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「お、なんだ長門、お前だけか」
彼が文芸部室のドアを開く。
私は、ものの3秒だけ読んでいた本から目を離し、彼を確認する。
今、文芸部室には私と彼以外に誰も居ない。そして、半径15メートルの範囲で文芸部室に向かおうとしている有機生命体も確認されていない。
彼と、二人きり。
私は本へと視線を落としたが、そこに並べられている文章を上手く認識することができなかった。
また、エラーが生まれた。

いつからだろう。
いつからか、私の中でエラーが見られるようになった。
このエラーの原因は、未だ不明。
「何だお前、ストーブつけてなかったのか?風邪引いちまうだろうが・・・」
彼はそこまで言うと口をつぐんだ。私が言わずとも気づいたようだったが、しばらくこちらの様子を伺っていたので私は答えた。
「私には、体を温める必要は無い。体温調整ができる。そして、このインターフェイスは有機生命体が風邪と呼んでいる、ウイルスによる体調不良は・・・」
「わかった、もういいぞ」
彼は肩をすくめながらストーブの電源を入れる。
「今日は冷えるからなー。」
起動し始めたストーブを見つめながら、彼は言う。
「もしかしてお前、寒さも感じないのか?」
私は頷く。
「そうか。ま、それも便利っちゃ便利だな。朝、寒くて布団から出られない、なんてこともないしな」
彼は苦笑を交じらせながら話す。私は、彼ら人間が他の季節に比べてこの時期若干遅刻を多くする理由を初めて知った。
・・・人間。
不思議な生き物。 

「そういえば長門、お前本読んでばっかりだが、書いたりはしないのか?」
彼は私の膝の上に置かれた本を見つめながら言う。私は頷く。
「そうかい。」
「どうして?」
「いや、特に意味は無いんだが・・・ふと、お前が昔文芸部会誌作りの時に書いた小説を思い出してな。あの時は幻想ホラーとかいう変なテーマがついてたけどさ、お前が自由気ままに書き綴った作品っていうのも読んでみたいなって」
「・・・そう。・・・今日のあなたは、普段より言葉が多いように感じる」
「そうかい・・・そうかもな」
彼はため息のような笑いを零す。
その笑顔に、私の中でまたエラーが生まれた。
―――このエラーの原因は、何?

「話戻るけどさ、俺は冬って嫌いじゃねえな。」
何だか本当に今日の俺はおしゃべりだけどよ、と笑う。手を温めながら、彼は続ける。
「なんつーか、こう外が寒いとさ、他の色んなもんが別段暖かく感じられるんだよ。飯食べてる時もそうだし、家の中もそうだし、何より・・・」
彼は顔をこちらに向け、小さく微笑んだ。
「人の温かみってのを一番感じるね。・・・あ」
彼の目線が、不意に私から窓の外へと移る。私もそれに習い、椅子から立ち上がり外をのぞいてみる。
「・・・あ」
それを見た私は、彼と同じように思わず声を出していた。
無数の白い、小さな粒がゆっくりと舞い降りている。
とても、静かに。
「・・・雪。」
「ああ、雪だな。初雪だ」
彼が私の隣に歩み寄り、ゆっくりと窓を開いた。
スーッ、と、風が通り抜ける。
「うおおっ、寒い。」
彼は咄嗟に自身の両腕をさする。しかし、その表情は心なしか楽しいという感情を覚えているように見えた。
―――寒い、という感覚・・・。
私は、体温調節機能を一時的に停止させた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・寒い」
咄嗟に背筋に妙な感覚を覚えた。外からの風を受けている部分の表面温度が一気に低下し、体がゾクッ、と震える。
これが、寒い、という感覚。
・・・決して楽しいものではない、と私は思った。
「長門・・・お前寒いのか?」
彼がこちらに顔を向けて、私に声をかける。
「今、一時的に体温調節機能を停止させている。今の私は、あなたたち人間と同じように、寒い、と感じている」
「そうかい。で、どうだ?寒い、ってのは。」
私も彼の方に顔を向ける。
「決して心地いいものではないと感じている。しかし、今あなたはこの気温を心地いいものだと感じているように見える。現に先程、あなたは冬が好きだと言った。
・・・私には、理解できない」
彼は苦笑した。
「それは違うな、長門。ほら」
彼が私の手を、優しく取る。
「こうやって、あぁ人って温かいな、って思える季節だから、冬が好きなんだよ。・・・俺はな」
温度が低下し始めていた私の手を、彼の体温がゆっくりと暖めていく。
・・・エラーの勢いが急激に増した。
普段発生するエラーとはまた違うものまで発生した。私の頬は、外から吹き付ける風によってすっかり温度が低下しているはずなのに、今、どんどん温度を上昇させている。

―――これは、何?
「お、おい長門?どうした、お前顔が赤いぞ?」

―――原因は、何?
「もしかして、体温調節やめたから体が冷えちまったのか?す、すまんな、今窓を閉める」

―――原因は・・・誰?

・・・誰?

私は、窓を閉めようとする彼の腕を掴んで制止する。
「・・・長門?」
「いい」
心なしかいつもより早口で答え、彼の体に腕を回し、体を密着させた。
その行動はエラーによるものなのか、私の無意識によるものなのか・・・わからない。
「なっ、長門!?」
エラーが更に増していく。
それと同調しているかのように、外を舞う白い粒も静かに勢いを増していた。
その粒の姿は、儚く・・・どこか、寂しい。
「・・・暖かい。」
私は、目を閉じた。
確かに体温は低下していくのに、私自身は逆に暖かく感じているようだった。
「・・・長門」
彼の手が、私の頭に添えられる。暖かい。そして、心地よい。
「私も、冬が、好き。」
・・・そして、あなたが、好き。

エラーの勢いは増すばかりだった。でも、今はそんなエラーでさえ心地よく感じられる。
「・・・今日は、お前も少しおしゃべりだな。」
今、理解した。
―――エラーの原因は、あなた。

 

 

静かな文芸部室。
私はペンとノートを抱え、窓辺に立っている。
今日も待っているのだ。
寂しげに空を舞う白い粒と、彼を。

文芸部室に向かってくる有機生命体を10メートル程先に確認する。
5秒ほど経つと、静かな部室にノック音が響いた。
扉が開かれる。
「あれ、長門、今日もお前だけか」
私は頷き、パイプ椅子へと腰を降ろした。
「ん・・・お前、今日も体温調節してないのか?」
「私は昨日午後4時16分から体温調節を再開させている・・・何故?」
彼は、ストーブを指差した。
「・・・」
私は思わず押し黙る。エラーに邪魔をされながら、必死に言葉を捜していると、彼は微笑を漏らした。
「ああ、ありがとうよ、長門。」
彼は机にカバンを置くと、ストーブの前にしゃがみこみ手をかざした。
・・・どうして、彼はわかってしまうのだろう。
「・・・もう一つ、聞きたいことがあるのだが」
「・・・何」
「そのペンとノートは、何だ?」
私の膝に置かれたそれに視線をやりながら、彼は言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・見ないで」
「・・・ああ、わかったよ、長門。」
彼はまた微笑を漏らしながら、視線を外した。
・・・私は、隠し事が苦手なのだろうか。彼には何でも悟られてしまう。
失態を悔やみながら、私はノートを開いた。

小説を書くことにした。
内容は決まっている。私が創り出されてから、今までのことを書こうと思っている。
きっかけは、昨日彼にそう言われたから。
でも、この小説を彼に見せることは無い。
・・・できない。
私の中で発生したエラーを、言語化するのはとても簡単。
でも、それは決して口に出してはいけないもの。決して伝えてはいけない感情。
・・・禁じられた、言葉。
だからこそ私は、それを本にすることを決めたのだ。

私はペンを走らせる。書き出しは、こう。

  『雪、無音、窓辺にて。』

書き終えたら、是非、この窓辺にて読みたいと思っている。

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