その後のことをほんの少しだけ話しておくわ。
あの後、あたしはキョンに「東京の大学に進学したのではなかったのか」とか「いま、ここでいったい何をしているのか」といった疑問をぶつけた。もちろんふたりっきりになった時にだ。
最初、キョンは曖昧に誤魔化そうとしていたが、あたしが詳しく話すように問い詰めると、観念したように、いまの自分の状況を話し始めた。
聞くと、キョンは東京に行った後も、あたしのことが気がかりになり、佐々木さんの知り合いの橘京子という娘に協力してもらって、大学を休学してこちらに戻ってきたということだった。
にもかかわらず、心の踏ん切りが付かずに、あたしの周りをうろうろとしていたというわけだ。
キョンの話を聞いて、あたしは呆れかえってしまった。
何を考えているのかこの男は。折角、帰ってきているのに、目的も果たさず、あたしの周りをうろうろしていたなんて……
だいたい一歩間違えれば犯罪行為じゃないの、それって。通報しなかったあたしに感謝してもらいたいわ。
というわけで、お互いが卒業するまでは遠距離恋愛をすることになった。もちろん、キョンには浮気などしないように、念入りに釘を刺しておいたわ。
キョンは「そんなことは絶対にしない」と言っていたが、信用できないのよね。まあ、キョンに浮気する気は無いだろうけど、変に他人に優しいところがあるから、おかしなことに巻き込まれないとも限らない。
はあ、これは週に一回ぐらいのペースで見張りに行かなきゃいけないわね。
そんなこんなで、あたしはキョンを見送るために、いま光陽園駅前の公園にいる。いまは待ち合わせのだいたい三十分前だ。
「あいつは、いつもいつも団長をであるあたしを待たせるのよね」
と思いつつも、心の奥から嬉しさがこみ上げてくるのがわかる。
昨日の夜は、今日のことで頭が一杯になり、なかなか寝付けなかった。こんなことは、あたしの記憶では、小学校の遠足のとき以来かもしれない。
手作りのお弁当も用意した。これを作るために、寝不足にもかかわらず、朝早くから起きたので、あたしの体力は限界だ。今日は大学に行けそうにもない。
でも、キョンが喜んでくれると思えば、寝不足による疲労も苦にはならなかった。きっと、喜んでくれるよね。
そんなことを考えつつも、あたしは駅のベンチに座り、キョンが来るのを待った。
どれぐらい待っただろうか、キョンは一向に姿を現さない。いったいどうしたのかしら。というよりも、もう既に約束の時間を過ぎているじゃない。こんな大事な日に遅れてくるなんて、どういうつもりかしら。
半ば呆れながら、ベンチに腰掛け、足をぶらぶらさせながら、キョンが来るのを待つ。だが、いつまで待っても来ないので、だんだんとあたしの心の中に怒りの感情が芽生えてきた。
「キョンの奴、あたしをこんなに待たせるなんていい度胸だわ。どんな罰ゲームを科してやろうかしら」
ふつふつと怒りが込み上げてくるのを我慢しながら、あたしは自分の前を行き交う通行人を睨みつけ、キョンが来たら第一声をどう言おうかと考えていた。
しかし、いつまで待っても、キョンはやって来なかった。
さすがに怒りの感情が不安に変わってきた。まさか、キョンに嫌われたのだろうか。いや、それはない。だったら東京からわざわざ帰って来たりしないはずだ。
では、なぜキョンは来ないのだろうか。まさかキョンの身に何かあったのだろうか。さっきからキョンの携帯に電話をしているが、一向に繋がらない。どうやらキョンは携帯の電源を切っているようだ。
いままで、怒りの感情で満たされていたあたしの心が、だんだんと不安に支配されていく。そんなとき、あたしと同年代の女性ふたりの会話が、あたしの耳に入ってきた。
「ねえねえ、さっきのトラックに敷かれた人、やばくない」
「あれはどう見ても即死でしょ。うわあ、嫌なもの見ちゃった」
まさか!
あたしは立ち上がると、彼女達に問い詰める。
「ちょっと! いまの話だけど、それ、どこであったの?」
彼女達は、不意に問い詰められ、びっくりしたような顔であたしを見ていたが、戸惑ったように、
「え、えっと、ここから駅を挟んで反対側の交差点で……」
あたしは彼女達の言葉を聞くと、間髪いれずに駆け出した。
どうしてよ、どうしてあいつは、いつもいつもあたしの前から黙っていなくなっちゃうのよ。いなくなっちゃうんなら会いに来るんじゃないわよ。
今回ばかりは、あたしの前から黙っていなくなるなんて、絶っ対に許さないんだから。
事故現場の交差点に行こうと、公園から出ようとしたとき、あたしと同じように走ってきた男性にぶつかって、倒れこんだ。
「何処見てるのよ! 気をつけなさ……キョ、キョン?」
「ハ、ハルヒ」
あたしが顔をあげると、目の前に尻餅をついたキョンの姿があった。キョンの無事な姿を見て、あたしは一瞬安心したが、すぐに怒りが込み上げてきた。
「あんたいったいいま何時だと思ってるのよ!! あんたがなかなか来ないから、あたしあんたが事故に遭ったのかと心配したのよ!! 今度という今度は許せないわ!!」
「ス、スマン、ハルヒ、お前が怒るのはよくわかる。だが、ちょっと待ってくれ、俺の話も聞いてくれ」
「なによ! あんた遅れてきて言い訳する気! 最っ低!! 顔も見たくないわ! もう二度とあたしの前に現れないで!!」
あたしは、キョンの頬を平手でひっぱたいて、踵を返し、キョンの前から立ち去ろうとした。キョンはあたしが立ち去るのを茫然と見ていた。
そんなキョンの態度が、さらにあたしの怒りに油を注ぐ。あたしは振り返ると、大声でキョンを怒鳴りつけた。
「どうして止めないのよ!! あんたあたしがこのままいなくなっちゃってもいいわけ! 言い訳ぐらいしてみなさいよ!!」
キョンはあたしの言葉を聞いて、少し戸惑ったような表情を見せたものの、遅れた理由を説明しだした。
「実は、朝起きると通っている大学が変わっていたんだ。いや、何を言ってるか、わからないと思うが、俺も何が起きたのかよくわからない。
それで、橘京子から、ハルヒと一緒に大学に通えるようになったから手続きに来いと、電話があったんだ。奴は、ハルヒには連絡をしておくと言っていたのに、連絡してないことを知って、いま慌てて来たんだ」
「言ってることがわからないわ!! 知らないうちに通ってる大学が変わるなんて、そんなことあるわけないじゃない!! つくんならもっと上手い嘘をつきなさいよ!!」
「―――彼の――言っている――――ことは――真実―――」
不意に声がかかり、あたしが声のした方向に視線を向けると、そこにはあたし達と同じ年代の少女が立っていた。なのに、声をかけられるまで、あたしは彼女を認識していなかった。
確かに彼女はさっきから目の前にいたはずなのに、声をかけられるまで認識できないなんて、そんなことが在り得るかしら。
怒りを忘れるほど驚愕したあたしを前に、彼女は言葉を続けた。
「――今回の件は――橘京子の―故意による――――謀―佐々木をふり――涼宮ハルヒを選んだ―彼の行為は―――彼女にとって―自分の存在を否定する――――許すことのできない行為――
―だから―彼を貶めるために――――このようなことを行った―彼女には―――二度と―このようなことを―――しないように――――釘を刺しておく―――だから―彼女の――――ことは―許して――やって欲しい――」
必要なことだけ告げると、彼女は踵を返して、あたし達の前から去って行った。あたし達は彼女が立ち去る後姿を茫然と眺めていた。いつの間にかあたしの心は落ち着きを取り戻していた。
しばらく、あたし達ふたりの間に沈黙が流れた後、あたしはキョンに尋ねた。
「じゃあ、明日から一緒に大学に通えるってこと?」
「あ、ああ、そういうことらしい」
「じゃあ、罰ゲームとして毎日あたしを送り迎えしに来なさい。それでずっとあたしに付き添って、あたしに絶対服従すること。いいわね」
「わ、わかった」
「じゃあ、明日からよろしく」
あたしはハニカミながらキョンに片手を差し出した。
「こちらこそよろしくな、ハルヒ」
そう言いながら、キョンはあたしの手を握ってくれた。その後、あたし達はふたりで町をぶらついてから帰宅の途についた。
 
 
 
 
それから数週間が経過した日曜日。
あたし達は、いつものように、ふたりで買物をしていた。あたしの中では買物と理由をつけたデートなんだけど、キョンは気づいているのかしら。
あの日から、キョンは毎日、あたしを家まで送り迎えしてくれるようになったし、幸い同じ学部学科だったので、一日中いっしょにいることができた。
そのため、あたしたちは、いまでは大学でも公認のカップルということになっている。
でも、あたしがいまの現状に満足しているかのといえば、そうではない。
キョンが、有希やみくるちゃんや佐々木って娘の告白を断って、あたしを選んでくれたことは知っているし、あたし一人を深く愛してくれていることも理解しているつもりだ。
でも、あたしはまだ、キョンからの告白の言葉を聞いてない。
キョンは、もう事実上のカップルなんだし、いまさら告白する必要もないって思ってるのかもしれないけど、あたしにとってはとても重要なことなのよね。
あたしから要求するのも変だし、キョンがそのことに気づくのを待ってるんだけど、この鈍感男は一向に気づく気配がない。
そんなキョンの鈍感さに腹が立って、時々冷たく当たっちゃうけど、そうやってキョンと別れた後は、必ず自己嫌悪に陥ってしまう。
結局、あたしは、高校一年の時にあの悪夢を見て以来、キョンに振り回されっぱなしだ。
「はあ、なんでこんな男に惚れちゃったんだろう」
でも、好きになっちゃったんだから、仕方ないよね。惚れちゃったあたしの負けだわ。
それになんだかんだ言っても、キョンはいつもあたしのことを気にかけてくれているし、言葉に出さなくても、キョンの何気ない仕草や態度、表情で、あたしへの愛を感じられることもある。
あたしにとって、その瞬間はとても幸せに思える一時だ。
だから、焦らずに一歩ずつ、キョンとの愛を育んでいこうと思ってる。でも、たまにはもっと強引に迫って欲しいと思うこともあるけどね。
そんなことを考えながら、キョンの横顔を眺めていると、ふと、何処からか見られているような感覚を覚えた。キョンも同じ視線を感じたようで、車道の方に視線を移した。
「どうしたの?」
あたしが尋ねると、キョンは怪訝そうな表情をしながら、あたしの問い掛けに答える。
「いや、いま何処からか見られているような感じがしたんだが……多分、気のせいだろう」
キョンはそう言ったが、気のせいではない。明確な根拠は何一つないけど、佐々木さんがあたし達を見ていたんだと断言できる。
おそらく佐々木さんは、キョンに最後の別れを告げたのだろう。あたし達の前に姿を現さなかったのは、彼女なりのけじめなのかもしれない。
今後、あたし達の学生生活が思い出に変わるくらい時間が経てば、佐々木さんと再会することがあるかもしれない。
多分そのときには、佐々木さんにも伴侶がいるだろうし、あたしもキョンと家庭を築いているだろう。温かい家庭が築けていればいいなと思う。
そんな空想に浸りながら、あたしはキョンに戯言を言った。
「ふーん、もしかしたら宇宙人か未来人か超能力者があたし達を見てたのかもしれないわよ」
あたしの戯言を受けて、キョンは一瞬思いついたような顔をすると、あたしの気も知らずに、鈍感男の本領を発揮した。
「あ、そういえばハルヒ、お前に話してなかったかもしれないけど、この世界には長門や朝比奈さん、古泉もいるらしいんだ。
もし、お前が望むんだったら、俺も協力するから、もう一度あいつらを探し出して、SOS団を結成し直してみればどうだ。
まあ、記憶を失っているかも知れな、あがっ」
キョンがすべてを言い終わる前に、あたしはキョンの爪先をおもいっきり踏んづけてやった。
「鈍感男!! あんたにはその前にやることがあるでしょ!」
吐き捨てるようにそう言った後、蹲って爪先を押さえるキョンを放っておいて、あたしはスタスタと先を歩き出す。
「ちょ、なんで急に怒ってるんだ。おい、待ってくれ」
キョンは、片足を庇いながら、何であたしが怒ったのかわからないといった顔で、あたしの後を追ってくる。
その様子を見ながら、あたしは大きく溜息をついた。
あたしにだって有希やみくるちゃんや古泉くんに会いたいと思う気持ちはあるし、みんなの居場所も知ってるから、会おうと思えば何時でも会いに行くことはできる。
でも、あたしはキョンと再会するために、あの日からずっと、あたしを傍で支えてくれた一番の親友と別れることになってしまった。
いまでは、そのこと自体に後悔はないが、大切なものを手に入れるために、別の大切なものを失ってしまうことがあることを、あたしは知ってしまった。
例えSOS団を手に入れるためでも、あたしはキョンを失いたくはないのだ。その可能性がほんの少しでもある限り、あたしはキョンを失わない方を選ぶ。
あたしにとって、この世界で最も大切なものは、SOS団ではなくキョンなのだから。
もちろん、ずっとみんなに会いに行かないというわけではないけど、いまのままでは会いにいけないわ。女心に鈍感なキョンに、これ以上振り回されるのは、あたしはもうゴメンだし、有希やみくるちゃんだって……
だから当分、キョンにみんなの居場所を教えるつもりはない。

キョンがあたしに永遠を誓うまでは


~終わり~


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