関連:お姉さんシリーズ教科書文通シリーズ

 

 

 

「……はぁ。」

 今、この人思いっきり解かりやすい溜め息つきましたよ。 隠す気ゼロですか、そうですか。 普段、感情を表に表さないくせにこんなときだけやたらこれ見よがしですね。 どうしたって言うんですか。 いや、なんでご機嫌を損ねているかは僕が一番解かっているんですけど……と、言うより僕のせいですよね。 解かってます。 解かってはいるんですが……、言い訳くらいさせてください。 閉鎖空間が原因じゃ、どうしようもないでしょう?

「確かにあなたがわたしとの約束を反故にした理由は閉鎖空間。 その発生は仕方のないこと。 しかし、約束は約束。」

 はい。 その通りでごさいます。 まことに仰るとおりで。 いや、でも、しかし、反故って言い方はちょっと……。 確かに約束の時間には遅れてしまいましたが、ちゃんと約束どおりの場所に来たじゃないですか。

「わたしがあなたに指定した集合時間は、今から4時間56分47秒前。」

 はい……。 そうですね。 大遅刻です。 それも認めます。 でもですね、一応連絡はいれたでしょう? 約束の時間になる前に、『閉鎖空間が発生しました』って! それにあなた、『了解した』って返したじゃないですか! だから、僕はてっきりあなたは約束の場所には行かず、家にいるものだとばかり……! なのに何度あなたの家に連絡しても音沙汰なし、留守電にも繋がりやしない、と、言いますかあなた留守電使ってますか? もしやもしやと約束の場所に来てみれば、なんですか。 ここでずっと待ってたんですか……? 5時間近くもですか? 1人で? 11時からずっと? ご飯も食べずに、座りもせずに? 

「約束は約束。」

「そうは言ってもですねぇ。 限度ってものがあるでしょう?」

心配するでしょう。

 次の瞬間、溜息をついてそう漏らした僕が何故か睨まれる。 何故睨まれるか解からない。 僕はただ事実を述べたまでだ。

 きっと自宅で待っているだろうと連絡をいれても一向に音沙汰なし、携帯電話も持っていない相手がもしやまだ約束の場所にいるかもしれない。 でも、あれから5時間近くも経過している、もし、彼女に何かあったら? 連絡が取れないのは、何かしらの事故に巻き込まれているからでは……? そんなことを考えながら全力疾走して約束の場所まで来た僕が何故睨まれなくちゃいけないんだ。

 なんて、思ったりしないといえば嘘になるけれどでもやっぱり、悪いのは遅れた僕であることは否定しようのない事実。 睨まれても仕方ないし、怒られても仕方ない。 正直、ここまで走ってきたのと長門さんの安否への不安は心臓には応えたけど、それも罰だってことだ。 素直に謝るのが一番だろう。 と、言うよりもそうする他ない。 彼女に嫌われるのは耐えられないから。

「すみません。 遅れたのは僕の過失ですし、あなたをこんなところに5時間近くもいさせてしまった。 申し訳ありま……」

「違う。 わたしが怒っているのはそういうことではない。」

 しかし、体をくの字に折って頭を下げた僕の謝罪の台詞を遮って彼女がぴしゃりと言った台詞は、僕の耳を疑うのには充分なものだった。 

「神人を倒すのに4年前のあなたたちならともかく、今のあなたたちならこんなにも時間はかからないはず。  30分もあれば、片付く。」

 違う? と、首を小さく傾げる長門さん。 いつそんな仕草を覚えたんですか。 最近ますます普通の女の子に近づいている。 こういう、感情を抱いている身としては嬉しいことこの上ないのですが、稀にどうしようもないほど心臓に負荷をかけてしまって仕方がありません。

「そうですね。 初めの頃に比べれば、涼宮さんの精神が安定しているせいもあってかずいぶんとスムーズに閉鎖空間を消滅できるようにはなりましたが…… 今回も、実際に神人退治に費やした時間は半刻ほどで、こんなにも大幅に遅れてしまったのはその後の緊急会議が……」

「何でそのときに連絡をしなかったか、理由を問いたい。」

「はい?」

「神人退治ののちの閉鎖空間の消滅から会議までの間に、わたしに連絡を入れるだけの時間はあったはず。 連絡がないままでは、あなたが連絡が出来ない状況に置かれた可能性を想定してしまい、エラーが発生する。 せめて、生きているか、死んでいるかの連絡ぐらいは欲しい。」

 いや、あの、死んだら連絡できないような……。 
しかし長門さん、その言い方ではまるであなたが僕を心配している様に聞こえてしまい、僕はまた要らぬ期待を抱いてしまいます。
 
 長門さんは、僕のそんな心情など知ったことかと話を続ける。 最近の彼女は本当に饒舌だ。

「何時間もあなたからの連絡がないと、あなたが閉鎖空間でなにかしらの不具合を負ったのではないかと不安になる。 …………心配、させないで。」

 止めだった。 まっすぐにこちらを見上げた長門さんの瞳が揺れていたように感じたは僕の妄想か。 何より、長門さんが僕を心配してくれたことが嬉しい。 正直、怒られてこんなに嬉しいのはこれが初めてだ。 神人と対峙いた時よりも、走ってきた時よりも、僕の心臓は悲鳴を上げて暴れまわっている。

「申し……訳、ありま……せん……。」

「解かってくれたなら、いい。 これはわたしの我侭でもある。 あなたが忙しかったことは解かっていた。 ごめんなさい。」

「いえ、連絡を怠ったのは僕ですから……。 それに、心配してもらえて嬉しいくらいです。」

 僕のこの言葉の意味がつかめなかったのか長門さんはまた、小さく首をかしげた。 彼女のアッシュの短い髪がそれに伴って小さく揺れる。 やっぱり、可愛いと思う。 生まれた経緯がちがうとか、そんなことが関係なく感じるくらい。 だって長門さんは、長門さんであってそれ以外の何者でもないのだから。 なんて、まるでどこぞの哲学者のような言い訳を胸にしまい、僕はずいぶんと待ちぼうけを食らわせてしまった待ち合わせの相手にゆっくり手を差し伸べる。 

「大変ながらくお待たせして申し訳ありません。 こんなにもお手を冷たくさせてしまい、なんとお詫び申し上げればよいか。 心配をお掛けしてしまったお詫びも兼ねて本日は、何なりとお申し付けくださいませ。」

 なんて、照れ隠しの気障な台詞と一緒に。

「了解。 ではまず、いつもの喫茶店の秋冬の看板メニュー、おいもとカボチャのモンブランパフェDXとダージリン。 その後に約束どおり冬服を見るのでその荷物もちと、レンタルDVD店にて映画を借り、それのあなたの部屋での鑑賞。 そのとき、映画を見ながら食べれるように何かしらの甘味をコンビニ等で。 もちろん全てあなたのお財布から。」

 え、ちょ、それって結構な金額になるんじゃ……。 まず、DXってあれ元々大きいのに……。 大体、長門さん冬服どころか私服自体殆ど持ってないに等しいんですから、必要なだけの冬服を用意するだけで諭吉に羽根が生え…… いや、それ以前に僕の部屋に来るんですか? どうしましょう、掃除なんてここ数日してませんよ。

「何なりと、と最初に言ったのはあなた。 遅刻をしたのも、わたしに心配をかけさせたのも。」

 違う? 先ほどとは違う調子でこちらを見上げる長門さんに逆らえるほど僕は強くない。 従わせていただきますとも。 ただし、借りる映画は僕に選ばせてくださいね。 そうですね、「トリスタンとイゾルデ」なんてどうでしょう? 

<END>

 


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