※この話は「Kへの挽歌」の設定を引き継いでます



 そろそろ日課と言っても過言ではなくなってきた、俺と古泉のゲーム勝負。本日のゲームはこちらも定番になりつつある将棋である。
「ん~…と」
 
パチン
 
 さて、勝負の内容はと言うと、俺の二連勝で迎えた三戦目。今回は珍しく古泉優勢のまま進んでいた。
 
パチン
 
「王手」
「むぅ…」
「しかし…静かですね」
「そうだな」
 それもそのはず、ハルヒたちは女の子の買い物と言って三人で出掛けていた。
 …いいことなのか、悪いことなのか…例の合コン以来、三人娘の結び付きが固くなった気がする。
 お陰で男たちの肩身は狭くなるばかりだ。
「ところで…」
「なんだ?」
 適当に相槌を打ちながら、すっかり冷えてしまったお茶をすする。
 クソ、朝比奈さんがいないからお茶もイマイチだ。
「涼宮さんに愛の告白をしてみる気はありませんか?」
ブフゥゥゥゥゥゥゥッ!
「汚いですね。将棋盤が汚れるじゃないですか」
「…お、ゲホッ…!…おま…今何て言った!?」
「だから、涼宮さんに告白してみませんかと言ったんです」
「するかぁぁぁぁぁッ!」
 いきなり何を言い出すんだ!こいつは!?
「そこまで否定しなくても…いい案だと思いますよ?」
 やれやれと肩をすくめる古泉。
 なんだ?俺がおかしいのか?
「いい案って何がだよ?」
「機関から出ている恋愛禁止令についてはお話しましたよね?」
「あぁ…」
「僕は考えました。どうすればこの命令が解かれるかを」
 …まだ諦めてなかったのか…。
 前回かなり痛い目にあったはずだが、こいつも結構しぶといな。
「結論から言いますと、涼宮さんの力が安定すれば僕の仕事も減り、更には行動制限も緩くなるのでは?という考えに行き着きました。涼宮さんが安定することはあなたも望むところでしょう?」
「…それはそうだが…それと告白と、どう関係があるのかご教授願いたいね」
「……分からないんですか?」
「ああ」
 古泉はまじまじと驚いた顔で俺を見つめた。
 なんだ?男に見つめられて喜ぶ趣味はないぞ?
「…本気で言ってるみたいですね」
 ふぅ…と一つ溜め息を吐いてから、古泉は再び微笑を張り付ける。
 ちょっと待て、そんな態度を取られたら気になるじゃねぇか?
「……では、最終手段ですね」
「その前にさっきのを詳しく説め…」
「僕が涼宮さんに告白して付き合えれば問題はゼロです」
「待て…それは困る」
「おや?何故です?」
 ……あれ?そういやなんでだ?
 反射的に言ってしまったが、何が困るんだ?俺。
「恋人付き合いを始めれば監視もしやすくなるし、一石二鳥です」
「……やっぱり待て」
 ……だから、何故俺はそこで止めるんだよ?
「……素直になりましょうよ」
 そう言って盛大に溜め息を吐かれた。
「涼宮さんのこと、好きなんでしょう?」
「……嫌いではない」
「……小学生ですか、あなたは」
 ……しかし、それ以外に言いようがないのも事実だ。
「…はぁ…」
 古泉が今日何度目かの溜め息を吐いた後、しばらくの間、グランドから聞こえる運動部の掛け声だけが聞こえていた。
 王手を掛けられたままの将棋は、既に忘れ去られている。
 …誰かと付き合うハルヒ、か…むぅ…。
 長い沈黙に負けて、俺がうっかりハルヒのことを真面目に考え始めたところで、古泉が唐突にこんなことを言った。
「ちょっとあなたの考える告白台詞を言ってみて下さい」
「…なんでそうなるんだ?」
「ちょっとしたシミュレート、お遊びですよ。それが女性…例えば涼宮さん相手に通じるか僕が判定してみましょう」
「…………まぁ、遊びなら」
 でも、勘違いするなよ?決して告白の練習をする訳じゃないからな?
「はいはい」
 …なんかムカつくな、そのリアクション。
「気にしないで行きましょう。はい、3・2・1、どうぞ」
 …ん~…告白か…こんな感じだろうか?
 
「お、お前さえよければ付き合ってやってもいいぞ」
 
シーン…
 
 古泉は今まで見たことがないくらいガッカリって感じの表情をしていた。
 おぉ、古泉、お前そんな顔も出来るんだな?
「何ですか?それ?回りくどいし、どもってるし、何より偉そう。何様って感じですよ?」
 …酷い言われようだ。
「…しかしなぁ、俺は生まれてこのかた告白なんかしたことないんだぞ?」
「涼宮さん相手ならもっとシンプルにストレートな告白がいいでしょう」
 シンプルねぇ…。
「俺はお前のことが好きだ、とか?」
「非常にシンプルでよろしいかと」
 …なんか馬鹿にされてる気分だ。
「それをもっとはっきりと、大声で言ってみましょう。さぁ」
「…いや、もういいだろ。そこまでしなくても」
「何を言ってるんですか?練習で言えないことが本番で言える訳ないでしょう!?」
 なんで俺が怒られてるんだろ…?というか、練習じゃねぇって言ってるだろ。
「さぁ!」
 …あぁ、もう!分かったよ!
 
 
 
 
「俺はお前のことが好きだッ!」
 
 
 
 
ガチャ
 
 …ん?
「…あ」
 扉が開いた音に反応し、そちらに目を向けると、そこにはハルヒたち三人娘が立っていた。
「よう、おかえ…り…?」
 なんだ?…なんかハルヒの様子がいつにも増して変だ。
 ハルヒは今日の戦利品と思われる包装袋を握り締め、わなわなと震えている。
「…そんな…キョン…」
 …えーと、ハルヒさん?何か深刻な勘違いをしていませんか?
「……アンタ……ホモだったのね!」
 そう言って、口元を抑えて走り去るハルヒ……って、おい!
「待て!ハルヒ!誤解だ!」
 慌てて部室を飛び出し、ハルヒの走り去った方向を見るが、既に影も形も残っていない。
 クソ、さすがは陸上部も欲した俊足だ。
 ……どうするんだよ、アレ?どう見ても俺が古泉に告白したって勘違いしてるぞ?
 どうやって誤解を解こうか頭を悩ませていると、真顔の朝比奈さんと目が合った。
「あ、朝比奈さん…どうしましょう?ハルヒのヤツ勘違いしちゃって…」
「話し掛けないで下さい」
「え?」
「ガチホモとは話をしたくありません」
 そう言う朝比奈さんは至って真面目だった。
「ちょ…だから、誤解なんですよ!」
「……喋るな」
「ひッ…!」
 おいおい、本当にこれがSOS団の癒しの天使・朝比奈さんか?まるでシリアス時の森さん並の迫力だ。
「…あなたの処遇については涼宮さんと話し合ってから決めます、では」
 そう言って朝比奈さんは去っていった…。
 止めるとかそういう問題じゃない、俺は朝比奈さんの本性を目のあたりにしてすっかり固まっていた。
 だってそうだろ?草食動物だと思っていた相手が実は肉食獣だったんだぜ?
「……って、どうするんだよ!?二人に思いっきり誤解されてるぞ!」
「…どうしましょうか?」
「人ごとみたいに適当に答えるな!お前も当事者だろうが!」
 ムカつくまでに落ち着いている古泉に詰め寄ろうとした時、携帯の着信音が水を差すように部室に鳴り響いた。
ピリリリリ
「失礼、機関から緊急連絡のようです」
 クソ、こんな時に…手短に終わらせろよ。
ピッ
『古泉ぃ!何があったの!?』
「これはこれは森さん、如何なさいましたか?」
『閉鎖空間よ!しかも過去最大クラスの!』
「あぁ…なるほど。当然と言えば当然ですね」
『落ち着いてないで早く原因を言いなさい!』
「いえね、彼が僕に愛の告白をするシーンを涼宮さんに目撃されまして」
『な!?……詳しく報告しなさい、特に告白シーンを…』
スパーン!
「誤解を招くような紛らわしい言い方すんな!」
「…ハリセンとはまた古典的な…それに地味に痛いですよ」
「えぇい!代われ!」
 俺は古泉から携帯奪い取り、森さんに弁明を始めた。
 これ以上被害を増やしてなるものか…!
「森さん!誤解ですから!」
『誤解…そうね…分かった、そういうことにしておくわ』
「いやいやいや、アンタ絶対分かってねぇだろ!?」
『…部下♂がその友人♂に告白された…スレタイはこれね!』
「スレタイって何!?ていうか告白してないから!森さん!?」
『いいのよ、隠さなくても。あ、古泉には迎えを寄越すからすぐに来るよう伝えといて、じゃあ!』
 プツッ…ツー…ツー…
「…………」
「……さて、僕は閉鎖空間へ向かうとしますか」
「……待て、逃げる気か?」
「…世界が終わってしまっては、永遠に誤解は解けませんよ?」
「…いっそのこと滅んでくれ…」
「…帰ってきてから誤解を解くのを手伝いますから。大丈夫、きっと分かってくれますよ」
「…なんで目を反らしながら言うんだ?古泉?なぁ?」
「では!」
 そう言って、ビッと指を二本立てて、爽やかスマイルを振り撒きつつ古泉は逃げていった。
 …多分、あいつは逃げ足だけは速いタイプだな。
「……はぁぁぁぁぁ……」
 もう肺の中に1ccも空気が残らないほどの溜め息を吐く。流石の俺もやれやれとは言ってられない状況だ。
 どうする?下手すると被害は更に拡大して、このまま行くと俺は外を歩けない体になっちまう。
 …あぁ…皆の記憶をデータみたい消去出来れば…。
 ……ん?…データ?…消去?
「そうだ!長門!」
 慌てて部室内を見渡すと、我がSOS団の最終兵器は、帰ってきた格好のまま扉のところに突っ立っていた。
 忘れていた!こいつなら…!
「頼む!長門!関係者の記憶の改竄を…」
ブツブツ…
 ……あれ?長門さん?
ブツブツ…
「……雄同士なのに恋愛感情が芽生える……ありえない……」
ブツブツ…
「お~い?長門?」
ブツブツ…
「……ありえない……理解不能……」
ブツブツ…
「長門?頼むから、なぁ?」
ブツブツ…
「……ありえない……」
 俺がいくら呼び掛けても、長門は壊れたお喋り人形みたいに同じフレーズを繰り返すだけだった。
「…長門ぉ~…」
 そうして、最後の希望を失った俺は長門にすがりついた格好のまま、地面へと崩れ落ちていったのだった。
 
 ……その後、誤解の大部分が解けたのは二日後のことだった。
 しかし、解けたと言うには語弊があって、結局、正気に戻った長門による記憶操作で解決したのだった。
 というのも、まともな説得方法を考えていくと、
『では何故部室で告白の真似事をしていたのか?』
 という非常に誤魔化しにくい大問題にブチ当たったからだ。
 ん?ハルヒへの告白?する訳ないだろ。
 というか、今思えば、あの時は古泉の話術に乗せられただけだな、うん。俺がハルヒを好きとかありえないから。
 さて、誤解の『大部分』と言ったからには解けていない一部もある訳で。
 具体的に言うと、あの事件の後、何故か長門が古泉の近くに陣取るようになった。
 その姿が古泉を何者かから守っているように見えるのは、俺の気のせいじゃないだろう。
 今も俺が視線を向けると、威嚇するようにこちらを睨みつけてくる。
 つまり『何者か』とは……。
 …やれやれ…色々ややこしいから、早めに誤解を解きたいものだ。
 
 
 
 
「……フーッ!!」
「な、長門さん?」
 
End

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