「あの、朝比奈さん。 ちょっといいですか?」
コンコンッとすこし乱暴なノックに返した返事のすぐあとに文芸部部室に入ってきたキョンくんは、第一声をこう切り出しました。 その表情はいつもより真剣で、
一体あたしに何の用だろう……? だめ! キョンくんには涼宮さんが……!!
なんて妄想が頭をかすったのは、禁則事項です。
……あたしだって未来人である以前に女の子なんです、ちょっとの妄想くらいいいでしょう?
ああ、お話がそれてしまいました。 キョンくんのお話でしたね。
キョンくんは先ほど同様、いつになく真剣な表情のまま私の目をじっと見て、搾り出すようにこう言い出したのです。
「朝比奈さん。 こんな事を聞くのは反則かもしれません。
でも、なんと言うか、朝比奈さんしか相談できそうになくて……。
ハルヒに聞くのは本末転倒で、 古泉はしっかりはしていますがやはり男ですし、
長門はこういうのを訊いてもあれですし……。」
「はぁ……。 あたしがお力になれることなら、お手伝いさせていただきますけど……。
一体、どうされたんですかぁ?」
あたしの当然の質問に、キョンくんは言葉をつまらせます。 涼宮さんに訊いたら意味がなくて、長門さんに訊くのも憚られ、古泉君には分からないこと……。
ま、まさか、いやらしいことなんじゃ……! キョンくんダメです! えっちなのはいけないと思います!
「朝比奈さん。」
「……はい。」
私は息を飲みます。 一体どんな質問がキョンくんの口から飛び出すのでしょうか。 質問の内容次第では先輩、お説教をしないといけないかもしれません。
「………。」
「………。」
しかし、数秒の沈黙のあとにキョンくんの口から出てきた言葉は私の首を15度ほど傾けるのには充分なものでした。
「ぬいぐるみってのは、どう作るんですか?」
「……はい?」
ぬいぐるみ……ですか? あのテディベアとか、の?
私が首を傾げていると、キョンくんは照れたように頭を掻きながら、私の目から視線をはずし、恥しそうに話し出します。
「この間、ハルヒと出かけたときにあいつ、
店のショーウィンドウに飾ってあったデカイくまのぬいぐるみをジーッと見てたんです。
欲しい、とも言わずにじっと見てるのを見てたら、やったら喜ぶかなって……。
でも、そういうぬいぐるみは高いじゃないですか、デカイ分。
俺の財布の力じゃどうにもこうにも……。
だったらいっそ、自分で作ってしまえば材料費だけで済むし、その、なんていうか……。」
「気持ちも伝わるんじゃないか、と?」
「……まぁ、そういうことです。 この間、怒鳴っちまった侘びも兼ねて。」
うふふ。 涼宮さんといい、キョンくんといい、本当に可愛らしいですねぇ。
たしかに、ぬいぐるみ作りでは男の子の古泉くんには相談できませんし、長門さんは……情報操作でどこからともなく、大きなくまさんを出現させてしまいそうです。
「解かりました。 くまさんなら、普通の大きさのを何度か作ったことがありますから。
市販の型紙を拡大コピーして、手縫いじゃなくてミシンで縫っていば、
上手くすれば1週間ぐらいで出来ますよ。」
「本当ですか!?」
今まで恥しそうに少し下向き加減だった視線を上げて、キョンくんがちょっと明るい声を出します。
んもう。 そんな風に彼女のことばっかり考えてるとお姉さん、拗ねちゃいますよ。
「抱っこしても大丈夫なように肌に優しい素材で作ったほうがいいかもしれませんねぇ。
タオル地なんてどうですかぁ? まず、どれくらいの大きさにしましょうかねぇ?」
「出来るだけデカく! 座ったときに背もたれに出来るくらいに!
……大丈夫ですか?」
「それだと、かなり大きな型紙が必要になりますねぇ。
帰りにお裁縫屋さんに行ってみましょうか。」
「あの……できれば、ハルヒには内密に……。」
「解かってますよぉ。
でも、内緒なら絶対に怪しまれないようにしなくちゃいけませんねぇ。
涼宮さんを悲しませてしまっては台無しですし、古泉くんのお仕事を増やしてしまっては可哀相です。」
「そうですね。」
あらら? どこかで、超能力アルバイターさんがくしゃみをしている様に感じるのは、気のせいでしょうか?
それから三日後、部室に大きなくまさんを背負ってきたキョンくんを見た涼宮さんのびっくりした顔の可愛いこと!
そして、それをプレゼントされたときの嬉しそうな顔と言ったら、どう表現したらいいのか解かりません。
良かったですね、キョンくん。 ほとんど三日間、徹夜状態で作業をした甲斐があったというものです。
でも、お姉さんは、ちょっとおねむですよ……zZZ
<キョン編 END>