「ちょっとキョン、歩くの遅いわよ。もっとシャキシャキしなさい!」

 

今日は日曜日。俺はコイツと二人で人騒がしい商店街を闊歩している。
たまの休みだというのに、なぜにこんな汗だくで重たい荷物を抱えて歩いてるんだ、俺は。

「お前が速いだけだろう。だいたいそう思うなら自分の買ったものぐらい自分で持てよ。」
というかコイツの買ったものしか荷物と呼べそうな物はないのだが。
ちなみに俺は現在右手に二つ、左手に三つ、計五つの紙袋を両手に装備している。
袋の中身はコイツの買った洋服、コイツの買った下着、コイツの買った靴などなど
午前中から午後にかけ、この大きめの商店街をぐるっと一周しながら数々の店でコイツが購入した
俺にとってはすこっしも価値がない物ばかりだ。
「嫌よ。重いし。」

おい。

「普段から運動不足のアンタにはそれぐらいが調度いいのよ。むしろ適度な運動を用意してあげたアタシに感謝してほしいわね。」
なんというエゴイズム。やっぱ来なきゃよかった。
「ふう…やれやれ、じゃあ少し休憩させてくれ。昼飯もまだだろ?もういい時間だぜ。」
するとコイツは溜息を一つついて
「まったくヘタレなんだから、しょうがないわねぇ…」
キョロキョロしながら愚痴る、多分飲食店を探してるんだろう。
「よし、じゃああそこに行きましょう。あそこに決定!」

 

 

俺の意見を一つも聞くことなく勝手にコイツに選ばれた飲食店はいまや全国どこにでもある有名ファーストフード店だった。
さすがに時間帯だけあって店内は少し混雑していた。列に並び順番を待つ。

「あ、新しいの出てる。へ~、メガテリヤキだって。おいしそうじゃない?」
「ん、どれどれ…うわ、食いにくそうな上にすっげぇべっとりしてそうだな。一個食ったら気持ち悪くなりそうだ。」
絶対これかじった瞬間肉とかが反対側からブリッて出るだろ。
「オヤジくさいわね~、これくらい5、6個ペロリといけるでしょ。」
お前はな。
「よし、アタシあれのセットとあと単品でチーズバーガーとフィレオフィッシュを一個ずつ。ドリンクはコーラね。」
相変わらずよく食うこと。さて、俺はと…

 

「ポテトのほう出来次第お持ちいたしますので、こちらの番号札お持ちになって席でお待ちください。」

マニュアル通りの説明をうけ、それに従い札を受け取り席に着く。文章にしてみると「お待ち」っていうの多いな。
「いただきまーす。」
「いただきます。」

口をあんぐりと開けて例のメガナントカを頬張るコイツ。よく口に入るな…。
ちなみに俺は普通のハンバーガーの普通のセットを頼んだ。目の前のナントカてりやきと比べると値段も見た目も桁違いのしょぼさだ。
「うまいか?ソレ。」
「んー、なんか見たまんまの味ね。悪くはないけどおもしろみがないわ。」
おもしろみって。
「もうちょいタレは多めのほうが…」
ぶつぶつ言うコイツをほっといて俺も自分のシンプルバーガーに口をつける。うん、パサパサしてる。

 

 

思ってたより早く来たポテトをつまみながら日頃なかなか聞けないことを聞いてみる。
「お前、好きな男とかいないのか?」
言った途端目の前のコイツは大口を開けたままピタリと停止する。
「…な、なによ急に。」
「いや別に深い意味はないんだが、普段なかなかこういうことは聞けないからな。」
するとコイツは窓の外を物憂げに眺めながら吐き捨てるように
「…別にいないわ。そんなヤツ。」
と、言った。

んんん?この反応は
「ほう、どうやら意中の男性がいるようだな。」
「な、ちょっと人の話し聞いた?今いないって言ったばっかりじゃない!」
「ふん、もうどれぐらいの付き合いになると思ってやがる。分かりやすいんだよお前の嘘は。」
根が素直だからな、コイツの場合嘘を付くと態度に違和感を感じる。
まぁ、それを見抜けるのは少数の人間だけだろうが。
「で、どんな奴なんだ?」
「だからいないってば!」
「嘘つけよ。」
「いないって言ってるでしょ!あんまりしつこいと殴るわよ!」
そうやってむきになるところがますます…
「だー、いないいないいない!!」
この話はおしまい!といわんばかりにフィレオナントカをがっつくコイツ。
若干顔に赤みがかかってるのは気のせいじゃないだろう。

だが以外だったな。話を振っておいてなんだがコイツに好きな異性がいたとは。
しかもこの様子だと気持ちを伝えたりだとか、付き合うだとかまで全然いってないようだな。

コイツの好きな男か…。ものすごく気になるが今のコイツにはなにを聞いても無駄だろう。

下手すりゃほんとに殴られかねん。

 

 

昼食を終え、またしばらく商店街をブラブラしていると
「ふう、なんだか歩き疲れたわね。今日はこれで帰りましょうか。」
そりゃあありがたい。なにしろ俺の両腕はもはや荷物の重さでギブアップ寸前だ。
「だらしないわね。分かったわよ、半分持ってあげる。」
持ってあげるってお前の荷物だろうに。
「いいよ。後はどうせ家に帰るだけなんだ。こうなったら最後までやり通すぜ。」
我ながらなに言ってんだか。
「なにそれ。バカじゃないの?」
にやにやしなが言う。ったく、お前のために強がってるってのに。
まぁ、それも俺の自己満足だけどな。

若干沈みかけの夕日を背負いつつ、二人で朝来た道を歩く。
さすがのコイツも今日一日歩きっぱなしで疲れたのか今は黙って俺の隣にくっついている。すると
「ねぇ。」
「うん?」
「さっきの話なんだけどさぁ…」
さっきの話?はて、なんだっけ?
と俺が疑問符を浮かべていると
「さっきの、ご飯の時の話。好きなやつがどうとかっていう。」
「ああ、それがどうした?」
すっかり忘れてたぜ。あんだけ気になってたのにな。

「うーんとね…」
「?」
少しうつむき加減でしどろもどろしているコイツ。普段からは想像つかないね。
夕日のせいか、その顔は少し赤らんで見える。
「なんだ、別に言いにくいことなら言わなくてもいいんだぞ?」
「いや、別に…んーーーー」
うなりながらきょろきょろと目を泳がせている。それはどうやら言葉を選んでいるようだった。

「あのさぁ」
「おう。」
「キョンは…親父はどうやってハルヒお母さんに告白したの?」

「あ?」

まったく予想していなかった発言についつい間抜けな返事をしてしまう。

「だーかーらー、親父はどんな口説き文句を駆使して母さんをおとしたのよ!」

あー、その、なんだ。
まさか自分の娘にこんな質問をされる日が来るとは…
まったく予想していなかった質問とその内容に頭が一瞬でパニックになる。

「な、な、なんだいきなり。そんなことを聞いてどうするつもりだ?」
「動揺しすぎよバカ親父。別に深い意味はないわ、なんて言ったのかなーってちょっと気になっただけよ。」
「言っとくが、お前の告白に使えるような実用性は恐らくないぞ。」
「べ、別にそういう意味で聞いたんじゃないわよ!」

じゃあどういう意味で聞いたんだよ…

「で、なんて言ったの?」
「教えない。」
「なんでよ。」
「あのなぁ、なにが悲しくて実の娘に自分の告白体験談を教えなきゃならんのだ。」
普通そういうのは子供の立場からでも聞きたくない話題のはずだろ?
自分の両親のラブストーリーなんざ考えただけで寒気がするぜ。
「ふん、悪いけどこちとら16年間その両親のイチャイチャを毎日のように見せられてる身なのよ。いまさらそんなもん屁でもないわ。」
この小娘、何言い出しやがる。
「ちょっと待て。お前の目の前でイチャついたことなど一度もないぞ。」
「まぁ、どうでもいいじゃないこの話は。アタシがイチャついてるように見えてるんだからしょうがないでしょ。」
こっちとしては決してどうでもよくはないんだがな…
「ねぇ~教えなさいよぉ~。」
急にテンションを上げ、俺の腕に絡み付いてくる娘。余計重たいっつーの。
「絶対嫌だね。」
「なんでよ~アタシ別に平気よ?さっき言ったとおり親の惚気なんてどうってことないわよ?」
「お前がよくても俺が嫌なんだ。そういうのはちゃんと自分で考えなさい。」
「なんで嫌なのよ。」
「恥ずかしいからに決まってるだろ!」
そんな言い争いを繰り広げながら歩いてるうちにそろそろ我が家が近づいてきた。
「そんなに聞きたいならハルヒに聞いてくれよ。」
「それこそ無理よ。あの人もキョンに負けず劣らずツンデレだから、教えてくれるわけないわ。」

夫婦そろって実の娘にツンデレ呼ばわりされるのはどうなのだろう。

「とにかく、そういうのは人に言うもんじゃないし聞くもんでもない。聞いたところで参考にもならないしな。諦めろ。」
「ふーん、どうしても?」
「どうしても。」
するとコイツはニヤリと笑い
「ふふん、それならこっちにも考えがあるわ。」
そう言って胸のポケットから一枚の写真を取り出す。
非常に嫌な予感が…
「これなーんだ。」
「な、そそそそそそそそそそれは!」

そ、そんなバカな!
あわてて自分の財布をポケットから取り出す。片手を離したので持っていた荷物が落ちた。知るか。
「あ、ちょっとアタシの服!」
無視して財布の中を確認する。するといつもそこに挟んであるはずの写真が、確かになくなっていた。

数週間前にこっそり隠し撮りした、俺との行為の後疲れて幸せそうに眠るハルヒの寝顔写真が。

「いつのまに抜き取りやがった!」
あわてて写真を奪おうとするがヒョイ、とかわされる。
「朝出かける前キョンがトイレいってる間になんとなーく財布の中を覗いてみたのよ、そんとき見つけてね。
 最初はさすがのアタシもどん引きして見なかった事にしようと思ったけど“これは何かに使えるわ”て閃いて。」
なんてこった。よりにもよって実の娘に、一番厄介な代物を…!
「そ、そいつをどうするつもりだ、キサマーッ!」
「知れたことね。このことを母さん知ったらどう思うかしら。」
顔を真っ赤にしながら俺に永久コンボを決め続けるハルヒの姿を思い浮かべる。

   ハルヒの身体能力×ツンデレ×恥ずかしさ=破壊力・・・ッッッ!

 

「頼む、それだけは勘弁してくれ!」
「じゃあ答えて、なんて告白したの?」
「うあああああああ!」
そもそも写真をここで取り返せたとしても“事後の妻の寝顔を隠し撮りした”という事実は既にコイツの頭のメモリーに保存されてしまったのだ。
下手をすればハルヒだけではなく親類縁者はもちろん友人一同にまで語り継がれることだろう。
大した問題ではないのかもしれないがやっぱり恥ずかしい。よく知った友人たちのありそうな冷やかしを思い浮かべる

 

『ふふふぅ~、キョン君とハルヒしゃん相変わらずラブラブでしゅー』
『これはこれは、三十代も後半にさしかかったと言うのに相変わらずお盛んで羨ましい限りですね。夫婦円満のコツを一度ご教授いただきたいものです。』
『…』
『はっはっは、ハルにゃんいつまでもキョン君に愛されてて羨ましいっさー』
『うわぁ、相変わらずだね二人とも。高校の時からちっとも変わってないなぁ』
『なんだお前、いい年こいてイチャつきやがって。いっぺん死ね。』

 

朝比奈さんのでしゅましゅ口調や長門の三点リーダはまったくもって俺の勝手イメージだが、まぁだいたいこんな所だろう。谷口、お前が死ね。
「ほらほらーどうすんのー?」
俺が妄想にふけっていると娘が声をかけてきた。万事休すか。
「教えても誰にも言わないと誓うか?」
「どっちのこと?この写真?告白のセリフ?」
「どっちもだ。」
「それはこれからのキョンの態度しだいね。」
なんて娘だ、親を脅迫してやがる。お父さんはそんな子に育てた憶えはないがその遺伝子に確実に刻まれているであろうハルヒイズムにはおおいに憶えがある。
これからなにかある度にそうやって俺を脅すつもりか、お前は。
「そんな幼稚なことしないわよ。これからもこうやって休みの日アタシが退屈してる時に一緒に出かけてくれさえすればね。」
なんだそりゃ、と言いそうになるがよくよく考えるとそれだと今までと大して変わらないような気がする。月に一回はこうやってハルヒの留守中とかに一緒に買い物に行ってるからな。
確かにたまの日曜日なんだし疲れた体をゆっくり休ませたいというのはあるのだが…なんだかんだ言ってとっくに反抗期を向かえている年頃の娘から一緒に出かけてくれと頼まれれば
父親としては決して悪い気はしない。世の子供が構ってくれなくて寂しい思いをしているお父さん達から見れば俺はそうとうな幸せ者なんだろう。
性格がハルヒに激似してる分、昔からコイツはどっちかというと俺のほうになついていたしな。
「よし、それぐらいの要求なら喜んで応じてやろう。写真を返してくれ。」
「ダメよ、まだ本題が済んでないでしょ。」
あ、そうか。
くそ、出来れば俺とハルヒだけの秘密にしときたかったのになぁ…
「ホラホラ、誰にも言わないから早く言っちゃいなさいよー。」

 

 

 

「ただいまー。」
「ただいま。」
俺の一世一代の告白話をようやく全部話し終わった頃、ちょうど我が家に到着した。
隣のコイツは親の青くこっ恥ずかしいラブストーリーを聞いてまだニヤニヤしている。くそ、ものすごい恥ずかしい。

 

「あら、おかえりー。」

 

廊下の向こうからハルヒの返事が聞こえる。朝から朝比奈さん&長門と三人で隣町のケーキフェアに出かけていたのだが、帰ってきたのはどうやらアッチの方が早かったらしい。
カレーだろうか、なにやらいい匂いがする。
「お、いい匂-い。」
娘もそれに気付いたらしく導かれるようにフラフラと廊下を歩いている。両手で紙袋を掴んだまま俺もその後を追う。
「遅かったわね。どこほっつき歩いてたの?もうちょっとでご飯出来るわよ。」
台所まで行くとポニーテールのマイワイフが笑顔で俺たちを迎えてくれた。
「ちょっと何よキョンその紙袋、なんか余計なもんでも買ったんじゃないでしょうね。」
余計なもん買うほど小遣いもらってねーよ。
「違うわよ母さん、ソレ全部アタシの服とか靴なの。」
「ああ、そうなの?…って、自分の買ったものぐらい自分で持ちなさい。お父さんだって疲れてるんだから。」
非常にありがたい言葉なのだがお前がそれを言うのかハルヒ。
「いいのよ。普段ダラダラしてるキョンにはこれぐらいが丁度いい運動になるわ。」
「まぁ、それもそうね。」
おい、納得すんな。
「ほらほら、ボケっとしてないでさっさと荷物置いて夕飯の準備を手伝ってよ。」
「はーい、キョン荷物ちょうだい。」
「ホラ。」
荷物を渡し久しぶりに自由になる両手。
一発骨でもボキボキいわせてやろうかと思った矢先

「はい、これ運んで。」

すかさず3人分のカレー皿を渡される。再びふさがる両手。ちなみに娘は荷物を置きに自分の部屋へと戻っていった。
まったく、疲れてるってのに人使いが荒いね、うちの女性陣は。
「そういう風になんだかんだ言いつつ手伝うあたり、アンタの人の良さがにじみ出てるわね。」

 

まったくだ。

 

 

3人分の皿、箸、スプーン、コップ、それからハルヒ特製DXビーフカレーとポテトサラダ、

おまけに麦茶と福神漬けを全て俺一人で運び終わり、いよいよ後は食べるだけ。となった時見計らったかのように娘が居間にもどってきた。まぁ、実際見計らってたんだろうな。

「うわーバリうまそー。」
「バリうまいわよー。」
バリってどっかの方言だったけ、九州かな?なんてどうでもいいことを思いつつ俺は自分の席についた。

「いただきまーす。」
「福神漬けは自分で好きに入れてよね。」
「ああ、いただきます。」
ハルヒが3人分のカレーを配り終え、さっそく食事にとりかかる。
実はさっきから俺の腹は空腹で悲鳴をあげっぱなしだった。
昼間にちゃちなハンバーガーセットしか食ってなかったし、このハルヒカレーの香ばしい匂いといったらもう辛抱たまらんね。
「あ、美味しい!前のカレーより好きかも。」
「あったりまえよ。言っとくけどあたしの料理で前と同じ味付けなんて存在しないんだからね。」
娘の好反応にハルヒが嬉しそうに答える。しかしこのカレー、確かに以前より美味い。ハルヒの向上心にはまったく感服するね。
その向上心が俺と娘の笑顔の為に働いていると考えると、ハルヒをものすごく愛しく感じてしまう。
「どうキョン、美味しいでしょ。」
「ああ、美味い。最高だよ。」
声をかけられたタイミングのせいでついついキザな感じで答えてしまう。
返ってきた返事が予想外な感じだったのかハルヒは顔を赤らめて俯きながら小声でなんか呟いている。かわいい。
ふと娘を見ると、カレーを食いながら俺とハルヒの反応を見てニヤニヤしている。なるほど、イチャイチャがどうとかってこういうことを言ってたのか。

「いやぁ、なんだか今日のカレーは甘いわねぇ~」
コイツ、急になにを言い出しやがる。こういう時は黙ってニヤニヤしてるのがお前の仕事(?)だろうが。
「え、そう?辛さ的には前とあんまり変わらないと思うんだけど。」
「いやいや、そうじゃなくてー」
「?」
ハルヒが疑問符を浮かべる。そのへんにしとけよ娘。

「キョンと母さんの桃色k『うおっほんんん!』
ハルヒが照れてる姿を見るのは嫌いじゃない、むしろ好きだ大好きだ。が、俺まで恥ずかしいのはゴメンだ。
コイツをこのまま喋らせとくと下手すりゃさっきの写真の件まで勢いで言いかねん。
どうにか話題を変えなければならないのだが…さて、どんな話があったっけか。
我が家のしきたりで夕飯は必ず一家三人揃わないと食べてはいけない。というものがある。
ゆえに毎日こうやって一緒に会話しながら食事をしてるわけだから、今更この場を盛り上げられるような話題は残念ながら今の俺のレパートリーには無い。

…いや、あるじゃないか。たった今日、俺とハルヒにとってはかなり驚愕の話を、昼間聞いたばかりだったじゃないか。
俺の写真の話については秘密だ、という約束はしたが、娘のこの話題についてはなんの約束もしていない。
「ハルヒ。」
「なに?」
「聞いて驚くなよ?」
「なによ。」
「とうとう俺たちの娘にも、そんな時期がやってきたようだぜ。」
「!」
娘のカレーを口に運ぶ動きが一瞬にして止まった。
「はぁ?なによそんな時期って。」
「初恋だよ初恋。好きなヤツが出来たんだと。」
「えぇ!」
「ちょ、ちょっとキョン!」
二人揃って血相を変え、そして絶叫。顔もソックリの為なかなか壮観である。
違うのはその表情。ハルヒは目を期待でキラキラさせ満面の笑み。娘は顔を真っ赤にして照れと怒りがミックスされた様な顔だ。
「なになにどういうこと詳しく話しなさいよさあ早く!」
「ちょ、ちょっと母さん落ち着いてよ。」
怒涛のごときハルヒの質問攻めにたじる娘。あせってやんの。ざまみろ、いつも父親をコケにする罰だ。やーいやーい。
ギギギッと俺を睨みつける娘。それを涼しい顔で受け止める。

「なになに、どんな男の子なの?同じ学校の子?あ、もしかして同じ部活の?それなら家にきたことある?」
「ちょっともう母さんってば…」
ますますパワーを増すハルヒのオーラに反比例するように娘のボルテージがどんどん下がっていく。
コイツは半分俺の血をついでるからか、それとも単に母子の実力の差か、こうなったハルヒにはめっぽう弱い。
「いいじゃないか話してみろよ。俺に告白のアドバイスを求めるぐらい悩んでるんだろ?ハルヒなら俺より力になってくれるんじゃないか?」
若干わざとらしく言う。またしても二人同時に俺の方を見る。1人は笑顔、1人は怒顔。
「こ・く・は・くの・ア・ド・バ・イ・スですってぇぇ?!」
「ちょっとキョン、いい加減にしてよね!」
このアホ親父が!と言わんばかりに俺の首を絞めるため手を伸ばす娘。それをわざわざイスから立ち上がって回避する。
「逃げんな!」
「やなこった。」
俺を捕まえるため自らもイスから腰を上げようとする娘。だがしかし、その前にハルヒに肩を押さえつけられ、動きを封じられてしまった。
「か、母さん。離してよ!」
「ダメよ。キッチリ話してもらうまではトイレにいく自由さえ与えないわ。」
「な、なによそれー!」
「あきらめろ。そうなったハルヒはもう誰にも止められない。素直に話すこった。」
「キョンのせいでしょうが!」

それからしばらく3人でギャーギャー言い争い、娘も頑なに否定していたが、ハルヒのあまりにもねちっこい質問攻めに
とうとう降参したのか、しぶしぶ話し始めた。俺をものすごい形相で睨みながら。

「同じクラスで同じ部活の男子。たまに話すでしょ、雑用係の。」
「ああーはいはい。あの前髪が微妙に短くてモミアゲ長い子?」
詳しいなハルヒ。
「前家でクリスマスパーティーやったときにトナカイの被り物してた子ね。やっぱりそうだったんだー。」
ハルヒがにやにやしながら言う。娘は顔を真っ赤にして俯いている。

前髪が微妙に短くてモミアゲが長い?なんつーみょうちくりんな髪型してるんだ、その子は。しかもトナカイの被り物って(笑)
さすがハルヒの血を色濃く受け継いでるだけあって変わった男が好きなんだな。
「で?で?あの子とどこまでいったの?」
「別に、たまに途中まで一緒に下校するくらい。」
「その時手をつないだりはしないのか。」
「しないわ。一回アタシから握ろうかなって思ったことはあったけど、なんか口惜しいじゃない。」
口惜しいってなぁ…
「ま、それはそうよね。やっぱそういうのは男からしてくるもんなのよ。」
そういうもんなのか。
「そういうもんなの。で、ハッキリ言ってその子はアンタの事どう思ってんの?」
「…わかんない。」
急に小声になり俯く娘。いつもからは想像つかない姿だった。
「いっつもアタシの言うことにグチグチ文句言うし、他の女子にデレデレするしボーッとしてるし…」
なーんかロクな男じゃないな。
「でもなんだかんだ言っても最終的にはついてきてくれるし、アタシのフォローとかもしてくれるし…」
ほほう
「と思ったら勉強できないから仕方なくアタシが見てあげるハメになったり、実は誰にでもやさしかったり…」
なんなんだその男は優しかったりバカだったりデレデレしたりモミアゲ長かったり、なんか腹立ってきた。
「嫌われてはいないと思うんだけど、ホント誰にでもやさしいんだから…わけわかんないのよ。」
口を尖らせ少し泣きそうな顔をしている娘。なんだかこっちまで切なくなってくる。普段が普段なだけ余計にな。
親としてはどうにかしてやりたい、どうにかしてやりたいが…んー、こりゃ難しいな。
どうしようかー的な目線をハルヒに向ける。だがハルヒはなぜか頭を抱え、困ったような笑みを浮かべていた。
「いやー、やっぱり親子なのねー。」
ん?そりゃどういうことだハルヒ…と俺が言おうとすると
「ホラ、顔を上げなさい。」

さっきまでの暴走して質問していた時とはまるで別人。娘をまるで諭すように優しく声をかけるハルヒ。
「母さん?」
「心配しなくても大丈夫よ。そんなに悩むことないわ。」
「でも…」
「大丈夫。きっと彼もアンタのこと好き。ただ、まだ高校生だもん。素直になれないだけよ。」
「なんで分かるの?」
ハルヒは娘の髪をなでながらやさしく微笑んでいる。
「さっきさ、彼なんだかアンタの言うことに文句ばっかりつける、って言ってたじゃない?」
「そ、そーなのよ!アイツったらいつもなの!他の子にはそんなことしないくせに、いっつもアタシのする事にばっかりケチつけて…」
「それはさ、なんだかんだいって実はアンタの事を一番気にかけてる証拠だと思うのよ。」
「え?」
「だってそうじゃない?いままでアンタのやることにいちいち意見してくる人間なんていた?アタシとキョン以外で。」
娘は無言のまま顔を横に振った。
「きっと彼はね。アンタに間違って欲しくないのよ。」
「間違って欲しくない?」
「そう、アンタってアタシに似てるから、時々暴走して周りの人にどうしょうもない迷惑とか掛けちゃうでしょ?」
お前にもそういう自覚はあったんだな。
「キョンは黙ってて。」
すんません。
「そんな時、ほとんどの人は面倒くさがってアンタには近づかない、なにも言ってこない。内心でアイツには関わるな。アイツの事はほっとけ。って思ってる。」
「…」
「でも、彼は違うでしょ?そんな時どんなに面倒くさそうにしててもアンタを止めてくれる。それは彼がアンタのことを真剣に見てくれてる証拠。
アンタに間違ったままでいてほしくないから、アンタを本当に大事に思ってるから。」
娘は真剣にハルヒの話を聞いている。俺も思わず聞き入ってしまっていた。
「だってそうでしょ?アンタ好きでもない人の一挙一動を気にしたりできる?」

「…でも」
「でも?」
「でもアイツは誰にでも優しいし、たまたま暴走するのがアタシだけだからそう見えてるだけなのかも…」
するとハルヒはニコッと笑って
「だーかーらー、大丈夫だってば。」
「なんで?」
「彼、他の女の子にはデレデレするんでしょ?」
「うん。」
「アンタにはしない?」
「うん。」
「アンタが体くっつけたりすると嫌な顔したりするでしょ。」
「…する。」
「ほーら分かりやすい。単純に照れてるだけじゃない。」
「え?」
「アンタはアンタで、どうせ彼に優しくされても悪態ついたりしちゃうんでしょ。」
「…」
「ふふふ、それはアンタが彼に照れて、それでそんな態度とっちゃうんでしょ?それと一緒よ。」
「…」
「あ、でもアンタもいつまでも彼の優しさに甘えちゃダメよ。ちゃんと学んで成長しないと、彼だって人間なんだから、
いずれ怒って愛想尽かされちゃうかもしれないからね。」
「…うん。」
「ちゃんと周りのことが見えてきて、彼の優しさに素直に答えることが出来るようになれば、きっと彼から告白してくれるはずよ。
まぁ、アンタから告白するっていうのもアリだろうけど。」
「そうかな、それまでアイツ。待っててくれるのかな。」

「大丈夫。」
ハルヒはいつものように自信満々の笑顔で言い放った。
「なんてったってアンタはあたしの娘なんだから!自信を持ちなさい。分かった?」
半分は俺の娘なんだからな。
「わかってるわよ。」
ジロリと睨まれる。その表情の切り替えの速いこと。
「母さん。」
不意に娘が口を開く。
「ありがと。それと、おかわり。」
笑顔でそう言った。コイツが礼を言うとは珍しい。ハルヒは一瞬驚いた表情を浮かべたが
「わかればよろしい!ハイ、まだまだあるからたくさん食べなさい。」
すぐに笑顔で応える。まったく、母親の鏡だな。

それにしてもハルヒがこんなに恋愛に対して弁が立つとは思わなかったな。
コイツだってまともな恋愛経験は俺が最初で最後のはずなんだが…さすがハルヒといったところか。
「ま、同じような経験をアタシもしたからね。」
ん?そりゃどういうことだ?中学時代にそういう事があったとか?
「違うわよ。まぁ、分からないならいいわ。」
若干膨れっ面でカレーを貪るハルヒ。なんなのいったい。
「ははぁ、母さんも苦労したのねー。」
なんかしらんが娘は理解した様子だ。
「そうなのよ。今もだけどキョンってばほんっとに鈍感で…」
ちょっとまて、なんでそこで俺の話になる。
「最近キスの回数も減ってきたし」
おいおいおいおいおい
「前は一日にどれくらいやってたの?」

「平均10回くらい」
おいおいおいおいおいおいおいおい
「今は?」
「8回くらい」
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいお
ニタニタする娘。なんだかいやな予感が…
「大丈夫よ母さん。キョンは母さんの事昔と同じくらい、いや、ひょっとしたら昔より愛してるわよ。」
「? どういうこと?」
「こーいうこと。」
そう言うと娘はポケットから一枚の写真を取り出してってピギャアアアアアアアアアアアアアア!
そういやまだ返してもらってなかったぁぁぁぁ!
「なななななななななななななによこれぇぇぇぇぇぇぇ!」
ハルヒ大噴火。
娘よ。そ、それは見せない約束ではッッ…!
「なによ、人の初恋だなんてプライバシーを侵害した罰よ。」
そりゃこっちのセリフだ!
「キョオオオン……!」
「おおおお、おおお、お、おお、落ち着けハルヒ。」
俺の願いむなしく、ハルヒは握りこぶしを作りはじめる。
体重×
「キョン…」
握力×
「この…」
スピード=
「アァホンダラゲェェェェェ!」
破壊力…ッッ!

薄れゆく意識の中、俺は別になにかを見たり感じたりは特にしなかった。じゃあ言うなよって話だな。

 

 

 

――後日談――

 

あの惨劇の日曜日から早2ヶ月。今日は家族+αで出かける予定だ。
比較的ラフな服装に着替える。ハルヒの準備が終わるまでまだしばらく時間がかかるみたいだから、先に車を暖めておくか。

「おっまたせー!」
5分後準備を終えたハルヒが助手席に乗ってきた。思ったより早かったな。
「今日はあたし達にとって記念すべき日になるんだからねーっ。しっかりしてよねお・と・う・さ・ん。」
「変なプレッシャーをかけるんじゃない。ふん、娘の彼氏ぐらい、軽くいなしてやるわい。」
「いなしてどうすんのよ。…なんかマジで心配になってきたわ。」
「まぁ、気にすんな。いつもどおりにしてりゃいいんだろ」
「それはそうだけど。」
「それに、いい子なんだろ?彼。」
「そうねぇ、いい子で、いつかの誰かさんにソックリよ。」
また訳の分からんことを…
「分からなくていいの。さぁ、出発しましょう。あの子達も、もう待ってる頃だと思うわ。」
「ああ、そうだな。」
もしかしたら、俺たちを待ってる間に下らない事で口喧嘩とかしてるかもしれないしな。
「ふふ、ありそうね。なんでそう思ったの?」
「いやぁ、だってさ…」

 

アイツもアイツの彼氏も、いつかの誰かさん達にソックリなんだからな。

 

おしまい

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最終更新:2020年08月16日 11:14