ハルヒの料理が一級品なのはハルヒを知るものなら誰もが知っていると思う。
こうして俺と生活しているときも、俺に美味しく且つ飽きない味を提供してくれる。
では俺自身はというと、単純に凡人レベルである。
だから俺の料理をハルヒに食べさせるのはプレッシャーが無いといったら嘘になる。
なので家事はともかく、料理はハルヒ任せにしていたある日のことだった。
 
「あんた、たまには3食作ってみなさいよ」
いつかは言うんじゃないかとは思っていたが、いきなりそんな無茶な。
卵焼きはともかく、料理はおまえの前だと自信が無い。
でも俺は案外乗り気だった。もしハルヒが俺の料理をおいしいと言ってくれたら結構気分がいい。
マズイと文句を言われながらご馳走様を言われるのもそれはそれで良いかもしれない。
 
俺は「ああわかったよ」と言って、早速冷蔵庫の中をチェックすることにした。


 
次の日、日曜日。
 
俺の作った朝食を食べ終えたハルヒは予想通り不満をぶちまけた。
焼いてる卵に胡椒をかけるなとかご飯が硬いとかそんなのをたらたら言っていた。
申し訳ない・・のだが結構きついものがある。俺は失敗したとは思ってなかったからな・・・。
それに卵にかけるものは好みが激しく分かれるものなんだよ。
でも料理はともかく俺自身にまで文句言うなよな。
 
 
さて、昼になった。
ハルヒは今度は昼食を食べ終える前に不満をぶちまけた。
俺ってそんなに料理下手か?って思ってたら本当にあまり上手にできていなかった。なんてこった。
味が薄いとか、ニンジンが生だとか、水分が多すぎだとか、卵が完熟になってるとか・・・
確かにそうなんだが食べれないものではないような・・。
しかしこうもたらたらと言われると流石にくるものがある。
親子丼なぞ初めてだったんだから大目に見てくれよな。と言う余裕も無かった。
流石に反発したくなった。俺がそういう顔つきになったのを察してか、ハルヒは「何よ!」と言いたげに顔を歪めた。
「最初からそんな完璧にできるわけないだろが!」
「それでもこれはあんまりだわ!うろ覚えで作ってんじゃないわよ!」
「お前みたいな天才と違うんだよ俺は!」
「そうやって言い訳ばっかするからあんたはいつまでたっても」
「だったら今からお前が作って一人で食ってろ!」
「・・・っ!!!」
 
ああ、何でまたこうなっちまうんだろうな。
ハルヒはもしかしたら俺の作ったものが食べたかったのかもしれない。
文句を言いながらも、自分の為に料理を作ってもらう俺の幸せを分かち合いたかったのかもしれない。
だから、マズイならお前が作れ・・というのは禁句だったのかもな。
気づいたらハルヒが「あんたなんかずっと雑草食べて生きてりゃいいのよ」とかわけのわからないことを叫びながら家を出てって3時間が経過していた。
ハルヒの携帯の電源は切られてるし、実家に電話してもいないときた。
古泉に連絡したら「バイトが入りましたので。」とちょっと怖い声色で言われた。すまん。
ついでに長門も朝比奈さんも音信不通ときたもんだ。
 
俺はどうすればいいんだろうね。
食べかけの冷めた料理をつまんでみる。うむ、味が薄い。
今俺ができることは・・・そうだな。それしかないな。
 
俺はパソコンの電源を入れた。
 
 
 
 
 
 
♪~♪♪~~♪~♪~
 
・・・この音楽は・・・
ああ、俺のケータイか。でもこの着信はハルヒからのものではない。
俺は無意識に手を伸ばした。もひもひ。
「あの・・キョン君?」
「朝比奈さん!?」
俺は飛び起きた。ってか俺寝てたのか。
窓を見たらもう真っ暗だった。夜の8時を過ぎている。
「ちょっとお願いがあるんですけど・・。」
「朝比奈さんの頼みとあらばなんでもお聞きしますよ。」
「じゃあ、ちょっと来て欲しいところが・・」
わりと近くの居酒屋だった。嫌な予感がする。
「涼宮さん、14杯も飲んで酔いつぶれちゃって・・・」
「・・・・・わかりました。」
 
ああもう畜生が。酒に弱いくせに泥酔するほど飲んでんじゃねぇよ。
 
 


居酒屋でハルヒは予想と何一つ違わぬ姿で机に寝っころんでいた。
机に濡れたハンカチが置いてあった。真っ赤な顔に残る涙の跡。
こいつは俺の前でこんなになるまで泣いたことが無い。絶対に俺の前で泣きじゃくったりしない。
俺の胸がグッと締め付けられる感触がした。
朝比奈さんの説明によるといきなりハルヒに呼び出され昼間からすごい勢いで酒を飲みまくったそうで・・。
ハルヒはひたすらしゃべり続けた上、内容が全部俺の事だったらしい。そうだろうな。
そしてだんだん自己嫌悪な話になって、更に酒を飲んだ結果こうなってしまったと。わかりやすいな。
 
朝比奈さんは何も言わずにがんばってと俺にエールを送ってくれた。本当にありがたい。そして本当に申し訳ない。
俺は会計を払うために伝票を見てびっくりした。値段の割りに酒が多すぎるぞこれ。
「涼宮さん、何故か酒以外のものは一切注文しなかったんです。」
なんとまぁ・・・。朝比奈さんが食べるおつまみさえハルヒは拒否したらしい。
つまりこいつは本当に今日1日俺の作ったもん以外口に入れたくなかったと解釈していいのか。
ほんとにバカだな。ハルヒも、俺も。
 


 
起きた時そばにいると安心するかなと思い、ハルヒをソファーに寝かしつけた。俺の膝枕でな。
いつだったかのお返しだ。つついても起きないのが悪いのさ。うん。
それに寝ているハルヒを弄るのは結構楽しい。
 
TVを見ながらハルヒの手をいじっている時に、ハルヒは目を覚ました。
「んー・・よん・・? キョンらの?・・・ほんろに・・ョんなの?」
まだ舌が回らんのか。それと俺の髪をひっぱるな、頬をつかむな、そんな顔するな・・・。
ハルヒがなにか言い出す前に俺は立ち上がり、
「時間かかるがそこで待ってろ。」
と言って台所に逃げる。そりゃそうだろ。
俺もハルヒも腹が減って死にそうなはずなんだからな。
 
 
 
昼と同じもんを作ると、味の違いがわかりやすい。
そんなわけで俺は再び親子丼を作ることにした。あんまり重いものを食わすわけにはいかないしな。
野菜を切ってナベに火をかけた時にふと後ろを向いて驚いた。
「ハルヒ!?」
目が半分しか開いてない上顔も赤いのにエプロンつけて、髪を俺好みに括っていた。
「あたしも手伝うから。」
「おいおい、酔ってるだろ。いいから座っとけ」
「大丈夫だから・・・」
「こういう時に大丈夫な奴はそんな事言わないだろ。」
「うるさい」
そう言ってハルヒは鍋をいじり始めた。やれやれ。


ハルヒは酔っているというのに相変わらず手馴れたものだった。
それでも俺は何故か楽しかった。ハルヒと一緒だったからな。
「味はなるべく醤油よりダシを優先するの。もっと入れちゃっていいわよ。」
「でもこれ結構な量になるぞ。」
「卵とご飯で結局味が薄くなるんだから丁度いいの。」
「それに思ったより煮込んでないか」
「まだ大丈夫なはずよ」
「みりんはこんぐらいでいいのか」
「もうちょっと入れて。そのほうがあたし好みなの。」
「ハルヒ、砂糖は入れなくていいぞ」
「何で?」
「玉ねぎの甘みで十分だからな、俺は。」
「そう。あんたの好きにしなさい。」
「・・卵とじはこんな感じでいいのか」
「火はもう消していいわよ。余熱を利用して上手く半熟にするの」
「そういやそうだったな」
そこにカメラでもあったら料理番組ができるんじゃないかと思ったね。
それはともかく、俺はパソコンで調べまくって掴んだコツを利用しつつ、そこにハルヒのアレンジが加わることに充実感を覚えていた。わかるだろ?


もう深夜に値する時間だが、俺たちは晩飯を食べた。
・・・なんて美味さだ。ポンポンと出てくる感想を俺は押し殺してハルヒを見た。
ハルヒも俺を見ていた、のだが俺と視線が合ったとたんに箸を進めた。
「どうだ、文句あるか」
言ってやった。作ったのは俺だけじゃないんだけどな。
「そうね・・・んー・・んー・・・」
ハルヒは文句をつけようとして思いつかずだんだん悔しさが顔に出てくる表情になった。可愛い奴め。
「・・あるわけないでしょ!あたしが手伝ったんだから!」
「そうだな。俺も同じことを思ってた。」
「・・・キョン!」
「どうした」
「あたし酔ってるの。酔っててちょっと味覚が鈍いのよ。」
何が言いたい、とは言わなかった。何が言いたいか感付いてしまったからな。
「だから明日も作りなさい!2日酔いに食べたくなるようなものもね!!」
 
 
 
 
それから俺がハルヒと共に料理をする回数が増えていったのは言うまでもない。
それでもやっぱり俺がハルヒより上手に作ったことは一度も無い。
やっぱり腕の良さが違うのかね。
もしかしたら愛情がうまみとして料理に反映されてるとか・・・
いやそれだったら俺のほうが美味いはずだな。うむ。
 
 
 
 
 
 

 


 
 
 
7日目。ついに一週間続いてしまった。
 
むくりと布団から起き上がった俺はお腹がグゥと鳴いているのに気が付いた。
あんな夢見りゃお腹も空くわな・・・。
 
今度は多分2年ぐらいは飛んだぞ。ランダムなのかね、内容は。
それにしては喧嘩ものが多いのは気のせいか。たまには甘~い・・・のはいいか。
耳を澄ますとハルヒが朝食を作っている音がした。
おいしい食事を作ってもらえるありがたさが再確認できたぜ。ハルヒ。
いつもありがとな。大好きだ。


さて、相変わらず夢の内容に共通点がつかめない。そもそも共通点なんか無いのだろう。
でもわりと思い出せる内容だということはそれなりに濃い日を選択していると考えていいのだろうか。
そんなことをいろいろ考えるよりハルヒに直接聞いたほうがいいだろう。
俺の分だけ綺麗に胡椒がかかっている卵焼きを見て決心した。
 
でもなんて言えばいい?本当のことだけは言えないからな。
俺が考え込んでいると一緒に朝食を食べていたハルヒが声をかけてくれた
「箸が止まってるわよ。何考えてるのよ。」
「ん?あぁ今日はちょっといい夢をみてだな・・」
思わず本当の事を言ってしまったが弁解の余地は十分にある。
「キョンが見るいい夢って、どんな夢?」
「内容は覚えてない。ほら、夢はすぐ忘れるって言うだろう。」
ごまかしてみた。ハルヒは少し怪しげな目でじとっと見てくる。
「ハルヒはどうだ?最近何か良い夢でも見たか。」
これは話を逸らすという意味と、ハルヒに同じ現象が起きてないかの確認する意味もある。
「いいえ、そんなの覚えてないわよ。あ、そういえば昨日見たわよ。
 あたしがアイドルになって、4人でユニットを組んで作った曲が大ヒットする夢。ダンスが大うけしてね・・」
ありそうだな。それは置いといてやっぱりハルヒは俺と同じ夢を見ていないようだ。
 
もっといろいろ聞きたかったが、もう家を出る時間だった。
家に帰ってから聞くのも野暮なので明日にしておくか。
俺は着替えに向かうことにする。
 
 
もう笑顔で俺を送り出してくれるハルヒにすら微かに不安を感じる。
本当は俺に何か言いたいんじゃないかってね。
何か言いたいなら直接言うのがハルヒだからそれはないか。
 
 
 
その夜
今日の夢にちょっとしたヒントが隠されていたのも知らず、俺は普通に眠りに入った。
 
 


 

良い景色を味わえる展望レストランに俺たちは向かっている。
前にハルヒの誕生日の時に一度行ったことがある高級レストランだ。
その時は「どこかいいとこ連れて行きなさい!」と喚くハルヒに焦らされ、ネットで急遽調べて適当に良いところを見つけて行ったわけだが、ハルヒはこんなベタな場所でも結構気に入ったようで、また来たいと言ったのを思い出したのでまた来ている。
財布が喚いているが今日ばかりはなんとも思わなかった。食事代なぞ俺の鞄に入っている『世間的に見て給料3ヶ月分』よりは遥かにマシだろう。
社会人として仕事に出るサラリーマンになって間もないのに、俺は焦りすぎじゃないだろうかと思ってももう遅い。
どうだ久しぶりにまた高級レストランに行かないか、とさりげない振りして誘ってみたのだが・・・もしかしたらばれてるのかもしれない。いやいやもうどうでもいい。どうせばれるんだからな。注意すべきは俺からかっこよく言えるかどうかなんだよな。
 
 
料理は最高に美味しかったがそのうまさは舌を素通りして耳あたりから流れ出ている気がした。
高いんだからしっかり味わえよ俺。告白した時や同棲しようと言った時も同じような試練を乗り越えただろう。
しかもこういう時に限って食事というものはさっさと終わってしまい、適当に野暮話をしている間に空気を察知した店員がお皿を片付けたりしてくれた。
空気読まないでくれと言いたいがそれじゃ先に進まんしな。
「キョーン。」
「ん?」
「何ボーっとしてんのよ。」
「ああ、あの、景色がきれいでな。つい見とれてた。」
何だこのテンプレ以下の陳腐な言い訳は。本当に落ち着け俺。
「景色?」
「そう。」
「へぇ、キョンが景色に見とれるとはね。」
空気圧が高まっていくのを感じた。今なら台風も一発ではじけるんじゃないか。
「あたしもこの景色が好き。」
「意外だな。」
「そう?だってこうして何も起こらずに佇んでいる街を見てると、この平和を守ってるのはあたし達SOS団なんだなぁって思うのよ。ちゃんと探索してるおかげよね。」
「お前なぁ・・・そういう妄想は俺の前だけにしておけよ。」
「そう思い込んでみるだけよ。ちょっと楽しくならない?」
「・・・そうだな。そう言われてみればな。」
「あんたが居づらそうにしてるから」
「へっ・・」
「あんたが居心地悪そうにしてるからあたしの考えてることの一部を提供したまでよ。」
「いや俺はそんな・・」
「身の丈に合わないレストランなんか予約しちゃって。店員が来るたび内心オロオロしてるのあんたが可哀想でね。」
「悪かったな。庶民で。」
「あたしはいいわよ。庶民じゃないし、あんたのいろんなマヌケ面が見れて面白いからねっ」
ここでハルヒはクスクスと笑った。それを見て俺は体中で詰まっていた空気が抜けた感覚がした。
「それにここに来たのはおまえがここを気に入ってるってのもあるんだぞ。」
「ふふっ・・それはわざわざどうも。あたしはもう十分楽しめたし、満足だから。」
そう言ってハルヒは荷物に手を掛けようとした。いくらなんでもここで帰しちゃならん。
「待ってくれ。せっかく来たんだからもう少しゆっくりしていこうぜ。なぁ?」
「・・それもそうね。」
横目で笑うこの笑い方は・・・こいつもうわかっていやがる。確信犯だ・・・。
くそ。ハルヒを驚かす計画が成功することは無いのかね・・この先も。
「まぁあんたがここでのんびりしたいっていうなら付き合うわよ」
「のんびりというかだな・・お前と話したいことがいくつかあるだけだ。」
「へぇえ、あんたも場所のセッティングまで考えるようになったのね。」
「ったく・・・お前のために俺は結構苦労してるんだぞ。ねぎらいの言葉の一つぐらいは欲しいな。」
「そりゃあたしだって同じよ。高校の時からあんたの鈍さには奔走しっぱなしよ。身体面でも精神面でもね」
「いーやそりゃ自信を持って俺のほうが振り回されてるな。先に惚れたほうが負けだしな。」
「何よそれ。あんたあたしより先にあたしに惚れてる自覚あったわけ。」
「・・・やれやれほんとにお前が結婚するとしたら相手は大変だな。苦労が目に見えるようだ。」
「おあいにく様!あんたのお相手の方がよっぽど苦労するわよ。ほんとに鈍いってのは罪よ。」
「鈍い鈍いって言うけどな、そう見えるだけだ。暇さえあればお前のことについて考えてしまうぞ俺は。」
「そのわりには貢献度が低いわね。キョンったらムッツリだからどうせスケベなことばっかり考えてるんじゃなくて?」
「んん・・・いや違うぞ!だから俺はお前が思ってるよりお前のことを想っているんだよ。」
「そりゃ雑用係は団長のことを敬わないといけないものね。」
「今のおまえは団長じゃない。俺の彼女だ。そして・・いや・・・うむ・・・。」
「そして・・・、何よ。」
やばい。言わなければ。なにかかっこいいセリフを用意したはずなんだが忘れてしまった。
というか何でまた言い合いになっているんだ。
「団長でも彼女でもなかったら何なのよ。こら、こっち向きなさいキョン!」
ネクタイ掴むなそんな目で睨むなおまけに息苦しくて恥ずかしい。
「だから!ハルヒ・・俺・・・と・・・」
「だああああーーーもうじれったいわねさっさとプロポーズしなさいよ!!」
「けっ・・・ええ!?」
完全に空気が止まった。
顔から湯気が出てるのが自覚できそうだ。周りの客がどうとか考える余地はない。
泣きたくなる位の空気なのに俺の口調は冷静になった。
「・・・結婚しようか。」
「・・・」
「いや、結婚してくれ。ハルヒ。」
「・・・」
「・・・ハルヒ?」
「・・・」
「・・・」
「・・ああ、もう・・・。」
「?」
「・・鈍いのよ。遅いのよ。」
「・・あっ・・いや俺は・・実はこれでもまだはy」
「うるさい!ほんとにどれだけ待ったと思ってるのよ!あたしがどんだけ不安に・・!」
「すまん・・こっちにも準備がだな・・・」
「あーもうグチグチ言わない!あんたみたいな人はあたしがいないとダメなのよ。一生かけて世話してやるわよ!!」
「そりゃこっちも同じだ。お前は俺がいないとダメだ。ついでに俺もお前がいないとダメだ。そういうことだ」
「もう・・・キョンのバカ。大好きよ。」
「俺もハルヒが好きだ。」
「・・・もう一回言って」
「え・・俺はハルヒが好きだ・・?」
「もう一回。」
「ハルヒが好きだ。」
「もう一回!」
「好きだ!」
「もっかい!!!」
「好きだ!!!」
「・・・ふふっ・・真顔で言うなんてあんた恥ずかしくないの。」
「本音だから仕方ない。」
「ほんとにバカ。嬉しくってどうにかなりそう。」
「そりゃどうも。そうそうハルヒ、これ。」
俺は周りの変な視線をなるべく気にしないように鞄から給料3ヶ月分、要は指輪の入った小箱を差し出した。
ハルヒにしては丁寧な手つきで蓋を開けた。しばし見とれている。照れくさいな。
「・・・これあんたが選んだの?」
「まぁ・・一応。」
「へへっ・・キョンがねぇ。」
「つけてやるよハルヒ。手出してくれ。」
ここら辺は脳内シュミレーションを何度もやったので大丈夫・・・なはずなんだが。
お互いに聊か手が震えている。俺たちが一丁前にこんなことをしているのが不思議な気分なのかもな。
素直に照れくさそうに笑うハルヒに対して、俺は感情をそのままに笑い返すしかなかった。
 
「幸せになろうな。」
「当然よ。というよりあんた今も幸せじゃないの?」
「今以上に、だな。」
「それはあんたの努力次第かもね。」
「へいへい、わかってますよ。団・・・奥様」
「・・・わかればよろしい。  雑・・・旦那様。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・・・もう8日目か。いつまで続くんだろうな、これ。
寝起きだというのに心臓がバクバク言ってやがる。
まさか2年ほど飛んでプロポーズの話が来るとは思わなかった。今考えるとなんと恥ずかしい。
でも俺が恥ずかしい思いをするときは大抵ハルヒは素直な反応をいくつかしてくれるからそういう意味では見ごたえのある夢だったな。
明日は結婚式でも来るのだろうか。結婚初夜はアツアツだったからな・・・ってそれはどうでもいいな。
 
でも結構最近の出来事になってきたってことは近いうち、このペースだと1週間以内には終わる気がする。
終わったらもう夢に出なくなるのか最初に戻るのかそれとも予想外な展開になるのかはわからない。
ハルヒを一番理解しているはずの俺でもやっぱり全部はわからないのがちょっと悔しい。
わかるはずがないと知りながらもね。
 
やっぱり考えてもわからないものはわからないのだ。
欠伸をしながら今日も朝飯の席に付くことにする。ハルヒはやはり朝食を作っていた。
「キョンおはよう。丁度いいところね、すぐできるからちょっと待ってなさい。」
「ああ、いつもすまんな。」
 
思わずハルヒの左手に目がいってしまう。あのときに俺が贈った指輪がはめられている。
急に愛しさの衝動がこみ上げてきた。何考えてるんだ俺。
くそっあんな夢なんか見るからなんだかハルヒが妙に可愛く・・・むしろ綺麗に見えてしまうじゃないか。
 
 
「キョン?どこ見てんのよ。食べるわよ」
「ん?ああ、サンキュ」
こんな調子で大丈夫なのかね。自分に対してやれやれだ。
 
「なぁハルヒ。」
「どうしたの?」
「お前さ、俺に言いたくても言えないこととか無いよな。」
直接過ぎたかな。この際もういいか。
「はぁ?あたしがそんなのを溜め込むような人だと思う?」
「そうだよな。なんとなく聞いてみただけだ。」
「何?キョンはあたしに言いたいことがあるの?」
「違う。ほら、前に気分が悪い時があったって言ってたからな。」
「何よもう。それなら大丈夫よ・・。」
「ハルヒ?眠いのか。」
「うーん・・ちょっとね。」
「お前、俺のために無理して毎朝起きなくてもいいんだぞ。」
「嫌よ。あんたいつも夜帰ってきて速攻ご飯食べて風呂入って適当にTV見て寝るだけじゃない。朝ぐらいあんたのくだらない話を聞いてあげなきゃ。」
「いや・・・夜でも聞いてくれよ。」
「とにかく!今更生活習慣変えるようなこと言わないで。」
「そうか・・・すまん。」
 
またまた素っ気無い態度だなあ。
これが普通なんだろうが毎晩あんな夢見ているせいでどこか居心地悪く感じるような・・。
情緒不安定はハルヒの自己紹介に欠かせないから仕方ないか。
 
 
家を出る時にハルヒはまたいつものように笑顔で送ってくれた。
「いってらっしゃい!」
その笑顔は今の俺にとっては結構な救いだった。
 
 
 
俺はどうすればいいんだろう。
結局今日も何もわからないまま再び夜を迎えた。
 
 
 


 

 

 

くそっ・・・なんてこった。
夕方には帰れるはずだったのにもう11時じゃないか。
せっかく数日に渡る出張が終わって久しぶりに家に帰れると思ったのにハルヒの奴怒ってるんだろうなぁ。
しかもこういう日に限ってケータイは電池切れなんだよな。
 
恐る恐るドアの鍵を開けて家に入る。
TVがついている。そして何も音沙汰無し・・・ということはハルヒは居間で寝てるのか。
 
そっと覗いてみると、やっぱり居間で寝ていた。
「ハルヒ~・・・ 帰ったぞ~・・・」
囁いてみた。うーむやっぱり起きない。
「ハルヒ。おみやげにプリン買ってきたぞ。ポステルのプリンだぞ。」
「・・・?キョン・・ちょっとキョン・・あたしの・・プリン・・」
「まだ手つけてないぞ」
「んーキョン? キョン!?」
ここでハルヒは目を開けた。この寝起きの一瞬は見逃してはいけない。
「すまない。ちょっと遅れたが、ただいま。」
「いえ・・・ん? ああ!?もう11時じゃない!?遅すぎるのよバカキョン!」
「すまん。寂しかったか?」
「はぁ?そんなわけないじゃないあたしを誰だと思ってるのよ。」
「はいはい・・・」
「キョン・・あんた疲れてるの?」
「ちょっと昨日は寝る時間が無くて・・明日は休みだから寝れるけど・・」
「だったらさっさと風呂入って寝なさい!」
「なんだ?だってお前俺が帰ってきたら夜通しで・・」
「うるさいわね。このあたしが心配してあげてるんだから言うとおりにしないと体のどっかから悲鳴が上がるわよ。」
「久しぶりに会えたのにそれは・・」
「ごちゃごちゃ言わない!」
「はぁ、プリンは冷蔵庫に入れとくからな。」
そうしてハルヒに急かされ俺はさっさと汗を流し布団にもぐりこむ羽目になった。
同じ物言いだったら「さっさと寝なさい!」よりも「寂しかったわよ!」の方がよかったな。
なんて思ってみる。てっきり遠まわしに甘えてくるかとも計算していたので残念だ。
そしてお帰りなさいもお疲れさまも言われなかったのに気づいて更に気分が重くなる。
これじゃ逆に寝れないと思ったが、やっぱり昨日寝てないだけあって俺はすぐに深い眠りについた。
 
zzz
 
 
温かくて心地よい。最初に思ったのはそんな感覚だろうか。
目覚ましをOFFにする休日の朝は実に爽快だな・・・うむ・・・むにゅ・・・・ムニュ?
目をゆっくり開けてみると、もうお約束だろうか。俺の布団にハルヒが潜り込んでいた。
昨日の夜で少しイラッとしていた気分が俄かにスッと引いていく。ほんとに何考えてんだか。
ふん。夫の苦労のねぎらい一つ出来ない罰だ。このまま抱き枕にして二度寝してやる。
ハルヒをぐいっと抱き寄せたが思ったより力が入ってしまったらしい。
「・・んんー!?」
「げっ・・・」
ハルヒを起こしてしまった。もうこれもお約束か。
「キョン?何してんのよー・・・」
「やっぱり起きたか。小癪なお前なんか抱き枕にしてしまおうかと思ったところだ。」
「・・・やっぱり怒ってたのね。キョン」
「怒ってないぞ。」
「ほら、怒ってる。」
「お前こそ何を怒ってたんだよ。」
「怒ってないわよ。」
「昨日の話だ。」
「あれはだから・・違うのよ。」
「どう違うんだよ・・・。」
「う・・」
「無理して言い訳作らなくていいぞ。それよりもう少し寝かせてくれ」
「あんたの帰りが遅いから・・・」
「・・・あ。」
「あんたはいくら待っても帰ってこないし、ケータイは繋がらないし・・」
思わずドキっとしてしまう。そうだった。
「キョンを盛大に迎え入れてやろうと思ったのに待ちくたびれて寝ちゃってそこであんたに起こされて恥ずかしかったのよ!!悪かったわね!!」
 
そう言うとハルヒはプイと向こうに寝返ってしまった。
ああ、結局また俺は自分のことばっかり考えてたことになるわけか・・・。
 
「・・・ハルヒ?」
「もう少し寝たいんでしょ。」
「いやすまん・・・俺も疲れていて少し気が滅入ってただけなんだ。」
「・・・」
「本当にすまん。冷蔵庫にあるプリン・・俺の分も食べていいから、さ・・。」
「・・・嫌よ。」
「あー・・え?」
「違う味のプリンが4つ。あんたの好きな味が2つとあたしの好きな味が2つ。
 あんたがわざわざ選んで買ってきたのにそれを食い意地で台無しにするようなマネできないわよ。」
「・・・ハルヒ・・・。」
「そういうところは抜け目無いのね。あんなに死にそうな顔して帰ってきたくせに。」
「・・・。」
 
ハルヒが向こうを向いていて良かった。
自分でもわからないが今の俺の顔はなんとなく見られたくない気がする。
とか思ってたらハルヒはこっちに寝返ってきた。思わずビクッとしてしまう。
口より先に顔から言葉が伝わってくるぞハルヒ。この表情はもしや言いづらかったことを言う表情か。
 
「キョン。・・・おかえりなさい。」
「・・・へっ」
「寂しかったわよ。あんたがいない間にゴキブリが出たから。」
「ゴキブリって・・・それは寂しいとは関係ないぞ。」
「うるさいわね。それにあんたの疲れが取れるようにこのあたしが添い寝してあげたのよ。」
「ああ。よく眠れたな。」
「どう?これで満足?」
「いいや」
「何よ。まだ何かあるの?」
「お前わかってるだろ。」
「鈍感のくせにそういうところは鋭いのね。」
「お前が可愛すぎるのが悪い。」
「それ聞き飽きた。」
「じゃあなんて言えばいいんだよ。」
「あたしが思わず黙っちゃうようなしびれるようなの。」
「お前を黙らすなんて簡単だろ。」
「はぁ?あんt・・んー!! ~・・・~~!!・・・」
 
 
結局俺が二度寝したのは1時間後だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・・・今日は9日目か?9日目だよな。
思わずカレンダーを見る。今日の曜日は間違っていない。
驚いた。てっきり俺は結婚式関連がくると思い込んでいたからな。
まさか通り越して出張帰りのあの日まで飛ぶとは・・・。これでまた1年以上は飛んだわけだ。
なにか一つ解明されるとまた一つ謎が出てくるようじゃお手上げだぜ。
 
やっぱり考えてもどうしようもない。
そもそもハルヒが単に俺と思い出話をしたいだけとかそんなオチだったら俺は見事に踊らされているだけということになる。
今までがそうだったようにな。さっさと今日も勉強に仕事に励むとするか。


布団から出て時計を見る。いつもの時間だ。
何だ?この違和感は。何かが足りない気がする。何かが無い気がする。
いつものように朝食を食べようと台所に向かうところで俺は気づいた。
「ハルヒ。起きてないのか?」
フライパンの音と換気扇の音が聞こえない。
俺はハルヒの寝部屋をそっと覗いてみる。ハルヒがいつも使ってる目覚まし時計は破壊されていた。
これは鳴ったときにハルヒが破壊した、でいいのかな。
いくらなんでも破壊はないだろ・・・とか思ってる場合じゃない。あのハルヒが寝坊とは。
ハルヒはすぅすぅと寝ていた。なんとも気持ちよさそうに寝ていた。
起こすべきか迷ったけど結局起こさないことにした。たまには寝坊させてみよう。
これは遠まわしに遅刻したということにもなるしな。
 
俺は適当に朝飯を作って今日も仕事に出た。
 
 


飛んで夜帰ったときの話になる。
 
「ただいま」
「お帰りキョン!丁度いいところね。」
その通り良い香りがした。これで仕事の疲れも癒えるってもんだ。毎度だがな。
 
適当に支度を整え俺はハルヒと共に晩飯の席に着いた。
「ハルヒ、お前の分少なくないか?」
「へっへー、ダイエットよ。ダイエット!」
「それ以上細くなったら骨と皮になるぞ。抱き心地悪くなる。」
「あんたの都合なんか知らないわよ。」
適当に会話をする。ここで俺は一度言ってみたかったことを言ってみた。
 
「遅刻、罰金。」
「・・・はっ!?」
声色まで真似してみた。似てないけどな。
「なんてな。ハルヒお前今日寝坊しただろ。」
「なんでそれでそんなこと言われなきゃならないのよ。ばっかじゃないの。」
「いや、一度言ってみたかったんだよな。」
「ったくあたしがたまに一息つくとすぐこれなんだから」
そう呆れながらもハルヒは笑っていた。胃袋がやっと消化を始めた感じがする。
「だから言ったろ。無理すんなって。でも目覚まし時計壊すなよな」
「悪かったわよ。それにあんた先に起きたんならあたしの分のご飯作って起こしてよね。」
「ずっと前にそれやった時そのまま布団に引きずり込まれたんだが。」
「あれは寝ぼけてたって何度も言ったでしょ!!」
 
ああ、何も深く考えることは無い。
俺に出来ることは、こうやってハルヒと楽しく笑いあうことだけでいいんじゃないかってね。
なに、わからんものはわからんのだ。だったら考え付く限りの最善を尽くせばいい。
何でこんな簡単なことに気づかなかったんだろうな。
 
 
寝る時にハルヒにおやすみのキスをしてみた。
「頭どうかしたの?」と言いながらも、ハルヒはやっぱり笑っていた。これでいいんだ。
俺は夢に想像を馳せながら、今日も深い眠りについた。
 
 
 


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