俺が北高で過ごした七転八倒の高校生活から9年が過ぎた。
我が青春のすべてを惜しみなく奪っていったあのSOS団も自然解散とあいなり、宇宙人・未来人・超能力者と連中にまつわる
頭の痛くなる事件の数々から晴れて解放された俺はあの頃希求してやまなかった健康で文化的な最低限度の生活ってやつを取り戻していたわけだ。
「つまらねぇ」
おいおい俺は何を考えている。
赤点ぎりぎりの成績にお似合いの大学へ進学し、大きくも小さくもない身の丈に合った企業に就職し……
特別なことなんて何もない、まともな人間にふさわしい普通の生活だ。これ以上何を望むってんだ?
「まるで靄のかかったような……実感の湧かない生っ…!」
馬鹿馬鹿しい。
この俺が『特別な世界』でどんなに無力で場違いな存在かはあの頃散々思い知らされたじゃないか。
明日も早いんだ。こんなとりとめもないことを考えるくらいならさっさと寝ちまおう。
俺は自分に言い聞かせると、畳の上に放置していた今日の朝刊を押し退けて布団に潜りこもうとした。
「……冗談だろ?」
何げなく目を落とした紙面の一角に、俺の目は釘付けになっていた。

『涼宮ハルヒ 逝去につき以下の通り葬儀・告別式を執り行います』

「もしもしあの、新聞を見まして…亡くなった涼宮ハルヒさんというのはどういった…」
あのハルヒが死んだなどと、事実であろうはずがない。お世辞にもありふれた名前であるとは言えないが、
浜の真砂ほど日本国民をひっくり返せば同姓同名の気の毒な涼宮ハルヒさんがいてもおかしくない筈だ。
そんな事を考えながら俺は死亡広告に記載された連絡先に電話をかけていた。
『……その声は、あなたですね?お待ちしていました』
間違いであって欲しい。そんな思いを裏切った電話口の声はあの頃と何も変わっていなくて。
「古泉か」
『ええ、お察しの通り。お久しぶりです』
「どういうことだ」
『ご覧になった通りです。……亡くなられたのは、あの涼宮さんですよ』

次の日俺は仕事を休み、ハルヒの告別式が行われるという郷里の鶴屋邸に向かった。

 

葬儀委員長なる肩書きを背負って忙しげにしている古泉を捕まえて型通りの挨拶を済ませ、祭壇へ歩み寄って焼香をする。
詳しい事情の一切省かれたあの広告に加え、電話した時古泉も口をつぐんでいた事から尋常な死に方ではない
──『機関』だか何だかの抗争に巻き込まれたとか。葬式を鶴屋さんの屋敷でやるというのも臭いしな──
最悪遺体の欠片も残っていないんじゃないかと覚悟はしていた。
「ハルヒ……?」
しかし棺からその一部を覗かせたハルヒの死に顔は安らかというか、まるで。
「お時間よろしいですか?」
忙しいのはお前の方だろう、古泉。それでこれからどうなる?できれば焼き場での見送りまで参加させてもらって色々と確かめたいところだが。
「いえ、今日はこのまま限られた参列者の方々と通夜に移ります。あなたにはこちらに加わって頂きたいのですが」
それは構わんが普通は通夜の後に告別式というのが筋じゃないのか?あいつの葬式らしいと言えなくもないが、何から何まで妙なことばかりだ。
「それでは少々お待ちください。本日の喪主をご紹介しますよ」
喪主だと?俺はハルヒの家族の事など何も知らない。場所を貸してる鶴屋さんという線もあるだろうが、俺はむしろ別な可能性を……

「ヤッホー!よくぞここまで辿り着いたわね。褒めてあげるわ!
 ……ってリアクション薄いのね。少しは驚きなさいよバカキョン!」
ご丁寧に『超喪主』の胸章をぶらさげたそいつに俺は昔とそっくり同じ反応を返してやったよ。
やれやれ。

それにしても趣味が悪いなハルヒ。
本人がピンピンしてるのに神妙な顔で集まったあんな沢山の人たちに悪いと思わんのか?
「まああたしの為に遠くから来てもらって申し訳ないとは思ってるわよ。
 みんなの顔を見ておきたいっていうのがそもそもの目的だしね」
それだけのためにあんな広告まで打ちやがったのか。
端から期待はしてないが少しはNOと言えるアナリストを目指した方がいいぞ古泉。
「すいません……うっ」
いつものニヤケ顔はどこへやった古泉よ。そこまで恐縮することもないぞ?
何で、お前はそんな泣きそうな、──まるで本当にハルヒが死んだような顔をするんだ──
「これは正真正銘あたしの葬式なのよ、キョン。あたしはこれから数時間後に死ぬ──死ぬ手筈になってるの」

通夜の席が設けられた屋敷の一室にはすでに見知った顔が並んでいた。
高校を卒業して実家の家督を継ぎこの屋敷の主人となった鶴屋さん。俺とハルヒの担任だった岡部。10年でずいぶん老けましたね先生。
喪服姿の艶めかしい奥様になった阪中に、当時はさんざん迷惑をおかけしたコンピ研部長氏。
相変わらずなアホ面に精一杯のシリアス成分を配合してるのは谷口じゃないか。そして、
「お前も来てたのか、佐々木」
他の面々と少し距離をとって座る佐々木は無言で目礼すると、俺にも席につくよう促した。
「皆さんお揃いになったところで、改めて説明したいと思います」
古泉が口火を切った。いつもの微笑みとも先刻の泣き顔とも違う固い表情だ。
「まずはこれを見てもらいましょう。涼宮さんの頭部を撮影したMRI写真です」
「正常な物と比較しないと判りにくいかもしれませんが、明らかに脳全体に白い病変が確認できるかと思います」
「……訳が分からねぇよ!涼宮の体に何が起こってるって言うんだ!?」
「谷口君、そして皆さん。涼宮さんの病名は……アルツハイマーです。極めて進行が早い、若年性のタイプの」
「既に脳細胞の多くが死滅。認識能力・学習能力に不可逆のダメージが出ています。
 現在涼宮さんが彼女を彼女として定義している特異な人格を保っているのも奇跡的な状態
 あと数年で確実に廃人、そして死を迎えるでしょう。我々の医学ではそれを防ぐ術はありません…」
岡部の喉からくぐもった嗚咽が漏れるのが分かった。俺はといえば、ただ何も言えず古泉の顔を見返すことしかできない。
「そして涼宮さんは、己を保っていられる間に自分の手で生涯を閉じることを選択されました。
 僕は彼女の決断を尊重し……そのための手段を提供しました。
 我々の用意した装置はスイッチ一つで彼女の体内に昏睡と心筋の麻痺を
 引き起こす薬剤を注入し、無痛の心臓発作によって死に至らしめるでしょう」
「決行は今夜過ぎ。それまでの数時間、僕とここにお集まり頂いた皆さん
 一人ずつ順番に涼宮さんと最後の時を過ごすことができます。
 ……それぞれが決めて下さい。彼女を止めるか、それとも黙って見送るか
心の決まった方から涼宮さんのもとへ」
「最初は、僕が行きます」

こうして今はまだ生きているハルヒの通夜が始まった。
俺達それぞれがハルヒとの最後をどう締めくくるかという、答えがたい課題を突きつけられた形で…!

~一人目 古泉一樹~
「やっぱり最初は古泉くんだったわね」
僕が涼宮さんが最期を過ごす場所として用意した鶴屋邸の「離れ」に入ると、
彼女は普段と変わらぬくつろいだ調子で第一声を放ちました。
……それはそうでしょう。他の皆さんは急に事情を知らされたばかりで、少なからず混乱している。
それにここまでお膳立てさせて頂いたからには一番槍の名誉くらいにはあずかっておきたいですしね。
「そう、今回は話の分かる友達がいてくれて本当に助かった……感謝するわ」
貴女の世話を焼くのは僕の使命でしたからね。9年前も、そして今も。改めて礼にも及びませんが
「何というか、逆だと思うのよ。死んでからみんなに集まってもらっても当人には何が何だかわからない…
 せっかく集まってもらうなら、死ぬ前に会い、話があるなら話しておくべき……」
なるほど。
「死ぬ前に話すならあの高校時代の仲間たち。そこでこうして古泉くんに無理を言ったわけ」
そんなことは構わないんですが、涼宮さん…本当に、これでいいんですか?
「本当に……これで死んでしまって…っ」
「もちろん!」
涼宮さんは、あの頃時折彼や長門さんにだけ向けていた穏やかな笑みを見せてくれました。
「掛け値なし……あたしはこのまま死にたいの」

僕はずっと迷ってきました。こんなことを……
10年以上の付き合いの、僕を友達と呼んでくれる人の死に手を貸すような真似をしていいのか…?
平静を装ってこんなことができる僕は…本当に冷たい人間なんじゃないか?と
「それは違うわね。冷たい人間がこんな面倒に首を突っ込んだりする?冷たい奴っていうのは、いつだって傍観者なの」
「古泉くんは、温かい人よ」
「……一つだけ、一つだけ約束してもらえませんか」
僕にはもう貴女を止めることはできません。でも、これから僕以外のみんなが、それぞれのやり方で引き止めようとするでしょう。
少しでも心が動いたら。やめよう、延期しようと思ったら、意地で死んだりしないで下さい…!
「それを…誓ってくれませんか」
死ぬときは、心から死ぬ……

「次、行ってください…考えの決まった方…!」
ハルヒの下から戻ってきた古泉の呼びかけに、まず呼応したのは。
「あたしが行く。いくら病気でも、ああして元気なのに…まだ命の灯があるのに、死ぬなんて間違ってるのね」
あたしが涼宮さんを止めてくる…
二人目は、阪中……

 

阪中がこの部屋を出ていって20分。重い沈黙を破ったのは谷口だった。
「俺も阪中と同意見だっ…」
「認めねぇ。そりゃああいつ自身の決断を尊重すると聞けばもっともらしい話だと思うが…
 人が一人、それもあの涼宮が死のうって時に…そんな物分かりのいい事を俺は言いたくねぇっ……」
確かにお前の言う通り、俺たちの誰もハルヒに死んでほしいなどと考えてはいないさ。
だが……あのハルヒが正常な意識のもとで下した結論ならば、そうそう翻るとは思えないじゃないか。
どんな言葉をあいつにかければいいって言うんだ?
「涼宮じゃねぇっ……俺だ!俺が涼宮に生きて欲しいんだ!俺は俺の気持ちを尊重して行かせてもらうっ…」
相も変わらず空気の読めない三国一のバカ、谷口。
うつむいた目を赤く腫らして帰ってきた阪中と入れ替わりに離れへ向かう
奴の背中を見送りながら、残された俺はひどく悲しい予感にとらわれていた。
谷口の言葉は真っ直ぐで、その想いは誰より純粋だ。何の嘘も飾りもない心情をぶつけるにちがいない。
……だが、それでもハルヒの心を動かすには至らないだろう。
心と心の不毛なすれ違い……ハルヒが最期に望んでいるのは…もっと別の何かじゃないのか……?

二人目阪中 三人目谷口 四人目岡部 いずれも説得ならず……

「当然の結果だね。あの団長さんが人に説得なんてされるものか」
「勝負だよ、勝負!生き死にを賭けた真剣勝負っ…」
五人目、コンピ研部長に秘策あり
「この僕が倒すっ……止めてくる…」

 

「あの高校時代に受けた精神的苦痛と敗北感…忘れようにも忘れられないっ…!死ぬ前に僕と勝負し」
「いいわよ?」メキメキ…「おおおおおっ!ギブギブ!」
勝負という言葉を口にした刹那、僕の頭は万力のような握力で締め上げられた。
蹴りが飛んでこなかっただけまだマシだが、相変わらずムチャクチャだ!人の話を聞けっ!
「勝負とは口に出したその瞬間から始まるのよ。敗者が後から何を言おうと
 言い訳でしかないわ。…顔色が悪いわね。何か飲む?」
顔色が悪いのは君のせいだよ。
僕の心の声を盛大に無視した団長さんは離れの一角に置かれた机からグラスを取り出した。
「ジュースでいいわよね」
お心遣いはありがたいので果物鉢のリンゴを素手で握り潰すのはやめてください。おたくはどこのエリック一家だ。
「日の当たらないオタク暮らしでちゃんとビタミン摂ってないからそんな青白い面になるのよ。
 …それで何の話だっけ?コスモクリーナーなら渡さないからね」
通夜の席に下品な男は無用だ。早く本題に入らないと。僕の精神が保ちそうにない…


「最初に言った通りだ。あの頃の無念を晴らすため、この僕と決着をつけてもらおうっ…」

「フフッ…それでそんな物わざわざ持ってきたわけ?」「そうさ」
僕は携えてきた二つの鞄からノートPCを取りだし、卓上に広げた。
「The Day of SagittariusⅢ…こいつで生き死にを賭けた勝負だ」
「生き死に……?」「そうだ。もしこの勝負で僕が負ければ」
鉢に盛られた果物に添えられたナイフを取り、自分の喉元にあてがう。
…例え手は震えていても、僕の心が震えることは決してないだろう。
「死のうっ……その代わり僕が勝ったら…君は生き抜くんだ。何があろうとも」
死にたい人間を殺しても意味はない。僕が勝ったら君の命は僕が預かる…
「面白いわね。辛気臭い話や説教が続くと気が滅入ってくる…
 それより割り切って勝負に持ち込まれた方が気も楽…」
「でも、ちょっとそれは無理ね」
「どうしてっ……!?」

「あたしにはもう…そんな難しいゲームは分からないのよ…」

くうっ……
「同じゲームは使うが…別の種目だっ……」
「余計な要素は一切なし…純粋な一対一の勝負っ……」
ハルヒ対コンピ研部長
その決着はThe Day of SagittariusⅢ タイマン一本勝負…

 

(ククッ……)
本来ならば、誰が相手であろうと僕に圧倒的に有利な勝負だ。
この僕自身が高校時代に設計したゲーム……システム自体はベーシックなものだが、
デバッグ作業と合わせての累計プレイは数百時間ではきかない。
たとえ類似のメジャータイトルをどんなにやり込んだプレイヤーを相手にしても
当たり判定のわずかな癖から処理速度の限界まで知り尽くした僕の優位が崩れることはないだろう。
(だが……相手がこの涼宮ハルヒとあっては話は別っ…)
かつて僕は彼女が率いる素人集団SOS団に絶対の自信をもって挑み、敗れた。
今にして思えば、こちらが策に溺れ油断を生じたこと、相手方に超級ハッカー長門有希が
「偶然」属していたことも含めて、彼女はあの時勝利を引き寄せる何かを持っていたのだ。
(それでも僕は勝つ…倒さねば彼女、涼宮ハルヒが死ぬ)

「引き分けは勝負なしよ」
PCが立ち上がりゲームサーバーに接続するまでの僅かな時間。
彼女はディスプレイに目を落としたままさりげない風に言った。
「もし引き分けたら勝負なし…再戦もなし。アンタは生き…あたしは死ぬ」
「それが…唯一あたしに残された道なのよ」
「……いいだろう。引き分けたら、好きにしろ…勝手に死ぬがいいっ……!」

ハルヒvsコンピ研部長 最終戦
・使用するのは両軍の旗艦隊のみ
・分艦隊ルールなし
・補給艦なし EN自動回復制
・パラメータ固定

 

ショスタコービッチの交響曲第7番「レニングラード」。
壮重なクラシックを模したチープな電子音、僕のような人間にとっては子守唄より聞き慣れた調子とともに
コンピ研連合軍旗艦『ディエス・イラエ』は二次元の海に姿を現した。
そしてこの深遠なる宇宙の闇の向こう、我が艦隊に付属する申し訳程度の索敵範囲の外に
倒すべき敵『ハルヒ☆閣下艦隊』がその威容を潜めているのだ。

……実のところ、今回の勝負の肝は極めてシンプルだ。
僚艦も居なければ分艦隊もない、両者の戦闘能力も全く同じとあっては賢しらな戦略なぞ何の役にも立たないではないか。
リアルタイムシミュレーションではなくシューティングゲーム……
あるいは航空機同士の遭遇戦のようなものだ。闇の中を手探りで相手を求め合い、先に仕掛けた方が確実に勝つ。
団長さんは例の性格から言って画面の正面、僕のスタート地点に向けて迷わず直進してくるだろうな。
それならこちらは索敵艇を展開して動かず待ち構えていれば、彼女の艦隊が推進剤を消費している分有利に戦えることになる。
(……と、普通なら考えるだろうがね)
あえて大迂回っ……!
彼我のスピードを頭に入れながらマップ端を進み、すれ違うであろう頃合いでスペースキーに手をかける。
命を賭けた戦い、まっとうにやって絶対確実な勝利など得られるものか……
The Day of SagittariusⅢ完成版 ディエス・イラエ艦隊に実装された全ENを消費して使用する特殊兵装……!
(索敵モードOFF!!)
拓ける視界。効果はわずか数秒間だが、必要にして充分。
(読み通りぃ!あとはENが回復次第回頭即追撃っ…)
僕は見たのだ。この世を去ろうとする彼女自身の姿のように、背中を向けて疾走していく紅い艦列を。

かつてSOS団に我がコンピ研が敗れた原因を鑑みれば、つまるところ彼らには僕のイカサマを
看破しそれを逆手にとって挽回する時間的余裕があった。この一点に尽きる。
今回はイカサマのタネこそ前と同じだが、彼女がそれに気付ける時はすなわちこの僕が背後に忍び寄り致命の一撃を加えた時だ。
一対一の同条件下、奇襲を受けた側に逆転の目はない…… まして一度自分の目で確認した真後ろは索敵を行ううえでの心理的盲点
(今の彼女は死角に回られたことに気付かぬ剣客のようなもの
 天才というべき相手を殺すのに二度目三度目はない 天才は初太刀で殺す これが鉄則……)
EN回復っ…!刺す…無防備な背を…

「どこに隠れてる?何か企んでんのかしらね」
…どこまで直進する気だ。いつまでも最大戦速で進まれてはなかなか攻撃に移れ…?
「あらもうマップの端。前にいないってことは後ろね。……見っけ!」
ああ!?

こともなげに船首を返したハルヒ艦隊の前に僕の鼻っ面が向けられている。
無為な追跡のためにENを浪費した状態の艦隊が…
「バカなっ…!?」「地獄の業火に焼かれなさいっ!」
放たれたビームの光状が僕の艦隊を灼く。おっとり刀で応射するが僅かに艦船の減りが早いのはこちらの方だ。
(突っ込むしかないっ……ビームではラチが開かぬ 魚雷を至近距離で当てれば逆転もあるっ……!)
砲撃を浴びながら肉薄する。相手が退いてくれればビームの撃ち合いでも押し返せるかっ…?
「なっ……」
紅い艦隊は退かず、逆に前進してきたのだ。両者が交錯し、刺し違えるように互いに魚雷を放つ。

暗転。画面に浮かぶドローの文字。
(止められなかった…僕は彼女の死を……)
コンピ研部長 敗北に等しい引き分けを得る

「終わったわね?」「……ああ。まるで最初から君の掌で踊っていたようだよ」
僕の策を見抜いていたのか?それともただの偶然か?彼女が引き分けという結果を望んだからこうなった?
凡人の僕が運命に翻弄される木の葉なら、彼女の才気はまるで天上を進む星のようで…
「認めるよ。君に朽ちて死ぬなんて似合わない …消えろっ……高みのまま…」
人は自由に生き、自由に死んでいきたい…ただ、彼女はそれをやろうとしているだけなんだ…
恥じることはないっ…!死のう…時 満ちたなら……!

五人目コンピ研部長が去る 残りは三人…

 

「久しぶりだねっ!」
「久しぶり。今度のことはあなたにも面倒をかけてごめんなさい」
「気にすることないさっ。元SOS団名誉顧問としてこのくらいのことはさせてもらうよ。……早速だけど、行こうか?」
「行く……?」
「ハルにゃんが人が何を言おうと気にしない子でも、もう無理っ……オリられない…
 いくら生き延びたくなっても、もう自分からの撤回は不可能…でも大丈夫さっ」
「あたしがハルにゃんを……拉致するっ…!」
変則通夜 六人目っ…鶴屋さんっ…!

「……」
「とぼけることないさっ…!生きたくないはずがない…
 イツキ君のお仲間とは別口で、あたしん家のこわーいお兄さんたちを待機させてるさっ。
 ここはあたしの屋敷、何が起ころうと誰にも文句は言わせない……」
「救ってあげるさ!あたしが……」
「鶴屋さん。あなたは優しい人だからこう思っている……アルツハイマー
 なんかになってしまってなんて涼宮ハルヒはかわいそうだ……と」
「そんなことっ……」
「なるほどこんな病気になったのはツイてない…最悪ね。でもそう一概に言えるもんでもないのよ。
 あたしに言わせればむしろ鶴屋さん…あなたの方がかわいそうなのに」
「……!」

「……どうでした?ハルヒは…何と…?」
部長氏に続いてハルヒの下に向かった鶴屋さんが戻ってきた。
すでに面会を済ませた人々はあえて顔を上げようともしなかったが、俺は難しいと知りつつ聞かずにはいられない。
「いや~~駄目さっ。変えられなかった、考えは…」「そうですか…」
落胆を隠せない俺を見かねたか、自分に言い聞かせるためか鶴屋さんは確かな口調で続けた。
「ただ……突破口はあるかもしれないよっ。ただ死にたいだけなら懐かしい顔を集めようなんて考えるかい?
 この通夜はハルにゃんの生への希求が仕組んだ…最後のSOS……」
ちょいと二人で話せないかなっ、という鶴屋さんの誘いで俺たちは庭に面した廊下へ出た。
暗い中にも良く手入れされているのが分かる格式ある庭園だ。
「……??」
鶴屋さんは意味ありげに目配せすると、素足のまま庭へ降りてみせた。そんなことしたら高級そうな服が…
「何というか、縛られてるよねっ。あたしは今無理してやってるだけさ。
 靴をはかずに庭へ降りる……こんなちっぽけな事ひとつ取っても、縛られてる…」
「これがハルにゃんなら何にも気にせず歩くだろうね。気が向いたら歩けばいい。何の不都合があるもんかい」
俺に背を向けたまま鶴屋さんは話し続ける。……なんて弱々しい背中なんだ。
あの頃いつも闊達で飄々としていた鶴屋先輩が。こんな立派な屋敷の主で
本当なら俺なんて声もかけられないような人が、今だけはひどく小さく見えた。
「何もかも持ってるみたいで、その実何も持っちゃいなかったのさっ。
あたしは成功をただ守るだけの番人……自由に生きることも、自由に死ぬこともできない」

(悲しい時に泣けず…笑いたい時に笑えず…棺よ。鶴屋さん、あなたは棺の中にいる)

「それでも、たとえ不自由な生であってもあたしには捨てたりなんてできない。不自由なりに自分の務めを果たしてきたことが誇りでもあるしね…ジレンマさっ。
 自分が自分として生きられないから死ぬ…そんなハルにゃんの気持ちを受け入れきれない…だから救えない」
ああ、この人も俺と同じだったんだ。不自由な、実感なき生をそれと知りつつなお生きている。

「強いて言えばハルにゃんと同じ匂いのする……あの子しかいないかなっ」
先ほどまで居た部屋の戸が開き、漏れてきた光が俺と鶴屋さんを照らす。
……佐々木。

 

変則通夜最終面談 キョン&佐々木

「…………」
ハルヒの生死を決めるこの変則通夜最後の回、俺は行き詰まった沈黙の中に居た。
「僕と彼女は元来キョンを通して知り合った仲だ。それなら君を交えて三人で話すのが筋じゃないかね」
との言に従ってはみたが、肝心の佐々木は離れに入って簡単に挨拶を済ませたきり
安楽椅子に腰掛けたハルヒの横顔を見つめて黙ってしまった。
当のハルヒは俺たちに構う風も見せずくつろいだ姿勢のままだ。
これだけ見ているととても死を前にした人間とは思えないが、肘掛けに置かれた腕に
取り付けられた点滴のような設備が否応なしに俺を現実に引き戻す。…自殺幇助装置。
俺が止めなきゃ、ハルヒが死んじまうっ……でも、どうすればっ……

「……ぷっ、あはははは!キョン!あんた変な顔っ」「く……くく…くくっ、すまないね、ふふ」

唐突にハルヒが吹いた。つられて佐々木も笑い出す。
どうやら思索の沼に嵌まりこんだ俺の顔が二人の笑いのツボを刺激したらしい……っておい!これでもこちとら真剣なんだよ!
「ぷぷぷっ……まあいいわ。だいたいそんなに黙って悩むことないでしょ?動けば何かが変わるもの……
 変化の中でまた考えながら進んでいけばいいのよ。まどるっこしいったらありゃしないわ」
そうは言っても失敗したら死ぬのはお前なんだぞハルヒ。
あの頃はピンチになれば長門や未来の朝比奈さんが示唆を与えてくれたが、今の俺には何の指針もないんだ。
……いや、これは言い訳だな。かつてハルヒの居ない、長門も古泉も朝比奈さんも普通の人間になっちまった世界へ
放り出されたとき、俺はなりふり構わず動いたじゃないか。元通りの仲間たちみんなに会うためによ。
今の俺はただ保留してるだけっ……くそっ!

「いい、キョン。失敗した時のことなんて考えなくていいの。
 もっといい加減になればいい……真面目であることなんて悪癖よ。
 それがあんたを止めてきたのね。この9年間」
……分かるのか。ハルヒ達と別れてからの俺のこの停滞が。
だが、俺はお前みたく強くて何でもできる人間とは違うんだよ。
今だってお前が死んじまったらと思うと怖くて何も話せなくなっちまう。
「強い者も弱い者もないのよ。弱くても、才能があろうとなかろうと輝いてる人間はいっぱいいるでしょ?
要は勝負してるかどうかか……その結果人生そのものが失敗に終わったっていい。まるで構わない…あたしはそう思う」
「成功を求めるな、と言ってるわけじゃないの。成功か失敗か、そんな結果に
 囚われて立ち止まってしまうこと、熱を失ってしまうこと。こっちの方が問題…」
繰り返すっ……失敗を恐れるな…

俺がハルヒの言葉に喉を詰まらせていると、佐々木がゆっくりと口を開いた。
「……涼宮さん。まず最初に、僕はキョンたちと違って君の生死そのものにさしたる関心は持っていないことを告白しなくてはならない。
 見たところ君は鬱病でもノイローゼでもないようだ。ならば僕にはあえて君を止めるべき理由がない。
 だがその前に聞いておきたい。我々が生きるということはつまるところ、
 生きている理由、死ぬ理由をさぐり求める営みのようなものだと僕は考える。
 そこで君はこうして死を受け入れるに至って、何らかの思想、教えのようなものを見い出したのかい?」
「『さぐり求めるということは、自分の求めるものだけを見、自分の求めるものだけを考え、
 結局何も心に受け入れることができないということになりやすい。
 これに反して見い出すとは自由であること、心を開いていること、世界をありのままに受け入れることである。
 世界を愛することを学ぶためには、自分の希望し空想した何らかの世界や自分の考えたような性質の完全さと
 この世界を比較することはもはや止め、世界をあるがままにまかせ、世界を愛し、喜んで世界に帰属するためには、
 自分は罪を大いに必要とし、歓楽を必要とし、財貨への努力や虚栄や、極度に恥ずかしい絶望を必要とした』
 …まあ、こんなところかしらね。言葉で伝えるのは疲れるし、難しいけれど」

「世界をあるがままに受け入れると言ったね。ならば君がアルツハイマーになったということも
 君の人生の一部として受け入れるべきではないのかな?
 それで初めて涼宮ハルヒの人生が完結するというもの……違うかい」
「もちろん人は放っておいても死ぬんだから、あたしも通常それに合わせる……
 でもあたしはこれから数年間、半ば眠ったような意識で人の世話を受け、わけのわからないまま死ぬことになる。
 幸いあたしは古泉くんやみんなの助けでこうして自分を保ったまま死ぬ道を見つけることができた。
 だから死ぬ……結局、好き嫌いの話なのよ。命より自分が大事。充分よ。もう、充分……」
ハルヒが装置のスイッチに手を掛ける。やめろ、まだもう少しだけ……!
「まだだっ……!ハルヒ!何で諦めちまうんだよ!まだ話したいことだって沢山ある!
 長門と朝比奈さんは居ないけど、まだあんなに仲間がいっぱい居るじゃねぇかっ……」
古泉の話ではハルヒの能力は随分前から発揮されなくなっているらしい。
だが、そいつを今目覚めさせることができれば……
世界を受け入れる?お前のいなくなる世界なんてくそくらえだっ…!
「悔しくないのかっ…?無念じゃないのかよ!ハルヒっ……!?」
呼びかける俺をハルヒが顔を上げて見返す。……ハルヒは、泣いていた。
「無念……当たり前じゃない。死ぬのは悔しい…」
「でも、これが生きてる証なの。人生なんて上手くいかないこと、理不尽なことばかり…
 それでもそんな中で願いを持つこと、同時に今ある現実と合意すること…それを教えてくれたのはキョン、あんたとSOS団だったのよ」
「宇宙人、未来人、超能力者、異世界人……不思議なことは一つも見つけられなかったけど、代わりにあんたと二人で有希と、
 みくるちゃんと、古泉くんを見つけた。不思議を見つける代わりにみんなと出会えた。それでよかった。きっと不思議そのものが見つかるより……」
「ハルヒ……」
薬液がチューブを通してハルヒの体内に送り込まれていく。
ハルヒの命の鼓動を止める薬が……
「WAWAWA……うぉっ!?涼宮!涼宮ぁ!!」
俺が大声を出したから気付いたのか。谷口を先頭に仲間たちが一斉になだれ込んできた。
「みんな勘がいいのね……」
「涼宮さん!涼宮さん!」「涼宮っ…!」「ハルにゃん……」
ハルヒは、最後に笑ったように見えた。

あれからもう二年になる。
俺は会社を辞め、古泉と行動を共にするようになった。
ハルヒの死によって『機関』の仕事もなくなったように思っていたが、今後起こりうる世界を変えるような存在の出現や
未来、宇宙からの介入に備えるための組織として細々ながら存続していくらしい。
これが本当に俺の進むべき道だったのかはわからないが、ハルヒの言う通り人はいずれ死ぬのだ。
それなら少しでも自分の意に沿う方向で生きればいい。
……思えばこの二年、何かにつけてハルヒのことを考えている気がするな。
ハルヒがまだ生きていた空白の9年間よりはるかに多く。
「それは涼宮さんがあなたの中で生き出したということでしょう。
 彼女は常にあなたの心の中に在り、共に歩み、共に笑い、共に苦しんでくれる永遠の同伴者に」
……よくわからないが、そういうことなのかもしれないな。
「ご存知ですか?」
古泉は少しだけ胡散臭さの抜けた笑顔で付け加えた。
「人はそういった存在を、神と呼んでいます」


「……佐々木か」
「やあキョン、君もこれから彼女のところかい。そういう事なら同道しようじゃないか」

「なあ佐々木。お前はもしハルヒと同じ立場になったらどうする?」
「……僕か。僕は生きるだろうね。どんな状態になっても、見苦しくても最期の一秒まで生きる……」
「ハルヒとは違って……か?」
「違う?」

「僕も彼女と同じなのさ。誰もがそれぞれ自分らしく生きて、自分らしく死ねばいい。何の違いがあるというんだい」
佐々木は笑った。その表情がハルヒの最期の笑顔と重なる。
「…ああ。ハルヒには向こうで少し寂しい思いをさせるかもしれないが、俺たちは生きようじゃないか」

 

 

涼宮ハルヒの通夜編

キャスト
赤木しげる   涼宮ハルヒ
金光修蔵    古泉一樹
健        阪中
鷲尾仁     谷口
浅井銀次    岡部先生(特別出演)
僧我三威    や【禁則事項】
原田克美    鶴屋さん
井川ひろゆき  キョン
天貴史      佐々木(友情出演)

スタッフ

超監督・主演  涼宮ハルヒ
助監督      古泉一樹
映像技術    長門有希
撮影       周防九曜
総合演出    喜緑江美里
大道具      橘京子
メイク・衣装   朝比奈みくる
カメラの三脚を手で押さえる係
          ポン☆ジー藤原
撮影協力    鶴屋邸
          西宮市営霊園
原作
福本伸行『天 天和通りの快男児』竹書房


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