突然ですが、ここで問題です。
複数の組織から「進化の可能性」、「時間の歪み」、「神」などと呼ばれ、しかし自分は「団長」だと信じてやまないのは誰でしょうか?

…………………………………………。

はい、答えは「涼宮ハルヒ」です。画面の前のみんなは、わかったかな?


なーんて紹介の仕方をしてみたが、この涼宮ハルヒ、大学生になった現在も全快ブッチギリである。
何が全快ブッチギリかと言えば、もうお分かりだろう。SOS団の活動、および日頃の傍若無人っぷりだ。
高校卒業から大学進学、それから2年への進級と色々やらかしてくれたりしたがここはごっそりと割愛しよう。きりがないからな。

まあ紆余曲折あって現在もあの閉鎖空間を発生させたりなんやりする能力は健在な訳で、
それを監視する立場の朝比奈さんや長門、古泉も毎度の騒動に巻き込まれ続けている。

誰が望んだのか俺とハルヒと長門と古泉は揃いも揃って同じ大学に入学。まあこうなるにも色々とあったが割愛だ。
朝比奈さんはどこかの会社に就職したことになっているが、どこで働いているのかを尋ねると、

「禁則事項です」

の一点張り。その麗しい唇は硬く閉ざされている。

して、今回はクリスマスの特別イベントとしてハルヒが「SOS団クリスマス大かくれんぼ大会」なんてものを企画したがために
これまた厄介な出来事に、鶴屋さんや妹も含めて巻き込まれていく訳だ。
いい加減、普通のクリスマスを過ごしてみたいもんだぜ……。

 

さて、季節は誰がなんと言おうと冬。
今年ももう来年へ渡す襷を肩から外し、ひっしとその手に握って中継所へとラストスパートかけている頃だ。
何事もなくその襷リレーが行われればよかったのに、涼宮ハルヒはそれを許さなかった。

昨日、ハルヒから、
「明日朝8時に駅前に集合ね。泊まりの準備もしといて。遅れたら承知しないから」
との電話がかかって来た。今日は12月24日。ご存知のとおり、クリスマスイヴである。
まあ、SOS団がクリスマスに何かしでかさなかったことなど一度もないし、今年も覚悟はしていたがこういう連絡はもっと早い段階でしてもらいたいもんだ。
とは言え、俺は事前にハルヒから連絡が来ることを知っていた。ソースは、現在何故か俺の隣の部屋に住む鶴屋さんだ。

なんでも鶴屋さんの実家が所有している別荘を使えるように古泉から要請があったらしい。
「一樹くんからは何するかとかは聞いてないけどさっ。ハルにゃんのことだから楽しいことになるんじゃないかなっ」
と鶴屋さんは笑っていたが、俺からすればそんなウキウキ気分なんかには全くなれず、
どうせ起こるだろう突拍子もない事件に思いを馳せれば、ツーメランコリーな気分になる。
鶴屋さんもわざわざ別荘を提供しなくてもいいんですよ?


ここ最近は俺の部屋に居候中の、やけに早起きな妹によって6時前の起床を余儀なくされていた。
だからハルヒの設定した集合時間の8時には楽勝で間に合い、ちんけな罰ゲームを受けるにいたるはずはなかった。
なかったはずだったんだ…………。

朝、目を開けると外はすっかり明るくなっていた。
妹より先に起きちまったか。
そう思って時計を見た瞬間、俺の背筋は液体窒素にぶち込まれたバラの花の如く凍りついた。
枕もとの時計の長針は6を、短針は7と8の間を指していた。
俺が約20年の人生で得てきた知識をフル動員するとそれは7時30分を表している。
どう考えても遅刻です本当にあり(ry
などと誰に向けているのかよく分からない感謝などしている場合じゃない。
安らかな顔で眠る妹を叩き起こして驚くべきスピードで準備し、家を出た。
あの遅刻しそうなときの人間の行動の速さはなんだろうね。
まあそんなことはどうでもいい。早くいつもの駅前に行かなければ。

妹を愛チャリの後ろに乗せ、冬なのに汗ばむほどのスピードで駅に向かった。あの時の俺は風と1つになっていたと言っても過言ではないね。
そこから図ったようなタイミングで駅を出た電車に飛び乗り、車内で簡単な朝食をとった。
駅に着いて電車を降りるとオリンピック選手顔負けのスタートダッシュで改札をくぐり、いつもの集合場所に向かう。
やはりというかなんというか、ハルヒたちSOS団メンバーと鶴屋さんはすでにそこにいた。

 

「遅い!18秒の遅刻よ!」
ハルヒは息も絶え絶えの俺たち兄妹の前で腕組みで仁王立ちしている。
「当然、然るべき罰を受けてもらうわ。ていうか、何で妹ちゃんまでいるの?来るなんて聞いてないわよ」
俺が言う前にお前が電話を切ったんだろうが。お前はいつもそうだ。
「まあいいわ、一人くらい増えたって大丈夫でしょ。ね、古泉くん?」
「ええ、おそらく問題ないかと。どうです?鶴屋さん」
「うん、めがっさ余裕だよっ。あそこはけっこう広いからねっ」
鶴屋さんのけっこうと、一般的なけっこうの定義にはかなりの相違があるので、今回の別荘もかなりでかいんだろうな。

と、言うことでつつがなく妹の参加が決定し、SOS団+αは電車に乗って一路北に向かった。
乗車の直前に罰としてこれでもかと菓子とジュース類を買わされた。
親父からの少し早いお年玉があったから、問題なかったけどな。

電車内ではハルヒを中心に古泉が持ってきたトランプやらUNOやら麻雀やらなんやらで馬鹿騒ぎし、
電車が別荘の最寄り駅に着いた頃にはメンバー一同妙な疲労感を感じていた。けっこうな長旅だったしな。

 

駅から出ると、これも毎度おなじみとなった新川執事と森園生メイドが待っていてくれた。
「お久しぶりです。また会ってしまいましたね」
「いえ、我々も最近、涼宮様に振り回されるのもそう悪くないと感じてまいりました」
新川さんはハルヒには聞こえないくらいの声でそうおっしゃり、小さく笑った。
森さんも肯定するかのように笑んでいる。この人たちとあったのは5年前か。
ことあるごとに召集されて、いつも本当にご苦労なことだ。心から労いの言葉を捧げたい。

その後、俺たち一行は新川さんの運転する小型バスに乗って別荘へと出発した。
バスの座席は一般的な2席セットのものがズラッと2列並んでいるのではなく、
テレビでたまに見るような、こうグルッとソファのような座席があるやつになっていた。

「キョンくん、今日はごめんね。あたしが寝坊しちゃったから……」
「かまわんさ。お前に頼りきっていた俺にも非がある」
「ううん、私のせ「まったくね。あんたもそろそろちゃんと遅れないようにしなさいよ。本当にSOS団員としての自覚が足りないわね」
おそらく、私のせいだから、と言おうとしていた妹をハルヒが遮ってきた。
お前、もう少し空気を読め。そんなんじゃ某巨大掲示板で「ゆとり乙」とか叩かれるぞ。気をつけろよ?

「そんなことよりハルヒ、そろそろ何をしでかそうとしてるか教えてくれてもいいんじゃないか?」
「秘密よ、秘密。こういうことはギリギリまで知らされてないほうが面白いでしょ?」
いいや、面白くないね。そうやって自分の物差しを他人に押し付けるのは良くないことだぞ。
「とにかく、今日は思いっきりスキーして遊ぶわよ」
どうやら今向かっている別荘はいつぞやの別荘同様にスキー場に隣接しているらしい。すさまじい財力だな、恐るべし鶴屋家。
そう言えばもう1つ、確認しておきたいことがある。古泉に尋ねてみる。
「なあ、また吹雪に巻き込まれて……なんだ、クローズドサークルとかになったりしないよな?」
「それはおそらくないでしょう。今回涼宮さんは事件を望んでいる訳ではありません。もっと明確な目的が今の彼女にはありますからね。
 彼女にとってクローズドサークルなど邪魔になるだけです。天気も今日、明日と晴れの予報が出ていますしね。
 まあ、あの予報士の予報なのでその精度にはいささかの不安がありますが」
そうかい、それならかまわん。不安要素が1つ減った。


「到着でございます」
バスが止まり、新川さんの渋い声が車内に響く。
「荷物は我々が先に別荘に運んでおきますので、皆さんはここでお降りになってください」
森さんの好意に甘え、俺たちはバスを降りた。
まあ、好意ってたってそれが森さんの仕事ってことになってるんだから当然っちゃあ当然な訳だが。
「では、定時にお迎えにあがります」
「お気をつけて」
新川さんと森さんの乗ったバスを見送り、俺たちはゲレンデに向かう。
いやはや、まさかこんな景色が見られるとは思わなかった。
ゲレンデからは麓の街並みや遠くの山々が一望でき、冬の澄んだ空気の助けも借りて壮観の極みを体現していた。
「さぁ、滑るわよ!競争よ、競争!」
ハルヒにはそんなもの関係ないようだが。
スキーウェアなんかは既に用意されており、各自がそれぞれの体のサイズにあったもの着込んだ。
驚きだったのは妹の分もしっかり用意されていたことだ。
「鶴屋さんから妹さんが居候しているという情報は得ていたので用意しておきました。
 きっと妹さんも参加されると思ったので」
うむ、今回ばかりはgjだ、古泉。何故に妹のサイズを知っていたかに関しては、特別に黙認してやる。

今回、俺はスキーではなくスノーボードに挑戦することにした。
スキーはそれなりに出来るがスノボは初体験だ。スノボにおけるロストヴァージンだな。
………………すまん、今のは妄言だ。忘れてくれ。
とにかく、俺はなかなかの苦戦を強いられた。
見かねたのかは知らんが、順調にスキーを滑り倒していたハルヒがわざわざスノボに履き替えて指導してくれた。
それは非常にありがたいのだが、
「シュバッと立ったら、つつついーーっと滑って、転びそうになったらグワッとバランスをとるのよ。
 方向を変える時はこうアベシ!ってするの。止まるときはヒデブ!っと気合で止まるの。気合が大事よ」
と、非常に抽象的で訳のわからん説明で、そんなもので上達する訳もなく俺は雪まみれになっちまった。
第一、そんな気合で止まったら、俺はもう死んでしまう。

で、スキーやスノボを楽しんだ後、新川さんのバスで別荘に向かった。
数時間にわたる長旅と、先の運動は俺たちからことごとく体力を奪っていき、
バスの中でぺちゃくちゃとくっちゃべっているのはハルヒと鶴屋さんに妹くらいのもんだ。
他のメンバーはグロッキー状態でしゃべる気力もない。長門はまあ割りと元気そうだが、いつものように無言を保っている。
そんなことはどうだっていい。さっさと別荘に着いて、熱い風呂に入って一休みしたいもんだね。


結果から言うと別荘はかなりでかかった。
これを『けっこう広い』と形容する鶴屋さんの感覚は多少なりとも麻痺しているのかもしれない。
一見すると純和風の超高級老舗旅館の風情だ。『@と@尋の神隠し』に出てくる湯屋を思い出してほしい。
あれをふた周りほどスケールダウンさせればちょうどこの別荘くらいになるんじゃないだろうか。そのくらいのでかさだ。
新川さんの案内で中に入ると異様な光景が目の前に広がっていた。
どこまでも続くのではないかと勘違いしてしまうくらい長大な廊下に、びっしりと日本兜が並べられていた。
いかめしいその和製鎧たちの隊列に俺たちは思わず気圧されてしまう。
朝比奈さんなんてカタカタと震えている。それがまた俺の庇護欲を著しく掻き立てるんだな、うん。

「すごいっしょ、これ。実はうちの爺さんがこういうの集めるのが趣味でねっ。
 最初は家に置いてたんだけどめがっさ邪魔になってきたんでここに置いてるんだよ。
 てかここはそのために爺さんが建てたんだっ。馬鹿だよねっ、アハハハハ」
馬鹿かどうかは分かりかねるが、鎧兜の保管のためだけにこんな家を建てる精神状態は俺には到底想像できない。
世の中ぶっ飛んぢまってる人ってのは結構いるんだな、と感心しておこう。

「では皆さんのお部屋にご案内します。皆さんのお部屋は2階にございます。
 1人1部屋とさせていただいておりますが、よろしいですかな?」
「いいわよ」
と俺たちの意見を聞くこともなくハルヒが返事し、そういうことになった。
「え……あたし誰かと一緒がいい……」
ほらみろ、妹がこう言ってるじゃないか。
「じゃあ、あたしのところに来ますか?」
妹は朝比奈さんの助け舟に、
「はい!」
と言って乗り込んだ。いやあ、本当に朝比奈さんはお優しい。
はちきれんばかりのあの御胸の半分は優しさで出来ているのかもな。

一旦部屋に案内してもらった後、少し早めの夕食となった。
案内された部屋はだだっ広く、畳と板張りの床が半々になっていた。一番奥には神棚が祭られ、
壁にはミミズの這ったような筆跡の、おそらく格言的な言葉が描かれた毛筆の書や、長刀用の竹刀に木刀などがかけられていた。
「ここはねっ、爺さんが無理言って作った武道場なんさっ。弟子をたくさん引き連れて、ここで稽古をつけてたなっ」
そんな武道場に整然と並べられた座布団に俺たちは座った。
武道場に流れる張り詰めた空気に思わず背筋が伸びてしまう。
と、森さんが漆塗りの膳を持ってきてくださった。膳の上には和を感じさせる品々が並んでいた。どれも美味そうだ。
しかし、無骨な武道場で、和膳を運ぶエプロンドレスのメイドというのはなんだかシュールな画だった。

「いっただきま~す!」
ハルヒを先頭に、俺たちは食事を始めた。
おそらく新川さんによるものと類推されるメニューたちは、どれもとびきりの破壊力を持ってして俺の味蕾を刺激した。
これを不味いと評する美食家がいたら、そいつは確実にモグリだね。
左隣の妹を見ると、一品一品をじっくり噛み締め、
「これはどんな味付けなんだろう……」
などと勝手に新川料理の研究をしていた。そんなに料理が上手くなりたいのだろうか。まあ、全然悪いことではないんだが。
はたまた右隣のハルヒは、
「うまっ!モグ……これもなかなかの味ね!新川さんにSOS団名誉料理長の称号をあげちゃおうかしら!」
と、やはり新川さんの料理に感動しているようだった。
SOS団名誉料理長の称号はやらんで言いと思うがな。そんなもの、新川さんのプラスに何一つならない。

そうして俺たちは新川さんによる絶品和膳に舌鼓を打った訳だ。

その後のことは特筆すべき点はほとんどない。
朝比奈さんの部屋に集まって――集められて――ゲームしたりしたくらいだ。
あとは風呂入って寝たくらいだな。男同士の露天風呂の描写なんて、どうだっていいだろ?


では、話を一気に次の日、つまりクリスマス、まさにその日に移行させていこう。


朝、いつもどおり妹が俺をトランポリンにしてきたので俺はいやでも目覚めることになった。
「朝ごはんだよ」
とのことなので2人で武道場に向かう。
にしてもなぜ武道場で食事するんだろうか。
俺たちくらいの人数を余裕で収められる部屋なら、ここにはいくらでもありそうなもんだが。
ま、このSS作者の意向ってのが理由の最有力候補だな。なら、気にしてやらないのが作者のためだ。
朝食も昨日の夕食同様に、1人づつに膳が配られたのだが、その上にはトーストにバターやジャム。フルーツの盛り合わせなんかが乗っていた。
それがまた、武道場にメイドというシュールな画をさらに強くしていた。


朝食後はハルヒの判断で昼までの自由時間となった。
ハルヒは俺たちにそういった旨の支持を出してすぐにどこかに消えてしまった。
「おそらく、この別荘内の探索ではないでしょうか。昨日、そのような行動をされている様子は見られませんでしたし」
とは、古泉の弁だ。
俺と古泉、そして朝比奈さんはすることもないので武道場でトランプを始めた。
長門も誘ったが、
「いい」
とだけ言って、読書を始めていた。
鶴屋さんと妹はというと、長刀の竹刀を使い、なんか稽古を始めたようだ。
鶴屋さんによる長刀教室みたいなモノらしい。ほんと、あの人らは元気だな。
おそらく昼に集合した時に今回のメインイベントが発表されるのだろうが、
そう考えると俺の気分は下降曲線を描き始め、見る見るうちに憂鬱な気持ちになる。
今は目の前に朝比奈さんというエンジェルがいるからまだマシだが。


昼食をとった後すぐ、俺たちはハルヒによって集合させられた。
「では、これから本日行われるイベントを発表します!」
おお~~、と鶴屋さんと妹が拍手する。ハルヒには脳内補完されて大歓声になってるだろうが。
5~6枚重ねた座布団の上に仁王立ちするハルヒの顔は、腹立つくらい笑顔だった。
「思いついたのは12月の初めだったかしら?とにかく、あたしは思いついたの、面白いことを!
 それから古泉くんと打ち合わせを重ねてきたわ。極秘裏にね。ね、古泉くん」
古泉はいつもの半笑いのまま恭しく頭を垂れる。
「ハルヒ、御託はいいからさっさと発表してくれ」
「何よ、もうちょっとくらい人の話を聞きなさいよ」
お前が言うと説得力皆無なんだが。
「まあいいわ、発表するわよ」
ここでハルヒはたっぷりと間を置いた。一同に妙に間延びした空気が流れる。
そしてハルヒは力強く言い放った。

「これより、第一回SOS団大かくれんぼ大会を開催します!!」

頭の中に稲妻が走ったかのような衝撃があった。もう、なんだ。呆れてものも言えない。
散々引っ張っておいてかくれんぼ?小学生か、俺たちは。
鶴屋さんと妹のカシマシ娘コンビはなんかテンション上がっているが、朝比奈さんは頭の上に?マークが10個くらいありそうな顔をしている。
もしかしてかくれんぼ自体を知らないのかもしれない。
ていうか何故にクリスマスにかくれんぼなのか。あいつの脳の仕組みを解明したらノーベル賞モノかもしれない。
「文字どおりSOS団によるかくれんぼ大会よ。鶴屋さんや妹ちゃんもいるけど、名誉顧問に準団員だから問題ないわ」
いつ妹は準団員になったんだ。即刻の退団を要求したい。
「詳しいことは古泉くん、説明よろしく」
面倒なことは他人に押し付けるハルヒだ。


「では、僭越ながら……。基本的には通常のかくれんぼと同じルールです。鬼が隠れている人を探す……、それだけです。
 ただし、今回はこんなものを用意しました。お願いします」
古泉が新川さんと森さんに目配せすると2人は俺たちに何かを配りだした。
受け取ったそれは携帯電話。しかも旧式のものだ。
「少し古い機種なのは御用者ください。古いほうが細工しやすかったもので」
「細工?」
「はい、ちょっとした細工が施してあります。まずは、その説明をしましょうか。
 皆さんがお持ちの携帯にはさまざまなアプリが入っています。左上のアプリボタンを押してください。
 アプリの選択画面になったはずです」
確かに、3つのアプリが画面上に表示されている。
「まず一つ目のアプリ。画面上では右端に表示されているものです。
 これは隠れている人、ここでは便宜上『ハイダー』と呼ばせていただきますが、ハイダーのおおまかな位置が表示されます。
 アプリを起動してみてください」
アプリを起動すると部屋の見取り図のようなものが表示された。
「では、3のキーを押してください」
古泉の支持に従うと画面が切り替わり、また別の見取り図が表示された。一番大きな部屋に赤い点が寄り集まり、明滅を繰り返している。
「その赤い点が我々の位置を示しています。そして先程のように階数に合わせて任意の数字キーを押すと、
 その階の見取り図と位置情報が表示されます。この建物は4階建てなので4までの数字キーがこのアプリに対応することになりますね。
 ここは3階なので3のキーを押しました。離れを確認する際は、1階は5、2階は6、3階は7を押してください」
「なあ古泉、こんな機能があったらすぐに鬼に見つかっちまうだろ」
「安心してください。鬼にはこのアプリは使用できません。それについては後で説明します」
了解した。説明を続けてくれ。
「はい、では続けます。この赤い点ですが、その点が誰かは表示されませんのであしからず。
 では次のアプリです。先程のアプリのとなりにあります。これは先程のアプリと同様の操作で鬼、
 ハイダーに合わせて、ここでは『シーカー』と呼んでおきましょう。シーカーの位置情報が表示されます。
 ただし、使用できるのは一台につき3回まで。また、起動してから1分でアプリは自動的に終了します。有効に使用してください」

「では次のアプリ。……ですが、先の2つのように、このアプリはハイダーには特に役立つものではありません。
 テトリスなどのミニゲームが収録されています。隠れている間の暇つぶしにでも使ってください」
また妙に怪しいアプリだな。ゲームに熱中させている間にハイダーをゲッチュー、ってか。
「また、ハイダーがシーカーに確保されると、それぞれの携帯に報告のメールが送信されます。
 そして、メモリー内には各人の携帯番号が登録されています。電話での情報交換等に使用してください。
 ただしメールを受信することはできますが、送信することはできないようにしてあります」
「それで全部か?」
「いえ、まだあります。まず、ハイダーが残り2人になるとハイダー側の携帯は一切の機能が停止します。
 ただし、片方1人の確保を伝えるメールを受信する必要があるので、電源を入れた状態で持っておいてください。
 また、先程説明した機能以外は使用できなくなっています。これで携帯についての説明は終わりです。
 質問はありますか?」
皆、無言で質問が無い意思を示した。
朝比奈さんは本当に理解しているのか、いささか心配だが、あとで詳しく教えてさしあげよう。

「ではルールの説明です。基本的には先程言ったとおり、普通のかくれんぼです。
 今回の変更点としましては、ハイダーは確保されるとシーカーになる、このくらいです。
 また、シーカーの携帯にはハイダー確保のメール受信と、電話機能しかありません。ハイダーが確保されると携帯のその他の機能は停止します。
 シーカーはハイダーを確保したらハイダーの携帯の『#』と『*』を同時押ししてください。
 そうすることで各携帯にメールが送信されます。ハイダーは見つかったら素直に携帯をシーカーに渡してください。
 なお、誤って#と*を同意押しするとシーカーに見つかっていなくても、見つかったことになりますので注意してください。
 説明は以上です。質問を受け付けます」
これも、質問は無いようだ。それにしても古泉、このSS一番の長台詞、お疲れ様。お前はよくやったよ。

「では、そろそろ開始しましょう。隠れる場所はこの本館と別館の内部と連絡路です。外に出たり、危険な場所には隠れないように。
 最初の鬼は新川さんと森さんです。優勝者には商品がありますのでがんばってください。鬼が動き出すのは10分後です。
 では、涼宮さん」
「ありがとう、古泉くん。
 オッホン。ではこれより、SOS団大かくれんぼ大会を開始します!!
 レディ~~……ゴウ!!!」


ハルヒの号令で俺たちは武道場に新川さんと森さんを置いて駆け出した。俺もダッシュだ。
一応、勝負事だしな。俺だって勝ちたいさ。


ここで、鶴屋家別荘の大まかな説明をしようと思う。
まず本館、4階建てだ。1階には玄関から続く長い廊下に大小3つの練習場、倉庫がある。階段横の裏口は別館への渡り廊下に続いている。
2階は宿泊スペース。30近い部屋で埋めつくされている。
3階にはさっきいた武道場がある。ここが一番広い部屋になっている。他には倉庫があるくらいだ。また、別館への連絡路がある。
4階は炊事場や浴場などの生活に必要な諸施設となっている。
別館は3階建て。1階には事務室や休憩室があり、2階・3階と武道場になっている。広さは本館の3分の1くらいか。


俺は一旦1階まで降りて別館に行った後、3階まで上がって本館に戻り、4階に上がった。
この遠回りに深い意味はないのだが、軽いかく乱になるかと思ったんだ。
なんだか新川さんはかくれんぼのプロの気がするからな。いや、なんとなくなんだが。
僅かな音さえ認識して、それを頼りに探しそうだもんな、あの人。


4階に着くと、浴場の脱衣所に設置されたロッカーの1つに身を潜めた。もちろん、男湯だ。
少しすると、携帯がぶるぶると震えた。メールが来たようだ。
[これより、行動を開始いたします]
とだけ書かれた本文は、シンプルな文面ながら確実に新川さんと森さんが動きだしたことを知らせた。
しかし、なんだかテンションが上がってきたな。
さっきは小学生か、なんて言ってしまったが、これはけっこう楽しい。隠れてるだけなのにな。
とりあえず、アプリを起動し各ハイダーの位置を確認する。
本館の1階と2階に隠れている奴は1人もおらず、2階に2人、4階には俺を含めて2人、別館の各階に1人づつ隠れているようだ。
皆、微動だにせずじっとしている。さあ、最初に捕まるのは誰か。

といきなり電話がかかってきた。


『もしもし、キョンくん?』
「なんだよ、電話するには少し早いんじゃないか?」
『いや、今どこに隠れてるのかな、って思って。今どこに隠れてるの?』
「本館4階の浴場だ。お前は?」
『あたしは2階の部屋に隠れてるよ。まあそれだけだから。じゃあねぇ!』


ツー……ツー…………

いきなりなんなんだ、妹よ。お前の行動もイマイチ掴みどころがないな。
と、また電話がかかってきた。


『キョン、今どこにいるのか教えなさい!』
「本館4階の浴場だが?それがどうしたってんだ」
『4階ね。わかったわ。じゃ』


ツー……ツー…………

ハルヒに至っては自分の場所も教えん始末だ。なんか、フェアじゃないぞ。
と、またまた電話だ。


『もしもし』
やけに済ました声が聞こえる。今度は古泉か。
「なんだ。俺に電話をかけるのがブームなのか」
『はて、なんのことでしょうか?まあいいでしょう。今どこにおいでか教えていただきたいのですが』
「お前もそれか。今日でもう3人目だ」
『3人目?他に誰が?』
「ハルヒと妹だ」
『なるほど。流石、と言うべきですね。それより早く場所を』
「本館4階の浴場だ」
『なるほど……。わかりました、僕は別館の3階にいます。では、健闘を祈ります』


ツー……ツー…………。一体奴らはなんなんだ。


しばらく隠れていると携帯が振動した。メールだ。
[開始から7分24秒、古泉氏を確保]
やはりというか、古泉が最初か。にしても早いな、おい。やはり超絶スネーク執事新川氏の成した所業だろうか。
ん?スネーク?何を言ってるんだ、俺は。
とりあえず、アプリを起動。各人の位置確認だ。
別館の1階にあった点が猛烈な速度で本館に移動している。
と、またメールを受信した。
[古泉氏確保から1分09秒、鶴屋氏を確保]
早い。いくらなんでも早すぎる。
これは新川さんがスネークとかそういう問題じゃない。あ、またスネークって言っちゃった。
これは何か裏があるはずだ。考えろ……古泉発見から鶴屋さん発見までになにがあったのかを……。

刹那の思考の後、俺は1つの答えに辿り着いた。
俺はすぐさまロッカーから飛び出し、階段を駆け下りる。携帯のメモリーから古泉の番号を探り、電話をかける。
奴は、すぐに電話に出た。

『なんですか?ハイダーがシーカーに電話するなんて、あなたも命知らずの人ですね」
「てめぇ、はめやがったな」
『おや、もう気づいてしまいましたか。しかしはめた、というのは心外ですね。これは戦略です』
うるさい。お前、次に会ったら2発ぶってやる。親父にもぶたれたこともないであろうその頬を、2度もな!!
『それは非常に困りますね』
すかした古泉との電話に早々に嫌気がさし、電話を切る。

奴、そしてハルヒと妹がしたのは、よく考えれば極々当然のことだ。奴らは事前に各ハイダーの位置を把握していた。
そして、いざシーカーになった時、その位置情報でハイダーを探す。ただそれだけだ。
そうしておけば誰かが見つかった時に、少なくとも1人の鬼の位置がわかることになるしな。
妹さえ気づいたというのに。チクショウ、俺のスペックは妹以下かよ。

と、ハルヒから電話だ。

『キョン、今どこにいるか教えn「だが断る」』

やはりな。もうその手は食わん。すぐ後に妹からも電話がかかってきたがもちろん無視だ、無視。
俺は本館2階をひっそりと歩きながら二つ目のアプリを起動した。鬼の位置を確認するアレだ。
今、鬼は新川スネークに森さん、古泉に鶴屋さんの4人だ。開始から10分足らずでこれか。
古泉のことだから事前にスネークたちと打ち合わせていたに違いない。ハルヒを1位にさせたいだろうからな、あいつらは。
画面に視線を戻し、俺は2のキーを押す。そして、俺の点を見た。

…………そこにはハイダー、つまり俺を示す赤い点のすぐ後ろに鬼を示す青い点があった。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはメイド・オブ・ザ・イヤーを贈っても遜色のない美人メイドが立っていた。
「キョン様、見~つけた」
森さんの口から”~”が飛び出るとは思わなかった。それにしても今のは反則的なかわいさだった。
「では、携帯電話をお渡しください」
かくして、俺は5人目の鬼となった。


10分も経たないうちに3人が見つかる、という驚異的な展開の速さを見せたかくれんぼも、ここに来て停滞の体を見せ始めた。
俺が鬼になってから30分以上経つが、誰も見つかっていない。
一番驚きなのが朝比奈さんが見つかっていないことだ。あの人のことだからすぐに見つかってしまいそうなもんだが。
俺の予想としては1位ハルヒ、2位長門、3位鶴屋さんってとこだったんだが、
鶴屋さんは早々に見つかって鬼になっているし、勝負の世界では何が起こるかわからんね。

しかし、こんな出来レースも珍しいな。古泉を始め”機関”の連中は何がなんでもハルヒを1位にするだろう。
朝比奈さんや、長門も、直接的な動きは無くともそうなることを願っているはずだ。
しかし、ハルヒがそんな事情を知るわけがなく、見つかりたくない一心で変な能力を発揮しかねない。
早いとこ、ハルヒ以外の3人を見つけたほうが懸命だな。


3人を求め、広大な本館の2階を歩いていると、廊下に段ボールが落ちているのを見つけた。
怪しい、実に怪しい。これを怪しいと思わない奴がいるとしたら、そいつの辞書に俺が「怪しい」という項目を足してやる。
まさか、ここにハイダーが隠れているとは俺だって思わない。結果から言うと、確かに中にはハイダーはいなかった。
「…………新川さん、何してるんですか……」
段ボールの中には新川さんが収納されていた。
「見つかってしまいましたか。これは一本取られましたな」
そんなつもりは毛頭ないんですが……。
「いや、こうして潜むことで移動してくるハイダーを待ち伏せていたのです。妙案かと思われたのですが」
多分、本気で言ってるんでしょうが、これはあまりにも怪しすぎます、新川さん。
「では、この案は無しでございますな。残念です」
そのまま新川さんは段ボールを持ってどこかに行ってしまったが……あの人本気でスネークかもしれない。
いや、俺自身もスネークという言葉の深い意味はわからないんだが、何故かスネークという言葉が頭から離れないんだ。


3階を歩いていると、今度は鶴屋さんと出くわした。
「やあキョンくん、何か見っかったかい?」
段ボールに隠れている新川さんなら、とはなんだか言いづらいのでここはお茶を濁しておこう。
「全く何にもです」
「そうかい、そうかい。いやぁ、みくるも見つけらんないってのは何か悔しいにょろね」
鶴屋さんは言いながらすぐそこにあった倉庫の扉を開けた。
中には剣道の防具と思しきものが収納されていた。
「お~~いっ、みくる~!長門っち~!妹く~~ん!出ておいでよっ!」
がさがさと防具を掻き分けていく鶴屋さんの後ろを俺も探してみる。棚の影とかに隠れているかもしれない。
と、鶴屋さんの声が響いてきた。
「おっ、妹くん見っけ!」
「え?どこです?」
「さっき外の廊下を走ってったよっ。さっ、追いかけるにょろよ、キョンくんっ!」
鶴屋さんは防具の山をすっ飛ばして駆け出した。
俺も急いで走り出すが鶴屋さんがあまりに速くて追いつけない。日頃の運動不足が祟ってか、体力的な限界も間近だ。
「キョンくんっ!」っといきなり鶴屋さんがUターンしてきた。
「妹ちゃんは武道場に走ってったにょろ。あたしが前から追い詰めるから、キョンくんは後ろから回り込むっさ!」
ほとんどスピードを緩めぬままに、鶴屋さんは俺が来た道を逆方向に走っていった。
妹を挟み撃ちにする作戦みたいだな。ていうかこれ、鬼ごっこじゃないか?
まあいい。とにかく早く武道場に行かなければ。俺は鶴屋さんとは逆方向に走り出した。

俺が武道場に着くと、妹がこちらに走ってきていた。が、俺を見て急ブレーキをかける。
妹は武道場の真ん中で立ち往生している。俺と鶴屋さんはじりじりと妹との距離を詰めていく。
「さあ妹くん。おとなしく携帯を渡すんだっ」
「イヤって……言ったらっ!?」
そう言い終るが早いか、妹は俺に向かって走り出した。
鶴屋さんより俺のが弱いってことか。否定はせんが、兄貴をなめるなよ。てかお前、ルールは遵守しろ。
と、俺が入ってきた入り口から新川さんが入ってきた。妹は2対1は不利と見たか踵を返して鶴屋さん方向に駆け出す。

その時だった。


「てやぁっ!!」

鶴屋さんの気合の一声と共に、妹の体が空中を舞った。
妹にぎりぎりまで近づいていた鶴屋さんは、妹にこれ以上ないほどに美しい背負い投げを決めたのだ。
「どうだいっ?参ったにょろかっ!?」
「はい……参りました……」
一瞬の間の後、2人は大声で笑い出した。
「いやはや、見事な一本でしたな」
新川さんがそっとつぶやき、渋い笑みを浮かべた。

残るハイダーは朝比奈さん、長門、そしてハルヒだ。

妹捕獲の後、俺たちは少し休憩をとることにした。そうして今4階の炊事場に向かっている。新川さんがお茶を淹れてくれるとのことだ。
やけにアグレッシブな逃走劇を演じた鶴屋さんと妹は、まるで姉妹のように俺の前を肩を並べて歩いている。
ほんと、このコンビは元気だし、仲が良いな。お互い通じるものでも感じるんだろうか。
まあ、おてんばっぷりや、意外と武闘派なとこなんかは似てるな。
「あれ、今日晴れてたよね?」
妹の言うとおり、窓から見える空は昼前までの晴天から一転、どんよりとした曇り空になっていた。
今日は1日晴れの予報だったが、本当にあてにならん気象予報士だな。
日の光を遮る雲は、まるであの空間のような灰色をしていた。


新川さんの美味いお茶――朝比奈さんのソレには劣るが――を飲んだ後、俺たちはそれぞれがバラバラになって捜索作業を行うことにした。
俺以外の3人は別館に向かうとのことだった。俺は本館をじっくり探すことにする。


『もしもし。少し困ったことになりました』
古泉から電話がかかってきたのは3人と別れて10分ほど経ってからだった。
「……それはハルヒ絡みの困りごとか?」
『そのとおりです。はっきり言いますと、小規模ながら閉鎖空間が発生しかけています』
「しかけている?発生はしてないのか。なんとも中途半端だな」
『ええ。こんなことは初めてで、僕自身上手く表現することができません。
 現在、本館と離れは通常の空間と閉鎖空間との境界が非常に曖昧になっています。おそらく、涼宮さんの仕業です』
そんなこと俺に言われても困る。お前は閉鎖空間のプロだろうが。
『そうなんですが、こういった状況は想定外でした。ここは長門さんと協議したいところなので、すぐに長門さんを探し出してください』
無茶なことを言うな。と言いたいところだがそうもいかないらしい。妹を閉鎖空間に招待する気にもなれんしな。


しかし、俺たちが苦労せずとも長門はすぐに自首してきた。
自分で#と*を押し、リタイアを自ら宣告した後、俺に電話してきた。
『本館4階の書斎』とだけ。


本館4階の広い書斎には俺、長門、古泉他”機関”のメンバーが集っていた。

「これは涼宮さんの力によるものでいいですね、長門さん?」
「そう。この現象は涼宮ハルヒによるもの。
 おそらく、鬼に見つかりたくない、もしくは1位になりたいという強い感情から彼女がこの現象を引き起こした。
 先程私が自ら捕獲に当たる行動をした際に、閉鎖空間の占有範囲が飛躍的に向上、通常空間をほぼ侵食した。それはあなたたちも感じているはず」
つまり、ハルヒがかくれんぼで1位になりたいと願ったからこうなったのか。しかし閉鎖空間を作っても1位になれるわけじゃないだろう。
「この空間は涼宮ハルヒが1位に最もなりやすい環境に設定されている。その詳細は私にもまだ解りかねる。
 また、この空間は閉鎖空間に酷似するが、厳密には全く違うもの」
「涼宮様のイライラや、不満によって生じたものではないから、ですかな?」
新川さんの問いに、長門は「そう」とだけ答え、
「この空間は通常の閉鎖空間を希釈したような性質を持っている。時間の流れも互いに同期している」
「世界を改変しようとする意思も無いですしね。我々の力も微々たる力しか発揮されない」
古泉の手の上には、ピンポン玉と同等かそれ以下のサイズの赤い玉が浮かんでいる。
「この空間も基本的には選ばれたごく一部の人間にしか出入りすることは出来ない。
 しかし、この空間は現在この建物、または別館の一部の場所で通常の空間と繋がっている。情報統合思念体との連結が途絶えていないのが証拠」
つまり……どういうことだ?
「この閉鎖空間もどきは、本館と離れの中のどこかに僕らのような能力を持たない人間でも出入りが出来る入り口を持っている、ということです。
 そうですね、長門さん?」
「そう。現在この空間にいるのは我々を含め8人。涼宮ハルヒは入り口の向こう側の通常空間にいる。
 彼女からは私たちは視認出来ず、こちらからも彼女を視認することは出来ない」
「じゃあ、どうやってハルヒを見つけるんだ?」
「この空間と通常の空間の狭間は、彼女の体表面を薄く覆うように形成されていると推測される。
 彼女が移動すれば、当然空間の狭間も移動する。その際に生じるこの空間の揺らぎを検出し、彼女の位置を捕捉する」
「お前にはそれができるのか?」
長門は数センチの僅かな首肯を返してきた。いつも数ミクロンの頷きをすることを考えれば、随分と力強い。
「まずは朝比奈みくるを確保すること。仮に朝比奈みくるが1位になった場合、この空間が完全な閉鎖空間と化し、世界が改変される可能性がある。
 だから、朝比奈みくるを見つけ出して。私はここで空間の揺らぎを検出する」


こうして俺たちは朝比奈さんを見つけることになった。
「あまり長い時間この状態にするのもよくないようです。少しづつですが空間の閉鎖空間化が進んでいます」
森さんがそう言っていたので時間に余裕も無いらしい。
しばらく朝比奈さんを大声で叫んだりもしながら探したが見つからない。俺と古泉は一旦本館3階の武道場で落ち合った。
「困りましたね。まさか彼女がこんなにも見つからないとは。実は鶴屋さんや長門さんとは事前に打ち合わせていたんです。涼宮さんを1位にするように」
やっぱりこれは出来レースだったわけか。
「ええ。朝比奈さんに関しては事前に役目を与えておいて失敗をされても困りますし、どうせすぐに見つかると思ったので打ち合わせていませんでした」
つまり、そういう話を聞いていなかった俺も、お前らに役立たずと判断されたわけか。
「すいません、そういうことになります」
古泉はいけしゃあしゃあとぬかしやがる。ほんとに腹が立つ奴だな。

と、突然古泉の表情が曇った。
「どうした?」
「いえ……何か妙な気配を感じたもので……。森さんならすぐにわかるんでしょうが……。
 彼女は機関の中でも空間を察知する能力に長けているんですよ。長門さんには及びませんが」
そうだったのか。超能力者の力にも得手不得手があるんだな。
などと関心していると、鶴屋さんと妹が武道場に入ってきた。4人で簡単な情報交換を行う。その時だ。
けたたましい音と共に武道場の入り口の引き戸が破られた。

「おい、なんだあれは」
そう言わずにはいられない。引き戸を蹴破って武道場に入ってきたのは、人間ではなかった。
人と大差ない大きさの青白い光を放つ”何か”が1階にあった日本兜を着込んで立っていた。”何か”は腰に佩いた日本刀をゆっくりと抜く。
「神人によく似ていますが……なんなんでしょうね。ただ、我々に敵意を持っているのは確かなようです」
古泉は手の上にあの赤い玉を作り出す。
「キョンくん、あれ……何なの?」
そうだな、妹よ。訳わからんよな、こんなもん。
「俺にもよくわからんが、とにかくかなりヤバイもんだ」
「なるほど……」
こんな説明でいいのか?なんて物分りの良さだ。
「SOS団なら何が起こっても不思議じゃないでしょ?」
全くだ。その意見には全面的に賛成だが、それほど不確かな理由はない。
そうこうしているうちに神人もどきは数を増やし、5体ほどが武道場に入ってきている。
「とりあえず、逃げないといけませんね」
「そうだねっ。けど、やっこさんにはそんな気はめがっさ無いみたいだよっ。ほら」
見ると、武道場のもう1つの入り口からも神人もどきが入ってきていた。俺たちはさながら猫に追い詰められた鼠だ。
「やるっきゃないねっ。妹くんっ!」
鶴屋さんは妹に長刀竹刀を投げ渡し、2人はそれを構えた。
「ふ~~……もっふっ!!」
古泉が超能力的エネルギーパワーボールを叩きつける。神人もどきたちの足元に着弾したそれは、閃光と共に炸裂する。
立ち上がる粉塵に向かって鶴屋さんが突っ走り、長刀を振るう。妹は背後の警戒にあたる。
俺はただ古泉たちの後ろを逃げる。闘ったりはしない。それが俺の役目だからな。
だってそうだろ?俺はただの一般人だ。まあ。妹もそうなんだが……。

神人もどきの1体が鶴屋さんへ袈裟懸けの剣を浴びせる。当たれば即死モノの太刀筋を、鶴屋さんは絶妙のタイミングで回避した。
神人の振るった剣はドガンッ、と鈍い音をたてて床にめりこむ。
世界一鋭利な剣である日本刀なら、もっと綺麗に床に入っていくと思うんだが、あれはもしかして模造刀か?
「どりゃっ」
鶴屋さんが神人もどきをなぎ払い、妹も背後の神人相手に獅子奮迅の活躍をしている。古泉は2人を援護するようにふもっふを連発。
本当に申し訳ないくらい俺は何もできない。今度妹に空手でも習うかな。うん、そうしよう。それがいい。
「さあみんな、こっちだよっ!」
鶴屋さんが神人もどきを吹っ飛ばしてできた突破口に4人で突っ込む。
だが神人もどき共は倒されても倒されても起き上がり、追いかけてくる。ゾンビか、お前らは。

「痛っ……!」
そう妹がうめくのが背後から聞こえた。振り返ると妹が右手を押さえている。なんと、血が出ているではないか。
静かに滲み出る鮮血は、妹の腕を伝ってポタポタと床に落ちていく。
奴らが持ってたのは模造刀だけじゃなかったのか。竹刀対真剣では竹刀に黒星がつくに決まっている。
証拠に妹の足元には綺麗に真っ二つにされた竹刀が転がっていた。
「妹くんっ」
うずくまる妹に鶴屋さんが駆け寄る。
その真後ろでは神人もどきが妹の血が着いた刀を振り上げ、2人に切りかかろうとしていた。


そして、無防備な2人に真剣が振り下ろされた。


気がつくと、俺は走り出していた。
一瞬、俺の耳は一切の音を感知しなかった。それだけ無我夢中だったのかもしれない。
自分でも驚くほどの速さで神人もどきに駆け寄った俺は、これまた驚くほど高く跳躍する。
刀がまさに鶴屋さんの背中に触れんとした瞬間、俺のドロップキックが神人もどきにクリーンヒットした。
神人もどきは刀を残して真っ直ぐ吹っ飛んでいく。
着地後視線を上にやると、もう1体の神人もどきが切りかかってくるのが見えた。
俺は転がっていた刀を手に取り、神人もどきの刀を受け止める。金属同士がぶつかり合う鋭い音が響いた。
神人の太刀筋はとてつもなく重かった。だが負ける訳にはいかない。ここで負けたら妹と鶴屋さんが傷つく、俺の名が廃る。
「どりゃあっっ!!」
気合一発、俺は神人の刀を払いのけ、その首を切り飛ばした。
神人もどきの頭部は青い光の跡を残しながら胴体から離れ、刹那の空中浮遊を楽しんでいた。
直後、古泉の赤玉が数個飛来し、爆発、追撃を仕掛けようとしていた神人たちを蹴散らす。
その隙に俺と鶴屋さんとで妹の肩をとり、駆け出した。もう神人もどきに追いかけるそぶりは見られなかった。

最後に振り返ったとき、俺が切り飛ばした首を胴体のみの体が拾い上げ、またその体に迎え入れているのが見えた。


長門が待つ4階の書斎に向かう途中、古泉が話しかけてきた。
「驚きました。あなたがあんな動きをするとは。さっきのあなたはとてつもなく速かったです」
そうだったのか?無我夢中だったからよく覚えていない。
「そりゃあ、もう。信じがたい速さでした。考えてもみてください。あなたと鶴屋さんたちとの距離は5メートル以上はありました。
 それを、刀が振り下ろされてから2人が切断されるに至る間に駆け抜けたんですから」
それは確かに早いな。びっくり仰天だ。
「それに、あなたは神人に似た”アレ”を切断しました。当然のように思っているかもしれませんが、あれは一種の異常事態です。
 普通、神人に実質的なダメージを与えられるのは僕らのような力を持つ物のみです」
「僕の推測ですが、あなたは長い期間僕や長門さんのような特異な力を持つ者たちに囲まれていたために、
 僕たちの能力の一部を会得したのでしょう。長い間閉鎖空間に行くことがなかったので気づかなかったようですが」
どうやら俺は、ハルヒに振り回されて宇宙人的、未来的、はたまた超能力者的な力に触れ続けたせいで、その力を少し受け継いじまったらしい。
俺はSOS団唯一の普通キャラだったのに、これではいよいよ超人変体集団になってしまうぞ。
まあ、その力があったおかげで妹や鶴屋さんを助けられたんだから、一概に否定する訳にはいかないな。
ん?こんな力があると今後俺も面倒ごとにおいて戦力に数えられたりしないか?嫌だ。果てしなく嫌だ。


憂鬱な気分に浸りつつ、書斎に到着する。中には新川さんと森さんもいた。
妹の手当てを2人に任せ、長門にさっき起こったことを報告する。

「あれはこの空間に設定された、涼宮ハルヒを1位に仕向けるための特性の1つ。彼女を捕獲しようとする者に対し攻撃を加える。
 装備もまちまち。基本的には模造刀を持つが一部真剣を装備している。おそらく、この建物の所有者がここに保存していたもの」
「確かに爺さん、刀なんかもここにおいてたよっ」
とにかく、ハルヒ探索が一層困難になったのは確かだな。だが、早く事態を解決しないといけない。
「よし、俺たちで固まって朝比奈さんを探そう。長門、お前も来てくれるか?」
「そのつもり。でも、あなたにはしなければいけないことがある」
長門の視線の先には、右手に包帯を巻いた妹がいた。その表情からは、はっきりと恐怖の感情が見て取れる。
「彼女は私たちの特異性に、ある程度の理解を示していた。だが、先の事態はその許容範囲をはるかに超えた。
 あなたは彼女にすべての事情を説明する必要がある。それが、あなたの役目」
そして、俺と妹を残して長門たちは朝比奈さんを探しにいった。
「この部屋に防護フィールドを発生させる」と長門が言っていたので安心だが。


妹は無言で椅子に座り、ひたすら下を向いていた。さっきまでの活躍が嘘のようだ。近づくと、小さく震えていることにも気づいた。
俺は妹の前にしゃがみ、その手を握る。妹は、静かに泣いていた。
「怖かったな。お前にこんな思いをさせて、悪いと感じている。すまなかった」
「キョンくん……」
妹は俺に抱きついてきて、はっきりと嗚咽をあげはじめた。
俺は妹の小さな背中をそっと抱く。それくらいしか出来ることがわからなかった。
俺は妹を抱いたまま話を始めた。

ハルヒのこと、長門や朝比奈さん、古泉のこと、SOS団のこと、そして今回のことはハルヒの力によって起きたということ。
それらをゆっくりと、言葉を選びながら妹に話した。そして最後にハルヒを恨んだりしないようにお願いした。
ハルヒは好き好んでこの力を持った訳じゃないからな。恨むなら、ハルヒに力を与えた神だかなんだかの不確定な存在を恨んでほしい。
ハルヒも、あの力の犠牲者なんだ。


妹は全て理解してくれたようだ。ほんとに物分りの良い、素直な奴だ。兄としては非常にうれしいぞ。
しかし、それでもなかなか泣き止むことはなかった。まあ、腕を真剣で切られ、挙句死の一歩手前まで行ったんだからな。無理もない。
今回の事件で俺の兄としての無力さが露呈した。もっと、強くならねばと思う。ちんけな能力無しでの強さでな。
と、突然携帯が鳴った。画面には
[追尾アプリ起動中]
という意味不明のテロップと、見取り図が表示されていた。


数分後、長門たちが朝比奈さんを連れて帰ってきて、まだ抱き合っていた俺たち兄妹は赤面することになる。


「妹くん、長門っちが呼んでるよ」
妹が長門のもとへ行くのと入れ替えに古泉が寄ってきた。
「長門さんは妹さんの治療をするそうです。傷跡は完璧に消えるそうなのでご安心を」
そうか、そりゃよかった。
「鶴屋さんにも、ハルヒたちの説明はしたのか?」
「もちろんしました。まあ彼女も僕たちがおかしな力を持っていることには気づいていたのですぐに納得してくれましたよ」
「そういえばさっき携帯に変な画面が表示されたんだが。ありゃなんだ?」
「あれはハイダー側の携帯に仕込んでおいた発信機が作動していたんです。ハイダーの携帯にはゲームのアプリが入っていましたよね?あれはこちらが用意した罠だったんです。
 アプリを起動すると自動的に起動したハイダーの位置情報がシーカーに知らされるようになっていました」
「随分と姑息な手を用意してたんだな」
「姑息とは聞こえが悪いですね。僕は『このアプリはハイダーには特に役立つものではありません』と、しっかりと役に立たないことを伝えていました。充分フェアかと思いますが」
じゃあ、そういうことにしとけ。好きにしろ。
「朝比奈さんはそのゲームアプリを起動したから見つかったのか」
「ええ。本当にラッキーでした。これで涼宮さん探しが開始できます」
朝比奈さんらしいドジで愛くるしい捕まり方だが、よくここまで粘ったな。人には意外な一面があるもんだ。
その朝比奈さんは妹を治療中の長門に向かって、
「あたし、楽しくてつい調子に乗ってしまって……本当にごめんなさい」
と、「問題ない」という長門の声も聞かずに謝り続けている。俺ならあなたにいくら謝ってもらっても問題ないんですが、あんまりくどいと逆に人を怒らせますよ?


「それで、涼宮さんですが、彼女は現在自分がで優勝したことを知っているはずです。ですが、この閉鎖空間もどきは消滅していません。
 もしかしたら消えてくれるんじゃないかと思っていたんですが……うまくいきませんね」
などと古泉は貼り付けたような笑顔で言っているが、それって非常にやばいんじゃないか?
「ええ、非常にやばいです。神人もどきの強さもどんどん増しています。さっきも一度出くわしたんですが、更に大きくなっていました。
 おそらくいつまで経っても自分を見つけない我々に、涼宮さんは不快感を感じているのでしょう。でも、見つかりたくはない。
 そんな思いが入り乱れ、肥大化して閉鎖空間化にも歯止めが効かなくなっているんでしょう」
見つかりたくないから作り出したこの閉鎖空間もどきを、今度は見つけてもらえないイライラで本物の閉鎖空間にしようとしてるのかあいつは。カオスだな、おい。
「カオス……ですか。確かに、このSS作者も情報量の多さに事態を把握しきれず、このSSにいくつかの矛盾を発生させています。
 僕にこんなことを言わせているのが何よりの証拠です。カオス、という表現が適切でしょうね」


「事態を収拾するのは簡単。涼宮ハルヒを確保すればいい」
いつの間にか妹の治療を終えて俺たちに近づいていた長門が静かに言った。

「限定空間内生命体たちの位置と、通常空間との間で発生する空間の揺らぎを比較すると、揺らぎの周辺に限定空間内生命体が分布することがわかった」
長門の言う限定空間内生命体とは、俺たちを襲った神人もどきを指しているようだ。限られた空間内でのみ活動する生命体、ってとこか。
空間の揺らぎとはハルヒのことだろうからその限定空間内生命体たちの中心にハルヒはいるんだろう。やれやれ、いよいよ面倒なことになってるな。
「その……限定空間なんとやらの数は?」
「全部で36体。真剣を装備しているのは14体」
多いな。どうせハルヒを捕まえるにはそいつらをもれなく倒さなきゃいけないだろうからとことんハルヒ探しのミッションの難易度は高いな。
「限定空間内生命体はいずれも肥大化し、強力。あなたのような人間が応戦するのはあまりに危険」
「では、我々と長門さんが協力して戦うわけですね?」
「そう。統合思念体の意向に関係なく、私はそのつもりでいる。あとはあなたたち次第」
「……しょうがないですね。事態が事態ですし、一般人を巻き込んだ手前、我々も責任を取る必要がありますし。わかりました、協力します」
ここに宇宙人と超能力組織の一時的同盟が締結された。なんとも頼りがいのある同盟だ。


「あなたちの体表面に生体防護フィールドを発生させる。これである程度の攻撃にも耐えられる」
と長門にいつかのように妹共々甘噛されて、俺たちはハルヒ確保に乗り出した。他の連中は朝比奈さん探索時にすでにやられていた。
窓の外の空はほとんど閉鎖空間と同じ灰色をしている。早くハルヒを見つけ出さないとな。
俺たちは先頭に長門と古泉、後ろに新川さんと森さんを配してその間に俺や朝比奈さんたちの一般人勢というフォーメーションに長門のナビゲーションで進んでいく。
そして本館1階に到着した時だった。


「来ます」
古泉の言うように廊下を挟んだ左右の練習場の壁をぶち破りながらゆっくりと神人もどきどもが出てきた。
神人もどきは天井の高さよりも大きくなっていて、首を折り曲げるようにして立っている。手に持っている日本刀がおもちゃのようだ。
「この限定空間内生命体の向こう側に彼女はいる」
長門は静かに両手を神人もどきに向けて掲げ高速で何事かつぶやく。すると両手から数え切れない数の白い光の矢のようなものが神人もどきたちに向かって放たれた。
それはあまねく神人もどきに命中し奴らの巨体をよろめかせる。
「我々もいきましょう」
古泉の言葉に合わせて機関の3人も攻撃を始める。
古泉は赤い玉をふもっふし、新川さんは手を銃のような形にして指先から古泉同様の赤い玉を打ち出し、森さんは前に重ねた両手から赤い円形の波を放っている。
超能力者ってのは攻撃方法も異なるのか。ほんの少し勉強になった。なんの役にもたたんが。

轟音の響く戦況を、しばらく圧倒されつつ眺めていた俺の襟首を突然長門が掴んだ。見る間に俺と長門を包むように淡い水色の膜が発生する。
俺が事態を飲み込む前に長門は跳んだ。俺共々に。
爆煙立ち込める神人もどきの間を長門は一瞬で駆け抜けて神人への攻撃を止めぬまま俺に言った。
「玄関から外に出て」
「ハルヒは外にいるのか」
「そう。私の攻撃にも限りがある。急いで」
俺は長門から離れ玄関の大戸を開ける。俺の前に広がった灰色の景色はまさに閉鎖空間だった。
と、携帯が鳴る。長門だ。
『聞こえる?』
ああ、聞こえるぞ。お前が闘ってる音もな。こっからどうしたらいい?
『そのまま何もせず、手を前に伸ばして』
…………それだけか?そんなことでいいのか?
まあいい。長門の言うことに間違いなど、間違ってもない。変な日本語だが気にするな。俺は今ただ手を伸ばす、それだけだ。

何も無い虚空に俺は手を伸ばしていく。と、指先が何かに触れる感覚があり、直後に景色が一変する。
空は今朝同様に青い。もとの空間に戻ったようだ。

「あれ、あんたいたの」
しかめっ面で振り向いたハルヒの肩に俺の片手は置かれていた。もう片方の手に持っている携帯からは不通を告げる音しかしない。
「ねえ、みくるちゃんが見つかってあたしが1位になったってメールが着たのに、今の今まで誰もあたしのとこに来なかったのはどうして?
 キョン、ちゃんと説明しなさい」
そう言われてもな……。まさかお前が作った閉鎖空間もどきに閉じ込められて妹は腕を斬られて俺は変な力に目覚め長門と機関が同盟を組んだとは口が裂けても言えないし。
「なんでも携帯のシステムを管理してたサーバに異常が起きたらしくてな、お前の居場所を捕捉出来なかったんだ。
 だからずっとお前を探してたんだ。待たせてすまなかったな」
口からでまかせにしては上手い言い訳ではないだろうか。ハルヒも、
「なら、しょうがないわね」
とご納得の様子だ。

「じゃあ早くみんなを集めて。私の表彰式をするわよ!!」
しかめっ面から一転、ハルヒは飛び切りの笑顔を見せた。



その後、3階の武道場に集まった俺たちは、かくれんぼ大会の表彰式を行った。
3位の長門には3万円分の図書券、2位の朝比奈さんには高級茶葉と最新型のポット、ハルヒには謎の巨大な箱が贈呈された。
まるで謀ったように各自にぴったりの賞品だ。ただ、ハルヒの箱の中身は最後まで教えてくれることはなかったのでわからないが。
ちなみに4位以下の参加者にはポケットティッシュが1つずつ配られた。3位との間に随分と差があるな、おい。
また、鶴屋さんと妹はこの日あったことをすっかり忘れており、ずっとハルヒを探していた記憶に入れ替わっていた。
「あれは彼女たちが保有する必要の無い記憶。生体防護フィールドを発生させた時、記憶を改変する因子を仕込んでおいた」
長門によればそういうことらしい。

表彰式終了後は飲めや食えやの大宴会が催され、俺はしばしの間今日の徒労を忘れて楽しんだ。そして、もう一泊した後、俺たちは帰路に着いた。



「今回のことは本当に予想外の事態でした」
帰りの電車の中で古泉が口を開いた。女性陣は少し離れた席でトランプを楽しんでいる。
「まさかイラつかずとも閉鎖空間同様の空間を発生させるとは思まいせんでしたから。今後の参考にさせてもらいます」
ああ、ぜひともそうしてくれ。もうあんな思いをするのは勘弁してほしい。
「そう言えば。なぜあの力を放棄したんです?今後役立つこともあるでしょうに」
古泉の言う『あの力』とは俺が発揮してしまった高速移動と神人破壊能力だ。俺は長門に頼んでこの能力を無効化する因子を体にぶち込んでもらっていた。
何故かって?決まってる。
俺は普通でないといけないんだ。俺も妹も鶴屋さんも、基本的に普通の人間であって、そうでなければいけない。
もうこの世界にはおかしな力や由来を持つ奴が嫌と言うほどいるからな。それがこれ以上増えることによるメリットなどほぼ無いに等しいと断言していい。
だから俺はあの力を捨てた。まあ未練が全く無かったと言うと嘘になるが俺は普通なんだ。後悔はしていない。
「そうですか。少しは僕の負担も減ると追って期待したんですがね。残念です」
お前は俺がどれだけハルヒにこき使われているかいまだに理解できていないようだな。いいだろう、今度小一時間みっちり講義してやる。


ああ、そうそう。ハルヒが宴会中に「年越し合宿するわよ。スタートは28日からね」と言っていたのを忘れていた。
今度も別の鶴屋さん家所有の別荘でやるつもりらしい。鶴屋さんもそれを了承していた。
どうせろくなことにはならんだろうな。まあ、いいさ。俺は普通の人間として騒動に巻き込まれていくだけだ。


|