お客様は宇宙人の続き

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 いつもは持ち帰らずにロッカーに保存している日本史の教科書を持ち帰り、なぜかしら迂闊にも世界史のそれと間違えて登校し、 教科は違えど同一の教科書を使用しているであろう〝彼〟や涼宮ハルヒがいる隣のクラスではなく、 教室2つ分の距離を隔てた先にある9組に足を運んだのは、この星の有機生命体が言うところの〝なんとなく〟である。

 なぜ、〝彼〟や涼宮ハルヒではなく、古泉一樹を選んだのか。 
そもそも、何故、日本史の教科書を持ち帰ろうと思い立ったのか。 
それを説明する術を、私は持ち合わせていない。
古泉一樹が手渡してくれた教科書が高い価値を持っているように感じ、自分が属するクラスの教室まで抱きかかえるように持ち帰った理由も、上手く言語化できない。

 それだけではない。 1組から9組まであるとはいえ、一般的な公立高校の廊下の長さには限度があり、 私の教室から古泉一樹がいる9組までの距離はそうありはしない。  にもかかわらず、私の心拍数は上昇し、何かしらの達成感がけして大きいとはいえない胸を占拠している。 
 
教室に戻ってきたにも拘らず、教科書はまだ、私の腕の中。 

 「この戦国時代と呼ばれる時代は……」

 いつもどおりの筈の授業が今日は嫌に単調に感じる。 
この国のかつての事実よりも、もっと大切な何かを考えなくてはいけないような高揚感。  理解不能。 エラー? 折角、教科書を借りにいたというのに、これではどうしようもない。 それでも、私が古泉一樹に教科書を借りに行ったということには充分な価値があるように感じられた。

 ふと、目線を机上に移すと、先ほどの休み時間、古泉一樹に借りた日本史の教科書が視界に入る。 古泉一樹らしい、まるで新品のような綺麗な教科書。  授業中暇を持余したような落書きも、一片の破れや端折りもない、丁寧に使われてきた教科書。 裏表紙の隅に、意外なほど乱暴な筆致でI.Kとイニシャルだけ書かれた教科書。 古泉一樹の、教科書。  理由は分からないが、自分の物と内容的には全く変わらないはずのこの教科書が、妙に興味深く感じられた。 思考が段々、教科書を手渡してくれた古泉一樹の長門有希のそれとは違う、大きな手から、 自分に意見を求める時の少し首を傾げるような仕草、時々、本当に時々だけ見せる心の底から楽しんでいると思われる際の笑みを思い出し、 心拍数が上昇するのを感じた。 また、エラー。 最近、エラーが多い。 

 そのせいか、殆ど右から左へ流れていた日本史教師のページ指定の声に、自分としたことがワンテンポ遅れてページをめくった。 
開いた瞬間、そこで、息が止まった。 落書きがあったのだ。 
今の今まで、どのページも落書きどころか、書き込みもドッグイヤーと呼ばれる意図的なページの端折すら見えなかったというのに。 
しかも、その落書きの内容が、私の胸を詰まらせた。

 長門さん

 古泉一樹の外見や、物腰に似合わない乱暴な細い黒鉛での筆致。 
間違いなく、古泉一樹の字。 おそらく、いつも古泉一樹が使用している細い芯を使用している青いシャープペンシルで書かれた字。 〝長門さん〟とは、私を表す個体識別名称、長門有希を古泉一樹が表す際に使う呼称。  その文字の斜め左、45度地点には、長門有希、情報統合思念体、TFEI端末という言葉が、 これまた乱暴に、私の名を書いたものと同じシャープペンシルであろう細い線にぐりぐりと塗りつぶされる形で消されていた。

 長門有希ではなく、〝長門さん〟。 
情報統合思念体やTFEI端末という言葉が消されていたことから考えて、古泉一樹は、この落書きをした際に情報統合思念体が造ったヒューマノイドインターフェースとしての私ではなく、 SOS団の団員である、一人の高校生である、長門有希について考えをめぐらせていたことが想像できる。  

何故だか、それが、とても喜ばしく感じた。

 古泉一樹も、今の自分のように授業以外のことが気にかかり、違うことを考えてしまうことがあったのだろうか。  そのとき、私が古泉一樹を思い返したように、古泉一樹も、長門有希を思ってくれたのであろうか。 少なくとも、この字を書いた時、古泉一樹の脳内は、私のことだけであったであろうということに、なぜかしら、強い喜びを感じた。 

これも、エラー?

 


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