぇー、夢の中だとアンタこんなとこでバイトしてたんだ」
 
「そう」
 
ここまで来ると『夢の世界』と言う言葉で括るのも些か限界があると思うのはやはり俺だけだろうか?
 
「まっ、しっかり頑張んなさいね。明日の集合時間遅れちゃ駄目よ、って有希なら言う必要もないし、夢の中だから意味ないか」
 
あっはっは、と笑うハルヒ。
俺も釣られて、あっはっは、と笑う。目は笑っていないが。
 
「……これは涼宮ハルヒが望んだこと、私の意志じゃない」
 
俺だけに聞えるように、何時もよりもさらにか細い声で喋る。
何を望んでいるのだ、アイツは。
久しぶりにハルヒらしい思考を垣間見たが、やはり二度と見たいものではない。
普通になったにしろ、通常通り奇怪にしろ混乱を巻き起こす女、涼宮ハルヒ。恐ろしい奴。
しかし翌々考えれば、この世界に接触できないと語っていた長門が今こうしてここにいる。
これは好都合と言えば好都合である。また頼ることになって申し訳ないが。
 
「……別に良い」
 
有り難い返答だ、これで地球滅亡の危機はほとんど回避されたも同然だな。
して、長門。これからどうすれば良い?
 
「……」
 
すっ、と無言のまま渡されるチケットとハンカチ。
結局は映画を見ろってことだろうが、このハンカチは何だ?これが重要なアイテムなのか?
 
「……必要」
 
はっはーん、鈍感な俺でもピーンと来た。
つまりこの映画を見た後、号泣するハルヒに俺がさり気無く「ほら、使えよ」って言いながら優しく渡してやるんだな。
なるほど、正に恋人らしい図だ。
 
丁重にお断りしようじゃないか。
 
「……」
 
冗談だ、冗談。これが夢の世界の出来事だからな、現実の俺は知らぬ存ぜぬで突き通せばそれは起こっていない事。
ちゃんとそういうことにしておいてくれよ?
 
「……解ってる」
 
「ほら、有希の仕事の邪魔しちゃ悪いでしょ!さっさと行くわよ!」
 
一時はどうなることかと思ったが、この世界で雅かの助っ人が登場。
しかも一番頼りになる奴が。
何とかこれで最悪な事態だけは避けられるようになるだろう。
このデート(仮)、何とか幸先の良いスタートを切れたようだ。
 
 
 
 
 
 
ちなみに映画の内容はひ弱な男の子と強気な女の子が一生懸命に生きていく悲哀系のラブストーリーだった。
で、映画が終わった後、例のハンカチは存分に効果を発揮することとなる。
 
「……ハンカチ、貸して」
 
「……ほらよ……」
 
俺の手からハンカチを受け取り、涙を優しく拭き取るハルヒ。
その手付きが女性特有な感じがして少し不思議だった。
 
「……こんなに泣くとは思わなかったわ……」
 
「…まったくだ…」
 
少し涙目でまだ鼻を、ぐすん、と鳴らしてはいるが一応の処理は完了。
まいったね、こんなに泣くとは思わなかった。
 
「はい、終わり。それにしても意外よねぇー」
 
「……」
 
「あんたがこんなに涙脆いだなんて、可愛いところあるじゃない」
 
 
 
 
誰か俺の頭をぶち抜いてくれ。今直ぐにッ!
 
 
 
続く
 
 

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