We were soldiers?

 

小気味良い快音と共にプルタブを開ける。
鼻腔を嗅ぎ慣れた、それでいて飽きることのない香ばしい香りが擽る。

「どうです。お気に召しましたか?
 コーヒーは多少嗜む程度なので、どの銘柄があなたの一番の好みか判断しかねたのですが」
「ああ、これでいい。つーか買ってきてもらったもんに一々文句つけたりしねえよ」

それもそうでしたね、と微笑を浮かべる古泉。
対抗するわけではないが、ムカつく苦笑を返して俺は缶コーヒーに口をつけた。
――旨い。
口の中に広がる苦味が、午前の授業中に意識の中枢にまで侵攻していた睡魔を退けていく。

「……ふふ、あなたは本当に美味しそうにコーヒーを飲みますね」

気色の悪い感想を零すな。ついでにこっちを見つめるのをやめろ。

「おやおや、そんな自覚はなかったのですが」

古泉の柔らかく粘っこい視線を避けて、俺は自然と空を見上げた。
雲一つない清々しいほどに澄み切った青空。
さんさんと降り注ぐ日光がまばらに植えられている広葉樹を彩り、
幾重にも重なった葉から漏れ出た光は、中庭に崩れ気味の幾何学的模様を描き出している。

「平和だな」

"コロン"という擬音が似合うほどに、その言葉は口の端から自然に零れ落ちた。
恐らく……俺の表情はどうしようもないほどに腑抜けているに違いない。
先程まで奮闘していたカフェインも無限増殖する睡魔に降伏宣言したようであり、俺の脳は再び休眠状態に陥ろうとしていた。

「ええ、あなたの言葉に間違いはありませんよ。
 こんな風に穏やかな昼休みを過ごす日がこようとは、一年前までは夢にも思っていませんでしたからね」

まどろみつつある頭を右手で支え、左手で缶コーヒーの中身を口内に注ぎ込む。
これでしばらくは持つだろう。流石に午後の授業までカバーしてくれるとは期待してないけどな。

「一年前……か」

口元に手をあてて懐かしむような仕草を見せた古泉に、意味もなく苛立ちを覚える。
俺はいつの間にかその行動を真似していた。出来心。そう、なんとなくだ。

「あの頃は毎日が戦争でした。
 彼女の精神状態も落ち着いているとはいえ、いつ何時作動するか予測できない時限爆弾程度には不安定でしたからね」

おいおい、ハルヒを危険物扱いするのはやめてくれ。

「失礼。彼女を貶すつもりはなかったんですよ。
 ただの例えですからお気になさらず。
 しかし――彼女を歩き回る時限爆弾と例えるならば、
 さしずめ僕達はその時限爆弾を守りつつも戦場で激戦を繰り広げた兵士、と言ったところでしょうか」

お前の例えは分かりやすいようで分かりにくい。
まあ俺が使用する比喩も必ずしも適当とは言い難いのだが。

「おや、そうですか?
 僕自身、この比喩が一番しっくりくると自負しているのですがね。
 それはさておき……
 迫りくる敵軍。保護すべき対象であるはずの涼宮さんの暴走。
 僕達はそのような過酷な状況の中、前線で最後まで戦い抜きました」

数秒の間。
古泉はそれから含みのある笑いを浮かべて、

「彼女の保持する危険な能力……それが一人の兵士によって無効化されるまで、ね」

俺は数秒間その言葉を吟味し、暗喩の意味を理解した。
こいつ……俺をおちょくってやがる。ちょっとばかしシメる必要がありそうだな。
だが俺が怒気を露にした表情を見せる前に、

「すみません、語弊がありました。
 少し考えを廻らせれば単純なミスに気付けたはずだったのですが。
 戦場から無事帰還できたのは、僕達、ではなく僕だけでした。
 あなたはまだ前線に立っている。それも"飛びっきり"の前線にね」

古泉は意味深な言葉を残して背を向けた。
最後の言葉の意味を解せないまま、俺はヤツが歩き去るのを見送った。
がしかし、そんな硬直状態も瞬く間に消え去ることになる。

「キョーンー、昼休み終わるまでに部室に来る約束、忘れたんじゃないわよね?」

俺が古泉に向けた怒気を、遥かに凌駕するオーラ。不味い。非常に不味い。
恐る恐る振り返る。予想通り眼前には、仁王立ちで俺を見据えるハルヒの姿があった。
古泉の最後の言葉の真意が、脳に浸透していく。

「ふぇ……今度のデートどうするかあんなに悩んでてあんたと決めようと思ってたのに……」


しかし事態を諦観していた俺とは裏腹に、ハルヒの声は急に弱気になった。
はぁ、最近はずっとこんな感じだな。調子が狂うね。
別に怒声を浴びせかけて欲しかったわけじゃないんだが、
困ったことに、こんな庇護欲をそそるハルヒの姿を見ると我慢できなくなっちまうんだよ。

「ハルヒ?」
「なによ!……むぐ」

唇と唇を合わせるだけのフレンチキス。
それでもハルヒの機嫌を元通りにするには十分すぎたようで、

「そ、そんなことしても許さないんだから」
「はいはい、そんじゃ部室にいくとしますか」

俺は頬を紅く染めたハルヒの手を引いて歩き出した。
ああ、古泉。確かにお前の言うとおり、俺は今も前線真っ只中みたいだな。

 

END


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