「クリームあんみつ。」

 甘味屋の店員がしずと運んできたガラスの器の中にきらめく小豆の赤と、白玉とアイスクリームの白、彩の抹茶の緑にフルーツの暖色。  長門さんの視線が、先ほどまでべらべらとあんみつの歴史なんぞを長引かせていた僕からこの食べられる宝石箱に移ったのは言うまでもない。 彼女の瞳がガラスの中のあんみつ同様、キラキラとしている。 あんみつを発明した二代目森半次郎に感謝だ。 

 彼はあんみつを特許申請せず、どの甘味屋でもその味を提供できるようにしたというが、 僕は彼ほど欲のない人間ではないので、あんみつに輝く長門さんの瞳を見る権利に特許を申請したい。

「はい。 これが、クリームあんみつです。 
 これは抹茶と白玉も乗っているので、宇治白玉クリームあんみつですね。
 どうぞ、お召し上がり下さい。」

「お召し上がり、下さいとは不可解。 結局上がるの? 下がるの?」

 そこで揚げ足を取りますか。

 僕たちがこうして2人きりで甘味屋の一席に座しているのは、他でもない教科書文通が原因である。 9月だというのに日差しが強いある日に僕が日本史の教科書に書き込んだ語句、 〝クリームあんみつ〟を食べてみたいと言う長門さんのリクエストによりこの放課後の甘いひと時は発生した。

 放課後に2人きりで甘味屋なんて、まるで制服デートじゃないか! などと、訳の分からないことを妄想している超能力者がいたらすぐさま呪いのバットあたりで殴っておいて欲しい。 

 なぜ、僕らが放課後二人きりなのかと言うと、本日のSOS団の活動が涼宮さん、朝比奈さん、そして〝彼〟の突然の用事のため事実上中止となり、 結果的に僕と長門さんだけが部室で椅子に座してしていると言う状況が始まりであった。

 互いに何も言葉を発しない静寂。 稀に彼女が読み進める書籍のページをめくる紙がこすれる音が聞こえる程度だ。 僕は、いまだ、さあ言うんだ。 と、用意していた台詞を何度も口元に導き、それに失敗していた。

「折角ですから、この間のお約束どおりクリームあんみつを食べに行きませんか?
 勿論、奢らせてもらいますよ。」

 たったこれだけじゃないか! 第一、これは友人としてお誘いするわけで、僕に下心は……ないとはお世辞にも言えない。

だってしょうがないじゃないか! もしの僕と同じ状況に置かれて、秘密を共有しながら教科書でやり取りをしている異性を特別視しないでいられる人が紹介して欲しい。
そして、こう言ってやります。 あんた、精神大丈夫か? と!!

 そんなことを考えている間に時間は過ぎていき、長門さんは着実にページを進めている。 なぜだろう。 彼女がこの本を読み終わるまでに誘わないと、一生彼女を誘うことが出来ないような気がする。

 僕は、大きく息を吸い込んだ 

「な、長門さ……」

「クリームあんみつ。」

「そう、クリームあんみつ……え?」

「約束のクリームあんみつ。」

 さ、先に言われた!! 何たる不覚、何たる格好の悪さ! 逃げ出したい!!

「今、部室には私とあなたしないない。 このまま帰宅しても問題はないはず。
 ならば、以前の約束どおりクリームあんみつなるものを食しにいくのも問題はない。
 暑いときには冷たいものを、と、どこかの超能力者が言っていた……気がする。
 ならば、逆に言えば冷たいものは暑いうちに食べに行かなければならないはず。」

だめ? と、小首をかしげる長門さんの饒舌なこと、饒舌なこと。 この人、こんなに喋る人でしたっけ? と、言いますか、長台詞の少し前に言われた「約束のクリームあんみつ」と言うフレーズが妙に甘ったるいのは僕の妄聴でしょうか。 やましい妄想に囚われそうです。

「……だめ、な訳ないじゃないですか。
 行きましょうか? おいしい甘味屋さんを知ってるんです。」

 ああ、口だけは達者にフェミニストを気取れる自分をハリセンボン踊り食いの刑に処したい。 

と、言う問答の末に僕らは、北高から歩いて15分もしない位置にある甘味屋の暖簾をくぐった。 そこは、表通りから少しそれたところに店を構えていて、地元に住んでいる人間にしか知られていないのか落ち着いた雰囲気である。 店構えも雰囲気どおり、少しレトロな感じでテーブルや座席、時計などにいたる調度品にも統一性があり落ち着く設計になっており、ついつい長居したくなる感じだ。 

 心の中でこっそり、転校してすぐに、ここの存在を教えてくれた山田くんに感謝する。 ありがとう。

 僕たちが腰を下ろしたのは、店内の白い壁に面したボックス席で、向かい合わせに座ったこの状況では長門さんの表情が良く解かる。 感情の起伏が少ない彼女だが、こうも真正面から見ていると、なんとなく嬉しいのか、悲しいのかくらいは分かってくるから不思議だ。

「とにかく、お食べになってください。 アイスクリームが溶けてしまいますよ。」

「了解した。」

 銀色の柄の細い小さなスプーンで器用にアイスクリームと甘く煮てある小豆を一緒にすくい、あの小さな口に運ぶ様子を僕は祈るように見ていた。 長門さんが件のさじを口に入れたとたん、彼女の周りにキラキラと何か光るものが飛んだ様に感じた。 効果音をつけるとしたらぱぁっといった感じだ。 いつもの無表情からほんの少し目を開き、ちょっと驚いたようにきょとんとした表情が何とも妙に可愛らしく感じる。 やっぱり、甘いものと女のことと言うのは似合うものである。 誘ってよかった。 いな、言い出したのは彼女だけれど。 

「お口に合いましたでしょうか?」

「乳製品と小豆がこんなにも合うなんて……意外。」

 喜んでいただけましたようで幸いです。 そう言って、僕は自分が出来る精一杯の笑顔を長門さんに向ける。 次の瞬間には彼女は、ひんやりと冷えているであろう白玉をひょいと口に運んでいた。 また、長門さんの周りにキラキラしたものが広がっていく。

 本当に、来てよかった。 ああ、これから先の季節の美味しいものと言ったらなんだろう。 焼き芋、甘栗、正確には夏の野菜ですがカボチャの甘味もこの先増えていくでしょうし……。 そもそも長門さんは、どのような系列のお味がお好きなのでしょうか? そんなことを考えていると、長門さんの淡々とした声が僕の方へ届く。

「あなたは食べないの?」

「……はい?」

「早く食べないと、アイスクリームが溶けると言ったのはあなた。
 なのに、あなたは先ほどから一向にさじを進めようとしない。 なぜ?」

 甘味に喜ぶあなたに見とれていまして……などと、言えるわけもない。
僕は、あ、そうですね、と歯切り悪く長門さんが持っている銀色のものと同じさじを取った。 口に運んだあんみつが、つい先日クラスの男友達と食べた時よりも甘く感じるのは僕の気のせいでしょうか? 






2人して満足がいくほどの量のクリームあんみつ(僕は一杯、長門さんは軽く4杯)を味わった後、かたくなに支払伝票から手を離さない長門さんと5分弱の格闘のが始まった。 それは、店主の

「お嬢ちゃん、少しは彼氏にカッコつけさせてやっておくれよ。」

と、言う一言に長門さんが何故かフリーズするまで続き、僕はその隙に伝票をレジで待ち構えている店主へ差し出した。 そのときに、もう馴染みになり始めている店主に

「いっちゃんにあんな可愛い彼女がいたとはねぇ。」

と、耳打ちされたて、思わず声を荒げて、違います!と言ってしまったのが長門さんに聞かれてしまわなかったかが心配だ。 気を悪くされなかっただろうか。 

しかし、店主の自己満足気味にそういうことにしておこうと、頷く様子を見ていると解かっていない様子である。

「俺もいっちゃんくらいの頃に、うちの母ちゃんと出会って…。高校の同級生だったんだ。 
 今でこそああだが、うちの母ちゃんは若い頃はとんでもなく可愛くてな……。
 まぁ、少し変わってたが……。
 今と変わらず気は強かったんだが、そこが良かったと言うか、ちょっと我侭なところが……。
 入学式のその日、自分の自己紹介が終わってふと後ろを見ると、どえらい美人が……」

 そして、ここの店主は奥方のノロケ話を始めると長いので僕はお釣りを受け取ると、そそくさと長門さんが待つ炎天下の下、のれんの外へ出た。 本当に9月ですか? 蜃気楼が漂ってますよ。 この様子では、まだ長門さんに焼き芋や甘栗をご紹介できそうにありません。 残念です。

「大変お待たせしました。 ……長門さん?」

 この暑さで、さすがの長門さんも辛くなってはしまっていないかと、先ほど僕がくぐったのれんのすぐ傍で待つ彼女の方に体ごと向けると、僕の長門さんを探す視線と、長門さんの涼しげな視線とが……かち合わなかった。

「………。」

 長門さんの視線は、甘味屋の外壁に張られた一枚のポスターに釘付けだ。
どの真剣ぶりはまるで彼女が書籍に視線を注いでいるときと同じで、一体何が彼女の気をこんなにも引いているのかと、 ポスターの方に視線を移すと、そこには何とも涼しげな色合いの絵画の写真が並んでおり、 一番目立つであろう中央部には、キラキラと光る透明なイルカの彫刻が鎮座している。 おそらく、氷を細かく彫刻したものだろう。
「残暑を吹き飛ばす! 納涼芸術展!!」と、でかでかと書かれた謳い文句を見る限り、視覚から涼しくなろうと言う美術館の催し物らしい。

 クーラーが普及しすぎて夏の暑さを視覚や聴覚で感じることがあまり亡くなってしまった昨今だからこその催し物であろう。

「いくら、涼しげなものを視覚から情報として脳に送っても、数値的温度は変わらないはず。
 不可解。」

「そうでもないですよ、実際、このポスターだけでもなんとなく涼しげに感じます。」

「……有機生命体のみが持つ特徴? ……ユニーク。 しかし、私には理解できない。」

「実際に見てみると、違うかも知れませんよ?
 幸いこの美術館はあまりここから遠くないようですし……。
 どうです? 次の土曜日にでも見に行きませんか?」

 どうやら僕の脳みそは、折角のクリームあんみつの冷たさの効果むなしく、この暑さで完全に溶けてしまっているらしい。
自分で自分の心臓に過多の緊張を増やしてどうする。 やはり、ハリセンボン踊り食い決定だ。

 長門さんはなんて返すだろうか、頷かれえたら心臓が、首を横に振られたら心がどうにかなってしまいそうだ。

さあ、どうなる、どうなる?

ゆっくり、おっかなびっくり覗き込んだ長門さんの小さな顔が、小さく小さく肯定を示すわずかな頷きを見せたことに、心臓の方がが悲鳴を上げた。 

<続く>


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