長いようで短い夜は瞬く間に明け、余り眠れないまま、連続SOS団活動予定日。
涼宮さんが持ち込んだレジ打ちのバイトに精を出し、稼ぎ分を支給されての帰り道のことだ。
熱気盛んな商店街を潜り抜け、洒落た店舗が並ぶ小路に差し掛かって、前方を進んでいた涼宮さんの脚が止まった。新装開店したばかりらしく花輪が味気ない舗道を彩っているの其の店は、張り出されたチラシの説明を要約するところ、全品一店もののハンドメイド商品がウリのようだ。ショーウインドウに飾られたショールを気に入ったらしい涼宮さんが寄り道を宣言し、ついでだからと店内に押し込んだ朝比奈さんの着せ替えを試着室にて始めた。とっかえひっかえ持ち込まれる小物は散乱し、篭にはフリルがついたものやレース地の服が大量に積みあがった。
邪推するならば、それは涼宮さんなりの気遣いだったのではないかと僕は思う。八月の異変を元に戻すことが叶わなければ未来に帰れない事が確定事項となってから、朝比奈さんは明らかに落ち込み気味だった。幾ら空元気を振舞おうと、彼女の涙ぐましいまでの演技、作り笑いが他の者に通用する訳もない。事情を知らぬ涼宮さんにすれば尚更不可解に感じることだろう。そのおかしさに感付いた涼宮さんが、意識的にか無意識的にか、朝比奈さんの慰めになるようなことを模索して――というのは、見方としては好意的過ぎるだろうか。
純粋に、バニーガールやメイド服のような特異性のないファッションを自分でコーディネートするのは楽しいようだ。無理やりに着せられるものには悲鳴を途切れ途切れに上げている朝比奈さんも、沈みがちだった表情が幾らか和らいで見えるのは気の所為ではないと思いたい。
「うーん、こっちとこっちじゃやっぱり、ピンク色の方がみくるちゃんに合うわね!これにしましょ!」
「えっ…でも、いいんですかぁ?」
「バイト代を何の為に稼いだのよ!こういうお金はパーッと使わなくちゃ!ほら、有希もこれ着てみて!」 


すっかり男衆を置き去りにして盛り上がっている女性陣を遠目に、女性物の雑貨群にいるのでは暇潰しもままならず、彼は腕組みをしながら背を壁に預けている。僕が笑みを向けると、片眉を顰めるようにした彼は、聞き慣れたフレーズを愚痴の代えのように零した。反して、見守る瞳が温和に映るのはきっと、気の所為ではないのだろう。微笑ましいと思う。
「やれやれ。――俺たちのバイト代は丸々消えちまいそうだな」
「ふふ、いいじゃないですか。女子高校生らしい健全で平和的な活動です。こういう用途でしたら、僕としては幾ら使って頂いても構いませんね」
「そりゃあな。普段の奇天烈極まりない活動予算に消えるよりは、よっぽど有意義だとは思うが……このままじゃ延々ループだと思うと、うかうかもしてられないんだろ、本当は」
エンドレスサマーの案件については彼の協力が必要不可欠と、現状が明らかになってすぐに彼には事情を説明してある。
おや、事態を憂慮していらっしゃるんですか。しかし、深刻になっても解決策が浮かばなければどうにもなりませんし。
いつもの自分ならば、そうやって曖昧に微笑むことで済ませることが出来ただろう。本心でもある。それは三年に及ぶ神人退治暮らしに培われた精神でもあった――どうにもならないなら、土壇場までなるようになるしかなく、楽しんで過ごせるならそれがより望ましい。
はぐらかす様に告げて余裕ぶってみせるのが、何よりSOS団副団長として形成された「古泉一樹らしい」 受け答えでもあるだろう。ただ、今は。
「……そうですね」
トーンの落ちた同意に、彼の僕を見る目が、僅かに見開かれた。
「お前――」
「有希、すっごく似合うわ!あたしの見立て通り!」

思わず、といった風に上がった彼の声を遮る涼宮さんの感嘆に、僕と彼の眼は自然、彼女達が集まっている壁際に吸い寄せられた。試着室のカーテンに頭を突っ込んでいた涼宮さんがぱっと振り返って、「じゃーん!」と笑顔で遮蔽の布を引く。佇んでいた長門さんは、起伏を示さない瞳を一度瞬かせ、はっきりと――此方を見た。
視線が、かち合った。

……心臓の音をどう収めればいい。

白が、眩しかった。ちらついて離れない色だ、目覚めのときの白い手を喚起する。
シンプルながら袖口に刺繍の施された純白のワンピースに、空色のブラウスを羽織り、頭には花飾りがあしらわれた白いベレー帽。長門さんは其処でドラマに登場するヒロインのようにはにかんで見せたりはせず、やはり茫洋としていたのだけれど。綺麗、だった。そうとしか、言えない。脳内が漂白でもされたかのように、溜め込んできた筈の語彙はひとつも意味を成さない、言葉にとても尽くせるものではなかった。湧き水のように吹き出す感情の波が止まらない。

「どう?キョン、古泉くん!」
涼宮さんが長門さんを試着室から引っ張り出し、目の前まで押し出す。白が眩し過ぎて眼に、痛いような気さえした。正視が辛くなり、逸らしたい衝動にかられたけれど、そんなことをするのは余りに奇異に映るだろう。
「ああ、似合ってるな」
感心したようにしみじみ長門さんを眺めて、彼にしては素直な賞賛だ。僕も、倣うべきだ。追従に口を開いたが、上手い言い回しも何もかもが閊えたように吐き出せない。美辞麗句も色褪せる。搾り出すように、喉を縮めて発せたのは、彼に同調したほんの一言だった。
「……ええ、とても」
とても。
よくお似合いです。

長門さんは僕を見、やはり、何をも言うことはなかった。


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