それは新学期が始まってすぐの、暗い雨の日のことだった。

 カレンダーと一緒に暑さが剥ぎ取られるわけもなく、しつこい残暑が街を覆っている。雨が降ってもそんなに涼しくない。むしろ生ぬるくて気持ち悪い。
 そんな気の滅入る日に限って、SOS団専属の癒し系ウェイトレス、いるだけで周りが明るく爽やかになる朝比奈さんは休みだった。それだけならたまにあるんだが、今日の俺は露骨にがっかりした顔をしてしまったらしい。
 で、一体何の気まぐれか、それを見たハルヒが朝比奈さんに代わってお茶を入れると言い出した。なんでもそつなくこなし、ものによっては異常な才能を示すハルヒだ。確かにお茶も上手いだろう。だがそこで俺はつい朝比奈さんが入れたお茶じゃないと意味がない、とか言い出してしまった。
 正直、なんでそんなことを言ってしまったのか解らない。ただでさえ感情の爆発力の強いハルヒだ、なだめすかしてブレーキするはずの俺が油をそそいだ上に点火してしまった。
 口に出した瞬間ハルヒが猛然と食って掛かってきて、つい俺も売り言葉に買い言葉で言い返してしまい、応酬のはてに気付いたらハルヒは部室を飛び出していて、慌てて追いかけた言葉も文藝部室の扉が断ちきった。

 叩き閉められた残響が頭の中で尾を引いている、なんて思いながら扉を呆然と眺めていた。
  気付けば長門と古泉が俺をじっとみている。
 解ってる。言わないでくれ。
 きっと、鬱陶しい気象にお互いストレスがたまっていたんだろう。
「とにかく、今は――」
 古泉が口を開きかける。

 と、それに覆いかぶさるような携帯の着信音。もはやお馴染み「バイト」の呼び出しだ。
「解りました。すぐに向かいます――」
 簡潔に指令を受けると、俺を見ながら携帯をしまいこむ。
「あなたは――、いえ、今は、いいです。失礼します」
 古泉はもう一度何かを言いかけたが、首を振って続きを飲み込んだ。
 薄暗い部室に、俺と無口な宇宙人だけが残された。

 机にすわって突っ伏す。なんだかこれまでの非じゃないほどに気が滅入っている。
 天気のせい? そもそもはそれだった。ハルヒと喧嘩したせい。それもある。一度ならず二度も会話を拒否されたせい。たぶんそれだ。俺はそんなに話す意味がないような人間なのだろうか。
 思考は堂々巡りをして、渦を描きながら下水に飲み込まれていくようだ。

「なあ――」
 長門に声をかけようとして思いとどまった。
 いつも隅に坐ってページに視線を落としているはずの少女が、窓の外を向いていたからだ。
「……何か見えるのか」
「あれ」


 すっと延びた指先を視線で追えば、そこには宙をさまよう赤い光球。
 そしてそれを嬲る、青白い巨人たち。

「古泉一樹」


 ――いや待て、おかしいだろ、あの巨人が出てくるのは閉鎖空間だけじゃないのか。
 古泉の超能力だってそこでしか使えないはずで。
「古泉一樹がここにいるわけではない」

 なんだって?
「認識機構内部に直接、感覚情報が生成されている。そのためあたかもそこにいるように見えるが、実際には存在しない。われわれは通常空間に存在し、古泉一樹本人は彼らが閉鎖空間と呼ぶ領域にいる」
 これもハルヒのパワーなのか。
「現象は検出したが、情報爆発ほどではない。もっと制御され制限された発露。古泉一樹たち超能者が超能力を使うときの自動反応にも類似したパターンを持つが、完全に同じではない」
 ようするにこれは、古泉の新しい能力なのか? わからん。俺たちに実況中継してどうなるってんだ。

『こんな能力まであるなんて……知らなかったな』


 と、頭の中に声がした。口調は違うが紛れもなく古泉だ。ナレーションつきかよ。
 神人が腕をふるう。二回しか見てないが、あいつらが緩慢なようで案外すばやいのは俺だってしっている。赤玉は逃げようとしたが紙一重でひっかけられてしまった。光がゆらぐ。

『涼宮さんの慈悲、かな……最後仲間たちの顔が見れるとはね。朝比奈さんがいないのが残念だ』

 あっちにも俺たちが見えているのか?
「断言はできないが、古泉一樹の認識にもわたしたちの姿が投影されていると考えるのが妥当。
 情報的に閉鎖された領域を穿つ限定的なラインが確認できる」
 実況生放送というかテレビ電話なのか? それこそなんのために、だ。さっきから聞こえてくるのは途切れ途切れの独り言だ。
 そもそも俺らと楽しくおしゃべりする余裕もなさそうじゃないか。さっきから古泉は巨人に翻弄され、ダメージを受ける一方なのだ。古泉は一人なのに、巨人は一体じゃない。攻撃どころか、回避もまともにできていない。子どもに遊ばれるムシのようだ。

『疲れた……』

 俺の感想が聞こえているのかいないのか、しぼりだすような弱音。
 相手が疲れたからと言って容赦してくれるような敵じゃないのに。

 よくみると巨人たちも古泉を狙っているのではないらしい。周囲を破壊する上で、ついでだしそこにいる古泉も、と言った感じなのだ。なのに、あくまで古泉は巨人を倒さなくてはいけない。余裕が違う。
 そういや、慈悲とか最後とか、なんとなく物騒なこと言ってたな。まさかお前、負けそうだなんて――

『がッ』

 そのとき、頭の中心めがけて古泉の悲鳴がつきささった。
 全身がビクっと硬直する。
 赤い光が、地面に叩き落された。
 風景と二重写しになって動く巨人たちは、現実の校舎は破壊せずに動き回っている。
 古泉が落ちたのは校舎の向こう側で、ここからは見えない。
 椅子にぶつかりそうになりながら扉を目指し、部室を飛び出す。校舎の中を突き抜けて青白い巨体が見え隠れしている。動きをみるに、「あちら」では学校はすでに更地にされてしまっているらしい。ただ重なって見えているだけで、ぶつかったり踏み潰されたりしないと解っていても巨体が近づいてくると体はいちいちすくんでしまう。
 傘を開くのももどかしく、泥だらけの校庭を走り抜ける。

『あ、ああ……』

 しみこんでくるうめき声が、意識の底をかき乱す。
 古泉の姿を、赤い光を探しながらも、俺は本当に見つけるのを怖がっている。ニヒルで怪しげでとってつけたようなことしか言わない副団長が、リアルに傷ついて苦しんでいる姿を見てしまうのを怖がっている。
 ――だましだましの日常の歪みに直面することを、怖がっている。
 思い至った瞬間、足がとまった。とたんに無我夢中な意識が醒めて、雨音が全身を包みこむ。
「こっち」
 その瞬間、長門が声をかけながら横を駆け抜けていった。これまで何度かみせた、宇宙人パワーな身体能力。あっけにとられたが、我に返って追いかける。

 校門を出て少し下ったところ、赤い人型が道端に倒れていた。
 のっぺらぼうで半透明、あちこちが揺らいでいる光のかたまり。ウソみたいな存在感。


『……限界か。とても、疲れた』


 犬も天使もルーベンスもいないのに、ネロきどってんじゃねえ。
 長門、俺たちで古泉を助けられないのか?
「さっきから試みている。だが涼宮ハルヒの情報制御領域の閉鎖レベルは、われわれの情報操作能力では侵入できないほどに高い」
 でも古泉は、そこから通信してきてるんだろ。
「その経路はあくまで涼宮ハルヒによって用意されたもの。侵入を試みているがやはり遮断されている」
 だったら古泉からこっちの世界にもどって……まさか、もどれないのか?
「おそらく。情報的に閉鎖された領域は、その閉鎖性を保つため権限を与えられたものでも容易く出入りできないはず」

 一旦言葉をきったあと、ポツリとつぶやいた。
「わたしたちは、無力」

「そんなことって……」
 万能だと思っていた長門のまさかのお手上げ宣言だ。
 赤い光を見下ろす。光が揺らいでいるせいで気付かなかったが、どうやら右足が短い。おいおいおい、まさかこれって。
 吐き気がする。そもそも、なんでこんなことになってるんだ? 閉鎖空間を作ってるのも、こうやって俺たちに古泉の姿を見せてるのもハルヒ自身なんだろ。ハルヒが自分で閉鎖空間を消せば古泉も助かる。自分で痛めつけといて放置ってなんだよ。
「ハルヒに全部話して、やめさせる」
 今から間に合うかは解らないが、俺が持っているカードと言えばそれしか思いつかない。長門の宇宙的パワーも通用しない化け物ハルヒに対抗できるのは、ジョン・スミスだけ。
 携帯を取り出し、震える指で番号を呼び出し――

「だめ」

 長門が俺の手首を掴み、じっと目を見つめている。
「涼宮ハルヒの無意識内部で、閉鎖空間を作るシステムと超能力者にそれを破壊させるシステムは独立している。その独立性により、通常、古泉一樹らは彼女から力を得る一方でストレスの影響を受けることなく対処することができる。だがこのシステムそのものに異常がおこったとき、独立性ゆえに回復は極めて困難になる。まさに今がその状況」
 それがどうしたっていうんだ。
「閉鎖空間を創造する能力が独立して無意識を直接反映している以上、もし仮に涼宮ハルヒが己の能力を理解していたとしても意識的に閉鎖空間を消滅させることはおそらく不可能だろう。超能力者としての古泉一樹を認識することでより上位の介入がなされることを期待するには不確定要素が大きすぎる」
 普段の淡々とした口調、ではない。長門なりに焦っているのが解る。
 確かに危うい賭けだ――だからといって黙って見ていられるわけないぞ。ギャラもよこさず走馬灯に出演させたうえに、目の前で団の仲間が死ぬのを眺めていろって?
「下手を打てば、能力が暴走しこの微かな経路も絶たれることになる」

『明日……明日の不思議探索。すっぽかして急に転校してしまう僕を、涼宮さんは探してくれるだろうか』

 おい、急に語りだすな古泉。今から泣きどころ突入だと言わんばかりじゃないか。馬鹿馬鹿しい、ありきたりすぎる。
「当然、古泉一樹はこの状況をすべて理解しているだろう」
 理解しているからって、だからってすべて受け入れてくたばれるわけがないだろ。俺ならごめんだ。
 そもそもおかしいじゃないか、最後の挨拶をするチャンスを与えてくれた? ハルヒがそんなことをするわけがない。だって、あいつなら――

 あいつなら、どうにかして助けてやろうとするはずなんだ。
 気休めにもならない走馬灯だけよこして、見殺しになんてするはずがない。団長様がそれだけで納まるはずがない。
 だからこれも、もっと何か意味があるはずなんだ。

『三年間……僕は戦って死ぬと、涼宮さんや彼を恨みながら死ぬと思っていたけれど』

 赤い人型はじっと横たわって雨にうたれている。
 とぎれとぎれ頭の中にこぼれてくる言葉がなければ、生きているかも怪しい。

『……顔を見れたら……とても……そんな気分にはなれないな。
 ありがとう。たしかに、楽しかった。……僕の世界は大いに盛り上がった』

 赤い光が縮んでいく。
 おい、冗談だろ。なに上手いこといったみたいな空気なんだ。全然くだらねえよ。どこまで格好つけるつもりだコイツ。ベタすぎて、笑うしかないのに笑えねえ。なんてタチが悪いやつだ。

『みんなと、もっと一緒に……』

 すべては同時におこった。
 頭の中に言葉が響いて、縮みきった光が大きく揺らいで、俺は傘を放り出して駆け寄ろうとして――

 背後で、長門があの早回しのような呪文をつぶやいた。

 世界は灰色になった。

 古泉の血だけが鮮やかだった。

 血は、ズタズタになったブレザーを真っ赤に染めているだけじゃない。
 闇夜のような空から降りそそぐ、生ぬるい雨に流されてアスファルトの上で薄紅色の小川になっている。
 古泉はその真ん中に横たわって、目をつぶっていた。化粧してるのかって思うくらいに顔が白い。
 その右脚は――俺は耐え切れずに顔を背けた。

 長門はためらうことなく古泉の隣にしゃがみこむと、手をかざしてまた呪文をつぶやいた。光が古泉を包みこみ、おさまったときには無傷そのものになっていた。間に合った……のか?
「治療完了。まもなく意識も戻るはず」
 ささやくような長門の声にも安堵が滲んでいる。

 たえまなく降る雨で全身がびしょぬれになっていく。見渡してみると、投げ捨てた傘がなかった。

 いや、傘どころじゃない。数メートル向こうで道までなくなっている。
 気付けば俺たちがいるのは、わずか十メートルほど残った道路の切れ端だった。傘はもとの世界においてきてしまったんだろうが、道は神人が壊しやがったのか。今回は学校だけじゃなくて高台が丸ごと更地だ。禿山寸前になるまで念入りに破壊しつくされている。しかも土石流が起きてもおかしくない泥山だ。
 安心させられることに、神人たちは思ったより遠くに離れていた。地平線二体、それぞれ好き勝手にタップを踏んで街並みを蹴散らしている。
 赤い光は見えない。森さんたちの顔が浮かぶ。まさか、全員やられてしまったとは考えたくないが……。

「同時多発、というやつでしてね……二体までは倒したんですが。さすがに、四体同時は一人には荷が重い」
 古泉が長門の肩を借りて立ち上がろうとしていた。
「お前……もう、大丈夫なのか」
「ええ、完全に治してもらってますよ。ありがとうございます」
 そういって笑ってみせるが、普段の鉄面皮に比べればまるでトイレットペーパーのようにはかない。
 というかだ、古泉がはかなくても気持ち悪いだけだ。そういうはかなさは朝比奈さんのような美しくか弱い人がやってこそ絵になるものなんだから。お前はずぶとくニヤニヤしてればいい。

「ふふ、できればそうしたいのですが……今はあれを退治しないといけません。
 どうやら他も苦戦しているようですから、援軍はしばらくは来ないでしょう。僕がやるしかないようです」
 なに血迷ったこと言ってるんだこの野郎。もう一度長門に治してもらったほうがいい。特に頭をな。
 今いってもまた叩きのめされるだけだろ。まさか三途の河原で順番待ちしながら作戦練ってたわけじゃあるまい。

「そうかもしれません……ですが、結局神人を倒せるのは僕ら超能力者だけです。あなたたちに手伝ってもらうことはないんです。
 それに、この辺り一体は地盤はすでに緩くなっていますからね。これ以上いては危険です。お二人は通常空間に帰ってください」
 古泉は、笑みを消して主張する。

 と、突然長門が口を開いた。
「古泉一樹の脈拍が増大し、体温も上がっている」
 なんだって?
「長門さん?」古泉もキョトンとしている。
「その他の代謝情報から演繹すると、彼は今照れている。つまり彼の主張は照れ隠しであり、合理的な根拠は薄い」
「あっ」
 ……なるほど、そういうことか。
 こいつ、俺らに聞こえているとは知らずにぶちまけちまったのを思い出して、今更恥ずかしがってるんだな。確かにかっこつけた演技だとしても本音だとしても、あんだけ言った後でピンピンしているととってもマヌケだよなぁ。
「で、では助からないほうがよかったと?」
 おまえ、顔真っ赤だぞ。
「茶化すのはやめてください。
 それに根拠が薄い、ということはないはずです。実際問題、アレらの対処をするのが三年来の僕の使命であって――」

 古泉は最後まで話せなかった。肩をかしていた長門がそのままもう片方の手を古泉の膝裏に回して、抱えあげてしまったのだ。
 それは、いわゆる一つの、お姫様抱っこというやつだ。
 小柄な長門がどちらかといえば大柄な古泉を持ち上げているのはなんともシュールな光景で、言いがたいおかしみがある。
「ちょっと、長門さん!?」
「わたしが手伝う。直接倒すことはできなくても手伝うことは可能なはず。この空間に侵入するときに、あなたの力の一部を解析している。わたしの情報操作能力に連結すれば、機械的な増幅だが二十倍の威力にはなる」
 古泉が本気で戸惑った表情をして、俺に視線を投げてくる。
 俺に言えるのは、ムゲに断るマネをしたら許さんということだ。
 長門が、お前に力貸すと言ってるんだ。切欠はよくわからない。正直俺も驚きを隠せない。でもあの長門が、手助けを申し出たんだ。宇宙人製の観察者として静かに本を読みながら俺たちを眺めるだけだった、あの長門が。
 それを断る理由があろうか。いやない。

「そもそも、涼宮ハルヒは死にゆくものの慰めとしてあの能力を与えたわけではない。
あなたも、最期に一目みたい人間としてだけでわたしたちを選んだのではない。
 あなたが選んだのは」

 古泉は、抱えられたままで、至近距離で長門の眼を覗き込む。夜空のように深い眼は、その視線をたやすく受け入れる。

 ううむ、当人達がマジメなのは解るんだが、ポーズがポーズだけに、いささか滑稽な空気が漂っているのはどうしようもないね。
 なんていう俺の感想は心にしまっておこう。

「あなたが選んだのは、自分を助けることができる存在」
 これは驚いた。古泉本人も驚いているようで、おなじみの糸目も見開かれている。
「あの能力の意味は、救難信号。
 救いの可能性。
 ――その証拠に、あなたが死を拒否すること、わたしたちとの日常を確かに願うことが、ゲートが開く鍵だった」

 なるほど。ギリギリまで入れなかったのは、この野郎がかっこつけて本心から目を背けていたからってわけだ。
 まったく、とんだツンデレ野郎だね。こういうの自業自得っていうんじゃないのか。
「それは……僕の使命にだって、しがらみも責任感もあるからですよ。
 馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれませんが、自負だってなくはないんです」
 自嘲気味に笑ってみせるが、長門は動じない。
「わたしならあなたを助けることができる。

 ――訂正する。助けたい」

 古泉はうつむいて唇をかんでいる。
 静寂の中、闇に降る雨が俺たちをぬらしていた。もう下着までしみている。
 夏だからまだ耐えられるが、後でちゃんと乾かさないと確実に風邪をひいちまうな。
「あなたの属する組織がインターフェースとの過度な交渉をよしとしないなら、報告し以降の対策を講じるのもかまわない。
 ただ知っておいてほしい。わたしはあなたを助けたいと思っている」

「……解りました。長門さん。僕を、助けてください」
 ゆうに三十秒くらい悩んでいたか。古泉はようやく口を開いた。
 俺なんかは長門に助けられっぱなしだからもはや抵抗がないが、宇宙人とはいえ小柄な女子に助けられるというのは超能力者としての矜持が許さないのかね?

「ふふ、そういうのとは、ちょっと違うんですよ。どっちにしろ下らないんですが」
 下らないならいい。ただでさえお前の頭は団長様のご機嫌とりのための、下らないアイデアでいっぱいなんだ。捨てられる悩みはとっとと捨てさせてもらえ。

「そうさせていただきます。……じゃあ長門さん、おねがいします」

 体に赤い放電が走ったかと思うと、二人とも赤い光の球に包み込まれていた。
 言われてみれば、前見たときよりも色が濃い気がする。
 威力も大違いだ。降ってくる雨粒が蒸発していくだけじゃない、水たまりも流れてアスファルトが乾いていく。 横に踏ん張って立っている俺の服も、湯気を立てている。さっきまで雨で冷えてたから気にならないが、晴れた日には近づいてほしくない。
 ハルヒが我慢大会とか思いついたら面倒だしな。

『では、行ってきます』

 そう聞こえたと思った次の瞬間、光球は一直線に地平線まで飛んで行った。
 そのまま神人の腕を打ち抜き、爆破。
 前に一度だけ見たときに比べても冗談のような強さだ。せっかく乾きかけた服がまたぬれていくが、帰ってくるまでそんなに長く我慢しなくてもすみそうだ。

 結局誰だって、気持ちのすべてをはっきり理解してるわけじゃない。 俺もこれまでずっとそうだったし、きっとまだしばらく曖昧なままだ。
 とりあえず、今確かなことから一つずつ。
 ――地平線の上、闇を切り裂いて走る閃光を眺めながら、俺はハルヒの番号を呼びだした。
 ハルヒが古泉を見殺しにはしないと信じていたこと。
 あいつの入れたお茶も飲みたい、ということ。


「――もしもし?」

   *   *   *


「あの、たしかにすごく助かってるんですけど……
 僕はいつまでお姫様だっこされたままなんですか。
 ていうか飛んでるんだし、いい加減おろしてもらっても」


「あなたの超能力は両腕の共感覚によって発現している。
 両手を自由にした上でわたしと離れないようにするには、こうするしかない」


「却下ですか……」


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