[涼宮ハルヒ編]

   朝起きるとハルヒが台所でコーヒーを煎れていた。おはよう、と朝の常套句を口にしながら俺はベッドから起き上がってハルヒの隣に並ぶ。
「あら別にまだ寝てていいのよ。今日は日曜だしね。コーヒーなら今持ってくし」
   未だ寝ぼけ眼の俺は薄い意識の中で確かに俺が特にやれることはないと判断し、そうか悪いな、と言ってまたベッドに座る。
   まもなくかちゃかちゃと静かな金属音を響かせながら両手にコーヒーを持ってきたハルヒは俺の横に座り片方のコーヒーを俺に差し出す。
   コーヒーを飲むと体が内側から暖かくなっていく気がする。毎朝の習慣になってしまったこの短い二人のお茶会がなくては俺の朝は始まらないと言っても過言では無いと思う。
「新しい一日の始まりね」
   ハルヒは穏やかに言ってカップに口をつけた。
「そうだな。新しい一日の始まりだ」
   俺は穏やかに言ってカップに口をつける。
   コーヒーを飲む俺達二人の背中は、窓から射しこまれた陽気によってぽかぽかと暖まっていった。

[長門有希編]

   コーヒーを煎れている俺の隣に長門が来た。どうやら何かを手伝おうとして来たみたいだが、あいにく既にやるべき事は俺が全部やってしまっていた。
「いいよ、俺が持っていくからお前はあっちでゆっくりしてな」
   数秒俺を見つめたあと長門は静かにリビングへ戻った。少し残念そうな表情をした気がするが、この後すぐにそれを嬉しそうな表情に変えてやる自信はあった。
   二つのカップを持ってコタツテーブルに正座で座っている長門の方へ向かう。コタツテーブルの四面のうち三面は空いているが、俺たちは敢えて一面に二人並んでいつも座っている。
    片方のカップを長門に手渡し、もう片方に口をつける。コーヒーを飲むと体が内側から暖かくなっていく気がする。
   それを静観していた長門もコーヒーを飲む。ちびちびと味わって飲んでいるその表情は、次第に嬉しそうな表情へと変わっていった。
   いつ見ても飽きないそれを見ながら飲むコーヒーの味は、無糖でありながら俺の心を甘くしていく。二人だけのお茶会は今日も静かに過ぎていく。

 

[朝比奈みくる編]

 

   夕食後の後片付けを手伝いながら朝比奈さんと些細な会話をする。今日一日の小さな出来事をお互いに報告し合い、お互いに微笑み合う。
「あっ」ふいに朝比奈さんは顔を上げてすまなそうに言った。「ごめんなさい、切らしてたのに新しいお茶っ葉を買ってくるのを忘れてしまいました……」
   どんどん暗い表情になっていく朝比奈さんに少し慌てながら俺はピンと閃いた。「それなら、今日はお茶じゃなくてコーヒーにしましょう」
   朝比奈さんはきょとんとした。俺は言う。「朝比奈さんはまだ俺のコーヒーを飲んだことないですよね。おいしいですよ、インスタントですけど。どうですか?」
   すぐに笑顔になった朝比奈さんは「本当ですかぁ?わぁ、楽しみだなぁ。キョン君のコーヒーは初めてです」とはしゃいだ。
   片付けを終えて朝比奈さんと一緒にコーヒーを煎れる。本日新しく買った可愛いマグカップ二つと砂糖・クリームをお盆に乗せてリビングで向かい合いながら座った。
   朝比奈さんは砂糖とクリームを入れるが、俺はブラック派だから何も入れない。小さなスプーンでカチャカチャとかき混ぜるの待ってから、二人で一緒に飲んだ。
   コーヒーを飲むと体が内側から暖かくなっていく気がする。二口目をつけた後に「おいしいです、とっても暖かくて。何だか心もぽかぽかしてくるみたい」と朝比奈さんは微笑んだ。
    その微笑みに見惚れてから数秒遅れて「朝比奈さんと一緒に飲むともっと暖かいですよ、俺は」と柄でもないクサい台詞を吐いた。
   ポッと朱色に染まった頬は果たしてコーヒーのおかげか、否か。それからまた今日一日の小さな報告へと戻る。今日の二人のお茶会はいつもより少し暖かかった気がした。

 

[古泉一樹編]

 

   コーヒーを飲むと体が内側から暖かくなっていく気がする。疲れて冷え切った体に最後のエネルギーを充電させるように指先までしんみりと流れる。睡眠欲が麻痺した瞼をこすりながら欠伸をかくと、向かいに座っている古泉がコーヒー入りのカップを片手にふふっと笑って言った。
「お疲れのようですね。今日もご苦労様です」
   あぁ、本当疲れた、と返してコーヒーを飲む。美味い。
「あなたにコーヒーのこだわり指導されたあの日から相当経ちましたからね。もう完璧ですよ」
   そういえばあれからもうそんなに日が経ってるのか。社会人になってから月日が経つのは早いと聞いてたが本当だったんだな、などと思いながらコーヒーを飲む。あぁ美味い。
   古泉との二人だけのこのお茶会は、いつも通りその日の終わりを意味する習慣だった。他愛もない話を交わして少なき共有時間を充実させながら、時間の代替として二人のコーヒーは減る。
   カップの底に残った最後の溜まりを一口で飲み干し、その日を終わらせた。古泉がカップを両手に流し台へと移動しながら、僕のコーヒーは本当に美味しかったですか、と聞いてきた。俺は答えを古泉の背中に投げると、古泉は照れくさそうに微笑みながら戻ってきた。俺は得意気にふっと笑う。
   まもなく明かりを消してベッドに入ったとき、口の中にまだ残る糖分を噛み締めながら闇の中を見つめた。俺のこだわりではコーヒーは必ずブラックだ。だが今日のコーヒーには微量ながら糖質が含まれていた。暗闇の中では決して見つけられないのだが、目を閉じて暗闇を味わうようにするとようやくその存在が浮彫にされてくるような、そんな糖分だった。そしてそれは古泉なりの俺への気遣いであることが十分に伝わった。次第に頬が綻んでくる。
   暗闇の世界を見渡してから目を瞑って暗闇を味わうようにすると、静寂を掻き分けて聞こえてくる規則正しい寝息がようやく隣にいる古泉の寝顔を浮彫にしていった。

 

[キョン編]

   ある日曜の午後。徹夜明けで腫れた瞼を擦りながら、千鳥足が便所を目指す。顎が外れそうなくらいにデカい欠伸をして歯を磨いた。
   ゴキゴキと首を鳴らしながらやかんを火にかけ、コップを二つ並べる。インスタントコーヒーの粉を片方に一杯、片方に二杯。沸いたお湯をコポコポ注ぐ。
   シュガースティック一本、ミルク一つを片方に添えて、持って行くところで気付いた。
   二つのコーヒーのカップを二つともいつもの場所に置いた。ここに同居しだした頃からの数少ない不変のお決まりだった。
   カップに口をつける。俺はブラックしか飲めないほうだったので、もちろん今日もブラックだ。しかし、今日のコーヒーはしょっぱいな。
   シュガースティックを入れてミルクを垂らすと、黒の中に白が生まれた。そこにある混沌と秩序が、まるで俺たちのようだった。
   カップに口をつけた。ぬるい甘ったるさが口腔に染み渡った。もう一口飲んで、
「いつもこんな味のコーヒーを飲んでたんだな……今まで知らなかった」
   ひとりごちた。このカップの持ち主の同居人はもう俺の隣にはいない。まるで思い出のアルバム写真から鋏で切り取ったように、そこには何もなかった。

   十五分後、最後の一口を飲み干すとき、ひどいしょっぱさが骨に沁みた。

 

おわり


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