1日目20時02分
 キョンは、布団に入っていた。珍しく早い。
 さっさと寝て忘れ去りたいことがあるからだった。
 
 今日、彼は、SOS団を脱退した。
 涼宮ハルヒの横暴に今日ばかりは我慢ならなかった。他の三人の団員までグルだったのが、彼の堪忍袋の緒を切れさせたのだ。
 
 涼宮ハルヒが世界を崩壊させて、明日には世界がなくなっているかもしれなかったが、そんなことはもうどうでもよかった。
 それぐらいで滅びる世界など、所詮はその程度の価値しかなかったということなのだから。
 
 
1日目17時01分
 藤原は、とあるビルへと向かっていた。
 裏道であるため、歩行者はまばらだ。
「まったく、愚鈍な過去人のせいで、余計な手間がかかる」
 
 彼は、突然、背後に気配を感じた。
 時間平面破砕振動。TPDD特有のものだ。
 振り向こうとした瞬間、彼は後頭部を光線銃で撃ちぬかれて、その場に倒れた。
 
 朝比奈みくる(大)は、藤原の死亡を確認すると、再びTPDDを起動させた。
 藤原の死体と彼女が、同時にその場から消え去った。
 
 
1日目17時15分
 藤原が向かっていたビルは、橘京子の組織の本部であった。
 ビルの中では、組織の総員による会議が開かれていた。もともと小規模な組織であるため、総員といっても、90名ほどにすぎなかったが。
 議題は、今日発生した憂慮すべき事態への対処方法についてだった。
 
 その会議の真っ只中。
 爆音が周辺に轟きわたった。
 ビルがガラガラと崩れていく。
 
 
1日目17時10分
 朝比奈みくる(小)は、自宅に帰ったところだった。
 彼女は、憔悴しきった表情で、ベッドの上に座り込んだ。
 
 何とかしなくてはと思った彼女は、携帯電話を取り出し、アドレス帳から「キョンくん」を選択した。
 しかし、電話は通じなかった。電源を切られている。
 彼女は、自分の無力さに、落ち込むばかりであった。
 
 そこに、突然、未来からの指令が来た。
 
 最優先強制コード。
 任務終了を通告する。
 原時間平面へ帰還せよ。
 TPDD強制起動。
 
 驚く暇すらなく、彼女はこの時代から消え去った。
 
 
1日目17時12分
 古泉一樹は、閉鎖空間で戦っていた。
 涼宮ハルヒによる世界改変を防ぐためには、神人をある程度は暴れさせ、ストレスを発散させてやる必要があり、神人を全滅させるわけにはいかなかった。
 そんな戦いがもう何時間も続いている。
 延々と続く持久戦。
 古泉一樹も、戦友たちも、みな疲労困憊だった。
 
 あと何時間続くのかと誰もがうんざりしかけていたところで、突然、閉鎖空間が崩壊し始めた。
 
 古泉一樹は、現実世界に着地すると、呆然とした。
 それは、戦友たちも、同様だった。
 
 涼宮ハルヒの精神活動が完全に消滅していた。
 それはすなわち……。
 
 
1日目17時15分
 長門有希は、唖然としたまま固まっていた。
 内部でエラーが急速に増大していく。
 
 危険な状態と判断した情報統合思念体は、彼女の有機情報連結を解除し、彼女の構成情報を削除した。
 
 
1日目17時13分
 下校途中。
 涼宮ハルヒは、よろよろと歩いていた。
 表情には生気が全くない。
 自分の意思とは無関係であるかのように、ただ歩いている。
 
 横断歩道の前で止まる。
 歩行者信号が青になったことを知覚すると、まるでプログラミングされたロボットのように、また歩き出した。
 
 キーーーッ!!
 
 あたりに響きわたる急ブレーキの音。
 彼女は、突っ込んできた車に轢かれた。
 
 
1日目17時05分
 風邪のため早退した佐々木は、自宅で早めの夕食を食べ終え、風邪薬を飲んだ。
 その数分後、彼女は、突然の心臓発作で倒れた。
 
 
1日目18時03分
 「機関」前線司令部が入っているビルの一室に、古泉一樹が駆け込んできた。
 
「森さん。これはいったいどういうことですか!?」
 
 森園生は、それには答えずに、静かに拳銃を抜くと、驚愕の表情で固まっている古泉一樹に向けて引き金を引いた。
 
 涼宮ハルヒを交通事故に見せかけて暗殺。
 佐々木も心臓発作に見せかけて暗殺。
 橘京子の組織は、ビルごと始末した。
 そして、今、目の前に古泉一樹の死体がある。
 
 何もかもがうまく行っていた。
 あとは、涼宮ハルヒを神とあがめる「機関」原理主義派を粛清すれば、完了だ。
 
 すべては、この世界を守るため。
 
 それが何よりも最優先されるべきこと。
 そのはずなのに……。
 
 彼女の目から涙が流れ落ちた。
 彼女は、泣きながら、笑っていた。
 なぜ、泣いているのか。なぜ、笑っているのか。 
 彼女にはもう分からなくなっていた。
 
 
2日目08時30分
 キョンは、朝のホームルームで驚愕の事実を知ることとなった。
 
 ────涼宮ハルヒが交通事故で死んだ。
 
 彼は、教室を飛び出し、文芸部室に駆け込んだ。
 そこには、彼の予想に反して、長門有希ではなく、喜緑江美里がいた。
 
「長門はどこですか!?」
「長門有希、古泉一樹、朝比奈みくるは、急遽転校したことになっています。実際は、長門さんは有機情報連結を解除されました。朝比奈さんは、未来から指令で強制帰還。古泉さんは、死にました。ちなみにいうと、佐々木さんも、藤原さんも、橘さんも死んでいます」
 
 あまりのことに、キョンはしばらく声が出なかった。
 
「……いったい誰が……?」
「涼宮さん、佐々木さん、古泉さん、橘さんは、『機関』の手にかかりました。藤原さんは、あなたが朝比奈さん(大)と呼んでいる女性に殺されてます。
長門さんは、涼宮さんが死亡した後にエラーが急速に増大して危険と判断されたため、情報統合思念体によって有機情報連結を解除されました」
「……」
「佐々木さんを殺したのは、情報統合思念体または天蓋領域によって、涼宮さんの力を佐々木さんに移植されるのを防ぐためでしょう。持ち主を殺すことによって、力を消滅させることこそが、『機関』の目的であったと推測されます。
なお、私も、任務終了につき、まもなく消えます」
 
 喜緑江美里は、忽然と消え去った。
 
 キョンは、ただ呆然とたたずむしかなかった。
 
 彼は、ふと気が付くと、いつの間にか下駄箱の前にきていた。
 下駄箱を開ける。そこには、一通の封書が入っていた。
 
 差出人は、朝比奈みくる。
 
 彼は、乱暴に封を破り、中身を確認した。
 
 ────七夕のあのベンチへ。
 
 彼は、手紙を投げ捨てると、靴を履き替える時間もおしいとばかりに走り出した。
 
 
2日09時37分
 朝比奈みくる(大)は、駅前公園のベンチに座っていた。
 時刻を確認する。そろそろだ。
 顔をあげると、こちらに走ってくるキョンの姿が見えた。
 
 彼の後方から走ってくる車が突然進路を変えた。
 車はガードレールを乗り越えて歩道に突っ込み、そして……
 
 キョンを押しつぶした。
 
 救急車が彼を搬送し、野次馬が押し寄せる喧騒の中、彼女はただベンチに座っていた。
 
 
2日目10時26分
 情報通信デバイスを通じて部下から報告が入った。
 
 ────工作対象キョンの死亡を確認。規定事項クリア。
 
 タイヤがパンクして歩道に突っ込んだ車によってキョンが死亡するというのは、彼女にとっては、史実であり、また規定事項でもあった。
 タイヤのパンクについて何も工作していない。あの事故は未来からの干渉がなくても、起こるべくして起こったものであった。しかし、キョンが事故現場に居合わせるためには、介入が必要だった。
 彼を誘導するには、たった一枚の手紙で充分だった。
 
 ふと背後を見ると、森園生が立っていた。
 彼女は、朝比奈みくる(大)の隣に座った。
 
「彼まで殺す必要はなかったのではありませんか?」
「彼は、あまりにも多くのことを知りすぎてますからね。森さんたちにとっては、とるに足りないことでしょうけど、私たちにとっては、規定事項を脅かすイレギュラー要素です。今まで彼をうまく誘導できていたことの方が奇跡みたいなものですよ」
「そうですか」
 
「それにしても、予め知っていた私ですら、驚きました。涼宮さんの暗殺はどうやったのですか? 情報統合思念体やTFEIの裏をかくことなんて不可能だと思っていたのですが」
「簡単なことです。情報統合思念体もTFEIもデータと論理的な思考を重視しますからね。『機関』の今まで言動から論理的に導かれる行動パターンの中に、今回の行動は入っていなかったということです。
なにせ、『機関』には神が死んだら世界が崩壊すると信じている者が多かったですから。可能性0%、思いもよらなかったということです。
さらには、情報統合思念体やTFEIは、涼宮さんが起こすであろう世界改変に全神経を集中させていたでしょうから、我々のことなど眼中になかったでしょう」
「なるほど。予測可能性が0だったうえに、注意がただ一つのことに集中していたからこそですか」
 
「朝比奈さんは、今後はどうなさるのですか?」
「帰ったらまた別の任務があります。我々の工作対象はこの時代だけではないですから。森さんは?」
「いまさらCIAに戻る気にもなれませんしね。公安調査庁か内調の秘密情報隊にでも、と思ってますが」
 
 話を打ち切って、森園生が立ち上がった。
 
「森さん」
 
 朝比奈みくる(大)の呼び止めに、歩き出しかけていた森園生が立ち止まった。
 
「昨日は、泣いてましたか?」
 
 森園生は、振り返らずに答えた。
 
「ええ。情けないことに、一晩中ね」
「いいじゃないですか。流れる涙があるだけマシですよ。私は、何年も前にすべて枯れ果てました。もはや、流れ出る涙すらありません」
 
 朝比奈みくる(小)は、強制的に帰還させられたあと、すべての真実を告げられ、1週間以上も泣き続けた。
 しかし、朝比奈みくる(大)にとっては、それももう過去のことだった。

 


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