こうして俺は、涼宮ハルヒの超絶に独善的な王様ゲームにつきあわされ続けた。何度「やってられるか!」と叫んで海に飛び込んでやろうかと思ったことか。しかしその度に、古泉が語ったしんみり話が頭をかすめ、まあいいかと妥協し、自重し続けていた。まだまだ俺も甘いな。
こんな沖合いで海に飛び込みたくもないしな。
そして今回もまた、涼宮ハルヒの王様のターンだ。さっきからやたら涼宮ハルヒが王様に当たる率が高いが、これでこいつの打率は何割になったことやら。
「それじゃ、4番が王様の肩を揉むのよ!」
なにが肩を揉む、だ。肩もこってないくせに。成人式で近所のおばちゃん連中に記念記念といわれて調子にのって雲竜のポーズでカメラに応えていたらズボンのチャックが全開だったと後で気づき世間体をやたら気にするようになった経験もないガキが。
「4番は俺だな。やれやれ。楽な命令で助かったよ」
なんだ、4番はキョンだったのか。じゃあ、4番はここから泳いで岸まで帰る、くらいの命令でもよかったのに。
「あ、あんたが4番だったの…。ぜ、ぜんぜん楽な命令なんかじゃないのよ! たっぷり10分はもみつづけるのよ!」
「はいはい」

やれやれ。何だかんだ言ってもほほえましい光景だな。苦笑するキョンがおとなしく座っている涼宮の肩をのんびり揉んでやっている。まるで恋人同士みたいな絵じゃないか。
あれ、ひょっとしてそれいいんじゃない? キョンと涼宮がいい仲になれば、またキョンが朝比奈さんの唇をねらうこともなくなるわけだし。
よく見ると、涼宮もまんざらじゃなさそうじゃないか。なんか知らないけど、顔を真っ赤にしちゃって。あれ~? ひょっとして涼宮ってキョンのこと好きなんじゃないの~?
「な、なに言ってるのよヘボ探偵! そんなわけないじゃない!」
嘘つけよお前。そんなに顔を真っ赤にしちゃって。かわいいかわいい。真っ赤なりんごにくちびる寄せて~ってか?
「こ、このチキン男…!」
「おい、やめろよ谷口。大人気ないぞ」
うるさいキョン! お前がトランプに興じてる間に俺がいったいどんな扱いを受けてきたか知っているのか!? お前が昼食で魚のさしみをパクついている時に俺がなにをしてたか知ってるのか!? お前らがメシを食べ終わった後で食器を洗い終え、ようやく俺と古泉は昼食にありつけたんだぞ! 俺は見習いの板前さんか!?
「………兄貴、格好わるいよ」
いいもん別に、格好わるくても! 今、俺はやるべきことをやるだけだ。
すっずみやはキョンが好き! すっずみやはキョンが好き~! 照れて真っ赤な涼宮の顔!
「おい、それくらいにしとけって、谷口」
バズーカ級の反撃がくるかと予想していたが、俺の予感に反して涼宮は顔を赤らめたまま黙って俺をにらみつけていた。
……え、うそ? ひょっとして好きって……マジ…?
凪いでいた海風が、また吹き始めた。
「谷口さん! それくらいにしておいてください!」
上から古泉の真剣な声がふってきた。何だよ、そんなに怒るなよ。これくらいのことで。やめるよ、やめればいいんだろ。
顔を赤らめて不機嫌そうな顔をしている涼宮は依然として黙っているが、憮然としたままだ。
気のせいだろうか。さっきまで静かだった海上がざわざわと騒がしい気がする。風が強くなってきたのか?

空気を読んで「そうだ、UNOしません? 私UNOもってきてたんですよ」と朝比奈さんが言い終えるが早いが、突然クルーザーが突然角度を落とし急旋回した。
「きゃっ!?」
うわっ!? な、なんだ!? おい古泉、危ないだろ! ちゃんとお前も混ぜてやるから、UNOくらいで怒るなよ。
「手遅れだったようですね…」
はあ? 手遅れ? なにが?
「皆さん、落ち着いて聞いてください」
分かった。まずお前が落ち着け。ちょいスピード出しすぎなんじゃない? ネズミ捕りにかかったら減点だぜ?
「たった今、我々の頭上に大型台風が発生しました」



みんな、ちょっと教えてほしい。でんぷんにヨウ素液をつけると紫色になるとか雌しべと雄しべがホニャホニャしたら受粉する、くらいしか理科の知識が無い俺に、みんな、ちょっと教えてほしい。
台風っていうのは、唐突に頭上に発生したりするものなのか? 気象庁が事前になんの予測もたてられず、想定外の大型台風がいきなりポコッと「こんなん出ましたけど」的にできちゃったりするものなんだろうか?

俺は慌てふためく朝比奈さんたちに背を向け、クルーザーの操縦席に駆け寄った。おい、どういうことだ古泉?
「参りましたね。高潮警報まで発令されたようですよ」
注意報をとばしていきなり警報ですか。
「そこの船上テレビを見てください。大物ですよ、この低気圧は」
その時、突然大粒の雨がバラバラと機関銃のような音を立てて降り始めた。強風にあおられて波打つ降雨が、時を追って激しさを増して行く。
おい、どうなっているんだ、古泉? 俺の記憶が正しければ、今朝の天気予報は快晴だったはずだぜ。俺の記憶が間違ってるの? どう見てもものすごい曇ってきてるんですけど。
「いえ。僕の記憶の中でも、今朝の天気予報は終日、快晴だと報じていましたよ。運がなかったですね」
偶然、台風の発生に行き遭わせてしまったようです。と古泉は呟いた。
また、偶然、か?


さっきまで真っ赤な顔して照れてるのか怒ってるのか分からない雰囲気だった涼宮が、今は青い顔をしてキョンの腕にしがみついている。朝比奈さんもキョンの腕にしがみついている。長門もなんだか分からない顔で、とりあえず2人に倣ってキョンの腕にしがみついた。ちくしょう。女性陣3人がストラップのようにぶら下がるキョンを、スプラッタに切り刻んでスクラップにしてやりたい。なんて冗談を言ってる場合じゃないんだよな。
「……私たち、このまま船ごと沈んじゃうってこと、ないよね?」
涙ぐみそうな声で涼宮がそう言った。
不安げな涼宮の手をとり、キョンが弱々しい微笑をうかべて「大丈夫さ、きっと…」と返答する。
キョンくん、私たち、このまま船ごと沈んじゃうってこと、ないよね?
「気持ち悪い声を出すな谷口。お前は泳いで帰れるから大丈夫だ」
やった。たとえ船が沈んだって俺は大丈夫みたいだ。


つい数十分前までとはうって変わり、空は墨汁をこぼしたようなくすみ具合だった。黒々とした雲からは、純粋な敵意しか感じない。
もし俺がかよわい女の子だったら、船底でじっとしているキョンよりも、豪雨にうたれつつも最前線で舵を取る古泉に抱きつくね。
「光栄ですが、固辞させていただきますよ」
馬鹿野郎。俺だってイヤだ。もしもの話だよ。シャレの分からないヤツだな。
それもそうですね、と言って古泉は舵から手を離し壁に背をつけた。おい、舵はとらなくていいのか? 進路を誤るとどこへ流れ行くか分からないぞ?
「後ろをご覧ください」
なにが後ろをご覧くださいだ。バスガイドかよお前は。こんな時に名所案内か?
「名所ではありませんが、滅多に見られないものではありますよ」
俺は古泉の指差す方向に目をやった。船の後方には、轟々と黒い波が小山のようにうねっていた。
「あれがかの有名な高潮ですよ。僕も初めてみましたよ。こんな間近ではね」
ぬああぁぁぁ!? なに悠然とかまえてるんだお前!? 逃げろよ、飲みこまれるぞ!?
「いやあ。実はもう舵がきかないんですよ。波に呑まれる寸前と言いますか、なんと言いますか」
うそおおおぉぉぉぉぉ!?


人生、一寸先は闇とは、よく言ったものである。
今朝俺は、ホテルのベッドの中でよだれを垂らしながら目を覚ました。キョンをからかいながらも、そこそこ楽しく朝食を食べていた。そんな平和な日常生活の1コマを送っていた俺が、なぜ昼下がりにこのような目に遭うのか。一体誰が予想できていただろうか。できるわけねえよ。
小動物のようにブルブル震える俺たちを乗せたノリノリのクルーザーは、波に乗ってマッハの速度で堤防を飛び越し、海岸沿いの公園につっこんだ。
なにかのモニュメントっぽい石像をクラッシュして横倒しに勢いを減少させたクルーザーは、道路上を冷凍マグロのようにスリップし、さびれた鉄塔につっこんでようやく止まったのだった。震度10くらいのスペースアトラクションの中で、俺は気を失った。
気絶から目覚めた俺がクルーザーだった物体の中からもぞもぞと這い出た時には、北高ヶ浜海岸沿いの町は、総じて床下浸水の憂き目にあった後だった。



予定ではあの台風のあった日の次の朝、俺たちは電車に乗って「たのしかったね~」などと遠足帰りの小学生みたいに帰路に着く予定だった。
しかし実際に俺たちが帰路についたのは、あれから4日後のことだった。避難所と言う場所に初めて足を運んだよ。
まあ、あれだけの被害が出たんだ。俺たちが全員無傷で生きていたこと自体が奇跡的だったんだ。その奇跡の代償が、予定が遅延するくらいのことなら安いもんさ。
海岸沿いの町は浸水してしまったが、架線は比較的高い場所にあったから、交通の便にほぼ問題はない。ただ、目茶苦茶に利用客で混雑しているが。
「……疲れましたね…」
「……ああ、疲れたな…」
それが俺たち全員一致のバカンス旅行の感想だった。
ようやく事態が落ち着いた頃合をみはからって、俺たちは家に帰るため電車に乗った。その時のことだ。

俺たちは肩を並べて込み合う電車の中、仲良くつり革にぶらさがり、げっそりした表情で電車の窓から海を見つめていた。おそらくもう、自ら進んで海に来ることはあるまい。ましてやホエールウォチングをや。さよなら北高ヶ浜。フォーエバー。
「でも、なんだかんだで楽しかったわよね!」
空気を読めない涼宮ハルヒが、俺の背後で嬉々としてそう言った。
「キョンたちに会えたし。それに滅多にできない貴重な体験をしたわけでしょ? 台風がきた時はどうなることかと思ったけど、今になってはいい思い出だわ。うん、海にきてよかったわね、古泉くん!」
「……まことにその通りですね、涼宮さん…」
無理すんな、古泉。声と目が死んでるぞ。


ふう。とため息をもらし、俺は沈黙したまま背後でけたたましくしゃべり続ける涼宮の言葉をひたすら受け流していた。
ふと目を海にやると、すっかり水の引いた海の遠洋で、大きなクジラの尾が雄々しくひるがえるのが目に入った。




  ~完~



<次回予告>


谷口「……今回こそは休もうぜ」
長門「………その意見には、私も同意せざるをえない…」
谷口「……やっぱり、我が家が一番だよな…」
長門「………その意見には、私も同意せざるをえない…」
谷口「……茶、飲む?」
長門「………その意見には、私も同意せざるをえない…」

谷口「……あー、携帯鳴ってる。仕事だわ」
長門「………やすまないの?」
谷口「……いいかげん、最近仕事少ないし。受けないのも生活に関わるし…」
長門「………おつかれさま。で、なんの仕事?」
谷口「ひ・み・つ」
長門「………その悩殺ポーズ、兄貴がやっても別にかわいくないよ」


谷口「……次回。秘密探偵、谷口 ~闇夜のカラス~」

谷口「行ってきまーす!」
長門「………シャチョさん、がんばてー」
谷口「……ひきこもりたい…」


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