第六章
運命というほど大それたもんかどうかは俺には判断しかねるが翌日。この文章をどっかで見たことがあると思ったやつは十分に信頼できる海馬の所有者だということになる。朝思考回路が完全に復帰しきる前に思考復帰よりも優先して俺が行ったことといえば昨日の夜から決めていた誰がどこで寝ていたのかの確認である。どうやら昨日本気で卓球をしていたらしい俺以外の面々は寝ぼすけ街道まっしぐらの俺すらも置いていくような面持ちでぐっすりと安眠している。そういや幾度となくチャンスを逃してきたが今日こそハルヒの顔にラクガキでもしてやろうかと思ったがまだ完全に覚醒しきっていない頭でハルヒを探した後自分が今置かれている状況を知り思考が一気に覚醒した。おいおい。何で俺のベッドに俺含め三人寝てやがる。もうちょい早く気付くべきだったと今さらながら反省してはいるができる限りこの場から離れた方が良さそうだ。いつまでもこの感触はどうにもやばい結末を呼ぶような気がする。俺の右側にはハルヒ、左側には朝倉がやばいシチュエーションで無防備に寝ている。とりあえず悪状況の打破に成功し床を見るとどこから持ってきたかは知らんが明らかに俺の家の布団ではないものの上にパズルのように朝比奈さんと鶴屋さん、長門が寝ている。この分だと古泉は別部屋か下手すると別家ってことになってるな。てっきり朝目覚めると見覚えのない天井が見えるような気がしていたんだが。足の踏み場もないほどびっしりと敷き詰められた布団の上を人を踏まないように歩くのはなかなか意識すると難しいもので結果的には踏まなかったわけだが正直かなりひやひやした。鶴屋さんには申し訳ないことをしたように思えるな。いつもあのどでかいお屋敷で暮らしてるんだから寝るスペースも相当なもんだろう。そんな人が俺の部屋のような小さいところにしかも六にん詰め込まれた状態で寝るのは苦痛だったに違いない。起きたら謝っておこう。心底から。というわけでゴールデンウィーク二日目をマークした俺たちだったがよく見ると時計はどの部屋のも十一時を指しており寝過ぎだろうと自分に突っ込みを入れつつ台所に行くと机にはお袋が作ったらしい八人分の朝食兼昼食がおいてあった。俺のところから鶴屋さんのところへちょっとばかり移動させておこう。せめてもの謝罪というかお返しというかだ。俺が密かに鶴屋さんの分を増やしたという隠密行動は影も形もなくなったかのように朝食兼昼食は終わりを告げとりあえず全員でこれまた人口密度が高い映画館行きが決定し今は瞬歩を使っているかのようなスピードで準備中ってとこだ。こんなときだけ何が起こったのかわからないほど体は首尾よく動いたせいで無駄にハルヒから「キョンにしては準備早いじゃない。やっとキョンにも団員としても自覚が出てきたって事ね。感心感心。」とお褒めの言葉を頂いちまった。ハルヒに褒められても嬉しくもなんともないんだが。結局妹付きの映画行きが決行されチケットを妹に買わせ八人分子供料金にしたあと映画を一本見終わると売っているホットドッグを大量に買占めそれを昼飯代わりにしながら何事もなかったかのようにそのまま別の映画を見るというハルヒ主犯のこれって犯罪だよなと思うことが決行された。俺の財布は傷むが後できっちり見た分の金を払っておこう。古泉のは請求だな。違法行為をしていたせいで日も暮れ、同時にハルヒが見ていない間に支払いを終えた俺の財布は壊滅状態に陥ってしまったが朝比奈さん、長門、鶴屋さんへのお返しだと思おう。それ以外心の拠り所が今はないからな。今までガヤガヤと賑やかだったところから急に静かな家に戻ってきたときのこの独特の喪失感は何とかならないものなのだろうか。それまでやっていたことが楽しければ楽しいほどそれが終わった時の喪失感が莫大なのは正直辛いな。この感覚は去年の十二月にも味わっているから軽いトラウマになっているんだが。映画館でほぼ休みなくホットドッグを食べていたせいか全員晩飯を食う気にはなれず仕方なく寝るときの部屋割りをしつつ一人づつ風呂に入ることにした。毎日毎日銭湯に行くわけにも行かないからないしいくらワンコインでも今の箱点状態の俺にとっては大金だ。部屋割り候補は俺のベッドに三人、床に四人無理やり詰め込んでしまおうというお世辞にも空間配分が上手いとはいえない案が出されたが誰が反論を出すわけでもなく第一に提案者がハルヒである以上団員である俺たちに反論権なんてもんがないことは去年一年間SOS団の団員を務めたものならばとっくに学習済みになっているはずの事で当然俺も俺以外のヤツもとっくに学習済みだ。特に今回は長門に頼んだというわけでもないのだが公平なくじびきの結果ベッドには俺、ハルヒ、長門、床にはベッドに近いところから順に朝倉、朝比奈さん、鶴屋さん、古泉という誰かの陰謀かとも思えるほどの状態だ。「寝ている間に変なことしたら明日きっつい罰ゲームがあるからね。覚悟しときなさいよ。」とにこやかに団長からの注意を受けるもそんなことは言われるまでもなく俺だってそんなことは言われなくともわかってますよと心底突っ込みたいところなんだが眠いという理由で断念しておこう。俺だって中学を卒業するほどの道徳能力はあるんでね。そろそろ俺も眠りに落ちる準備をしようかとしたそのとき脳裏に一つも疑問がよぎった。これは本来朝比奈さんに聞くべきなのだろうがこのときの俺ははんね状態であったためどう間違えたかハルヒにこの質問をぶつけてしまった。「決まってるじゃない!ゴールデンウィークが終わるまでよ!」今からさっきの質問を撤回と言うのは無しだろうか。ああ。その質問とはいつまで俺の家に泊まっているんだってな感じの日数的疑問である。で、さっきのハルヒの回答が帰ってきたわけだが終了までですか。なんとなくそんな悪い予感は背筋のどっかの中枢神経あたりには感じていたがそんな奥深くのことに対してはまったく対抗策を考えていなかったわけで結局こいつの宣言したことは実行されるという方程式は今年も揺らぐことを知らない。一つ俺の心の慰めがあるとすれば今年のゴールデンウィークは幸運にも祝日と休日が重なってしまい四日であるということだろう。つまり昨日今日を過ごしてあと二日間この家の人口密度はこのままを保つってわけだ。さすがにハルヒの力を持ってしても先祖代々の決まりである太陽暦まで書き換えることはできないだろう。神ってのは思ってるほど万能なもんでもないんだなこれが。まあここで俺が神とは何たるものなのかってのを長々抗議してもおそらく誰の役にも立たない情報としてその辺を漂うこと必至なので新党滅却して隣には誰もいないと暗示をかけつつ俺は眠りに落ちた。運命というほど大それたもんかどうかは俺には判断しかねるが翌日。さすがに三度目にもなればそろそろくどくなってくる頃合いだと俺自身踏んでいるからこの辺で踏ん切りをつけて終わっておくとして三日目である今日も昨日となんら変わることなく変わったことといえば出かける先と妹+ミヨキチというメンバーであるということくらいなもんだ。この日は女七人ってことで洋服屋に行くことになっていた。珍しく提案したのはハルヒじゃなくミヨキチなんだが何でも「ちょっと遠くて小学生以下は保護者同伴でなきゃ入れないとこ」らしい。無知な俺がいうのもなんだが洋服店に年齢制限なんてあるのだろうかとも思うがミヨキチが言うことだ。長門の次ぐらいに信頼できる情報だろう。何を急いでいるか知らんが開発中止された東京大阪間を十四分で行き来する電車のような速度で駅に向かって走るハルヒがもう視界の果ての遠くにちらちらうかがえるか程度まで小さくなっちまっている。俺はというとそんなスピードで走る狂人的な肉体も無尽蔵な体力もあるはずがなくそんなことは陸上部にでもやらせておけばいいとは思うものの置いていかれるのも癪なので結局走っている。が俺も最下位という訳ではなく俺を心配してくれているミヨキチが俺と並んで走り俺の後ろにはハイテンションでスキップする我が妹と運動に関してはあれな朝比奈さんがひんひん言いながら走っておられる。そんなわけもあり俺も本気のスピードで走っているというわけではないもののやはり八割ぐらい出し切っている高校生男子のスピードについてきているミヨキチも相当なもんだと思う。がさらにハルヒに引けをとらないほどのスピードで走っているのが残りの面子ってわけだ。第一だな。俺もさほど足が遅いというわけでもなし、漫研とかよりはそれなりに雑用として忙しく動き回っている所在で体力がないというわけでもないはずなんだがそれでも明らかに追いつけないやつらが六人もいるってのはどうだろう。ハルヒと鶴屋さんはわかる。その辺はオールマイティで甲乙付けがたいほどの二人だ。まあ鶴屋さんのほうが性格という面で圧勝してはいるが。んで長門もわかる。何でもこなし学校でも行事あるごとにハルヒとワンツーフィニッシュを決めているようなヤツだからハルヒについて行くぐらいの体力がなけりゃ一年間も持ってはいないだろう。第一長門に体力切れなんてもんがあるのかすら甚だ疑問だ。さっき全員が同じスタート位置についた状態からロケットスタートを決めたときちらっと見えたが長門は本まで読んでいたような気がする。その点も含めると息すら乱していない長門の勝利だろうか。が、後の二人が分からん。何千歩も譲って朝倉は分かるにせよ古泉が素でハルヒに匹敵する運動能力があるとは思えない。それこそ超能力的な能力を使わないと無理ってもんだろう。古泉超能力時域限定説にひび割れができ始め俺の体力もそろそろ底をつきかけて歩こうかなと思った矢先ミヨキチがもっともなことを発言した。「涼宮さんってすごいんですね。でも私しか場所知らないはずなのにどうやって行くつもりなんでしょうか・・・」そりゃああれだろう。そんなことをハルヒが考えているとは思えんし人間に備わった最大の能力第六感でも使ってんじゃねえか?ミヨキチの優しい言葉に励まされつつ朝比奈さんではあるが俺の後ろにまだ人がいるという安心を覚えるというごくごく普通の一般人間的考えが呼び起こされたのもありなんとか駅に到着したころには先着のやつらが余裕の面持ちで突っ立っていた。「遅いわよキョン!一体何してたの?おかげで使わなくてもいいジュース代を払っちゃったじゃないの。」それはお前の自制心の不足ではと思うが息が切れて声にならないため今だけは突っ込みは封印ということにしておく。見る限り息を乱しているのは朝倉だけのようだ。古泉、絶対今夜問い詰めてやるから覚悟しとけ。手始めにお前の超能力の発動条件の真実について昨日の夕刊分ぐらいは作文してもらおう。「僕の能力の発動条件については去年言った通りですよ。それよりも僕はあなたの体力の少なさに驚きましたよ。普段から涼宮さんに色々言われて解決してきたあなたですから体力は十分ついていると思いましたが。」朝刊分もサービスで付けといてやる。今日の夜までに書いて出せ。「考えておきましょう。幸い今はあれの発生も少ないですしね。」俺にはその笑顔が皮肉たっぷりに見えるんだが。「ちょっと何こそこそ言ってんのよ!今度から何か内緒話するときはあたしに了解をとってからにしなさい。いいわね。」それじゃあ内緒話にならんだろうが。こちとらお前に話せないことがそこら辺のアニメの勇者から沸いてくる勇気並みに湧き出てくるから内緒話の種が多いんだ。いちいち了解とってたら内緒話する前に俺が過労で死んじまうぞ。「は?何馬鹿なこと言ってんのよ。ただでさえ馬鹿なんだからこれ以上馬鹿なことしないほうがいいわよ。」ミヨキチが指差した場所までの切符を人数分買い求めながら意気揚々とハルヒは電車の待つ駅のホームへと歩き出した。流れる景色をなんとなく眺めながら俺の意識外でいつの間にか到着したのは神戸駅だった。ミヨキチの先導の元ちょっと小洒落た洋服店に入り女子数人の御目し変え中何もすることがなくただなんとなく窓から見える神戸の町ってヤツを目で堪能していると店員の一人が御目し変え終了を告げそれぞれ普段とは違う衣装に身を包んでいる俺のよく見知った人たちが出てきた。感想といえば似合っている。俺達がこんな美女を連れて歩いていいものかと引け目を感じるくらいで全員今から東京の街でも歩いたらどっかのアイドルにスカウトされそうな勢いである。もちろん俺の妹は枠外ということで抽選外だが。店員が盛大に褒め称えつつこの中にカップルはいるのかしらといった表情で俺、古泉と妹以外のカップリングを見つつ女子群お買い上げの洋服を持ってレジを手馴れた手つきでチンとならし古泉がとりあえず一括払いをすることになった。古泉、お前どこにそんな大金持ってやがったんだ?そんなの高校生が一番財布に偽造不可パルプ紙が入るときでもそんな大金は入っていないぞ。「僕も色々ありましてね。これぐらいのお金は事態想定ということで持ってきておきましたよ。」えらく用意周到なことで。で、集金はしないのか?まさかお前が全員分おごるなんていうことはないだろう。「ええ。そう提案したところで僕からでは鶴屋さんも朝比奈さんも長門さんも自分で払うと言い出すでしょう。」まあそうだろうな。ハルヒ、古泉に金払えよ。「わかってるわよ。八人で割り勘でいいわよね。」はあ?ちっともよくない。少しもよくない。俺にとっていい要素が一つもない。第一お前が一番高額かつ大量の服を買ってるってのにそれを割り勘しようなんて虫のいい話は少なくともここいら神戸あたりには転がってねえ。それに何で俺まで割り勘の人数に入っているんだ。実際俺は服なんか買ってねえしどうせ妹の分も俺が払うんだから最終的に一番財布から金が抜けるのが俺で古泉が無傷という非常に気に食わん事態になってしまうではないか。それなら古泉も割り勘に入れるんなら不本意だが一応納得しといてやれるぜ。「何言ってんのよ!団長であるこのあたしが直々に自分の財布を紐解こうってのよ。それだけで感謝もんなんだからつべこべ言わずにあんたも払いなさい。」おいおい。不条理にも程があるってもんだろ。第一割り勘したところでまだ俺の財布にはその金額を払えるだけの経済力がねえぞ。「は?出かけるんだから古泉君ぐらいのお金はSOS団雑用として持ってきときなさい。」今日の行き先はミヨキチから聞いていたから無駄使いしないように財布には往復分の電車代しか入れてねえしこんなとこに持ってくるぐらいならもっと有意義なことに使うさ。「!あんたねえ。団長の命令が聞けないっていうの?」不気味な笑みを浮かべながらハルヒが詰め寄ってくる。ああ聞けないね。悪いが俺はまだそこまで不条理の中で生きることに慣れてないもんでね。「ちょっとキョ「ここは僕が全員分おごっておくということでいかがでしょう。普段お世話になっている方々への些細な恩返しといった感じですよ。」」思わぬ助け舟が思わぬ方向から出てきたものだ。さっきはおごらないとか言ってたのにそれでいいのか古泉。「ええ。涼宮さんの精神状態維持費として機関の経費で落としておきますし遠からず先程言った方々から払われてしまいそうですしね。」古泉は普段の微笑を一ミクロンも崩さず耳打ちしてきた。顔が近くて気色悪いんだ。離れろ。というかお前今見かけによらずなかなか黒いことをさらっといったような気がしたがこれも去年からお前が夢見ていた策謀家人生への布石か何かか?「そうかもしれませんね。」古泉は遠い目をしながらふふっと笑った。どこか意味深げな遠い目だったな。帰りの電車の中で気付いたが先程の軽い討論と行きの駅まで全力疾走がここにきて響いてきたか全身に負荷がかかっているような錯覚を覚えているんだがこんな披露状態にあるのは俺だけらしいな。だがここで注目すべきなのは行きが全力疾走なら帰りも全力疾走であることが予測されるということだろう。今全力疾走したところで行きよりタイムが落ちるのは必然の結果であり試したところ当然ながら今度は視界の果てにすら前方群を捉えることができなくなっちまった。そんな状態で家に入ったときにはもう何もする体力が残っておらずこういうときはハルヒや鶴屋さんみたいなハイテンションが近くにいるとものすごく気疲れするんだが。というわけで事情を話したところ問答無用で闇鍋パーティー的なもんに付き合わされるかと思えば予想外にもだらしないとぶつぶつ罵声を浴びせながらも飯食って寝ろ宣言が出されほっと一安心したところで寝るまでの活力補給に朝比奈さんを視界に入れるというスケジュールを脳内スケジュール帳に書き込んだあたりで眠気が襲ってきたので何の抵抗もなく身を委ねた。遂に明日は最終日。このままただなんとなく高校生の泊まり会のような感じで何も起こらずに平穏無事に過ごせることを祈った。そういえば古泉に頼まれてたサプライズとやらをまだ考えていないな。まあこのまま何事もなく明日ハルヒ達が帰れば俺主催のサプライズイベントも朝うっすらとかかった靄とともに消え去ってくれるだろう。切なる望みを多量に胸に秘めて明日を乗り切るための体力回復を開始した。運命というほど大それたもんかどうかは俺には判断しかねるが翌日。またかと思う様なやつはこれから起こることを知らないから悠長にそんなことを言っていられるのだ。知らぬが仏とはよく言ったものだ。昨夜俺が胸に秘めた思いをプレス機で踏み躙るかのように運命とも言える年間行事が起きちまった。が、まだ朝起きたときの俺は無垢なもんで今からはその無垢な俺が憂鬱気分を抱える羽目となった出来事が起こるまでの活動記録か過程報告というのが正しいだろう。朝目を開けて最初に見えるのがハルヒの顔というのもなかなか乙なもの、じゃない。何を言っているんだろうか俺は。こんなの俺が生まれたての雛鳥だったら生まれて最初に見たものを親と思い込む哀れな自然の営みのせいでハルヒを親と思い込んで散々な目に会うこと必至だ。雛鳥じゃなくて良かったと心底ほっとする。第一この俺の部屋に全員詰め込んじまおうっつうのが無理なことだと思うんだが。そのせいで毎日遊んでいた疲れで全員朝が弱い俺を遥かに上回るほどの睡眠量を誇ってしまう事態になっちまってるじゃないか。おまけに踏むとヤバイし間違って触れても大惨事、動かずにじっと誰かの寝顔を見てると以上に罪悪感に駆られ二度寝しようとしても寝返り打つと間違って触れる恐れがある上に隣がハルヒときたもんだ。全員が起きるまで俺をここに拘束してようっていう誰かの魂胆なんだろうか。二度寝できずに布団の上で身動き取れないのは拷問だぞ。結構重度の。中央裁判所の最高裁判官の方、これの立案者を厳しく取り締まってやってください。罰金数十万ぐらいが俺の納得のいく最低ラインです。などとふざけたことを考えてもこういうときだけ動きを遅めているとしか思えないクロック野郎の長針は三十度ほどしか進まず結局ハルヒの寝顔観察という原初への帰還を果たしてしまうわけだ。この際罪悪感は捨てた。これも時間潰しの一環で重要な仕事、ということにしておこう。こうなったら普段見れないもんをとくと見てやることに決めた俺はまず位置が離れている鶴屋さんの寝顔を観察し古泉は視界に入れないよう心がけることを忘れずに朝倉、朝比奈さんのかわいい寝顔を観察、隣にいる長門の観察に移りこいつに睡眠なんて必要あんのかと思いつつさっと目をそらし、最終的にハルヒの寝顔観察へと戻ってしまった。「んっ」とハルヒが反応したからさっと目をそらすのは危機事前回避能力ということだ。何せ勘の良いこいつのことだからな。寝ている状態でも何がどうなってたかわかってるかもしれん。最悪の事態に巻き込まれるのはごめんなんでな。特に今の時期は去年のトラウマってもんが俺にもある。ここは狸寝入りを決め込むとしよう。どうやらハルヒはあのまま起きたらしくいつの間にか二度寝してしまっていた俺が目を覚ますと寝ぼすけ呼ばわりされたのはどうでもいい。今日だって昨日と同じように誰かがハルヒの暇つぶし用目的地を宣言し誰の反対もないままそこに向かい適当に解散宣言が出るに決まっている。何時かはわからんが嫌でも明日はあのきつい坂を上った上での授業が待ち構えているからにはあの夏休みの再現にならん限り今日中には無事全てが終わるはずだ。そのために今俺がすべきことなんてのは決まっているはずだ。ハルヒにやり残したと思わせないようにする、それだけだ。今日のところ暇つぶし用目的地を宣言したのは何とも珍しく長門であり目的地もこんなのが長門の口から出るとはミジンコの細胞ほども思っていなかったほどだ。で結局予想通り誰の反対意見もないまま目的地をそこに決め込みミヨキチも合流した上で徒歩での大移動が開始された。つくづく思う。何故誰一人として自転車を持ってきていないのだろうか。長門は持ってなさそうだしこの世界に来てまだ間がない朝倉も同じ、鶴屋さんほどのお方がわざわざ自分で自転車こいでくるはずはない。朝比奈さんも未来人だしミヨキチは家が近いからわかる。だが、だ。ハルヒと古泉はどうだろうか。ハルヒの家の在り処については何一つ、どっちの方角かする判明してはいないが明らかに俺の家の近所ではないはずだ。れっきとした根拠があるわけだが特殊相対性理論を証明する並のめんどくささがある気がするので今は控えるとして古泉はどうだ。古泉なら家の在り処だってわかっている上にあいつだって三年前以前は単なる高校生だったはずだ。単なる高校生でさほどのツテもなかった一般人が家に自転車がないはずがない。まあよくよく考えたらたとえ古泉が自転車持参できたところでこの人数が持ってきていないのだからどうせ徒歩から逃れることはできなかったな。自己結論を出し終えているうち目的地に到着し無意識の内に徒歩の影響で足に乳酸がたまっちまってるのはあまりよくないがそろそろ俺の目の前にある今回の目的地を明かしても良い頃合いだろう。まあもともと誰かに隠せと俺も命令を受けていたわけではないのだが、その場所とはカラオケボックスである。高校生がゴールデンウィークにカラオケに行くというのも別に変な話ではないんだが考えても見てくれ。提案者は長門ときたからには帰りの道のりでは傘が必要になってくるかもしれないな。持ってきておくべきだったと今さらながら後悔してるぜ。ゴールデンウィーク最終日ともなれば世の中のやつらはそろそろ出かけ疲れが出始めているのか思ったほどの大混雑ではなく数分椅子の上にいるだけでこれから数時間お世話になる部屋が判明した。11番。これだけの人数が入れる部屋がこうも都合よく空いてたもんだとも言いたくなるがどうせ誰に聞いたところで偶然かハルヒの力で見事にねじ伏せられるに違いないので無駄な労力は消費しないに限る。辛くもハイテンションなお二人さんの要望でフリータイム四時間という一人出来ていたら明らかに次の日声帯が炎症を起こすか切れるかするであろう時間を決めた。今日の少なくともの救いは朝比奈さんのお姿をこの目に焼き付けることが実に簡単な状態であることと妹が用事でいないことだろう。ミヨキチが来ているのに妹が来ないのも変な話だがなんかお袋に説得されて半ば無理矢理水を失ってはねまわる魚のようなジタバタ状態の妹を引き連れてなにやら出て行ったわけだ。やれやれ。きたはいいものの他人とカラオケに行くなんてのは中学以来のことだからな。事前にわかっていたなら歌う曲の五曲や六曲ぐらい用意していたんだがこうもわき腹に不意打ちをくらったかのようなタイミングでいざ歌えといわれても自分が一体何を歌えるのかなんてわかったもんじゃない。が、浪費なんてものが大嫌いなハルヒだ。店員が飲み物を持ってくる時間を待つことさえもったいないといった感じでのっけから自分用の曲をバンバン連続で入れだした。まあ良くこんなとっさな出来事で歌う曲がでてくるもんだ。今回のところはハルヒその他の見事な歌唱力でも拝みつつ先程の宣言どおり朝比奈さんのお姿を網膜に焼き付けておこう。と思っていた。思っていたんだが俺は今歌わなければならない境地に追い込まれている。背水まで追い込まれた戦国大名の気持ちがよく分かるぜ。何が起こったかって?うむ、説明しよう。11番の部屋に入って一時間、終始歌わず飲まず食わずを貫き通していた俺を心配してくれてのことか単なるノリなのかはわからんが鶴屋さんが俺をデュエットに誘ったわけだ。まあ一人だけあと三時間不動通貫するのもどうかと思われせっかくの長門の提案に乗って長門ですら歌っているのだから一曲ぐらいはいいかと思って誘いを断らなかったのが間違いだったのか朝倉が「あ~!鶴屋さんが抜け駆けしてキョン君とろうとしてる!」と訳の分からないことを叫び出しそれをきっかけにか全員(古泉含)が俺とのデュエット曲をバンバン入れだし俺には休憩と言う言葉がないままさらに入れられる曲を何故か知らんがほとんど知っているときている。中学から高校へ自分の居場所を変える数週間前の春休み、毎日やっていた歌番組をただなんとなく見続けた結果論がこんなところで凶、なのかどうかは人の感覚しだいだろうが、に働いちまったようで現在二巡目ミヨキチとのデュエット中である。ざっと考えてわかるのはこれでもう八曲目だということだろう。さて俺の声帯がつぶれるのが早いか周りの声帯がつぶれるのが早いか飽きて開放されるのが早いかはたまた制限時間の四時間が経過するのが早いか、こうなれば体力勝負に持ち込まれそうだ。まあ結果は見えている。なあに、一番前者だろうよ。というわけで俺も驚いたことになんと一番後者になった。俺の声帯も周りの声帯もつぶれず開放されることもなく店員からの時間OVERコールがやってきた。さあはたして俺は今日だけで一体何曲歌ったのか数えてみてくれ。俺を抜くと七人でそれが七巡と八巡目のトップバッターミヨキチとのデュエットでタイムオーバーだったわけだから・・・えー、五十曲か。これだけ歌えばプラスに考えればカラオケ代金を払ったに相当する分ぐらいは歌ったと思えるがマイナスに考えれば明日俺の声帯が無事なはずがなく妹にどこに行ってたか問い詰められたときに家でのんびりゲームをしていたという俺の考えていた言い訳計画が台無しになっちまったわけでこうなったら最後の足掻きではないが明日まではできるだけ声帯回復のため声を制限するとしよう。「代金はあんたが払いなさいよ。もちろん全員の分おごりで。」やっぱ会計は俺がするのか、というか納得いかねえぞ、というか何怒ってんだハルヒよ。何か俺が悪事を働いたとでも言うのか?「ええしたわよ。SOS団の規則を破ろうとする立派な悪事をね。」身に覚えが全くないね。「気付いてないわけ?あんたはねえ、わ・・・」とそこまで言ったあたりでゴホンと催眠術をかけられた芸人のリアクション並にわざとらしさが混ざりまくった咳払いをして「みんなが歌う時間を奪ってまで歌いすぎよ!」と店員の目など店頭に並んだ賞味期限切れのジャガイモほどにも気にかけず怒鳴り散らした。が、それは無理だな。いくらフリータイムとはいえ全員分のカラオケ代となると軽く製造中止になっていない札の中で野口英世の次に高価な札が財布から抜けちまうからな。今の俺には荷が重いってことだ。「あんたねえ、団長命令が聞けないって言うの?」月一ペースぐらいで俺の網膜に意思とは関係なく焼きつくハルヒの顔だけ笑っているが内心怒っている顔が俺の目の前にあった。なにやら古泉がチラチラアイコンタクトのようなものをしてきているがそんなのは無視だ。解読価値なしと俺の脳が判断したし解読しなくてもすでにその意味が分かっちまった。やれやれ。ここは俺が払っておくとしよう。古泉のアイコンタクトを受け取ってこの行動に移ったと思われちゃかなわんから一応言っておくがあわあわ言って今にも泣き出しそうな朝比奈さんの涙を俺は見たくないだけだ。断じて古泉のためでもあいつの願いを聞き入れたわけでもないぞ。今こうするのが最善だという結論に俺自身辿り着いただけだ。見苦しい自己弁解をする前に早く支払いを終えたほうがよさそうな気がする。そろそろ店員も混雑している店の手伝いをそっちのけに俺たちの相手をしている暇がなさそうだしな。俺の財布は多少傷んだがとりあえず朝比奈さんの涙を見ることはなくこの場を丸く治めることができたことに一応感謝の念を感じつつカラオケボックスを外をつなぐ扉を開けてその一線を越えようとしたときだ。不意にあの時間移動のときのような吐き気を伴う強烈なめまい感を覚え俺も四日連続でハルヒの相手をしていてそろそろ限界が来たかと実感し始めたあたりで意識が遠退いていった。

なんか頭がぐるぐるするな。なんかデジャブのようなものを感じる。「・・・きなさい。」は?誰だ?「キョン起きなさい!」ああ。俺寝てんのか。というかこの声の主は一体「起きろって言ってんでしょうが!!!」ビシッと眉間に強烈なでこピンをくらってようやく目をあけることができたと思いデジャブの正体が判明したようでしなかった。最初ここは閉鎖空間だろうと思いつうことは俺を呼んだのがハルヒだと思った。後者は正解だったわけだがどうも前者が違うらしい。広がるはカラオケボックスから一歩出たところのごく日常にある世界だった。が、ざわざわしていたカラオケボックスや目の前の通りには誰一人として人間の姿が見えない。人間どころか生き物の姿さえも見えずもう日も沈みかけているというのに電化製品の明かりが一つもない。あたり一面うっすら暁色の錆のような色をしており俺のいた世界そのまんまの配置でビルや建物が建っている。隣には俺を膝枕しているハルヒの姿が「いつまで寝てんのよ!起きたんならさっさと座りなさいエロキョン!」いやいや俺も状況判断には時間が要るわけで膝枕に気付いたのが今さっきでだな「何言ってんのよ。そんな顔して言っても説得力ないのよ!で、それだけ時間あったんだからここがどこかくらいは分かってるわよね。」悪いが一回解答にたどりついたんだがそれが間違っていることに気付いてな。現在解答候補募集中って訳だ。見た限りさっきまで俺たちがいた場所のような気がするんだが。「んなことはあたしだって見たら分かるのよ。だからあたしも最初はあのときみたいにまた夢なのかなって思ったのよ。」おや?俺はその夢を見ていない設定になっているはずだがえらくべらべら喋るな。俺の知らない間に一体どんな設定変更があったというんだろうか。じゃあ今回のもお前の夢じゃないのか?「へ?あ、ああ何でもないの。うん。その夢っていうのは何にもないのよ。ほんと。そ、それよりここがどこかわかんないんだから何とかしなさいよ!」また強引に話をそらしたな。まあどちらにせよここにずっと居座っていては体にもしみるし時間の無駄だ。古泉の方でなんかあるかもしれん。が、古泉の家に行ってもおそらくいないのは確かだ。「あんたになんでそんなことがわかんのよ。」勘だ。勘。「はあ?あんたの勘がなんぼのものよ。そうだ!古泉君に電話してみましょう。」ポケットから携帯を探すハルヒをしばし眺めていると予想通りの反応が返ってきた。「なによ!圏外になってるわ!まったく来たときはこの辺でも電波良かったのに。」そりゃあそうだろう。そうなっていないと今俺の置かれている状況がより一層深刻なものになっちまうからな。「携帯が使えないとなると自力で何か連絡手段を探すしかないわね。ちょっとその辺見てくるからここから動いちゃダメよキョン。わかった?団長命令なんだからね!」はいはいわかってますよ。俺が知る限りの陸上選手が叩き出した速さ以上で走り去るハルヒがしっかり見えなくなるまで見送ったあと暗がりに向かって呟いた。「古泉、いるんだろう。」ホワッと暁色の周りに実に映えない色の球体が目の前に現れいつもの口調で喋りだした。「緊急事態ですよ。カラオケのあなたを争奪するデュエット合戦になったときには閉鎖空間の発生は覚悟していたんですがここまでの事態は我々機関としても予想以上です。今も機関に所属している人間と長門さん、喜緑さんの力を総動員してやっとこの球体程度ですから相当強力です。僕の予想ですがこの事態はあと二時間もすれば取り返しがつかなくなりますよ。」あー。ちょっと待て。詳しくしつつ要点をかいつまんで今俺のいるこの状態の説明とお前の居場所とその他有力情報を説明してもらおうか。「わかりました。手短に言いますとあなたと涼宮さんが今いる世界は我々がもといた世界、いわゆる現実世界です。ですがその世界には今現在あなたと涼宮さんしか存在しません。ほかは生き物一匹消えています。」なるほど、やっぱりか。「そしてその消えている生き物と僕達はというとかなり特大の異次元上に存在する閉鎖空間の中に閉じ込められている形になっています。」今回は去年の逆って訳か。「そういうことになります。今わかっていることはこの空間は常時収縮していることです。先程言ったとおりあと二時間ほどでこの空間は内部の生物とともに消滅します。そこでまたあなたに元世界へ世界を戻すということをしてほしいわけです。」もう状況説明はいい。大至急でどうやれば元に戻すことができるのかというのを教えてくれ。「わかりました。ですが僕や機関の人間は元世界へ世界を戻す方法を知りません。なので今から長門さんに代わります。我々の力を総動員してももってあと数分といったところですので話は手短にお願いします。」わかってるよ。長門よ聞こえるか。「聞こえる。」じゃあ早速なんだがどうすればこの世界が元に戻るかを教えて欲しいんだ。「存在しない。」は?今聞いてはならないような言葉を聞いたような気がしたが、うん。俺の気のせいということにしておこう。でどうすればいいんだ?「この空間から脱出するということは今の情報統合思念体の能力を使用しても不可能。私達の今いる空間が平常時観測されるとおり単純な閉鎖空間なら可能。でもこの空間は異次元上に空間軸を置く理論的には存在しえない空間に位置している以上存在しないところからは脱出することもできない。この空間からの脱出という行動は現在の情報統合思念体の自律進化の限界点を大きく突破している事態。あなたならできると情報統合思念対も私という固体も考えている。涼宮ハルヒに選ばれたあなたなら。空間消滅まであと一時間五十二分十七秒。私にできるのはここまで。ごめん・・・なさい。」・・・・・・そこまで長門の声が告げた後赤い球体は消滅した。くそ。長門の親玉の力を持ってしてもできないことが俺にできるはずがないではないか。今回ばかりは万事休すかもしれん。長門の親玉にできなくて今の俺とハルヒにできること。

『涼宮ハルヒは情報統合思念体の自律進化の可能性を秘めている』一年前の長門の言葉が脳裏をよぎり、そして気が付いた。つまりは情報統合思念体にできずともハルヒの能力を持ってすれば何とかなるのかもしれない。そうするにはまずハルヒに自分の力を自覚させる必要があるってことだな。『情報統合思念体は私を通して有機生命体とコンタクトすることができる』つまり情報統合思念体自体は人間とはコンタクトできないってことだ。長門の親玉にできなくて今の俺にできること。それはハルヒに自分の能力を自覚させるために説得することだ。『情報統合思念体は主流意識は現状維持に努めている 涼宮ハルヒが自分の能力を自覚すると予想できないほど大量の情報フレアが起こる』頭の中にある完成しかけた計画の欠点が浮かんだ。ハルヒに能力を自覚させた場合俺はまた朝倉みたいなのに襲われるかもしれない。というよりそうなるだろう。そうなってしまえば俺の命なんかは「何マヌケ面でぶつぶつ言ってんのよ。情報なんちゃらって何?」さっきまで深く思考世界にのめり込んでいたがふと気付くとハルヒが目の前に大事件を見つけたジャーナリストのような面持ちで目の前にいた。「まあそんなことはどうでもいいのよ。それはそうとキョン!聞きなさい。その辺に人がいないか探してきたんだけどキョンの部屋が何か薄明るく光ってたわよ!あれって誰かいるって証拠じゃない?あんたの家の鍵持ってないから一度戻ってきてあげたんだから早く行くわよ!」俺の部屋が光っている?そんなはずはないぞ。この世界には俺たち以外に人一人どころか生物一匹たりとも存在していないし人間がいないから発電が止まって電気がついているはずはないんだが。「何であんたにそんなことがわかんのよ。それよりあんたちゃんと家の鍵持ってるでしょうね。」もちろん持ってるさ。自分の家の鍵をかけずに出かけるやつなんかよっぽどのせっかちかお前くらいだぜ。「失礼ね!私だって自分の家の鍵くらいかけてきてるわよ!」へいへい。今はそんな話せずにとりあえずその光とやらにすがってみてもしダメだったら最終手段しかねえな。その後俺がどうなるかは知らんが。「早く鍵出しなさい!」いちいち怒鳴らなくても聞こえてるっての。ちょっと待ってろ。・・・ガチャ。いつも通り鍵穴に鍵を差し込んで回しただけなはずだが今のはやけに怪しげだったな。階段をせっせと上り自室のドアに手をかけたあたりでやはり人の気配がないことに気付いちまった。一段落胆したがまだ発光物の正体がわかってない以上止まるわけにはいかない。・・・ガチャ。二度目のノブを捻る音が誰もいない世界ではやけに響くんだがこれもなんかの化学現象なんだろうか。暇な科学者がいたら是非調べて欲しいところだ。ハルヒが指差す方を見ると薄明るいスタンドのような光源が目に入り近づいてみるとそこには直方体型のリモコンのようなものがこの世界での唯一の希望であるかのように光っていた。そこ。今俺が似合わんセリフを言ったとか思ったやつはこれが解決した後にいつもの喫茶店に集合しろ。みっちり説教してやる。でだ。それは朝倉によって朝早くの起床を強制され意味もなく集合時間の一時間以上前についたときに朝倉から渡されたあのリモコンだった。四角いそれには丸いものが二つ浮かんでいる。何も書いていない無印のボタンが二つだ。そのときは後ろで興味深そうに覗き込んでいるハルヒもこの世界には今二人しかいないことももし間違えたらどうなるのだろうという後から考えた場合の副産物的な不安も全部忘れちまってた。ただ上のボタンに手が伸びて気付くとそれを押していた。その瞬間、今までに何度も感じたことのある時間跳躍をするときのめまいの軽いバージョンのようなそんな感覚がほんの一瞬なのかもしれないが数秒ほど感じたように思ったが。床に足が着く感触をしっかり確認してから目を開けると見知った女子高生の姿があった。このリモコンを渡した張本人、朝倉涼子だ。「ごめんねキョンくん。さっき長門さんに代わってって頼んだんだけど代わってもらう前に時間切れちゃってそれのこと言うの忘れてたの。でも使ってくれてよかった。本当に機能してるわねそれ。」心底安心したようにほっと胸をなでおろす朝倉が言うにはこうだ。何でもこのリモコンは朝倉が元いた世界のこっちの世界よりもちょっと能力が強いハルヒの情報操作能力の集束結晶体とかいうものらしく、朝比奈さんが使っているTPDDが時間軸跳躍なのに対しこのリモコンは空間軸跳躍らしい。はっきり言って何を言っているかはまるで分からんのだが要するにはこれは異世界に行ける代物ということだ。上のボタンで異世界へ、下のボタンで元いた世界へ行くことができる。ただし使う条件があってそれはこっちのハルヒと向こうのハルヒの意思が完全融合したときだけ使えるとかなんとか。「そうよ。ちなみに私が元いた世界での涼宮さんは自分の能力のことも知っているしこっちの世界のこともこっちの涼宮さんを通して何度も見たことがあるそうよ。こっちの涼宮さんから向こうの世界を見ることはできないから安心して。」もともとそんな心配しちゃいないがどうやらこのままのんびり立ち話している時間もなさそうだ。長門が言うにはあと三十分ちょいで俺の人生は終わっちまうんだからな。「確かに時間がないわ。手短にそのリモコンのもう一つの力を話すとそのリモコンは使った人以外にもその人に繋がっている人はみんな空間軸跳躍できるの。今から長門さんにこの世界に存在する全ての有機物に手を繋ぐように言ってもらうからキョンくんは端っこで待ってて♪」この非常事態にえらく乗り気でやってるのに疑問が生じたがそのへんは無視しておこう。何分経っただろうか。朝倉が手を繋いで輪になっている異様な集団を先導して帰ってきた。それより朝倉よ。なんかこのリモコンの光が消えかかっているんだが。「え?あ!急いでキョンくん。もうすぐこの世界が消滅するから涼宮さんとの交信が途絶えようとしているんだわ。」さあ、と手を差し出す朝倉の手をちょっと躊躇したが自分に非常事態だと言い聞かせながら握った。やけに朝倉の手は柔らかくてひんやりしているな。「もう、そんなこと言わないで早く、ね。」ほのかに頬を赤く染められるほどお前も余裕なんじゃねえかと突っ込みたかったがどうやら本当に時間がないようだ。時計の時間はあと十数秒、リモコンの光もフィラメントが切れる寸前の豆電球程度だ。「ほらほらキョンくん早く!」朝倉にせかされるがまま勢いでボタンを押すとさっきのとは到底比べることのできないそれこそ俺と長門ぐらいの差があるくらいの強烈なめまい感が襲ってきた。これって人数に比例して酷くなるとかあるんじゃねえのか?というか冗談なしで本気で吐くぞこれは。うぷ、気持ち悪い。気が付くとそこは見知った部屋のベッドの上、俺がいつも寝起きしているそこだった。部屋を見回すと数日をSOS団+αという自己命名で過ごしていた大人数が床に倒れていたがどうやらハルヒ以外は起きているようだ。ふと疑問なんだが人は吐きそうになるとどうして涙目になるのだろうか。長門がいつもの無表情を崩すはずがなく鶴屋さんの涙を見るのはさほど珍しいことではないし古泉、朝比奈さんももう拭いたりでもしたのか直っているが寝起きの俺が直っているはずもなく狙っていたかのように朝倉も目に大量の涙を蓄えて縋ってきた。「ああ~気持ち悪かった。キョンくんの手を握ってなかったら本当に泣いて吐いてたかもしれないわ。」言ってる意味がわからんからお前は事情聴取の刑だ。「それよりキョンくんっ。ハルにゃんを見てあげるっさ。」寝ているハルヒを俺にどうしろというんですか。と思いつつもまあとりあえず床に寝られても邪魔だからどけようとしぶしぶ近づいたときある重要なことに気付いた。ハルヒって空間軸跳躍してねえよな。・・・涙だ。にもかかわらずハルヒの目には涙が浮かんでいる。「キョンくんがそのリモコンを使ったら涼宮さんこの世界で一人になっちゃってたってことですよね。たぶん頼りにできる人がいなくて相当寂しかったんじゃないですか。」朝比奈さんがどこか大人びた朝比奈さん(大)を思わせる口調で言う。ハルヒに限って寂しいはないだろう。「いえ、前にも言ったと思いますが涼宮さんは常識的な思考をお持ちのお方です。心は単なる一女子高生となんら変わりはありませんよ。」前髪を弾くというこいつならではの癖をしつつ説明スマイルが付け加える。ハルヒが一女子高生だって?信じられないし信じたくもない。ないんだが俺としてもそうなって欲しいしどこかそれらしき素振りは見せていた、かもな。

 

 

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最終更新:2007年09月08日 23:12