異常気象。真夏日到来。ペンギンに生まれなくて良かったな、なんて思う暇も無いくらいの酷暑。
唯一の救いは今が高校2度目の8月であり、つまり長期休暇真っ最中だということだろうか。
8月と言えば去年は──いや、思い出すのはやめておこう。普通夏休みと言えばそれだけで心躍りだすような気分になるはずだが・・・
そうなれないのは俺自身が“普通”から離れていってるためか?なんて悲観するのは何故か?──そう、ハルヒからの召集命令である。
 “今日夜6時に駅前に集合、来なかったら死刑、最後に来た人は罰金!”・・・夏季特別で罰金は2倍だってさ。なにが特別なんだかね。
だからまだ全然日は傾きかけてすらいないが、もう家を出た方が正解なのだ。まだ1時間も余裕があるが。
さっさと駅前に着いて、既に誰かいればそのまま待てばいいし、いなければ近くのコンビニで涼みながら
マンガの立ち読みでもして待っているのがいいだろう。・・・できれば誰もいて欲しくない。


そんな俺の願いはまるで素人の弓術の如く、天に届くはずもなかった。俺の視神経が暑さでやられていたのでなければ
そこにいたのは古泉だった。・・・クソッ、蜃気楼だったらどれだけいいか。
 「酷いじゃないですか。僕もこの時期に懐を冷やすは避けたいのですよ。
  身体でなく懐が温まってくれるのなら大歓迎ですけど、温まるのは身体ばかりですからね。」
まぁ、もっともな意見だ。俺も全く同じ理由でここまで汗だくで来たんだからな・・・
 「だが、このままじゃ奢りのジュースを手に入れる前に熱射病で倒れそうだ。あと1人くらい来るまで近くのコンビニに避難しておこう。」
 「その意見には賛成したいのですが・・・どうやら。」古泉の顔を向ける方に目をやると丁度いいタイミングで残り3名到着のようだ。
この場合は2倍サービスはどうやって計算されるのかな?なんて悠長なことを考える時間は無かった。
考える間も与えてくれないほど俺の目を釘付けにしたそれは──女子団員3名の浴衣姿だったのだ。

 

浴衣姿の3人はそれはもう“似合う”って言葉をここで使わずにどこで使うか?ってほど似合っていた。
ど~お?と言いつつくるりと廻るハルヒに対してなんて声を掛ければいいのか迷って、つい“馬子にも衣装”なんて言葉が頭をよぎったが、
それは流石に古泉の携帯に緊急招集の電話がかかってくることに繋がることは俺でも理解していたため、
舌が言葉の生成をはじめる前になんとか制止することが出来た。だが、
 「これでもかってくらい可愛いぞ。お前なら来週号のファッション誌の表紙は全て飾れるな。
  何故今カメラマンが現れないのか不思議でたまらない」
なーんて阿呆みたいな台詞、俺の舌は生成を拒否するが。まぁしかし素直に「似合ってるぞ」
と言ったら機嫌が一層よくなったハルヒの顔を見るのは意外に心安らぐもんだ。
不思議なことに俺の目は朝比奈さんを眺める時間よりハルヒを眺める時間の方が多い。なんだろう、何かのバグだろうか。
しっかし、みんなそんな浴衣を着てくるのを知ってたなら、俺ももっとマシな格好をしてきたのに。と言うとハルヒが
 「別にいいのよ、それは。大体これはキョンに見せ・・・
  ゴホゴホ、じゃなくて街歩いて見せつける為に来たんじゃないんだから。」・・・じゃあ今日何をするんだ?

 

正解は花火大会だそうだ。意外に近所のイベントの開催日は記憶に残らないものだな。
・・・この団長様ならイベントというイベントを某桃色夫婦漫才師の誕生日記憶術よろしく全て記憶しているのだろうが。
出題された覚えはないが、何故なのか正解できなかったために罰ゲームがチャラになってしまった。・・・やれやれ。
 「ってことはこれからどうするんだ?飯食ってたら確実に海岸は人でごった返すぞ?」
チッチッチ、と指を振り
 「花火は有希の家から見る!ご飯も有希の家で作る!どう?素晴らしい案でしょ!?」
いや確かにこいつにしては実にまともな案だ。長門の部屋からならビルに阻まれることなく花火を鑑賞できるし、
潮風で身体がベタつくこともないし、蚊に喰われることもないし、帰りに人ごみで潰されることも無い。実に素晴らしい。
というか、それなら花火と浴衣姿との関連性はどうなるんだ?・・・まぁ、ハルヒに辻褄の合う話をさせるのは
ここから貸しボートでハワイに行くのと変わらないほど無謀なので放っておこう。
素晴らしい案であることに間違いはないのだが・・・長門、勝手に事が進んでいるが、それでいいのか?
 「・・・・・・いい。」
ふむ。ってか、飯は誰が作るんだ?と問うと
 「あたし達が腕によりをかけて作るから、あんた達は楽しみに待ってなさい!」とのこと。
ま、それなら罰金帳消しも納得できるってもんだ。

 

ちなみに、なんでも卒なく完璧にこなしてしまうハルヒは料理の腕前ももれなく素晴らしい。
この間の家庭科での調理実習ではハルヒと一緒だったのだが
(というか、何度席替えしてもこいつは必ず俺の後ろの席になるために常に同じ班になってしまうのだが。)
決められた料理を「他の班と同じじゃつまんない」と、勝手にアレンジを加えて微妙に豪華に作り上げてしまい、
それは見た目違わず料理評論家だったなら星5つあげてやりたくなるような味であった。
んでもって一口食べてみて自然と「旨い」という言葉が俺の口からこぼれ、同時に笑顔になるハルヒの顔をいまだに覚えているのだが・・・。
そんなに嬉しいものなのかね?料理を褒められるってのは。その日皮むきと皿洗いくらいしかやってないので料理を体験したとは言えないんだよな、俺。
(というのはハルヒが俺の手出しをことごとく拒否したからだが。)
あとこれは余談なのだが・・・
その日は長門のクラスと合同での授業であり、順番に先生が味見をしていく過程での一番最後の班が長門の班であり、
その料理を食べた先生はあっという間に床に伏せてしまった。・・・長門曰く
 「・・・・・・刺激を求めてみたが失敗した。」とのことで、後は保健委員達が先生を担いでいきその日の家庭科は終了。
・・・後のゴキブリ騒動に繋がるのだがそれはまた別の機会に。

 

そんな記憶がどうやらハルヒの頭にもよぎったようで、ふと長門の方に視線をやると、
 「・・・・・・大丈夫。今日は言われたことしかしない。」
残り2名の頭の上にはクエスチョンマークが乗っているのだろうが、わざわざ説明するのもさすがに長門が可哀想なので放っておくことにする。

夏と言えば。大勢で食べると言えば。それはもちろんカレーだ。賛成5反対0よって即可決。提案者は珍しいことだがなんと普段全く意見を出さない長門だ。
カレーなら万が一にも間違いは起きないだろう・・・多分。
 「・・・・・・」・・・心を読まれているかのようだ。顔が少し怖い・・・
さて俺はレトルトか良くて固形ルーから作ったカレーしか食べたことがないのだが、珍しくこの日正方向に行動力を向けているハルヒ様が仰るには
カレー粉から作る本格的なカレーを提供してくれるとの事。
もともとどんなものなのか良く分からないのでその時点では何も感嘆の声をあげられないのだから
 「もっと喜びを全身で表しなさいよ、キョン!」なんて無理なことは言わないでくれ。
買出しを終えて、長門の家に着く頃には太陽も沈みだし、ようやく夕焼けに染まってきた。

 

 「いや実にいい傾向ですね。」・・・急に何だ古泉。突拍子に意味不明な話を振るのはハルヒだけでかまわん。
 「最近涼宮さんの行動がより普通なものになってきたと思いませんか?」
暑くてやる気が無いだけだろう。秋になればまた映画の撮影に興じて自然体系をぶち壊していくぜ?きっと。
 「まぁその時はあなたがどうにかしてくれるのでしょう?最終的に・・・は。」
相変わらずムカつく笑顔を振りまく奴だ。お前はどこかのフロアを借りて“笑顔教室”でも開いてそこで好きなだけ笑顔を振りまいていろ。
今時の愛想の振りまき方を知らないセールスマンがそれはもう黒砂糖の欠片を見つけた蟻のように群がってくること間違いなしだ。
 「それはともかく。涼宮さんの行動の変化には何かしら、あなたが関わっているように思えるのですよ。
  ・・・これは僕の憶測ですので聞き流して頂いても結構です。ただ僕個人としては涼宮さんの退屈対策を模索する機会が少なくなって、感謝しています。」
ふっ。そこまで言うのなら機関を代表して何か粗品でいいから贈って欲しいものだな。なんて他愛も無い会話をハルヒの声が中断させた。
 「ヒマなら皿ぐらい出しなさいよ2人とも!」・・・いい匂いが漂ってくる。カレー完成のようだ。

 

驚いた。グルメと名のつく番組に片っ端から出ているようなリポーターでも意味不明さが1周して相応の言葉に錯覚するような戯言も言う暇がないくらい旨い。
言葉を発する時間も惜しいくらいで、黙々とスプーンを口に往復させる俺を持っているスプーンで指差し
 「ちょっとキョン!美味しいのかマズいのか感想くらい言いなさいよっ!」と怒鳴るハルヒ。
旨すぎて言葉が出ないなんて感想には興味が無いらしくもっと具体的にどう旨いのかとボキャブラリー控えめな俺に無茶な要求をしてくる。
そこへ助け舟のつもりか古泉
 「いやぁ、人間ってものは本当に美味しい料理を味わったときには言葉が出なくなるものですよね。
  TVとかでも変に飾ったような言葉を使われると逆になんら素晴らしく見えなくなるってこと、体験したことないですか?」
なるほどとスプーンを引っ込めるハルヒにさらに語りをやめない古泉
 「しかし、涼宮さんと結婚できる方はそれはもう幸せでしょうね。こんな美味しい食事が毎日楽しめるのですから。」
この訳分からん性格を抜きにすればな。・・・っつかもうその辺にしろ、古泉。
アイコンタクトをどうにか察してくれたようで、あぁ、と思い出したようにようやくカレーに手を戻してくれた。
やれやれ、と顔を戻した先にあったハルヒと目があう。何故か顔が真っ赤になっているが・・・なんでだろう?
最後の一人がカレーを食べ終わったところで花火が一つ上がった。もう外は真っ暗になっていたようだ。

 

それじゃあ見やすいベランダに移ろうかと全員が立ち上がったとき急に真っ暗になった。停電だ。ギュッ、と俺の手を握るその手の持ち主はハルヒ。
朝比奈さんだったらそれはもう心躍りだす出来事なのに。大体お前は暗闇を怖がるキャラじゃあ無いだろ、と頭の中で一人ツッコミを入れる。
当の朝比奈さんは長門にしがみついていることが打ちあがる花火の光で確認できた。・・・とにかく。
 「ベランダなら少しは明るいだろ。」とハルヒを縁[へり]に座らせる。出来れば手を離していただきたいのだが・・・
次々と上がりだす花火に見とれ、そのまま手を離さずにハルヒの隣に座った。
製造するための時間と消費する時間が全く割に合わない花火。その差分は人の心を魅了する分だと考えるのがロマンチックだろう。
時折聞こえる何処そこ提供の読み上げは俺たちをいちいち現実に引き戻していってくれるのが不満だが。
何度か現実に戻されながらいつのまにか花火大会も大きな尺玉で終わりを迎える。
ここでタイミングよく復旧する電気。高級ホテルかレストランの気配りのようにそれはタイミングよく。
 「おや、二人とも仲の良いことで羨ましい限りです」との古泉の言葉で手を繋いでいたことを思い出し、バッと振りほどくハルヒ。
 「停電ぐらいで怖がるなんてキョンもまだまだ子供よね!」なんて都合のいい事を言いやがる。もう反論する気にもなれん。
 「・・・さ、片付け片付け!」
そういうことにしておきましょう、と言いたそうな顔の古泉、何故かニコニコ顔の朝比奈さん、終始無表情な長門達をダイニングへと追い出し、
そっと耳打ちするハルヒ。

 

 

 

 「・・・ありがとう。」

 

 

 

図ったかのように起こったあたり一帯の停電。その日の深夜の地方のニュース番組では原因不明ということになっていた。
まさかハルヒによるものだろうか、と長門に電話してみると
 「その可能性は十分にあり得る。」とのこと。
わざわざ停電を引き起こしてまでしたことといえば・・・繋いでいた余韻の残る手のひらをかざしてみる。
・・・と同時に鳴り響く着信。その音楽は俺の操作手順が誤りでなかったとすればハルヒに設定したものだ。

 

 「キョン!今テレビ見た!?」
 「なんだ?停電がどうとかか?」
 「何言ってるのよ、ツチノコよツチノコ!近所の林で見つけたんだって!
  明日はSOS団臨時出動よ!朝9時いつもの場所で、遅れたら罰金いつもの3倍だからね!」

 

なぁ、古泉。変化してんのか?これ・・・


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