私は何故覚束ない足取りで、街をさまよっているのだろう?いや分かっている飲み過ぎだ…。
 
私だって人間だ…社会人森園生。機関のエージェント森園生。2つの仮面を被り暮らす事に疲れ、酒に溺れる事もある。
まぁ機関に所属している以上、会社にアフター5を共に過ごす同僚もおらず、介抱してくれる男も居ないが…もう慣れた。
 
「ふぅ…」
メンソール煙草に火を着け、公園のベンチで一服する。細く紫煙を登らせながら私はふと、機関に所属していない自分を想像してみる…[普通の社会人として暮らしている自分]を…らしくない…飲み過ぎた用だ。
 
最近は落ち着いているとはいえ、涼宮ハルヒの能力が消えたわけではない。夜中に任務が入るかも知れない可能性を考えると迂闊だったようだな…。
 
「おっと…大丈夫ですか?」
 
らしくない事は続くらしく、私は立ち上がる時に足をもつれさせたらしい…。近くを歩いていた男子校生に抱き止められていた。
 
「ごめんなさい…ちょっと飲み過ぎてしまったみたいで…。」
 
私は恥ずかしさを隠すように立ち去ろうとしたが、クラクラして思うように行かない…。
 
情けない事に男子校生に少しベンチで休んでいけと言われてしまった。
 
よく見ると古泉と同じ制服を着た彼は、私が心配らしく、私の顔から赤みが消えるまで話相手になってくれた。古泉の様に長く話すでも無く、涼宮ハルヒの「彼」の様にひねくれ話すでも無かった。ただ私の話を聞いて相槌を打って笑顔くれる…。
 
何となく癒やされた気分になってお礼を言うと
 
「僕で良ければ何時でも聞きますよ?」
 
と言ってメールアドレスと名前を書いた紙をくれた。
 
tekitou.kkpurudegomen@ezweb.ne.jp
国木田
 
 
また…疲れた時にメールでもしてみようと思う。
 
 
いいよね…私にもこんな日があっても…
 
 
 彼と別れた後、帰路につきながら酔いから醒めた私は考える。アレは新手のナンパだったのだろうか?
いや、確かぶつかったのは私からだし、介抱もして貰ったからのだから…疑うのは良くないだろう…。
 彼はナンパと言うよりは、大人しい感じでどちらかと言うと、可愛らしくて私の好みタイ………って違う!
なに考えてるの園生!!私は正太郎コンプレックスなる特殊な性癖は持ち合わせて居ないはずよ!?
そう…性癖云々は古泉だけで十分…駄目だ…早く帰ってお風呂でスッキリしなくては……
 
 結論から言うと、私はゆっくりとお風呂に入ってもスッキリはしなかった。そう…今も私はベッドの中で脳内会議をしながら携帯電話とにらめっこをしている。
議題は勿論…彼にお礼のメールを送るか否か。
いや、私は彼に助けて貰ったのだお礼のメール位常識だろう。しかし…アドレスを貰ってすぐにメールを送ると言うのは…軽い女に見られないだろうか?
………馬鹿馬鹿しい、私は初めて恋を知った中学生ではないのだ。良識ある大人なのだ。ならば、お礼のメールを送り、彼に菓子折りでも渡せば良い…それが普通の筈なのに…。私はどうしてしまったのだろう?
 
 
 
 情けない事に私は、その夜3時間もベッドの中で悩んだ末
[今日は私の下らない愚痴を聞いてくれありがとう]
という何の変哲もないメールを送る事しか出来なかった。
 
 明くる日。何故か仕事中にまで、私は何故もっと気のきいたメールが出来なかったかを考えていた。
 彼は古泉や[涼宮ハルヒの彼]と同じ制服を着ていた。恐らくどちらかに聞けばそれなりの情報を得られだろう。
そう考えた私は会社の喫煙所で一服しながら、古泉にメールでも送ろかと携帯を取り出すと…彼からメールが来た。
彼も昼休みなのだろうか?何となく嬉しい気持ちでメールを読むとメールには
[ご丁寧にメールありがとうございました。
昨夜は急にアドレスを渡してしまってすいません。
僕も年上の方とあんな風に話したのは初めてで…何だか緊張してしまって…。あっまたいつでも話聞きますので、メール下さい。
後…今度は僕の愚痴にも付き合って下さいね?(・ω・)/]
簡潔だが、可愛らしいメールのおかげで私はその日1日良い気分で過ごすことができた。
 
 
 それから私達はたまにメールでやり取りするようになった。内容はたわいも無い世間話や、彼の勉強の事、趣味や私の愚痴…等々。機関があるためあまり会社の同僚と友達付き合いしない私にとっては、とても新鮮で幸せな一時だった。
 彼とのメールで分かったのは、どうやら彼は[涼宮ハルヒの彼]キョンとは友人らしい…妙な縁だ…。
 
 
 メールのやり取りを始めて一週間位だろうか?彼から会って欲しいとメールがきたのは……
 
 
それは金曜日の夜の事だった。
私は帰宅しいつものように彼とメールしようと携帯電話を開くと[急だが日曜日に会えないか?]という内容のメールが来ていた。
会う?彼が?私に?どうしたと言うのだろう…。以前メールで言っていた「僕の愚痴もまた今度聞いて下さい」という事なのだろうか…? 否。それなら普段のメールで構わないだろう…無粋な…彼が私に会いたいと言うのだ。理由を深読みするより、素直に喜べ良い…。
と頭は理解を示してくれるらしいが、心はどうやら物分かりが良ろしくないらしい。……って素直に喜ぶって何なんだ?!私は彼を良き友人として好いているだけで、別に一人の男性として……って別に友人の誘いなら喜んでも良いではないか?
……はぁっ……ダメだ私は…会ったら余計な事をしそうだ…。しかし何と言って断ろうか?
 
 
………おかしい……私は断りのメールの内容を思案していた筈なのに、今私の携帯電話には彼からの「はい。では昼1時過ぎに駅前で…。ありがとうございます。ではお休みなさい」などというメールが表示されているのだろう?
私が思案している間に誰かがメールを打ったのか?妖精さん……とか?ってそろそろ見苦しいわよ園生…。
 
 
予定が出来たなら仕方ない、取り敢えず後続の憂いは断っておかなければなるまい。
「もしもし、珍しいですね?貴女が僕に電話してくるなんて…」
3コール目で電話にでた爽やかで胡散臭い機関の同僚は、相変わらず一言多い。顔は機関でもトップクラスなのに、勿体無い…。
「用件だけで悪いけど…明日・明後日絶対に涼宮ハルヒの機嫌を損ねないよう行動して、絶対よ?閉鎖空間を発生させるような事態になったら…カイザーノヴァで光になって貰うから」
「ちょっ…それなんて魔Zi」
 
ブチ
 
さて取り敢えず心配事は消えたが…その分、妙に落ち着かない緊張感が私を支配する。彼はどんな服が好みなのだろう?どうせ会うなら、彼の喜ぶ様子が見たい。化粧も彼の年齢に合わせて、ナチュラルな感じが良いだろうか?好みの髪型は?
今更ながらメールで恥ずかしくて聞けなかった質問の答えが知りたい…。幸い明日はやすみだ。色々買いに行こうか…彼の好みを考えながらのショッピングは、きっと楽しいだろう。
 
シャワーを浴びて、スッキリした私はこのまま寝てしまおうかと考えていたが……変に頭が興ふ…いや、冴えてしまって眠れない…。仕方なく私はベッドから起き上がり、煙草に火を着ける。
「ふぅ…少しなら…構わないわよね…。」
酔いつぶれて彼に介抱されてから自重していたが…仕方ない、軽く飲んでほろ酔いで寝てしまおう…。
 
私はキッチンのテーブルの灰皿に煙草を置くとロックグラスを氷で満たしウイスキーを注ぐ。水割等も嫌いではないが、ウイスキーにはロックが一番だ。って煙草とウイスキーはオッサン臭いかも知れない…彼はどう思うだろう…。
「ねぇ…彼から見たら私はおばさんかしらね…」近くの鏡に映る姿を自嘲しながら、私はグラスを傾けた。
 
徐々にアルコールが回り出した体を椅子に預け私は煙草を深く吸いゆっくりと吐き出し…考える。いや、考える必要等無い。私は怖いのだ彼への気持ちを認めるのが……別に男性と付き合った経験がないのではない。
しかし、こんなに年下に特別な感情を抱いた事はない…。もし私の年齢が彼の恋愛対象にならなかったら…私は勝負する事なく敗北するしかないのだ。
でも、もう遅い…こんな事を考えてる時点で私は本当は認めているんだ…私が彼に特別な感情を持っている事を………。
「そう…私は彼が好きなんでしょうね…」
呟くと私はグラスの中身を一気にあおった。
 
 
結局、深酒した私が目を覚ましたのは正午を過ぎてからだった。これは禁酒措置しかない…と軽く凹みながらも、いつもの如く歯を磨き、黒色のタイトと白いブラウスに着替えた私は鞄を持ち家を後にした。
誰とも会う予定もないし、どうせ服を試着するなら着替え易い格好の方がいい、それに袖や裾からの初夏の風が心地良い。
 
駅前の喫茶店で朝兼昼食を済ませた私は大型量販店の化粧品売り場に向かい、少し明るい口紅を買った。
淡い蛍光ピンク…少し子供じみているかも知れないが、大人びたメイクより彼に気に入って貰える…と思う。
服はフリルが少し付いた甘系の白いブラウスと薄手の夏物ブレザー、普段より少し丈の長いタイトスカート。何だかリクルートな感じもするが…崩して着れば問題ないと思う。
下着は…どうしよう…彼に好みを気いでおけば……………って彼はまだ高校生だ!落ち着け!犯罪だぞ私!この3年間、機関のお陰でまともな恋愛してないからその反動…にしては、躰を持て余し気味かも知れない。
 
 
やれやれ、もうダメだ…。私の心は完全に病に侵されいるのだろう。さっきから彼が私の姿を誉めてくれるか否か、そればかり考えている。
 
 
その後適当にブラブラショッピングを楽しんで、夕食は外で済ませて帰宅した。
明日のためにゆっくりとお風呂にでも入ろうと用意していると彼から着信があった。
「もしもし?すいません。急に電話してしまって……。」
受話器から聞こえてくる遠慮がちな声が可愛らしい。
「大丈夫ですよ?どうかしましたか?」
私はにやける顔を必死に正しながら、彼と話す。そう言えば電話で話すのは初めてだ……嬉しい。
「何か言いましたか?」
「いえ、何も言ってませんよ?」
取り敢えずまだ喜ぶな。自重しろ私。
「明日なんですが…急にすいません。本当に大丈夫ですか?」
「クスっ…心配なさらずとも大丈夫ですよ?私は貴方と会って話すのが楽しみにしていますから。」
「ありがとうございます。本当に森さんは優しい方ですね。では、明日遅れるといけないので失礼します。おやすみなさい」
 
「ええ、では明日。おやすみなさい。」
時間にして5分足らずだったが…ダメだ…ドキドキしておかしくなりそう…。
 
その後何とか頭を冷やそうと、冷たいシャワーを浴びてみたが効果はなかった。
勿論、遅刻防止のため早くベッドに潜り込んだが、現在精神病真っ只中の私に落ち着いて寝るなど出来るはずがない。
 
 
 
寝られないなら体力を消費して無理に眠るしかない……そう、別に私は躰を持て余している訳でも、彼の声に欲情した訳でもないのだ…。ただ単にベッドの中で出来る体力消費行為をするだけ…。
ねぇ…貴方はこんな行為に耽る私を嫌う?
私はのような女は純粋に見える貴方には釣り合わない?
自虐的な思考とは裏腹に行為に耽る私の息は荒くなり、せっかくお風呂に入ったのに体は汗でベトつく…。
「ごめんなさい…国木田君……」
明日朝またお風呂に入らなければ…と思考しながらも予定通り体力を消費した私の意識は眠りに落ちていった。
 
 
 
「んっ…ふうっ…ふあぁっ…」
 
日曜日……。目覚ましより早く起きた私はまだ少し眠い目を擦りながら、シャワーを浴びるために浴室へと向かった。天気も良く目覚めは上々だ。
 
シャワーを浴びながらふと思いついたのだが…会った女性からシャンプーやボディーソープの香りがすると……つまり女性がシャワーを浴びて来たのがまるわかりだと男性はどう思うのだろう?
「何だよコイツやる気満々かよ?」的な印象を持ったりするのだろうか?
いや、彼を疑っているのではない。そんな女とやる事しか頭にないチャラ男の様な腐れた思考を……純粋で優しそうな彼は持っていないだろう。
…昨日あんな事をした私が言うのも変だが……
 
キタイシテルノ?
 
まさか?私は彼を純粋に好いているのだ…。って重傷ね…私の病気も。
 
シャワーを終え、昨日買った服に袖を通すと、いよいよ私の心臓は壊れたように鼓動を速くする。
普段は纏めている髪を下ろして準備は完了。鏡に映る私の顔は、毎日見ている物よりも良い表情をしていた。
 
…待ち合わせ30分前。
待ち合わせ場所にはここから歩いて10分弱。ゆっくり散歩して、このドキドキを感じながら待ち合わせ場所に向かうのも良いだろう。
 
 
 
人間は緊張すると歩行速度が速くなるのだろうか?予定より早く待ち合わせ場所に着いてしまった。
「張り切り過ぎ…恥ずかしいわね…あんたも」
 
自分に悪態をつきながら、ベンチに座り煙草に火を着ける。
「おかしいわね…」
 
ただいま約束の時間の5分前。別に体育会系の集まりでもないので、5分前集合を強制はしないが、私は彼に10分前からソワソワと私を待ってる…そんなイメージを抱いていたが…どうやら妄想らしい。
 
私が2本目の吸い殻を携帯灰皿に入れた時点で約束の時間が過ぎ、更に10分が経過していた。
どうしたんだろう……例えようの無い不安が私の心を蝕み始める。いや、ただ電車に乗り遅れたとか寝坊したとか、それにしたって、遅れるならメールの一つでも寄越すだろう。
 
トシシタノガキニカラカワレテ、ナサケナイワネ
 
五月蝿い黙れ。私は心の中から湧き上がる不安に負けそうな時に彼から着信があった。
「もしもし?すいません待たせてしまって…後2、3分で着きます!」
「はい、大丈夫ですか?取り敢えずお待ちしておりますね?」
…って何でメイド喋りなの私は?…緊張し過ぎね…。取り敢えず何故遅れたかは聞かない事にしよう。これから会う相手に文句を言っても気まずいだけだ。
 
 
程なくして、彼が走ってきた。前見た時よりも整った髪に生成のワイシャツにストライプのサマージャケット…。僕なりに頑張りました感があって可愛らしい。
「ごめんなさい!お待たせしました!」
膝に手を当て肩で息をしながら頭を下げ謝る彼……。大丈夫よ、私は貴方がちゃんと来てくれただけで嬉しいから。
「駄目ですよ?あまり女性を待たせては…ほら顔を上げて下さい?」
彼に微笑みかけ、額の汗を拭いてやる…ありがとう。必死に走ってくれたのよね?……彼がぼーっと私を見ている。見とれてるとか?…だったら嬉しい…有るわけ無いか…。
 
 
 
何?もう一人チャック全開の学生風の男が来た…私をじっと見てる……こっちみんな。と彼がチャックの隣に立ち笑顔を浮かべる…友達?
「あっ……ごめんなさい。紹介しますね?彼は僕の友人で谷口って言います。」
「谷口?チャック全開だから…もうチャックで良いわよね?初めましてチャック。」とは言えないので取り敢えず会釈しておく。
嫌な予感がするのは気のせいだろうか?
 
 
その後 「良ければ遅れたお詫びに昼食でも」と彼が言ってくれたが、辞退して喫茶店で話す事にした。流石に高校生に奢らせるのは気まずい。
彼は緊張していたようだが、友人に何か耳打ちされると意を決したように話を始めた。「えっと…もうお察しだと思いますが、今日は彼に是非森さんを紹介してくれと言われてしまって…その谷口…谷口君は凄く森さんに興味があるらしくて…」
「はい!俺話を聞いた時から森さんに憧れてて…」
チャック谷口の必死のアピールを聞きながら、出そうになる溜め息を堪えるだけで精一杯だった。
悪い子では無いと思うけど…ごめんね、今の私は貴方を紹介してくれてる子にしか興味ないのよ…。
でもこのチャッ…谷口君を一蹴したらやっぱり彼の交友関係は悪くなるのかしら?
ダメだ鬱になってきた。
 
 
ふと気が付くと彼が携帯をいじって何かしている…まぁ自分の友人と言えども、隣で必死に女を口説いてたらうざいわよね……。
っと私のカバンが震えている。彼からメール?って携帯いじってたのはこれだったのね…。
「少し、失礼しますね」
お手洗いに行く振りをしてメールを確認してみる。
この状況でメールとは何だろう?
メールは以下の通りだ。
[今日は遅れて本当にごめんなさい。しかも下らない用事で…本当に申し訳ないです。
森さんに許していただけるなら何でもしますので……。
 
PS谷口……どうですか?…良い奴なんですが…。]
何でもって…本当に彼は可愛らしい。
しかし…どうしよう…やはり…彼の紹介だし谷口君にはお茶を濁さず、きちんとお断りしよう。
さて、せっかく何でもしてくれると言っているし…甘えてみようか?
 
[お詫びに何でもと言うなら、この後貴方1人で私に付き合って貰えますか?]
 
 
 
 
 
「お待たせして、ごめんなさい」
私は彼らのいるテーブルに戻った私は少し固い声で言った。「すいません国木田さん…谷口さんと二人にして貰えますか?」
 
彼がお手洗いに入ったのを確認した私は谷口君に真面目な顔を向ける。
「谷口さん。」
「はっはい!何でしょう?」
「貴方の気持ちは嬉しく思います…。でも…ごめんなさい。私は貴方とは付き合えません。理由は…その私も片思い中なんです。…ごめんなさい。」
「国木田ですか?」
――?!私は思わず顔を真っ赤にしてしまう。
「それは…その…」
「ったく…あいつもキョンに並んで鈍感だな…」
「ごめんなさい…その…彼との仲は…」
「大丈夫ですよ。そんなので喧嘩するようなチンケな友人じゃないですから。
それに、こちらこそすんません…こんなナンパみたいなのに真面目に答えて貰って恐縮です。」
と頭を掻いて苦笑いする。ナンパ癖があるだけで、彼も根は善人なんだろう。
「貴方と先に会っていたら…分からなかったかも知れませんね」
「へっ…流石に大人なお姉さんは違いますねぇ。んじゃ俺もちょっと格好付けときますかぁ」
と照れ笑いしながら、伝票を持って行ってしまった。
 
本当にごめんなさい…。ありがとうね。
 
 
 
谷口君が店を出るまでお手洗いの前で待っていてくれたんだろう…彼が戻って来た。
「お待たせしました。ごめんなさい…貴方の友達を傷つけてしまいました…。」
「………。いえ、森さんが悪いんじゃありませんから、それに谷口なら明日には立ち直ってますよ。」
彼はいつか酔った私を介抱してくれたような優しい声で許してくれる。
 
どうやら私はこの声にやられたらしい…でも、一瞬絶句した表情を浮かべたのは何だったんだろう?「さてっ、遅刻免除して貰うため今日1日どうしましょうか?」
彼は飛びきりの笑顔で雰囲気を明るく変えてくれた
 
 
 
喫茶店を出た私達は並んで商店街を歩いている。周りから見たら恋人同士に見えるだろうか?だとしたら嬉しい。
少し暑い位の陽気だが、それすらも私を清々しい気分にしてくれる。
「何だか照れますね。」
「えっ?」
一瞬心の中を読まれたのかと思ってしまった。心臓によろしくない。
「僕…こんな風に女の人と2人で歩くの初めてで…その何を話したら良いかとか……ごめんなさい緊張してしまって…。」
思わず撫でてしまいたくなる…。しかし私が初めてのデートの相手ということだろうか?幸せの極みね。
「普段通りで良いですよ?メールみたいに学校でこんな事があったとか…あっ、じやぁ貴方の好きな物とか事とか…。」
「食べ物とかですか?」
「そうそう。じゃあ好きな食べ物でお願いします。」
「子供っぽいですけどカレーとかハンバーグとか…後何故かパイナップルが死ぬほど好きだったりしますね。」
「じゃあ、今度食べに行かないといけませんね。」
たわいもない会話。彼の笑顔。車道側に立ってくれるさり気ない優しさ。最近[機関]や仕事に追われ忘れていた暖かな幸せ。
でも、人間は罪な生き物ね…すぐに今以上を欲しがってしまう…。そう、手を繋げたら…いえ…ダメね。彼が私をどう思ってるか分からない…それに嫌な気分にはさせたくないし…。
 
 
「そう言えば、貴方は普段友達とどんな所に行くんですか?」
自分の情けない考えを振り払うように彼に話しかけてみる。「うーん…さっき居た谷口君とは、カラオケやゲームセンター後ボーリングとかですね。」
「カラオケにゲームセンターですか…最近、全く行ってないような気がします。」
「行ってみますか?仕事のストレス発散には良いと思いますよ。」
「そうですね。行きましょうか。」
あれ…?でも待って。カラオケって密室に2人きりって事じゃない?それは…流石にマズい気がする。
 
運よく先にゲームセンターを発見出来たのでそちらに入る事にした。
 
色んなゲームの音が混ざった空間…来るのは学生の時以来かも知れない。彼は2人で楽しめそうなゲームを探してくれている。こういう気配りって大事よね…。
 
ふとクレーンゲームの[某魔女の宅急便の黒猫]の縫いぐるみに目を奪われてしまう。……可愛い。
「それですか?」
彼が私の様子に気付いたらしく隣に来た。私はそんなに縫いぐるみに目を奪われていたのだろうか?恥ずかしい……。
 
いつの間にか彼がゲームを始めている。一発で取れたら格好良いなぁとか思っていたが、そうは問屋が卸してくれないらしい…残念だ。
 
 
 
「私もやってみますね。」
 
 
世の中甘くないらしい
 
 
「難しいですね…」
「すいません…あまり上手くなくて。」
交互に何回か挑戦してみるも、お目当ての縫いぐるみは一向に取れない。何だか気まずい。
「じゃあ…僕が最後に1回やってみます。」
そう言うと彼はコインを投入し、ゲームを始める。何と言うか…男性が何かに打ち込んでいる真剣な表情って、その対象に関係なく素敵だと思う。
「あっ…」
彼が声を漏らす。見ると不安定ながらも上手く目当ての物を掴めたらしく、黒猫の縫いぐるみはグラグラ揺れながらも景品口まで運ばれた。「やったぁ!」
私は思わず声を上げ手を叩いてしまう。あぁぁああ!…せっかくのお姉さんキャラが……私の馬鹿。
「はい、どうぞ。」
彼は私のリアクションに少し意外そうな表情を見せたが、優しい笑顔で黒猫の縫いぐるみを渡してくれた。
「ありがとうございます。その…大切にしますね。」
「いえいえ、そんな風に喜んで貰えて良かったです。」
照れ笑いを浮かべた彼は備え付けの景品を入れる袋を渡してくれた。こんな楽しいのは何年振りだろう?
その後も2人で色んなゲームを回ったりしていると、あっという間に時計の針は午後7時前を指していた。
この後夕食に行って、雰囲気の良いお店でお酒でも…と行きたい所だが…彼はまだ高校生なので残念ながら自重するしかないだろう。
っと…彼が何か言い出しにくそうにこちらを見ている。
「どうしました? 」
「その…森さんが嫌じゃなければ…最後に一緒にプリクラ…とか」
顔を真っ赤にしながら囁く様な声で言う……彼は私を萌殺す気なのだろうか?
「もちろん、私からお願いしたいくらいです。」
 
2人で初めて撮ったプリクラは…まるで私達の気持ちを現したように2人共どこか緊張したぎこちない笑顔だった。
 
「今日はありがとうございました。ごめんなさいね…本当に1日付き合わせて。」
「いえ、僕も凄く楽しかったです。その…良ければまた会って貰えますか?」
「もちろんです。オフの日があれば、今度は私から誘わせていただきます。」
「それじゃあ失礼しますね…では、またです。」
「はい、またお会いしましょう」
私は彼が見えなくなるまで見送ると、幸せを噛み締めながら帰路についた。
 
 
 
 
帰宅し夕食とお風呂を速攻で終えた私は「国木田君との距離が少し縮まったかも記念」の祝賀会を開催する事にした。
 
いつものウイスキーではなく奮発してシャンパンを帰りに買ってみた。
いつか彼と愛の言葉を囁き合いながら飲みたい…。って既に私は酔っているようだ。
 
悪酔いしない内にベッドに入り携帯電話を見ると、彼から今日のお礼のメールが来ていた。同じ様にお礼のメールを返し横になる。
 
「おやすみなさい。本当にありがとう国木田君。」
 
私は彼にとって貰った黒猫の縫いぐるみをギュッと抱き締め目を閉じた。
 


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