「………兄貴、むこうで何かイベントをやっている」
イベント? 参加者募集のスイカ割り大会とか、コーラ一気飲み祭とか、そんなヤツ?
「……そう。聞いた話では、2人1組でボートに乗り込み、海の水深1mほどのところに沈んでいるゴムマリをたくさん集めたチームが勝ちという、潜水大会」
ふーん。ゴムマリ集めね。ちょっと変わった催しを開いて注目度をアップさせたいというそのへんの商工会メンバーあたりが考えたイベントなんだろうよ。でもかき氷早食い競争とかと違って、観客が間近で見えないと盛り上がりにかけるんじゃね?
やめとけやめとけ。見てても参加しても疲れるだけだ。それよりここで、浜辺の神秘的なのびのび社会科見学でもしてようぜ。
「………そこは係員がボートで回り、実況で盛り上げたりするらしい。それよりも景品が豪華。最新型クーラー1台を家まで送ってくれるらしい」
それだ! でかした長門! 今だにうちは扇風機しかない中流家庭なんだ。エアコンを買う金も無くてな。そんな俺にとってこれはまたとない好機! やはり今の俺の運気は間違いなく上り調子の絶好機会! 今なら、今の俺の運をもってすれば、ゴムマリだろうがフカヒレだろうが容易く手に入れられる気がするぜ、ヒャッホーイ!
よし、やるぞ長門! 俺がボートを漕ぐ役、そして俺がゴムマリを拾う役! お前はあまり役に立ちそうにないから、人数合わせでもしててくれればそれでいい!
「面白そうね、キョンくん。私たちも参加してみない?」
「そうだな。せっかくだし、やってみるか」
ふん。熱にうかされたバカップルなんかに負けるほど、俺は落ちぶれてないぜ。たとえそれが1対2のハンデマッチでもな。いや、朝比奈さんの身体能力から考えて1対1.5ってところか? ちょうどいいハンデだ。


そんなこんなで俺と長門は商工会の用意したボートに搭乗している。
このゴムマリ拾い大会に参加しているチームは、およそ10組。田舎の青年会が催したイベントにしては、人が集まった方だと言えよう。周囲を見回しても俺たち以外の参加者は皆、キョンと朝比奈さんのようにイベントをダシにいちゃいちゃしたいだけの脳みそタリンタリンなバカップルばかりだ。きっと参加することに意義がある、なんて腑抜けたことを考えている青臭い連中なんだろう。ふっ。敵じゃないな。俺はこのイベントに、夏を乗り切るための生活を賭けているんだ。心構えからして違うんだぜ。俺が負ける要素など一つもない。
ボートのオールを握り締め、いつでも出航OKな状態でスタンバっている俺たちに、地元商工会のおっちゃんが大会の趣旨やルール説明を始めた。なんのことはない。要約すれば、長門が俺に語った大会内容そのまんまだ。
「それでは位置について。よーい!」
ドンッ! と大会開始の雷管が、晴天の下に鳴り響いた。

出だしは快調だった。ボート上でお互い向かい合っていやんあはんと言い合っている脳細胞タリンタリンのアベックどもは、非常にのろのろしたオールさばきで進水している。ふん、バカどもが。そんなスピードでは、この谷口様に及ぶべくもないわ!
ゴムマリの沈んでいるポイントまで来た俺は、いったんオールを長門に手渡して海中に飛び込んだ。ふふふ、いるわいるわ。この俺様にすくい上げられるのを心待ちにしているカラフルなゴムマリたちが。待ってろよ、今すぐ助けあげてやるけんね。
ゲーム開始から10分もする頃には、俺たちのボート上は色とりどりのゴムマリでいっぱいになっていた。ふふふん。これだけ集めれば、俺たちの勝利は不動のものに違いない。他のチームのボートに目をやっても、我チームとの差は歴然。たとえ俺がこの後、試合終了までぐーぐーと居眠りこいてても覆せないほどの差が生じているのだ。楽勝。あまりにも楽勝だ。
これで最新型クーラーはもらったようなもんだな。やっぱ俺様ってすごい! ふふふ。さあて、ちんたらと牛歩してるキョンはどうなっているのかな?

「わあ、キョンくんすごいです! 一度にこんなにたくさん集められるなんて」
「これくらい、なんてことはないさ」
「きっと私たちが一位ですね。こんなにたくさん集められてるチーム、他にないよ」
「あはははは」
「うふふふふ」

きゃあああぁぁぁぁ! なんであの2人、いちゃいちゃしてるくせに俺と同じくらいゴムマリ集めてるの!? 信じられない! インクレディブル!
くそ、これからゆっくり休憩でもしようと思っていたのに、これじゃ休んでなんていられないじゃないか。1分1秒でも早く、やつらより多くゴムマリを集めなければ!
「………兄貴、兄貴。あれ」
なんだ長門。俺は今いそがしいんだ。晩御飯ならレンジに入れてあるのをチンして食べなさい。
「………あの2人、ムードにまかせてちゅーしようとしてるよ」

「キョンくん……」
「朝比奈さん……」
「んー」
「んー」


Noooooo! あ、あ、あんのクサレ外道! 僕たち私たちの朝比奈さんに公衆の面前でなにさらしとんじゃ! 今すぐやめさせろ、阻止だ! なんとか未然に防がなければ大変なことになるぞ! チュッチュチュラリラチュパカプラ! やめてよ、子供も見てるんですよ!?
おい長門! 早くオールを漕ぐんだ! ことは1分1秒を争うぞ! マジでちゅーする5秒前!
「………ダメ。間に合わない」
バカップルは周囲の声も聞こえなくなるほど自分たちの世界に陶酔してしまっているがゆえに、バカップルと呼ばれているんだ。俺がいくら呼びかけたところで、2人の接近はとまらない。
俺は敗北感に打ちのめされ、ボートの舳先に拳をうちつけた。くそ! 俺はなんて無力なんだ! 朝比奈さんの唇すらも守れなくて、なんの探偵だってんだ!
「………兄貴、あきらめないで。手はある」
手? まだ何か手段があるってのか!?
「………私がプランチャーを敢行すれば、最悪の事態は阻止できる」
プランチャーってお前。できるのかよ?
「………アメリカの各地を転々としていた私は、WWEの興行を観戦した。そこで私は、プロレスの醍醐味と興奮を味わった。そして私も、将来は観客を最高に熱狂させられるプロレスラーになりたいと思った」
小説家になるんじゃなかったのかよ……
「………小説家になり、プロレスラーにもなる。そして息吹の興行に参加し、デビュー当時の浜田文子を彷彿とさせる快進撃で勝ち進み、吉田万里子にサインをもらう」
なんて不純な動機なんだ。
しかしこの非常事態を何とかできるというなら心強い。プランチャーでもスイシーダでもいいから、とっとと敢行してキョンの悪行をとめてくれ!
「………しかし私はまだまだ未熟。一人の力であそこまでジャンプすることはできない。あなたの力を貸してもらいたい」
液体ヘリウムみたいな目が、俺を見つめていた。

よし、後は頼んだぞ長門! と叫んで俺は長門の体をリフトアップで持ち上げた。小柄な長門有希の体は楽々と頭上まで持ち上げられた。いける、これなら飛べる!
「………長門ではない。私のことはリングネームで、コンドル長門と呼んで」
俺の頭上で長門は、両手両足を大きく広げている。そう、まさに大空高くへ羽ばたこうと翼を広げるコンドルのように。
いくぞ、コンドル! 地球の平和はお前の双肩にかかっているんだ! 頼んだぞ!
俺は両腕を大きくふりかぶり、力強くコンドル長門の体をキョンと朝比奈さんの乗るボートの方へ放り投げた。コンドルの体は宙を滑空する鳥のように、空を飛ぶ。
キョンと朝比奈さんの唇が、徐々にその距離を縮めていく。たのむ、コンドル! 間に合ってくれ! 世界中の独身男たちの愛と希望と未来のため!


視界にスローモーションがかかったかのように、スローになる。俺は顔の前で、祈るように両手を組んだ。キョン。朝比奈さん。2つの唇が今まさに重なり合おうとした時だった。胴体着陸を敢行するボンバル機のようにキョンと朝比奈さんの上に落下した。
やった! 成功だ、作戦成功だ! よくやったコンドル長門、ミッションコンプリート! 見ろ、長門のプランチャーに押しつぶされたキョンが潰れたカエルのようだ!
男たちの夢を乗せた浪漫飛行を終えたコンドル長門は、キョンたちのボートに積んであったゴムマリを派手にまき散らしながらボート上でワンバンドし、頭から海に入水した。
よくやったぞコンドル! お前こそ新世紀のベビーフェイスだ!
「何するんだ、谷口!?」
うるせえ、所かまわずチュッチュしようとしてるお前が悪いんだ。電車の中で大股ひらいて携帯電話でガハガハ話してるヤンキーよりたちが悪い。そんなにキスしたけりゃ一人で山に登ってケヤキの木の幹にでも口づけしてろ。
「ああ、せっかくキョンくんが集めたゴムマリが海に落ちちゃった…」

なんという副産物。キョンの所業を止めることができたばかりが、ライバルを蹴落とすこともできたとは。つくづくよくやった、コンドル長門よ。二階級特進だ。海に落ちたまま浮いてこないが、彼女なら大丈夫だ。きっと。
などと感傷にひたっていると、突然俺のボートに衝撃がはしった。激しくゆれるボート。海に転げ落ちるゴムマリ。怒り狂ったキョンの野郎がボートで突っ込んできたのだ。
「人の努力と愛の確認作業を邪魔するやつは、人として間違っている!」
なんだとこの野郎! うひゃん、俺の生活がかかったゴムマリちゃんたちがまた海の藻屑に逆戻りしちまったじゃないか! ちくしょう!
怒りにまかせてオールを漕ぎ、真っ正面からキョンのボートに突貫する。振動にたえきれず崩れ落ちるキョン。ざまみろ、キムチ人間め!
朝比奈さんの制止をふりきって再び我がボートに突進してくるキョン。来いよ、やってやんよ、乱闘だ、大乱闘スマッシュブラザーズだ!
ぶつかりあう互いのボートの舳先が、音をたてて砕け散る。木屑となって四散するボートの破片を投げつけ、オールでチャンバラを始める俺とキョン。頭を抱えてうづくまる朝比奈さん。
オールを振りかぶって殴りかかってこようとしたキョンの動きが一瞬鈍る。よく見るとヤツの足を海の中からつかんで止める腕がある。よくやった舟幽霊、じゃない長門有希!
今こそ悪の申し子を成敗する千載一遇のチャンス! 頭上にオールを大きく掲げた俺は、渾身の力でそれをキョンに叩きつける。キョンはそれを自分のオールで受け止める。勢いに耐え切れず砕け散る2本のオール。
もとより道具になんか頼るつもりはない。武器がなけりゃ殴りあうだけだ。俺が体勢を崩したキョンに襲いかかり、沈み行くボートの上で汗みどろのままつかみあった。

俺たちの夏はこれからだ!



すいません。なんていうか、夏の暑さでモチベーションが上がっちゃったって言うか、その、マジでごめんなさい。
全てが終わった後の夕暮れ時。俺とキョンは北高ヶ浜海岸の駐在所の前で正座してうなだれていた。
「あんたらね。海に来てはしゃぎたい気持ちも分かるよ。でもね、それで他人に迷惑かけちゃダメでしょ。ボートも壊しちゃうし」
はあ、と嘆息して駐在さんが調書にペンを走らせている。職業は?と聞かれて一様に「探偵です」と答える俺とキョンに怪訝な目を向ける駐在さんは少し考え込むように首をかしげ、コリコリと調書に何か書き始めた。自宅警備員とか書いてるんじゃないだろうな。おっちゃん、ちゃんと探偵って書いとけよ。

駐在さんから商工会から、あちこちからさんざん説教され、俺とキョンがホテルに戻ったのは夜になってからだった。
ホテルのロビーでは朝比奈さんと長門が風呂上りの格好で待っており、朝比奈さんは俺たちの姿を見るなり駆け寄ってきた。そして朝比奈さんとキョンは何事かを話し合いながら、寄り添うようにエレベーターの中へと消えていった。
俺はその様子を呆然とした面持ちで見つめていた。
虚しい……。

まぬけ面していたであろう俺の元に近寄ってきた長門有希は、一言「………どんまい」と呟いて、さっさと消えてしまった。
……ドンマイじゃねえよ。

結局その日、疲れた体をひきづりながら部屋に立てこもった俺は、パンを食べてシングルベッドに倒れこんだ。
明日晴れるかな…。



  ~完~


<次回予告>


谷口「もうダメだ。海はイヤだ。帰ろう」
長門「………帰るには、まだ早い。あと明日1日のこっている」
谷口「もう一生分遊んだ気分だ。海は制したと言っても過言ではない。だからおうちに帰ろう。あったかいシチューが待っている」
長門「………だめ。明日は釣りに行く。私にはアングラーになって、世界の海をまたにかけ巨大カジキマグロを釣るという夢がある」
谷口「小説家でもプロレスラーでもアングラーでもなんでもなってくれ。俺は知らん」
長門「………こうして沖合いへ釣りに行くことになった長門有希と谷口探偵」
谷口「おい、行くとは言ってないだろ!?」
長門「………沖で釣り糸をたらしていると、大きな引きが。力強くグイグイと引っ張る手ごたえに歓喜する長門有希」
谷口「俺ホテルで寝てるから」
長門「………引き上げてみると、それはなんと魚ではなく人魚だった」
谷口「なんと、人魚とな! あ、いや、待て。しかし人魚って下半身が魚なんだよな…」
長門「………人魚の肉は高値で売れるという…」
谷口「黒いなお前」


長門「………次回。海上探偵、谷口 ~恋の河童伝説~」

谷口「人魚と河童とな!?」
長門「おー」


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