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涼宮にキレられ、蹴っ飛ばされて文芸部室から放り出された俺は、行く所もなく、家に帰ることにした。
突如、肩に何か軽いものが当たった感触を感じ取る。
 
「…待って。」
 
えーと…なんてったっけ。あのSOS団の内の一人の美少女が俺の肩を掴んでいた。
 
「長門さん…か?」
「有希でもいい。」
「有希?なんか馴れ馴れしくないか?」
「…あなたの好きに呼んで。」
「…じゃあ有希だな。それで、俺に何か用か?」
「さっきの涼宮ハルヒの言動、あれは彼女が本心でやったわけではない。」
「…涼宮のことか。それ、本当なのかよ。」
「彼女の心は正常ではなかった。気を悪くしないで。」
「有希、なんでお前そんなことが分かるんだ?」
「…今は信じて。」
 
根拠もなく信じてと言われてもなぁ…
 
「わたしが伝えに来たのはこれだけ。」
「ま、待てよ有希!」
「…何?」
「あれだ、朝とかさ、たまに…話に行ってもいいか?」
「いい」
「そうか、それじゃあな。」
 
どうして俺がこんなことを言ったのかは自分でも分からなかった。だが、俺の家へと帰る足取りは、どこか軽かった。
 
 
次の日のホームルーム前、俺は早速六組に居る有希の下へと向かった。
 
「よっ、有希。」
「おはよう。」
 
読書をしていた有希は僅かに微笑んだ。
 
「昨日から本読んでるよな?楽しいか?」
「…わりと。」
「どんなところが?」
「…全部。」
「今度、なんか本貸してくれよ。いいだろ?」
「いい」
「そっか、サンキュ。…ところで、SOS団とやらに入ってるんだよな?」
「そう」
「今までにどんなことしてきたんだ?」
「…上手く説明できない。でも、あなたは今までの活動を楽しんでいた。涼宮ハルヒ、そしてわたしたちと一緒に。」
「涼宮もか…」
「彼女を嫌ってはいけない。嫌わないで。」
「な、なんで有希がそんなこと言うんだ?」
「…分からない。でも、あなたには幸せでいてほしい。」
 
な、なんだこれは。新手の愛情表現か何かなのか…?
 
「おっと、そろそろ時間だ。俺戻るわ。」
「また、放課後に。」
 
俺は教室へと戻った。
『また、放課後に』…か。
 
 
放課後、俺は足が動くままに文芸部室へ向かった。
ドアの前に立つと、手も自然に動いた。違和感なく、ドアをノックする。
 
「どうぞー」
 
朝比奈さんの声がする。ドアを開けて確認する。涼宮が居るか居ないか、ということを。
…ん?俺は涼宮を軽蔑してるのか?でも無理ないよな。あんな蹴りをくらわされちゃあ…でも有希が言ってたことは…
 
「また来てくれたんですね。あの…昨日の涼宮さんの蹴りは…気にしないであげてください。」
 
あなたもその話ですか。
 
「きっとね、本心からじゃないの。いや、絶対そうよ?」
「有希も同じことを言っていましたよ。今は居ないようですが、涼宮はそんなに大切な存在なんですか?」
「有希…?ああ、長門さんですね。涼宮さんは…そう、とっても大切なの。」
「もしかして朝比奈さん…そっちの趣味で?」
「いいえ、ち、違います!その…そういう意味じゃなくて…涼宮さんは…その…」
「朝比奈さん、その話は僕から彼に話しましょう。」
 
話に割って入ってきたのは古泉だ。ん、なんかこいつのニヤケ顔ムカつくな…
 
「では、椅子にでも掛けて下さい。」
「あ、ああ…。」
「ええとですね。どこから話していいのか…、とりあえず率直に言いましょう。」
「なんだ?」
「長門さん、朝比奈さん、僕はそれぞれ、簡単に言うと宇宙人、未来人、超能力者なんですよ。」
 
古泉一樹。こいつの名前を俺の辞書でひくと説明文は『ただのアホ』と表示されるだろう。
んなもん、信じられるか。
 
 
俺は座ってて尻が痛くなるほど長々と古泉の話を聞いてやった。
時間の歪みだか進化の可能性だか神だとか、もう滅茶苦茶な話をな。
 
「最後にひとつ。この話は、絶対に涼宮さんには内緒にしておいてください。」
「…ああ、分かったよ。」
 
まさに半信半疑。いや、半分とも信用してなかったわけだが、涼宮には内緒にしておこう。
そして奴が入ってきた。
 
「…キョン…!」
「涼宮…。」
 
…分かった。俺は明らかに涼宮を軽蔑視している。涼宮は悲しそうな顔をして奥の席に腰掛けた。
それから五分ほどだろうか。沈黙の時が流れた。
 
「…キョン?ちょっと…ついてきて。」
「……ああ。」
 
俺は涼宮に連れられて学校の屋上へと向かった。何が始まるんだ?俺は殴られるのか?蹴り殺されるのか?
 
「ええっと、昨日は…ごめんなさい。」
 
涼宮はペコリと頭を下げた。これは予測射程距離内を大きく外れる攻撃だ。
 
「いや、別に…俺も怒ってないからよ、いいって。」
 
軽く返答したつもりだったんだが、涼宮は今にも泣きそうな顔を上げ、俺を見つめた。
 
「ごめんなさい…あたしのせいで…ごめんなさいっ…」
 
あたしのせい?一体…何のことなんだ?
 
「キョンは…崖から落ちそうになったあたしをかばってくれたの。」
「…俺が?」
 
俺がそんな勇気のいることをしたのか?…涼宮に?
 
「だからキョンは記憶喪失になっちゃって…それで…それで…」
 
涼宮は必死に言葉を搾り出すように話した。
 
「崖から落ちる前にね…?あたしとキョンは、二人っきりで…蛍を見たの。」
「蛍…?」
 
どんなシチュエーションなんだ?全く見当がつかない。
 
「とてもきれいだった…そのあと、あたしとキョンは…うっ…うぅっ…」
 
遂に涼宮は涙を垂らし始めた。な、なんなんだよ…
 
「やっぱり…嫌だよぉっ…キョン、思い出してよ…」
「思い出してって言われてもな…」
「そうじゃないとあたし…もう、耐えられない…」
「…涼宮…。」
「…ごめんなさい。あたし、すごい我侭なこと言ってたね。じゃあ…戻ろう。」
「いつも我侭なこと言ってこそお前だろ。こんな態度、似合わねぇぞ。」
「…え?」
 
ん、なんだ、今の言葉は。俺が言った…んだよな?何故こんなことを…?
 
「…そ、そうね!あたしったら何しみったれたこと言ってたのかしら!」
 
声の音量が倍ほどになった。うむ、確かに涼宮は元気な姿の方が似合ってる。
 
「戻りましょ!ほら、早く!」
 
俺は涼宮に手首を掴まれ、部室の方へと引っ張られる。
 
「いだだ!手首を掴むなって!」
「それくらい、我慢してよ!」
 
それは、俺にとって初めてな経験のはずだった…でも、どこか懐かしい感じがした。
 
 
そして今日のSOS団の活動が終了した。みんなが帰っていく中、俺は有希を呼び止めた。
 
「あのさ、涼宮のことで色々と聞きたいことがあるんだけど…」
「くる?」
「何処に?」
「わたしの家。」
 
有希から初めて誘われた。い、いやいや、俺はそんな気は…
 
「以前のあなたは前にも何度か来たことがある。特別気にすることはない。」
「そ、そうか。」
 
俺は有希の家へと向かった。いやあ、驚いたね。こんな高級マンションに一人暮らしとは。
俺は殺風景なリビングに案内され、床に腰を下ろす。
 
「話って?」
「ああ、記憶がなくなる前の俺と涼宮との関係って…何だったんだ?」
「………」
 
有希は少し困ったように考え込んでしまったようだ。そんなに難しい質問だったか?
 
「…仲はとても良かったように見えた。それ以上でも、それ以下でも…なかっ…た。」
 
言葉が詰まるように有希はそう言った。
 
「…そうなのか。いやな、涼宮が今日、記憶がなくなる前に一緒に蛍を見たって…」
「あなたの記憶がなくなる8分28秒前、涼宮ハルヒとあなたの心に大きな変化が観測された。」
 
大きな変化を…観測だって?
 
「そう。わたしの中でエラーと称される何かが、その時に起きた。」
「な、何なのか分からないのか?」
「…分かっているのかもしれない。でも、あくまで可能性の話。」
「可能性の話だってなんだっていい。…教えてくれ。」
「…あなたと涼宮ハルヒは、互いに…」
 
互いに…?
 
「………互いの好的感情を教えあった。」
「なっ…それって、告白…ってことか?」
「…可能性の話。」
 
涼宮と俺は両思いだったってことか?…確かにそれならつじつまが…
 
「わたしは…伝えたくなかった。」
「ん?」
「わたしはこのことを…あなたには伝えたくなかった。」
「ど、どうしてだ?」
「…分からない。エラーが発生しているせい。」
 
有希は悲しそうな顔でうつむいた。そんな顔するなよ、有希。
 
「で、でも…今の俺の気持ちは…有希のこと…んぐっ!?」
 
いきなり有希に口を塞がれた。
 
「それ以上はいけない。絶対、言ってはだめ。」
「ん、ん~、ん~!」
 
俺は有希の手をよける。
 
「なんで…どうしてだよ。」
「あなたには幸せになってほしい。ただ、それだけ。」
「だから俺はっ…有希、お前と!」
「…もう、帰って。」
「有希…!」
「…っ…帰って…」
 
有希の言葉は重く俺の胸に突き刺さった。どうしてだよ、有希!
その後、俺は有希にお茶を出されて一杯だけ飲んだ後、マンションを後にした。
 
「また、明日。」
「…おう。」
 
帰り際に有希が流していた涙。透き通った、とてもきれいな色をしていた。…ちなみに明日は土曜だぜ、有希。
 
 
 
▽▽▽▽▽
 
あたしは決意した。あの時は元気に振舞っていたけれど、やっぱり…あの日のことを思うと涙が出てくる。
キョンの記憶を取り戻さなきゃ。そうでないと、あたしは一生後悔する。そう悟った。
 
土曜日。朝早く、あたしはキョンを携帯で誘った。
 
『駅前に一時集合ねっ!いい?』
 
頑張って誘って良かった。キョンは今日一日、付き合ってくれると言ってくれた。
午後一時。あたしが着いて一分くらいしたあと、キョンが来た。
 
「よう、涼宮。」
「う、うん。じゃ行きましょ。」
 
キョンはやっぱり、名前で呼んでくれない。
 
 
列車に揺られて時は午後五時。あたしたちが向かったのは、あの場所だった。
 
「こんな田舎に、どうしたんだ?」
「ちょっと、ついてきて!」
 
あたしはキョンの手首を握って向かう。あの場所に。あの…湖に。
 
 
「もう…どうしてないの…!?」
 
あたしは泣きそうになっていた。だめ、泣いちゃったらキョンに格好が付かないじゃない。
でも、蛍が居た湖は何処へ探しても見つからなかった。
 
「涼宮、大丈夫か?」
「…っご、ごめんなさい…あたし…」
「謝るなって。」
 
キョンに申し訳ない…せっかくこんな所まで連れてきたのに…どうして…
 
「…蛍の湖か?」
「えっ…?」
「…探し出すぞ。絶対な。」
「キョン、覚えてるの?」
「さあな、そんなことは分からない。でも…お前が探してるんだろ?そこ。」
「う、うん…」
「じゃ、もっと探すぞ!」
 
キョンの優しさは変わらなかった。この優しさ…いつものキョンだ。
 
 
夕焼けだった空もすっかり夜になっちゃって、時刻は8時を越えていた。
 
「キョン…もう、いいよ…」
「涼宮…?」
「ありがとう、でも…これ以上キョンに迷惑かけられない。」
「お、おい…」
「本当にごめんなさい…じゃあ元来た道に…」
 
あたしが帰り道への一歩を踏み出そうとした時。
 
――それは、繰り返された。
 
一度、前に味わった変な実感。…あたし、また崖から落ちてるの?
キョンとの距離がどんどん離れていく。落ちていくあたしにキョンが手を差し伸べてくれたけど、あたしは…掴めなかった。
 
「…ハルヒ!!」
「…キョン!?」
 
キョンは崖から飛び降りて、あたしを抱きしめてくれた。だめだよ、また記憶なんか欠けちゃったら…
ザボォーン!!という、土の地面ではなく水面へ落ちた音。大きな水しぶきをあげて、あたしたちは水中に落ちて、助かった。
 
「キョン…さっき、あたしのこと…」
「…ハルヒ、見てみろ!」
 
あたしたちの周り一帯に、無数の蛍が自らの光を発して漂っていた。
 
「これって…」
「少し上に上っちまってたみたいだな…だけど良かった。お前の記憶が消えちまったらどうなることかと思ったよ。」
「ありがとう…キョン…それで、さっきあたしのこと何て…」
「前からずっとそう呼んでただろ?ハルヒ。」
「キョンっ…!!!」
 
あたしは思い切りキョンに抱きついた。
キョンは優しくあたしを抱きしめてくれた。…そして、唇を重ねあった。何度も、何度でも。
それからずっとずっと…あたしとキョンは、蛍の光の中で愛の言葉を言い合った。
 
――大好きよ、キョン。
――大好きだ、ハルヒ。
 
~Fin
 

Love Memory エピローグ

 


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