「やれやれだ」
 それが、キョンの口癖だった。
 それに律儀に突っ込みを入れるのが私の日課だった。
「ぼやきたくなる気持ちは分かるけど、ぼやいたところで事態に変化があるわけでもない。非生産的な行為だよ」
「分かっちゃいるけどな。ったく、あいつらの目は節穴か? 俺たちのどこが付き合ってるように見えるってんだよ」
「主観的な思い込みというものは、一度それにはまってしまうと、容易には抜け出しがたいものだ。物事を客観的に見るというのは、よほど鍛錬しないと、なかなか身につかないものなのだよ」
「おまえは、よく平然としてられるな」
「僕は何と言われようと気にしないことにしているからね。客観的な事実は不動だ。ならば、他人の主観的な認識なんて、どうでもいいことだ」
「ああ、そうかい。俺もそんなふうに考えられれば、少しは気が楽になれるんだけどな」
「ご希望とあらば、その秘訣を教えてさしあげないこともないのだが」
「いや、遠慮しておく」
「それは残念だ。ところで、これは純粋な思考実験としての質問なのだが、僕と君が将来的に君の友人方が誤解しているような関係になる可能性が少しでもありうる──君は、そう思ったことが一度でもあるだろうか?」
「ありえんだろ。俺とおまえだぞ。どう考えたって、それはありえんね」
 それは、ムキになった口調でもなく、変に気負った感じでもなかった。極々自然に出てきた言葉だった。
 彼は、心の底からそう確信している。
「君がそう確信している限り、その確信は正しいのだろうね」
 私は、正直なところ、落胆せずにはいられなかった。
 
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 それから一年以上の月日がたった。
 一度離れ離れになったキョンともひょんなことから再会し、いろいろと紆余曲折があったものの、SOS団の学外団員というのが今の私の立場だった。
 放課後に北高に押しかけて、一緒に活動するのが日課となっていた。
 出身中学が同じであれば、帰る方向が似たようなものになるのは当然のことで、下校時には彼と連れ立って歩くことが多い。
 そのことに涼宮さんは不満そうな顔をしているけど。彼女は昼間は彼をほぼ独占している状態なんだから、これぐらいのハンデはほしいところ。そうじゃないと、とても対等な「勝負」とはいえない。
 
「キョン。君は、ここ最近、昼食を涼宮さんとともにすることが多いそうじゃないか」
「あいつは最近、弁当に凝ってるらしくてな。勝手に俺の向かいに陣取って食い始めるんだが」
 それが涼宮さんなりのアプローチなんだろうけど、キョンはその意味をまったく理解してないようだ。とりあえず、一安心といったところ。
「同じ机に弁当箱をおいて、向かい合って食べているわけだ。その光景を誤解する友人方は多いんじゃないかな?」
「ああ、まったくだ。あいつら、いくら俺が懇切丁寧に説明してやっても、勝手な思い込みを改める気がねぇんだよ。いい迷惑だ」
「それは大変だね。ところで、これは純粋な思考実験としての質問なのだが、涼宮さんと君が将来的に君の友人方が誤解しているような関係になる可能性が少しでもありうる──君は、そう思ったことが一度でもあるだろうか?」
「ありえんだろ。俺とハルヒだぞ。しかも、あいつは、恋愛は精神病とかいうヤツだ。天地がひっくり返ろうと、太陽が西から昇ろうと、佐々木がスキンヘッドになろうと、それはありえんね」
 私は、笑い出しそうになるのをこらえなければならなかった。
 キョン。ムキになると修辞句が冗長になるのは、君の悪い癖だ。
 
 一年足らずでキョンをここまで「とりこ」にしてしまった涼宮さんには、純粋に嫉妬せざるをえないよ。
 ここから挽回するのは著しく困難なことは理解しているけど、一度「勝負」を受けてたった以上は、私だって負けるつもりはない。
 とはいっても、なかなか打開策が思いつかないのも事実。
 キョンは、「恋愛無効化空間」とでもいうべきオーラをまとっている。それは、鈍感とか朴念仁とかいう概念をはるかに超越したなにかだ。私が真正面から告白したとしても、この空間によって無効化されてキョンには届かないんじゃないかと思えるほど。
 告白して玉砕するんだったらまだ納得できるけど、告白してもそれとして受け取ってもらえないのでは、私も浮かばれない。
 この「恋愛無効化空間」は、涼宮さんでもなかなか突破できないみたい。
 そのおかげで、私にもまだチャンスが残っているのだから、一概には悪いとはいえないけど、これは非常に手ごわい。
 
 キョン。君の口癖を借用してもよいかな?
 
 やれやれだ。
 
終わり。

 


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