入学式の日の教室の中はとても重苦しい。
小学校から中学校に上がったときは、なんだかんだでほとんど見知った人たちばかりだったため入学式でも騒がしかったのだが、
高校での同じクラスにいる知り合いはキョンぐらいであり、他はほとんど知らない人たちばかりで、あまり積極的に友達を作るようなタイプでない僕は少し緊張していた。
皆お互いを伺うみたいにして席に座っているので、僕もキョンと話すのをやめて自分の席へとついた。

「おはよう、なんて名前?」

突然、隣の席から声をかけられて僕はぎょっとして振り向いた。
決して大きい声ではなかったのだけれど、今の静かすぎる教室に彼女の声はよく響いたのだ。

「国木田・・・えっと、そっちは?」
「朝倉涼子。せっかく隣の席だし、仲良くしてね」

そういって、朝倉さんはにこりと笑った。僕は慌てたように頷いた。
すると、堰をきったみたいに教室内は少しずつ騒がしくなりはじめた。皆僕たちを見て緊張がほぐれてきたのだろう、
おかげで皆に聞かれてるみたいで恥ずかしかった朝倉さんとの会話も少しずつ盛り上がっていった。
どこに住んでいるのか、中学校はどこだったのか、他にも色々他愛もない話をした。
ぎこちなく話をする僕に、彼女はずっと微笑みかけていてくれた。
それは彼女にとっては社交辞令のようなものだったのかもしれないけど、それでも僕は安心できた。


それから、席が隣のせいか授業で何かグループを組めと言われれば朝倉さんと組むことが多かった。
おかげで彼女の色んな場面を見ることが出来た。
調理実習での料理の手際のよさ、暑くて髪をかきあげる仕草、ふとした瞬間に無表情になること、
寝る前になると彼女のそんな一挙一動がまぶたの裏に浮かんだ。
朝倉さんは誰とでも仲良く話せる人だったけれど、その中でも一番彼女に近いのは僕だと思っていた。
けれど、それはただ単に彼女と席が近くて、話す回数が多いだけだった。
そのことに気付いたのは朝倉さんの友達の会話が耳するりと入ってきたときだった。
彼女たちが話していたのはよくある恋愛話で、いつもならどうでもいいと思うのだけれど、
朝倉さんの名前が出た途端彼女たちの会話が自然と耳について離れなくなった。

「涼子ちゃんの好きな子って、」

その後に続いた名前は僕のではなく、キョンの苗字だった。
もちろん彼女たちには確信はなく、「かもしれない」なんていう内容で、よくよく聞いてみるとただの噂話だった。
けれど、考えてみると納得できるような部分がいくつか思いあたった。


朝倉さんはいつも「涼宮さんに伝言」という理由でキョンに話しかけていた。
最初こそは本当に「伝言」なのだけれど、その伝言はどんどんあたりさわりもない会話に変化していくのだ。
そう、授業が終わった瞬間や始まる前に僕たちがよく話していたような。
わざわざ理由をつけて話にいくような物でもない些細な話を、朝倉さんはキョンにだけしていた。
同じような内容でも、きっと彼女にとっては僕に対しては暇潰しのためのものであり、キョンに対しては友好を深めるためのものだったのだ。

けれど、キョンが好きなのはきっと涼宮さんだ。
そんなんじゃない、なんてキョンは言うけど、僕にはそうとしか思えなかったし、何より中学のときだって似たような女子といつも一緒にいたのだ。
もしかしたら本当に好きとまではいっていないのかもしれないけど、朝倉さんよりは涼宮さんのほうに惹かれているのは確かだ。
だから、キョンが朝倉さんと付き合うのはほとんどないに等しいことに嬉しく思う反面、悲しくもあった。
彼女の悲しんでいる表情なんてみたくはない。複雑な思いはぐるぐると胸の内を占める。

そして、一番心に重く圧し掛かっているのは彼女の眼中に僕はいないという事実だった。



その日、仕上げないといけない提出課題を学校に忘れていた僕は、少しだけ早めに来なければならなかった。
まだ重いまぶたをこすりながら坂道を登る。

学校に着いて、靴箱のところで朝倉さんの姿が見えた。
後ろからおはよう、と声をかけようと思ったが、それはすぐ喉元まで来て止まり、吐き出されることはなかった。
彼女はなにか手紙のようなものをキョンの靴箱へ入れていた。
その光景をぼうっと見ていると、朝倉さんのほうが僕に気付いて、声をかけられた。

「あ・・・」

「あ、あっあの、これはね、そういうんじゃなくて・・」

慌てて弁明しようとする彼女の顔はほのかに赤かった。
それを見てやっぱり朝倉さんの友達の会話は本当だったんだ、なんてことをぼんやりと思い浮かべていた。
けれど、キョンはきっと、

「それじゃ、教室行こう?」

僕は彼女の言葉には頷かなかった。
代わりに彼女の腕をつかんでその場から駆け出していた。
そういえば朝倉さんに触れることなんてこれが初めてだった。
あんなに近くにいて、あんなに話をしたのに彼女に触れたことなど、ただの一度もなかったのだ。


靴箱を離れて、人気のない廊下の隅まで僕は朝倉さんを連れてひたすら走った。
行き止まりの壁が近づくにつれてどんどん速度を落として、しだいにぴたりと足は止まった。
後ろを振り返ると、朝倉さんは肩で息をしながら不審そうな目で僕を見ていた。

「一体どうし・・」
「キョンは駄目なんだ」

唐突すぎる僕の言葉に彼女はよりいっそう困ったような顔をした。

「何の話・・?」

「さっきの手紙、キョンの靴箱に入れてたよね、でも、きっと失敗する。
失敗したら前みたいに戻れないよ、今までのが嘘みたいに崩れるんだ。
たとえまた同じように話せたとしても、言葉の一つ一つに少しずつ作り物が混じってる。
だからさ、それなら今までの関係をずっと保ってようって思わない?これくらいの距離のほうが心地いいなんて思わない?
僕はそう思う。だって僕は・・・」


そこまで言いかけてはっと息を呑んだ。気付いてしまったのだ。
僕は同じように叶わない恋をしている朝倉さんと自分を知らぬ間に重ね合わせていたのだ。
彼女が悲しい表情をするのは見たくないなんてただの建前であり、
僕であればしないようなことを彼女は実行に移そうとしたから止めたのだ。
けれど、僕は僕であって朝倉さんではない。
自分自身の感情を抑える権利はあっても、彼女の感情を止める権利などどこにもないのだ。

「・・・ごめん、戻ろう」

ずっと掴んでいた腕を放して、僕は元来た道を早歩きで辿っていった。
朝倉さんが何か僕に声をかけてきたかのように思うけれど、全て遮断して一度も後ろを振り返らなかった。
結局、その日一日は気まずい思いをして過ごした。
授業が終わるたびに彼女は何かいいたげにちらちらとこちらを見てきたけれど、机に突っ伏すかすぐさま谷口やキョンのところへ行った。
全部自分が悪いことなのに、何故か僕は彼女にイライラして仕方がなかった。
そしてそんな自分にさらにイライラした。こんなに頭に血がのぼるような日は久しぶりかもしれない。

 

後編

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