関連:お姉さんシリーズ教科書文通シリーズ

 

 

 

 「あほう。」

 いや、いきなりそれはないんじゃないですか、山田くん。  いきなり電話をかけてきた上に、散々根掘り葉掘り人の休日に探りを入れといてそれはないでしょう。 あほうってそんな。  なんでだろう。 バカって言われるよりダメージが大きいような気がする。   前に僕が住んでた町ではあまり使わなかったからなぁ。 あほうって。  しかも電話越しで相手の声がくぐもって聞こえる上に表情が見えないから余計に心に来る。

「あほんだら、かす。 へたれ。 古泉、さすがにそれはないぞ。」

「一体何がないって言うんですか。 っていうか、何でいきなり僕が責められないといけないんです?」

 僕のもっともな問いに電話口からはぁぁと言う無駄に大きい演技がかった溜息が聞こえる。  僕は、からかわれているのだろうか、それとも呆れられているのだろうか。
前者ならともかく、後者ならその原因を知りたい。 一体僕の何がいけないって言うんだ。

「長門とデートして告白しなかったどころか、恋愛感情を自覚したのに諦めるだぁ? お前は全国レベルの阿呆だ。」

「あのですね、恋愛と言うものは1人でするもんじゃないんですよ。 相手の気持ちが大切です。  相手が僕を望まないのに1人で突っ走る訳には行かないでしょう。 第一、デートじゃなくて美術館にご一緒しただけです。」

「若い男女が2人きりで出かけるだけで充分デートだろ。 なんだ、長門に『……もう構わないで』とか言われたのかよ。」 

 妙に高くてくねっとした口調で『……もう構わないで』の部分を演じる山田くん。  あなた物まねの才能ゼロです。 似てないどころか気持ち悪いですよ。 それ。  と、言いますかデート基準がおじさんです。 あなた本当に高校生ですか。 
 
……そうですね、人のこと言えませんね。 解かってますよ。  ついこの間だって、地方選挙の立候補者に手を取られて「清き一票をよろしく!!」をやられたばっかりですよ。  こう見えても高校生なんだい。

 ……いえ、何でもありません。 閑話休題です。 

「……別に、そういうわけじゃありませんけど……」

「だったらなんで諦めるなんていうんだよ。」

「だって、長門さんに迷惑がかかるでしょう? 僕からの恋愛感情なんて困らせてしまうだけですよ。」

「お前、それマジで言ってんの?」

「いたくマジです。」

「やっぱお前あほう決定。」

 何でそうなるんですか! 大体、好きでもない人間から寄せられる恋愛感情なんて迷惑なだけでしょう。

「お前らは『良好な関係』なんだろ? 相合傘までするさぁ。」

「友人として、ですよ。 長門さんはあれで結構世間知らずな方ですから、相合傘の意味なんて知らなかったでしょう。  おそらく6組の山田さんに間違った知識を教わったのでしょう。」

 あなたも含め、何でうちの学校の山田姓の人間はこうもおせっかいと言うか、物事を大きくすると言うか…… 


「みさきがどうかしたか?」

……はい?

「6組の山田さん、ご存知なんですか?」

「知ってるも何も、6組のだろ? 妹だけど。 双子の。 あれ? 言わなかったっけ?」

聞いてない! っていいますか、なんですかその後付設定! なんか無理やりな感じがしますよ!

「後付ってお前、人の出生を設定扱いかよ……。 いや、まぁいい。 そうか。 みさきがなぁ……。  …………みーさーきー! お前よくやった、GJ! あとでプリンおごっちゃる!」

 おそらく、受話器の部分に手を当てて遠くに居る山田(妹)さんに呼びかけているんでしょうが、声が大きすぎてただ漏れです。  GJってなんですか、よくやったって……なんて兄妹だ! 人をからかってそんなに面白いんですか?! と、言いますかあなた達のお節介ぶりは遺伝ですか、DNAレベルなんですか!?

「ああ、面白い。」

「即答ですか。」

「まぁ、冗談はさておいてだな。 お前、本気で諦める気か?」 


「何度も言ってるじゃないですか。 長門さんは僕のことをそういう対象としてみてませんよ。
 そういう相手から向けられる恋愛感情なんて迷惑にしかなりませんよ。」

 はぁ。 と、この電話が始まって以来5回目の溜息をついて、僕は久しぶりの長電話で疲れた右手から左手に携帯電話を持ち変える。  ちなみに僕の家に固定電話はない。 僕の1人暮らしだし、どうせ帰って寝るだけの家に固定電話なんか要らない。  そういえば、こんなに長電話をしたのは超能力に目覚める前以来だなぁ。  着信履歴は殆ど、『機関』か涼宮さんからだし。 稀に〝彼〟や朝比奈さんのもあるけど、圧倒的に数は少ない。  長門さんのものと言えば、彼女自身が携帯電話を持っていないせいか、とんとない。 と、いうか長門さんの電話番号を僕は知らない。

「じゃお前、もし、長門がお前のことが好きだと告白してきたらどうだ。」

「そりゃ、嬉しいですよ。 当たり前じゃないですか。 ありえないですけど。」

「迷惑じゃないのか。」

「好きな相手からなら、別でしょう。  僕が言ってるのは恋愛対象として見ていない人物からそういう感情を向けられるのはめいわ……」

「いつ、長門がお前を恋愛対象として見てないと言った?」

 はぁ?  いきなりさっきまでのニヤニヤとした口調を一転させて電話の相手が真剣な声を出す。  一体何がしたいのかさっぱりわからない。 長門さんが僕をそういう対象としてみていないのは明らかじゃないですか。 


「だから、誰が、いつ、長門はお前を恋愛対象として見てないと言ったんだ?」

「誰に言われなくてもわかりますよ。 大体、長門さんはそんな浮ついた人じゃありません。」

 使命に忠実で、真面目で、聡明で。 彼女が僕のように熱に浮かされる様子は想像も出来ない。  だと言うのに、電話口の向こうの野球少年はおそらくあの坊主頭を大袈裟に溜息をつきながら大きく横に振ったのだろう。

「お前、長門に夢見すぎだろ。」

「夢見てるって、あなた、長門さんの何を知ってるって言うんです?」

「そんな怖い声出すなよ、似合ねぇぞ。 確かに俺はお前や涼宮たちに比べりゃ、長門のことなんざそうは知らないけどさ。  でも、お前は長門のことを自分が勝手に作った長門と言うフィルターを通してみてる気がするぞ。
 いや、それに全部間違いとは言わんし、お前は俺なんかより長門のことを知ってるだろうから  それもひとつの長門の姿なんだろうケドさ。 それだけが長門って訳じゃねぇだろう?」

 山田くんは、長々とした台詞をいったん切り、はぁっと大きく息をつく。 溜息と言うよりは長台詞の合間で着なかった呼吸をしているという感じだ。  そして、僕が何も反応を示さないうちに、また一気に捲くし立てる。

「長門だって、そりゃ無口で大人しい奴だけどさ、人形じゃないんだぜ? 生身の女の子だ。  恋の一つや二つしたっておかしくないし、その相手がお前だって、何の不思議も無いじゃないか。」 

 その通りだ。 長門さんは人形なんかじゃない。  情報統合思念体が作り出した対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。  確かにそれが、彼女を学術的に表した名称だと言えるだろう。  しかし、彼女にはきちんとした人格があり、彼女自身の情報統合思念体の指令以外での意思による行動も僕は数多く知っている。
彼女は、県立北高等学校1年6組の生徒で、SOS団のれっきとしたメンバーで、そして何より、長門さんだ。 長門有希さんなのである。

 それなら、彼女が誰かに恋愛感情を抱いてもおかしくはない。  生きているのだから、自分の意志があって、それに基づき行動しているのだから。  でも、僕にはその感情の矛先が僕に向っていると自信満々に思えるほどの自信がない。

「確かにそうかもしれませんが、僕じゃ力不足ですよ。 僕と長門さんじゃ釣合いません。  第一、僕に恋愛をする資格があるかどうかすら怪しいですよ。」

「釣合うと釣合わないの問題じゃないだろ? 世間を見ろよ。  美女と野獣みたいなカップルなんてザラだし、お前なんでそれ選んだの? って奴も山ほど居るじゃないか。  スッゲーいい奴なのに、どうしてそんな性格悪と付き合ってんのって不思議に思う組み合わせとか、星の数ほどじゃねぇか。 それに、俺はお前は相当お買い得な奴だと思うぞ。」

「お買い得って……人を何かの商品みたいに……」

「だってお前、事実、普通試験より難しい編入試験に受かってるし、顔だって悔しいけどかなりいいじゃねぇか。  性格だって真面目だし、そうやって自分のこと驕らない程度に謙虚でさ。 身長も高いし、運動神経もいいし。  あ、だんだん言ってたらムカついてきた。 古泉、お前何か一つ俺に寄越せ。  その無駄にイケメンな顔か、無駄に高い身長か……あ、数学はいいから国語と英語の成績どうにかしてくれ。 マジでヤバイ。」

 一体どういうつもりか知らないが、僕の長所らしきものをつらつらと挙げてくれる山田くん。  いや、僕そこまで持ち上げられるほどの人間じゃないですよ。  むしろ編入試験や定期試験の結果は森さんと新川さんの地獄の勉強会の賜物ですし、運動神経は……おそらく閉鎖空間とこちらも森さんの地獄の特訓の成果かと。  それに正直言いますと、僕自身にとってこの顔はコンプレックス……最近はさすがにありませんが、小さい頃は何度性別を間違われたことか。  小学生時代、少年野球のチームにいた時も丸坊主が似合わないと何度笑いの種にされたことか。 身長だって大きいからっていいものではないし、性格が真面目、というのも涼宮さんに望まれた性格がたまたまこうだったというだけのこと。  実際の僕は、字を見ての通り結構ズボラで、尚且つ、長門さんと一緒に居ると言うだけで浮き足立っているお調子者だ。  点でいいところなんてない。

 あと、理系科目以外のあなたの成績の悪さは、あなたが自分の好きな科目しか勉強しないからです。

「……あの、結局、何が言いたいんですか?」

「だーかーらー、自分に自信を持てって言ってんだよ。」

「自信を持てるほどの人間じゃありませんよ、僕は。」

「お前が言うと嫌味に聞こえる。」

「なんでそうなるんですか!」

 思わず、声が荒くなる。  あれ?最近僕、謎の転校生キャラと言うよりへたれ、弄られキャラになってませんか?

「確かにさ、お前は完璧といえないぜ? ゲームしこたま弱いし、食うの遅いし、ってかお前、家でちゃんと食ってる?  お前結構ズボラって言うか、自分のことに関してはいい加減だから、 どうせ菓子パン一個とかで済ましてんだろ。 もしくはスーパーの惣菜か。  今度うち来いよ、飯食ってけ、飯。 ほっといたら3食パンだの麺だので済ましそうで怖い。」

 何で人の食生活ここまで知ってるんですか、この人。 どっかに隠しカメラでもついてんですか、この部屋。  だって、自分ひとりしか居ないのに自分ひとりのために料理するのってめんどくさいじゃないですか。 料理はできないことはないですが、自分のために作るって結構手間なんですよ。  作りすぎて余らせるともったいないし、でも、スーパーの肉や野菜とかって家族向けにパッケージしてるから1人暮らしの僕には多すぎるし。  一応、白ご飯は炊き貯めて、炊き立てをラップしてジッ○してフリージングしてチンよ♪できるようにはしてますけど、おかず作るのが本当にめんどくさいんですよ。 だからついつい、スーパーのお惣菜に頼って……って、話それてますよ!

「でもさ、そんな奴めいっぱい居るだろ。 ってか、そんな奴ばっかりだろ。 1人だと。
 ってか、何でお前1人暮らし? まぁ、お前なりに事情があるんだろうからあんま言わんけどさ。  変な時期に転校してきたって言うのだって、確かに珍しいが別に絶対ありえないって訳でもないし、 その敬語喋りとかも、探せば結構居るって。 別に変なことじゃないしさ。 口悪いよりはいいさ。  でも、そんな普通のお前が恋愛する資格ないとか言ったら、世の中の大半が恋愛なんか出来ないぞ。  いや、恋愛が人生の全てだとか少女漫画みたいなことは言わんが、 でもお前がそこにいるのだって、俺がここにいるのだって、俺たちの両親が互いに恋をしたからだろうが。 恋ってそんなに悪いことか?」

 彼にしては珍しい有無を言わせない口調で山田くんは続ける。  なんで、彼はこうやって僕のことなんかをこんなにも気にかけてくれるんだろう。 いつだったか、同じようなことを想い思い切って尋ねた時、山田くんは僕のそれとは対照的なにかっとした笑顔でこう言った。

何言ってんだよ。 友達だからだろ! 

「だからさ、そういうこと言うなよ。 釣合うとか、釣合わないとか、恋愛する資格があるとか、ないとか、そういう問題じゃないだろ。  大切なのは、お前の気持ちと、長門の気持ちだよ。  お前が、長門が好きかどうか、長門がお前を好きかどうか。 これが一番重要だろ?」

確かにそうかもしれない。  でも、やっぱり僕には自信が無い。 こればっかりはどうしようもない。

「でも、何より大切なのは長門さんの気持ちですよ。 僕の気持ちなんか、どうだっていいんです。」

どうでもいい。 これが最近の僕の口癖の様になっているのに気がついたのは、長門さんと美術館へご一緒した時だった。 僕の感情なんか、どうでもいい。

「なーに言ってんだ。 一番大切だろ、それが。」

それなのに山田くんの言葉は、何故か僕の頭を響いて離れなかった。

 

<続く>

 


|