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Someday over the rainbow

 


 

「長門、頼むからSOS団に戻ってくれ」
「……イヤ。わたしは間違ったことは言っていない。涼宮ハルヒが謝るべき」
「そりゃ分かってるさ。だがなぁ……」
長門はけして首を縦に振らなかった。こんな強情なやつだとは思わなかった。一難去ってまた一難か。

 

 長門はあれからコンピ研に身を寄せていた。まあSOS団とは目と鼻の先、同じ軒を連ねる文化部部室棟の二軒隣の部屋なんだが。前部長氏の推薦で、今は部長の肩書きらしい。
 文化祭でコンピ研の展示物がやたら派手になったのは、長門テクノロジーの恩恵かもしれない。学生ソフトウェアコンクールなるイベントにもいくつか応募して賞を獲得したようだ。
 部室にはいろんな機材が増えていた。生徒会から支給される予算も増額されたらしい。長門が入部したことで、一年のときハルヒに強奪された機材はモトが取れたようだな。よかったよかった。だがかつての部長氏は卒業してしまって、その恩恵にあずかれていないわけだが。

 

「ハルヒはやたらプライドが高い人種だからな。そう簡単に謝ってくるとも思えないんだ」
「……わたしは、謝る理由がない」
長門は本から顔を上げようともしない。本気で怒っているようだ。
「そうだ。悪いのはハルヒだ。というか俺も悪い」
俺はまた饒舌になりつつある。
「……」
「つまりな、人間には男女間に友情が成立するかという、古来からの疑問があるわけでだな。俺と長門みたいな付き合いだと、まわりがそれを誤解しやすい。だから俺はあえて誰にも言わなかった。それが返って災いした。俺にも何かやましいところがあったのは確かだ。長門、すまなかった」

 

 ここらでハッキリさせておいたほうがいいと、俺の中のなにかが主張する。
「はっきり言うぞ長門。俺はお前が好きだ。だが俺にもハルヒを暴走させないようにするという責任がある。お前や古泉や朝比奈さんが、任務でハルヒと付き合ってるようにな。だから、ハルヒの前でこれ見よがしに誰かと付き合うのは避けてたんだ」
「……あなたは、わたしのエラー因子」長門は俺を見上げて言った。
「どういう意味だ?」
「……過去にあなたがわたしの前に現れてから、ずっとエラーの蓄積が続いてきた。それが一度わたしを暴走させた」
ふだんの長門はほとんど表情の変移を見せないのだが、今にも泣き出しそうなこいつを見るのははじめてだった。
「……あなたは優しい。それがわたしにエラーを発生させる。消去しようとすると、それがまたエラーになる」
前にも似たようなことがあった気がする。あのときは俺はなにも気が付いていなかった。長門はただ、長年ハルヒの監視を続けて疲れたのだろうと思っていた。
 でも、そうじゃない。ヒューマノイドインターフェイスとして人間の群れのなかに紛れ込み、人のように生きて、人のような感情が長門を翻弄したのだろう。それは情報としてのエラーなんかじゃない。
「そのエラーってのはたぶん、お前自身の感情なんだよ」
「……」
長門のこの無言は、話の糸口だ。
「論理やら計算だけでは測れない、それに定義もない。それがエラーとなって現れた。そうじゃないか」
「……そうかもしれない」
「それはたぶん、お前が言うところの“言語では概念を理解できない”ってやつなんだよ。人間にもそれがあるんだ」
「……」
「そのエラーとやらを、お前の一部として受け入れるわけにはいかないか?」
「……」
「俺のために」
長門の黒い瞳がじっと俺を見つめた。

 

 まわりの雰囲気で、俺を見つめる目が二つだけじゃないことに気が付いた。っておい!コンピ研の連中がまじまじとこのメロドラマを眺めているじゃないか。感極まって泣いてるやつもいるし。

 

 そのとき、勢いよくドアが開いてハルヒが飛び込んできた。
「有希、こんなところにいたのね」
せっかくなだめてるところなのに、話が急にややこしくなりそうな予感がした。
「ハルヒ、ちょっと待ってくれ」
「なにを待つのよ。有希、やっぱりあんたはSOS団になくてはならない存在だわ」
「……」この無言は俺と長門の唖然だ。
「あたしが悪かったわ。帰ってきてちょうだい」
「……」
この無言は俺と長門とコンピ研の連中の唖然だ。

 

 長門は二秒間くらいじっとハルヒを見つめ、三度瞬きしてからうなずいた。
「……分かった。わたしも、意思伝達に正確を期すよう努力する」
「じゃ、決まりね。今日うちで焼肉するから来ない?」
「……分かった」
長門が俺の目を見ないでうなずいた。いい傾向だ。せっかくだから俺は辞退することにした。長門にも、女同士の結束が必要だろう。
「悪いんだが俺は、」
「あんたは誘っていないわよ」

 


「しかし、面白いことになりましたね」
「何が面白いんだ」
それになんで俺は古泉と二人きりでラーメンなんか食ってるんだ。
「お姉さん、ライス追加お願いします」

 

「あなたと長門さんがです。このところ停滞状態にあったSOS団の新たなる展開じゃないですか」
「断じて言うが、俺たちにはお前の考えるようなことはなにもない」
「もうそんなたわ言は、僕には通じませんよ。涼宮さんに影響を与えるどころか、長門さんにまで変化を与えるなんて、さすがはあなたです」
「俺はいたってノーマルな人間のはずだろ」
「もはやそうも言ってられないでしょう。覚えていますか、長門さんがアメフト部の方から熱烈な愛の告白を受けた日のことを」
「ああ。中河だろう」
忘れもしない。思えば不幸な野郎だった。
「あのときの長門さんの微妙な変化に気がつきましたか」
「まさか“気になる”なんて言葉を、長門が口にするとは思わなかったが」
「人から好かれるという感覚に興味があったのだと、僕は睨んでいます。それまで長門さんには気になる存在がいた、もちろんあなたですが」
「冷やかすなよ」
「そこで熱烈なるラブレターを受け取った。つまり、好きでいるより好かれる立場になった、ということですね」
「俺には宇宙人製アンドロイドの恋愛感情はよく分からん」
「誰かから好かれるというシチュエーションを研究する、格好の材料だったんですよ」
「そんなもん研究してどうする」
「これは単なる推測ですが、あなたの反応を見るという意図もあったのではないかと」
「俺の反応?」
「その、アメフト部の方と付き合ってみたらあなたがどう反応するか」
「長門がかまかけるようなマネをするとは思えんが」
「さあ、どうでしょうね。長門さんはアンドロイドとはいえ、女性ですから。恋は駆け引きです」
俺はしばらく黙り込んだ。サンドピープル、じゃなくてダッフルコートを着たジャワ族のような、長門の寂しそうな背中が思い浮かんだ。
「古泉、お前はときどき核心を突きすぎる」
「僕はいつでも核心に迫っているつもりですが」
とんだヤブ蛇じゃねえか。ああ、ちくしょう、喜緑さんを呼び出せばよかった。

 

「そろそろ、おいとましなければなりません」古泉が時計を気にした。
「今後新たな展開があったら、ぜひ僕に教えてください」
なにかあるとしても、お前に真っ先に教えるなんてことはないだろうよ。
「ああ、それから、今日はあなたのおごりです。幸せな人からは幸せのおこぼれをもらわないと」
そう言って古泉は俺に伝票を押し付けた。なんて野郎だ。

 


 翌日の放課後、部室のドアを開けると、部屋になにか足りないものを感じた。
「あれ、ハルヒお前だけか」
「古泉君はバイト、有希は用事があるとかで先に帰ったわ」
古泉はともかく、長門がいないなんて珍しいな。あいつ、本屋にでも行ったのかな。

 

 ハルヒは昼間中、ずっとなにかをいいたげな様子だった。部室で目と目が合った途端、好奇心いっぱいの顔で話を切り出した。
「ねえねえ。それで、有希とはどんな具合なのよ」
「どんなって、昨日今日の話だろ。まだ分かんねえよ」
「なんだ、つまんないの」
確かに好きだとは言ったが、そんな次の瞬間からいきなり恋人らしくなるわけじゃないだろ。頭に旗でも立つのか。俺たち、今ラブラブなんです~、みたいな。
「旗ねぇ。いいかもね」
ハルヒは腕章を旗に見立てて頭の上で振った。
「お前楽しそうだな」
「当然じゃない。団員のシアワセは団長自ら祝福するものよ」
「シアワセってお前……」
俺はどっちかというとシワヨセを感じてるんだが。
「なんなら、あたしがデートコース考えてあげてもいいわよ」
「それくらい自分でなんとかする」
「ふーん。あんた、女の子がどんなデートしたいか、分かってんの?」
「ううっ」
俺は唸った。ハルヒは、あんたのことは見透かしているわよというような刺さる視線で俺を見た。
 俺が女の子とどこかに行ったりしたってのは、佐々木と塾の行き帰りを歩いたとか、ミヨキチと映画に行ったくらいしかない。あと、祝川公園で朝比奈さんと歩いたくらいか。あれはデートというよりトンデモ告白だったが。

 

「あんたまさか、映画見て食事して終わり、なんて考えてんじゃないでしょうね」
かなりギクリだ。
「長門は図書館に行きたがってたから、あそこでいいんじゃないかと」
「ロマンがないわねぇ。まあ有希がそれでいいならいいけど。手抜きしないで、ちゃんと考えてあげなさいよ。男なんだからね」
「分かってるさ」
だがどこに行けば喜ぶんだ。水族館にでも行けばいいのか。女心はよく分からん。
「分かってないわね。どこ、じゃなくて誰とどんな時間を過ごすか、なのよ」
「お前にしては分かりやすい説明だな」
「あったりまえじゃない。あたしが何人の男をふったと思ってんの」
今のそれ、すごいセリフだが。言い寄ってくる男どもをバッタバッタと一刀両断するハルヒを想像した。ハルヒもそう思ったらしく、ちょっと赤面していた。
「ま、まあ、あたしのことなんかどうでもいいわ。あんたはどう思ってんの」
「俺の考えでは、いまの日常の延長でいいんじゃないかと思うんだ」
「どういうことよ」
「だから、知り合ってから長い二人が、ある日突然デートするってのはいろいろと神経使うだろ。俺も長門も、互いのことはよく知ってるし、ここでいきなりそういうムードになろうとするのは、たぶん疲れる」
「なるほどね。幼馴染みが付き合うようなものかもね」
「長門にはセンセーショナルなデートをするより、日ごろからそばにいてやるほうが大事だと思うんだ。長門が望むのはたぶん、そんな大げさな恋愛じゃない気がする」
「あんた、割と分かってんのね」
まあな。長門のことになれば多少は分かってるつもりだ。
「なにかあったらあたしに相談しなさい。少なくとも女の気持ちはあたしのほうが分かるんだから」
ハルヒが言うとなぜだか妙に笑いがこみ上げてくるんだが、俺はそれを抑えて真顔で応えた。
「おう。そんときは頼むぜ」

 

 俺と長門の件でハルヒが少しでもがっかりした様子を見せるかと、期待がなかったわけじゃない。髪をばっさり切ってみたり、朝比奈さんに嫉妬したり、無理やりポニーテールにしてみたり、どう見ても俺に当てつけているような態度をたびたび見せられた。今のハルヒはそんな表情を微塵すらも見せなかった。むしろ喜んでいるようにさえ見える。まあ、こいつが喜んでるならそれでいいか。俺の脳裏に、一瞬だけジョンスミスの名前がよぎった。

 

 下校時間にはまだ早いが、誰もいないし何もすることがないので帰ることにした。外を見ると、雨が降っていた。窓ガラスに雨粒が当たって流れている。
「あれ、雨か。俺傘持ってないぜ」
「一本あれば……、いやなんでもない。あんたは濡れて帰りなさい」
なんだよ、今日は前みたいに入れてくれないのか。ハルヒはニヤリと笑ってさっさと帰った。何考えてんだあいつ。しょうがない、走って帰るか。コンビニで三百円の傘でも買おう。

 

 昇降口で上履きを下駄箱にしまっていると、戸口のところに人影が立っているのに気が付いた。
「あれ、長門か。先に帰ったんじゃなかったのか」
「……」
長門は黙って傘を差し出した。
「もしかして、一度帰ってから持ってきてくれたのか」
「……そう」
「そ、そうか。すまんな。ありがとよ」
今まで、長門が面と向かってこういうことをすることはなかったのだが、こいつなりに考えてくれているのだろう。ハルヒがひとりで帰ったのはそういうわけか。
「ハルヒに会ったか」
「……さっき、会った」
「なにか言ってたか」
「……それは、内緒」
なんだなんだ、女同士の秘密か。あいつのことだから、長門になにか吹き込んでるのだろう。まあそのうち分かるだろうが。

 

 俺は傘を受け取って外に出た。低気圧がこの一帯を覆っているせいか、やや肌寒い。長門も傘を開いて後ろからついてきてたのだが、俺はせっかくなので一本を二人でさすことにした。自分の傘を閉じ長門の肩を寄せた。
「た、たまにはこういうのもいいんじゃないか」
俺は長門の目を見て言えず、そっぽを向いて言った。きっと顔は赤くなっていたことだろう。
「……」
 正直、俺はだいぶ無理をしていた。ハルヒとならなんでもないのに、相手が長門だと妙に意識して、たぶん心拍数が上がっていたと思う。それか、急性の軽い心臓発作か。

 

 校門を出るとやたら人目が気になった。別に誰かがこっちを見ているわけでもなく、男子と女子が並んで歩くのはうちの学校ではよくある風景で、珍しいもんじゃない。さして珍しいことをしているわけでもないのに、いざ当事者になってみると襲ってくるこの緊張感はいったいなんなのだ。
 長門も少し戸惑っているようだ。背の高さが違うので、二人でくっついて歩くには揺れのタイミングを合わせないといけない。
「もっとこっちに寄ってくれ。お前の肩が濡れてる」
「……分かった」
 傍から見れば、ほのぼのというかロマンチックというか、見ていて和む風景なのだろうけれど。俺たちはそれどころではなかった。雨に濡れないように、相手を押し出さない程度に、足を踏まないように、傘の内側に入り込むのに苦労していた。二人で入れるくらいのでかい傘を買おうかと本気で考えた。ゴルフ傘みたいなやつ。

 

 坂を下っていくと雨がぽつぽつと降り止み、空が少し明るくなってきた。一度空を見上げたが、俺は傘の柄を握る長門の手を、その上から握ってそのまま歩きつづけた。長門の手は温かかった。

 

 町の様子が一望できる階段に差し掛かり、目の前に下界が広がった。二人とも足を止めた。東の空に大きく虹がかかっていた。
「あれ、虹が出てるぞ。でかいな」
「……」
主虹の外側に、色の並びが逆になった副虹が広がっている。こんなに大きな二本の虹を見たのは、子供の頃以来だ。そのまましばらく、そこで虹を眺めていた。ずっと、長門の手を握ったままで。

 

 俺は駅前で別れることにした。
「じゃあ、ここで。また降るかもしれんから傘借りて帰るわ」
「……分かった」
「またな」
「また」
長門は自分のマンションへ向かって数歩足を動かしたが、ピタリと止まった。振り向いてひとこと言った。
「……明日、会いたい」
そういや、明日は土曜日だった。長門から誘うなんて珍しい。
「ああ。じゃあここで待ち合わせよう」

 

 そのようなわけで、明日は長門との初デートとなった。だいたい週末にはどこかしらで会っているので、初と改めて名状するほどのことでもないんだが。とりあえずは、携帯を買わせようと思う。


A new romanceへ

 

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