9月もそろそろ中旬だというのにこの異常な暑さはなんだろうか。
天候を司る神様が今目の前にいて、しかも触れずすり抜けるようというような防御能力を持っていないとしたなら、間違いなくぶん殴っているところだな。
なんてファンタジーで幼稚な事を考えていたのはハルヒも同じのようで、同時にハルヒの考えと同じものを俺の脳もせっせと構築していたのだと考えると余計に幼稚に思えてきて気が滅入る。
今回は、そんな秋らしさの欠片も感じられないこのイライラする時期に起こったあるお話。

 

暑い。極一般的人類と分類されるはずの俺でもこれほどイライラするほどの暑さなんだからもう、実はそこら中に閉鎖空間が沸いているんじゃないか、と思うほどに暑い。とにかく暑い。
古泉に暑さと閉鎖空間の関係性について聞いたとしても欠片ほどの気も紛れないので聞きはしない。聞いているうちに体感温度が5度は上がることは目に見えているので、
それならば何か冷たいものを探しに奔走した方が有効的な時間の使い方である。なんてことを一方的に古泉に聞かせたところ、
 「では一緒に探しに行くとしましょうか。涼宮さんのご機嫌も取れて一石二鳥ですからね。」なんて言うもんだ。
ハルヒの事ははともかく(照れ隠しじゃないぞ)、今より少しでも涼しくなるのなら大歓迎である・・・

 

と言っても古泉、何かアテはあるのか?まぁ、古泉のことだ。ハルヒと全く正反対の性格を有し──つまり、何か事を起こす前にこれでもかというほど自問して出てきたような裏づけを
これまたこれでもかというほど長々と聞かせることに長けた人間だからな、こいつは。NASAもびっくりの解決策を披露してくれるんだろう?
 「これはこれは、勿体無いお言葉、ありがたく頂戴いたします」・・・別に褒めたつもりはさらさらないが。
 「とにかく暑さを凌ぎたいのなら、考えられる一般策は水、氷、風のどれかでしょうね。この学校で考えればプール、製氷、屋上と丁度揃えることは不可能ではないですよ。」
それらをどうやって手に入れる。うちの学校は9月にはとっくにプール終いしているし水泳部なんてのもない。つまり不法でしかプールを使うことはできん。
俺は嫌だぞ。まだ1年ちょっとも高校生活が残っているというのに、ここで内申書に汚点を書かれたくないね。
それに屋上もまず無理だな。美術部の荷物で完全封鎖中だ。だいたいな、そんな簡単に屋上に出られる学校なんてものはそうそうあるもんじゃあない。
そういうのは漫画かドラマの世界の学校だけなもんだ。
 「そうですか。では残ったものは“氷”でしょうね。・・・と、ここまで聞けばあなたならもう僕の言いたいことが殆ど分かっていらっしゃるのでは?」
逐一嫌味な笑顔を振りまいてくる野郎だ。そんな笑顔は俺の見ていないところでそこらの女子にサービスしといてやれ。
・・・しかし氷か。氷と言えば大型冷蔵庫のある調理実習室だが・・・あのゴキブリ騒動以来ちょっとしたトラウマなんだよな・・・
 「だがな、氷なら部室の冷凍庫で毎日生産されているじゃないか。」その殆どはハルヒが大量に消費するのだが。
 「・・・わざわざ調理実習室で氷なんて手に入れてどうする。数の暴力作戦に出るつもりか?」
 「いえ、量よりも質ですよ。僕ならばですがね。」

 

古泉の提案は簡単に言えばこうだ。調理実習室に侵入して、アイスクリームを作れるだけ作ってはいさようなら。
あとはSOS団の部室に戻って皆に振舞い、これで暑さも凌げてハルヒの機嫌も取れて一石二鳥。・・・ほんと、スマートじゃないな。
 「だいたいお前、アイスクリームなんて作ることが出来るのか?」との質問に対し意気揚々に
 「簡単ですとも。大まかに言えばあれは卵と砂糖と牛乳の混合物ですからね。」とのこと。
さて、どんな理由があろうと(というかこの場合どうでもいい理由だが)不法侵入は良くない。
だが正攻法に鍵を借りて部屋を使わせてもらうなんてのは今日数学で右耳から左耳へ通過していった複雑な公式を覚える事以上に難関だろう。
・・・なんてことは無かった。一体どんな裏技を使ったかだって?答えは簡単。家庭科担当の先生がこのあいだのゴキブリ騒動の件(涼宮ハルヒの労い参照)のお礼ということでそれはもう
敵が全く攻撃してこないARPGよりもごく簡単に部屋を借りることが出来たのだ。
作るものによっては材料が足りないかもしれないけれど何を作るの?との問いにすぐさまアイスクリームですと答えると卵と牛乳なら幾らでも使うといいとの事。
ハルヒ抜きにしてここまで事がうまく行くなんて少々不気味な気もするが、まぁそれは無視しよう。
かくして男二人の料理教室・観客:先生1名が始まったのである。

 

作り方をいちいち説明するのはお腹周りの脂肪を気にして始めてみました的なそこらのオッサンが延々とプレイするゴルフの生中継を見せるのと同じ行為なので端折らせてもらうが。
確かに古泉の説明どおり、簡単に出来てしまった。後は出来上がったアイスクリームのタネを冷凍庫に入れて凍らせるだけ。
古びたこの調理実習室に似つかないほど新型の冷蔵庫でならたったの30分待つだけでいいとか。
特に有名でもないのに何故か妙な所だけ金をつぎ込んでいる学校ってのはここだけではないのだろうが、こんな冷蔵庫に金をかけるくらいならせめて合同教室だけでもいいからエアコンを設置して欲しいものである。
30分といえども何もせず突っ立っているのも暇なもんだが、古泉のつまらん神様話を暇つぶしに聞いてやろうにも先生が邪魔だ。
携帯には暇も潰せないどころか潰され負けてしまうほどつまらないゲームしか入っていないが、それでもやらないよりはマシだろう、と取り出したところで着信が入った。団長様からだ。

 

 「キョン!あんたも古泉君もあたしに黙ってどこで油売ってるのよ!SOS団は年中無休なんだから!無断欠勤は死刑よ、死刑!」
一気にまくし立てるハルヒに俺たちがどんな思いでアイスクリームを作っているのかゴルフ番組顔負けの作り方の過程まで含めて隅々まで教えてやろうかと思った瞬間その携帯を古泉が取り上げ、
 「涼宮さん、実は僕達二人は、ちょっとした用事のため先生と行動を共にしているんです。あと30分もすれば顔を出せますのでもうしばらく待っていただけますか?」と。
何も間違ったことは言ってませんよと言いつつまた嫌味な笑顔で携帯を返す古泉。何もこんなもの、サンタクロースからのプレゼントよろしく隠すことも無いだろうに。
 「あなたからの物ならば、涼宮さんにとってはサンタクロース以上の物になると僕は思いますよ?」
どうだかな。俺には部室に戻った時のハルヒの顔がもうすでに想像できていて軽く憂鬱なのだが。

 

予想通り、どこかの三人組の芸人の行動よりも容易に予測できていたハルヒの不機嫌な顔が部室にあった。
 「遅い!二人とも罰金!」とこれまた既に頭に浮かんでいた言葉が飛んでくる。もうここまでくるとサトリの域だな、なんて考えながら
 「じゃあこれが罰金代わり、ってことでいいだろ。」とぶっきらぼうにアイスクリームを渡す俺もちょっとおかしいかもな。
女性三人が乙姫様から貰った玉手箱を見るかのような目で金属製ボールの蓋代わりの鍋蓋を開ける。そこから溢れ出るのは老化を促す煙ではなく甘い香りただよう冷気だが。
 「これどうしたの?二人が作ったの?どういう風の吹き回し?何か企んでるんじゃないでしょうね?」・・・なぁ、ハルヒ。質問は一つ一つにして欲しいんだがね。
朝比奈さんもこの残暑には参っていたようで、覗き込んだ先にあったアイスクリームを見て瞬く間に顔がにこやかに変わる。
長門は暑さなんて気にしていないようだが・・・若干目が輝いて見える・・・気が。
ウェイター顔負けにてきぱきと器を並べ、アイスを取り分ける古泉。それはいいが、ハルヒのを多めに入れて「これは彼からの分と思ってください」なんてキザな事を言うな。

 

問題はここで起こった。

 

口に運んだ甘くて冷たいはずのそれ。問題がその甘いか?&冷たいか?の二問だとすると答案を採点すれば50点。・・・そう、つまり甘く無いのだ。
 「もしかしてあなた、砂糖と塩を間違えましたか・・・?」
あぁ、まさかこんな古典的な失敗をしでかしてしまうとは。皆の視線はアイスに向かっているのだが明らかに視線が痛い。見えない視線が痛い。
 「皆・・・ごめん。」
沈黙。・・・長門、無理をしないでいいぞ。
 「・・・・・・そう。」機械的且つスローな動きで口に塩辛いアイスを持っていくことをやめる長門。
 「あ、えーっと、ほら、シーソルトアイスっていう食べ物もありますし。」
朝比奈さん、お気遣いは嬉しいんですが、このバニラの香りと塩辛さのコラボレーションはまた別次元のものですよ・・・
 「ほんっと、ごめん。」
ハルヒ以外全員が気にしないでいいと言ってくれたが、流石にこの後味悪すぎのアイスを食べたっきりでおいておくのは皆の舌に申し訳ない。
俺は何も言わず冷たいジュースを買ってきてみんなに振る舞い、それから帰宅後、寝床についても何度となく思い出させられて足をバタバタさせた。

 

その次の日の昼休み。昼食をさっさと食べ終えた後、問題の塩辛アイスを片付けようと部室に立ち寄った俺が見たそれ。
ボールに入っていたはずのアイスが空になっており、その横でうなだれているハルヒだった。
 「なんでこんなマズいアイスを・・・」
その俺の質問に対してハルヒはただこう答えた。

 

 「あたしはこのアイスがマズかったなんて言ってないわよ。」


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