「じゃあね。もう話す事は無いと思うけど」
 ちょっと待った。何を口走ってんのよ、あたし。そこまで言う必要ないでしょ?
「あぁそうかい。なら俺も話す事は無いだろうな。さよならだ。『涼宮』」
 やっぱり。こうなるってわかってたじゃない。謝ろうかな。
 それもイヤ。団長のあたしが謝ったらキョンが調子乗っちゃうじゃない。
 なんとかあたしが謝らなくても仲直り出来る方法は無いかしら?
 あーあ。いっそのことあたしが二人いればいいのに。そしたら片方に謝らせるのに……。


二つの心


 むなくそ悪い。あいつとケンカするといつもこうだ。大体があいつは自分が悪いくせに謝りゃしねえ。
 そういうかわいげさえあれば全然モテるのにな。……なんて考えなくたっていいか。もう関係ないからな。
 さっさと帰ってメシだ。そのあとはゆっくりと読書でもするか。半分以上が絵で構成されている本だけどな。
 そう。この時は今から何が起こるかなんて全然考えてなかったんだ。
 だって思わないだろう? さっきあれだけケンカした奴が謝りに来るなんて。しかも他の奴ならともかくハルヒだぞ?
 活動的な服を来て周りの目を気にしないあの女がまったくいつもと違う服を来て俺の目の前に立ってやがる。
 何をしにきたんだよ。
「だから謝りに来たって言ってるでしょ? あたしが悪かったんだからごめんって」
 こいつの口からごめんだとよ。笑いが出そうになる。めったに聞けないからな。
「なに笑ってんのよ。……いいわよ。許してくれないならそれで。帰るから」
 おいハルヒ。まぁ待て。落ち着け。全然許してやるよ。よく謝った。
 ちょっと上から目線になるのは気にしない。今日は謝られる側に立ってるからな。
「いいわね。今日だけなんだからね。あたしが謝るのはこの日だけ!」
 はいはい。わかってるって。その格好似合ってるぞ。
「そ、そんな恥ずかしいセリフをサラッと言うなっ!」
 褒められなれて無い奴は反応がかわいいな。とかちょっと調子に乗るのは夜の魔力のせいだろう。
 俺とハルヒはしばらく黙ったまま家の前に腰掛けて夜空を眺めていた。
 静かな雰囲気に俺の気持ちもたかぶったのだろう。そのまま肩を抱き寄せて口付ける。
 割と抵抗が無い事に驚いたがすぐにハルヒは離れて顔を俯けた。
 ちょっとやり過ぎたか? 悪いハルヒ。我慢出来なくなったんだ。
「……責任取って付き合いなさい」
 キスした責任が付き合うか。普通は順序が逆なんだけどな。わかったよ。付き合おう。
 それだけ伝えるともう一度肩を抱き寄せてキスをした。これってだいぶ幸せなんだろうな。
 ……このまま普通ならな。物事ってのは大抵は上手く行かないように出来てるらしい。異変に気付いたのは次の日の学校だった。


 あの地獄のような上り坂も今日は微妙に足取りが軽い。一応彼女という人ができ学校で会えるわけだからな。
 いつもより10分ほど早く教室に入ってもハルヒの姿はそこにあった。
「おはようハルヒ。今日の気分はどうだ?」
 何でもない一言。当然帰ってくると思った返事は2分ほど待っても帰ってこない。
 もう一度声をかけようと後ろを向くとハルヒは口を開いた。
「あんたと話す事は無いって言ったわよね。あんたもそう言ったわよ」
 すると不機嫌そうに窓の外を向いた。
 今日は虫の居所が悪いんだろう。触らぬ神に祟りなしだ。こいつの場合はシャレがシャレにならないが。
 なんて馬鹿なことを考えつつ1日を過ごし、帰宅した。明日はハルヒも機嫌直してるだろう。
 とりあえず今日はメールも電話もしないでおくか。……インターホン? こんな時間に誰だよ。
「あんたヒマでしょ。遊びに来てあげたわよ」
 いきなり俺をヒマ呼ばわりしてきたそいつは靴を脱いであっという間に俺の部屋へと侵入して行った。
 昼までは全然不機嫌だったはずのあいつが。昼のあの態度について問い質すか?
 いや。やめとこう。また不機嫌になって欲しくないからな。
「実は昨日のあんたの暖かさ思いだして来ちゃったのよね」
 俺の部屋に当たり前のように侵入していたハルヒはマンガ本に目を向けて表情を隠しつつボソッとそう言った。
 ……かわいいやつめ。
 昨日のように肩を抱き、キスをしては喋り。またキスをしては喋った。
 この調子なら明日は一緒に帰れるかもな。寄り道とか買い物とかに誘うか。
 そんな幸せな想像……いや、妄想もすぐに打ち砕かれた。
 次の日も学校でハルヒと喋ることはなかった。そして夜には俺の家に来る。
 そんな日々が1週間くらい続いていた。最初は俺と付き合っていることのカモフラージュで学校では不機嫌なフリをしてるのかと思っていた。
 どうやら違うと、何かがおかしいと感じたのは5日目だ。ハルヒがやつれて来ていた。
 昼のハルヒは完全に無視を決め込んでいるから夜のハルヒに聞いてみたが……。
「そんなこと無いわよ。あんたと一緒にいて幸せなのにやつれるわけないじゃない」
 それはそれで非常に俺も幸せなんだがな。それよりかは言い様の無い不安が胸をよぎっていた。
 しょうがない。専門家に聞くしかないか。
「それで僕の所に来たわけですね」
 古泉一樹。超能力者にしてハルヒの専門家だ。こいつならなにが起こっているか全て話してくれるだろう。
「正直な話としてはあなたと涼宮さんが幸せそうだったので無視しようと思っていましたが……」
 やはり何か起こってるようだな。その言い方だと。
 古泉はため息を一つつくといつもの微笑のまま話を始めた。
「今回は涼宮さんの内面に能力が使われました。彼女は自分が二人いればいいのにと考えました。しかし同じ人間が二人もいるはずがないという常識は持っています」
 当たり前だ。同じ人間が二人もいてたまるか。
「その境界で彷徨っていた彼女の願いが中途半端に叶えられた結果が今の状態です」
 こいつはいつも回りくどい言い方をしやがる。先に結論を言え。ハルヒは今どうなってんだ。
「簡単ですよ。彼女は二人になったのです。身体だけは一つのままですが」
 ……有り得んな。つまりはどういうことだ。まさかジキルとハイドみたいなことになったと言うのか?
「あなたがその物語を知っているとは意外ですがその通りですよ。二重人格になってしまったのです」
 昼の俺とケンカしたままのハルヒ。夜の俺と付き合っているハルヒ。……ちょっと待て。それって二人になっても何も解決してないんじゃないのか?
 古泉はニヤけ面をさらにニヤけさせて答える。ムカつく野郎だ。
「その通りです。涼宮さんが迷っている分だけちょうど真ん中で彼女の理想が止まってしまったわけです。言うなれば失敗の理想ですね」
 失敗の理想って意味が通じないだろ。
「彼女は自分が二人いるなら片方に謝らせるのにと考えました。そうすると片方は謝らなくても良いと考えたのでしょう」
 それって……。
「そう。勘違いです。涼宮さんにしては珍しいですが完全な勘違いですよ。片方が謝っても結局もう片方とケンカは続くのですから」
 なんて人騒がせな奴だ。これじゃ解決してもハルヒとの関係は元に戻る……のか? よくわからん。考えるのも面倒だ。
 おい古泉。解決法を教えろ。お前はわかってるんだろ?
「聞きたいですか?」
 ふざけるな。さっさと言え。過労死するまで神人と戦いたいか?
 古泉はニヤけた顔のままため息をついて奴は口を動かしてふざけたことを言いやがった。
「昼間の涼宮さんに夜の涼宮さんにすることと同じことをすればいいんですよ」


 というわけで今は屋上だ。俺の言葉を無視するハルヒを古泉に呼び出してもらったわけだが……何を言えばいい?
「古泉くんはどこ? いないなら教室に帰るけど」
 こいつはこいつで相変わらずケンカしてる時のままの態度だ。お前から歩み寄る気はないのか。
「……いないみたいね。戻るわ」
 待て。とりあえず待ってくれ。……待つわけがない。
 ハルヒの足取りは速く、屋上から出ようとしている。そうなると体を捕まえるしかないだろ。
「なによ」
 鋭い目線に今にも爆発しそうなほどの態度。わりと可愛くてなかなか好みな顔……って何を言ってるんだ。
 古泉の言葉がイヤというほど頭に張り付いている。やっていいのか?
 殴り飛ばされるんじゃないだろうか。その時はその時だ。大人しく殴られてやる。
 今回はハルヒと向かい合う形なので肩を抱き寄せるというよりかは抱き締めるって形になるな。
 誰かに見られたら変態キス魔だ。知ったことか。
 今にも怒鳴られそうなハルヒの表情を無視して抱き締める。ハルヒは俺より強いくせに小さい。
 下を向いてハルヒの顎を上げてキスをする。夜のハルヒとなんら変わらない唇の柔らかさ。さあ。どうなるんだ俺!
 瞑った目の暗闇の中で徐々に様子が違うことに気付く。俺の後頭部は手で抑えられている。
 思っていた時間よりキスが長い。これはハルヒが……?
「……はぁ。いきなりしないでよね。びっくりしたじゃない」
 これは俺の彼女の方のハルヒか? しかし何か雰囲気がおかしいぞ。
「あんたが土下座したら許してやろうと思ったけどまさかこんなことするなんてね」
 古泉。話が違うぞ。ハルヒのこの震えは怒りなんじゃないのか?
「責任は取ってもらうわよ。覚悟しなさい。キョン」
 一回離れたはずの距離が近付いている。非常にマズい。走っても追いつかれるだろう。
 そしてここは屋上だ。下手したら落とされるかもしれん。両親よ。今までありがとう。妹よ。立派に育て……?
 非常に窮屈だ。俺の体に腕を回してその後はバックドロップか? まさかこのまま締め殺されるのか?
「しょうがないからケンカはなかったことにしてあげるわ。でもあたしのファーストキス奪ったんだからね。言わなきゃいけないことがあるでしょ?」
 あー……すいませんでした?
「違う」
 ごめんなさい。
「一緒じゃない」
 ご馳走さま。
「……やっぱりここから落とされたい?」
 この雰囲気ならボケても許してもらえると思ったから言ったが言わなきゃいかんことはわかってる。
 いや。言わなきゃいけないことじゃなくて俺が言いたかったことだ。
 愛してるぞ。ハルヒ。
「バカ。普通は付き合ってくださいが先でしょ?」
 しょうがないな。付き合ってください。
「よろしい!」
 ハルヒは俺から手を離すと満面の笑みを見せてくれた。やっぱりこの顔が一番だ。
 ふと思ったが夜のハルヒの方の人格はどこに行ったのだろうか?
 ……きっと幻だったんだな。俺の妄想だ。そう思っておこう。
「いつまで目を瞑ったまま待たせる気?」
 俺の理想のハルヒとの関係が今までの夜のハルヒだったんだ。しかしそれはもう必要なくなったから消えた。
 何故かって? それはだな。今目の前にいるハルヒこそが俺の理想のハルヒって気付いたからだ。
 俺はわざわざ横に回り肩を抱き寄せてキスをした。
 キョトンとしている俺の彼女。知ったことか。一言くれてやるから黙ってろ。
「愛してるぞ。ハルヒ」


おわり


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