「何であんたはメールの返事出すのに4時間もかかるの?信じらんない。」
「だから、晩飯食べた後に寝ることなんてお前もあるだろう」
「はぁ?電話の音もわからないくらいの超熟睡をソファーでできるの。あんたは」
「着信34件はもはや悪質の域だぞ。出る気も失せるのはわかってくれ」
「わからないわよ!あんたあたしがテストでいつもより悪い点とって落ち込んでるの知ってたでしょう!?」
「知らん。俺から見りゃ十分すぎる成績じゃないか。むしろもっと点数寄こせ」
「何よその言い方!あたしの貴重な時間を割いてキョンの勉強見てあげたのにあんた平均点にも到達してなかったじゃない。
やったとこと同じ問題が出たってのに、そっちこそ悪質よ。名誉毀損!!」
「俺は見てくれなんて頼んでない。お前が理由つけて俺の家に押しかけただけだろうが」
「何それ!最ッ低!!」
 
こんなやりとりがずっと続いた。
朝、HR前の時間。ハルヒとのたわいもない話をする時間が、
または恋人としての少し甘酸っぱいやりとりをする時間だったのが、些細なきっかけでこんな状態になってしまった。
俺はこんなやりとりをしたくない。でも、このときの俺はどうやら言葉を返すのに全力を尽くしていたらしい。
言葉でハルヒに勝とうなんて思っても無駄なのにな。
この頃になるとクラスメイトは俺たちが付き合っていることなど常識になっていた。
が、やっぱりこんな状態だと、気にかける目を向けてくる奴が結構いる。
谷口を見てみろ。古泉のニヤケ面と俺のやれやれをくっつけたような顔になってやがる。
それを伝えようとしても、伝える相手は一切こっちを見ようとしない。
担任が入ってきたおかげでひとまず救われたが、俺たちはもちろんのこと、クラス全体がしんみりした空気になってしまった。
そもそも俺たちがこういう関係になったのは半年以上も前だが、この関係はバレバレだった。
教室でいちゃついたり、付き合っていると言ったことは一度も無いのに不思議なもんだ。
 
 
休み時間も昼休みも、ハルヒは教室にいなかった。当然だろう。
早いものでもうすぐ6限が終わる。こんな状態で部室に行けるわけが無い。
冷静になって考え直してみると、やっぱり俺が謝らなきゃいけないんだろうな。
どっちが悪いとかそういう問題じゃない。こういう時は男が先に謝るものだからな。
それに善意で俺の勉強を見てくれているハルヒに対してあれは言いすぎだ。
とにかくはやくハルヒと話がしたかった。
頼む。頼むから部室で待っててくれよ。ハルヒ。
 
待っててくれと思うのは俺が掃除当番だからであり、掃除中は気が気じゃなかった。
そんな俺に寄ってくる影がひとつ。やっぱり谷口か。
「ようよう。この後は結局どうすんだ?」
「習慣通り団活に出るさ。何度も言うがお前は心配してくれなくてもいい。」
「涼宮と別れることになったらそのときは付き合ってやるぜ?」
「誤解されるような言い方はやめろ。それに俺はハルヒと別れたりはしない。」
「だろうな。明日までには教室の空気を軽くしろよな。ったくお前らはよー・・」
谷口の適当な愚痴を聞きながら掃除を終わらせ、俺は部室に向かった。
 
 
足が重い。
筋肉のつかない筋トレをしている気分だ。
そうしてやっと旧館に足を踏み入れて少し歩いたところで、俺は天使に出会った。
いやいやいつ見ても本当に天使のようなお方だ。
「朝比奈さん。」
朝比奈さんは水を汲みに行く途中のようで、メイド服を着てヤカンを手にしている。
俺の姿を見るやいな早足でこっちに向かってきた。どうやら俺に言いたいことがあるらしい。
なるほど。ハルヒからの伝言か・・・と思ったらそうではないらしい。
「わたしがあなたにどうしても言いたかったんです。」
なるほど。ヤカンは部室を出る口実ということですね。
「あなたと涼宮さんの事で・・・。」
「ああ、やっぱり今日は部室に行かない方がいいということですか。」
「違うの。その逆。涼宮さんすっかり落ち込んじゃって、どうしたらいいかずっとわたしと相談してたの。
だからあなたに安心してほしくて・・。あ、もちろんこの話は内緒ですよ。」
聞けばハルヒは最初は俺の愚痴を言っていたらしいが徐々に不安を口にしたらしい。
朝比奈さんの話に俺は頷くしかなかった。
 
ハルヒの奴・・・
教室ではそんな様子は全然無かったのにな。
俺の前で沈んだ表情を見せないのは意地か。まぁ俺も他人のこと言えないんだけどな・・
朝比奈さんの話によると長門と古泉は一緒に図書室で待機しているらしい。
「キョン君。がんばって。」
そんなに大袈裟な事なのかね。これ。
 
 
コンコン
部室のドアをとりあえずノックしてみる。返事は無い。
恐る恐るドアを開ける。いつもの席にハルヒがいた。
パソコンが見事に顔を隠してくれている。
俺はドアを閉め、意味は無いと思うが鍵も閉めた。
 
とりあえず口を開こうかと思った。
「キョン。ちょっとこっち来なさい」
が、ハルヒのこの一言によって拒まれる。何を言おうというのだ。
被害妄想が頭を駆け抜けたが、ハルヒはパソコンの画面に興味を示してるようだった。
よく見たらハルヒの奴はいつもと同じ表情 ・・に見えるが少し無理してやがる。
長門の表情すら読める俺が気づかないとでも思ったのか。
こいつはほんとにもう・・・
 
「これ見て。なかなか面白そうだと思わない?今度の土曜日にどう?SOS団で!」
 
面白いぜ。ハルヒ。お前のその人間臭さというかなんというかそんなものがな。
俺がパソコンの画面をあまり見てないことなんてお前はわかってるんだろう。
 
そうやってハルヒがしゃべって、俺がうなづいているだけで5分経過。
そろそろ言おうとしたことを言わせてもらおうか。
 
 
画面を指差すハルヒの手を握る。
ハルヒはほんのわずかビクっとしてこっちに不可解な視線を送って、「何?」と呟いた。
その表情から不安を感じ取る。表情は素直なんだな。不覚にも可愛いと思ってしまうじゃないか。
 
「あー・・。朝は ごめん な。」
 
改めて考えると色々と恥ずかしい。顔よ頼むから赤くならないでくれ。
 
「・・・」
「あんなことを言うつもりは全然無かったんだ。」
「・・・」
「勉強だってハルヒに見てもらうの、いつも楽しみにしてるから。」
「・・・」
「俺いつも自分のことばっかりで・・だから・・・。」
「フフッ・・アハハハッ」
ハルヒは急に笑い始めた。おかげで赤面がさらに赤面した。
そしてなんともいえない安堵感も広がった。
もしかしてこう言い出すのをわかっていたとか・・・もうどうでもいいか。
 
「アンタにそんな真面目な顔は似合わないわよ!」
 
もう結果オーライだ。
ハルヒがまた俺の前でこうやって笑ってくれるだけで良い。そういうことだ。
いつぞやの時よりは溜息が少なくなりそうだ。
 
少ししたら空気を察した古泉長門朝比奈さんが入ってきた。
朝比奈さんはウィンクをしてくれた。ありがたいのですがまさか聞いてないですよね。
古泉のニヤケ顔が素に見えるのも気のせいですよね。
 
 
活動終了後、俺はハルヒと帰り道を共にする。
 
「ハルヒ」
「何よ」
「俺の勉強、また近いうち見に来てくれないか。」
「言われるまでもないわよ。あたしが見ないで誰があんたの面倒見るのよ」
「じゃあ来週の土曜日、でどうだ。 ・・・泊まりで。」
「い・・・えっ!?でもあんたの」
「家族が旅行なんだ。寂しいから、な。」
やっぱりちょっと厳しいかな、と思ったが返事はすぐに返ってきた。
「もうほんとにしょうがないわね。一晩かけてじっくり教え込んでやるわ。特に数学!わかった!?」
「ああ。」
 
細かい予定を話し合っているうちにもうハルヒの家に着いてしまった。
遠回りすればよかったな。どうせ同じか。
 
「じゃあねキョン。明日寝坊すんじゃないわよっ。」
「待ってくれハルヒ。」
「今度は何?」
「キスしたい」
「はっ?・・・ んっ!?」
ダメだな俺。相手の返事ぐらい待った方がいいぞ。
ハルヒは逃げやしないんだからそんなに必死に味合わなくてもいいじゃないか。
俺は数秒で済ませておくことにした。やっぱり恥ずかしいしな。うん。
 
 
「・・ったく・・・キョン・・・」
「何だ。」
ネクタイを掴まれた。
「あの・・今日は・・あたしも・・・悪かった・・わよ。」
「なんて言った?」
実は聞こえてたけどわざと聞いてみた。
「はん。その手には乗らないわよ。」
「だめだったか・・・ってぅおっ!?」
 
ネクタイを引っ張られ、そのまま俺はまた目をつぶる羽目になる。
珍しいな。ハルヒがあんな謝り方するなんて。
珍しいな、ハルヒからのキスなんて。
もっしかして本当はずっと言おうとしてたんじゃないか?
最後の最後まで我慢してたんだろう。ほんとに頑なな団長さんだな。
 
俺たちはしばらくお互いを貪るのに夢中になった。
多分最長記録だろう。
俺がそうなるようにしたんだからな。
 
 
後にハルヒは呟いた
「舌入れるんじゃないわよエロキョン。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・・・さて。
 
朝日が漏れる部屋に寝っころがってる俺は天井に向かって悩ましげな視線を送る。
4日目だな。もう慣れた頃合だ。
 
時間が随分飛んだな。1~3日目は少なくとも半年以内にまとめられるが、今日はいきなり半年以上も飛んだ。
考えても意味は無いが、もしハルヒが俺との思い出を見せているのなら、昨日の夢の日と今日夢の日との間に何も無かったのはおかしい。
ハルヒと気持ちを確認してから、この喧嘩をする日までだって沢山の思い出がある。
デートと呼ばれる事だって何度もしたし、ハルヒの手作り弁当だって食った。初めて手を繋いだ日だってわりと覚えている。
キス・・・だって少ないが何回かした。この喧嘩した日まで軽いのだけしか・・ってなんか自分で恥ずかしくなってきたぞ。
 
次に見るとしたらそうだな。もしかしたら、あの泊りがけの勉強会かもしれない。
って何考えてるんだ俺は。ハルヒがもしかしたら俺に何かして欲しいのかもしれんのだぞ。
 
ちょっと早いがダイニングに向かう。
ハルヒも起きたばかりのようだった。
 
「あら?あんた早いわね。丁度いいわ、たまにはご飯作りなさいよ。」
「ああ。」
 
どうしても夢の中のハルヒと重ねて見てしまう。
そういえば最近あの頃みたいにデートとかしてないな。
俺は仕事で忙しいし、その事に対してハルヒは「しょうがないでしょ。さっさと昇進しなさい」と、素で言う。
これは間違いない。あと空いた日があっても、運悪くハルヒが体調を崩したりしてたな。
朝飯の準備をしながら、俺はとりあえずハルヒに少し聞いてみようと決めた。
 
「キョン。これちょっと油っぽいわよ」
「そうか?」
「ったくあんたは料理上手くならないわね。」
「悪かったな。それとお前のが上手すぎるんだ。」
「そう。誉めても何も出ないわよ」
 
素っ気無い態度だな。ハルヒらしいといえばそうなんだが・・・。
なんというか・・・もっともっと笑って会話がしたいものだ。
そんなわけでそろそろ本題に入るか。
 
「ハルヒ」
「何?」
「どうだ?今度の日曜、出かけないか。」
「あんた、昇進試験が近いんでしょう?そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないの。」
痛いところを突かれた。時間を止めて言うことを整理できればいいんだがな。
まっすぐに俺の目を見て心配そうに言っているからにはハルヒは面倒くさいわけでは無さそうだ。
これは本音だろう。
「でも、たまにはお前とゆっくり過ごしたい。お前だって・・」
「あのね、あんたは変なところで優しすぎるのよ。
 試験が終わって仕事がちょっと落ち着いたら散歩でも旅行でも行けばいいの。それに・・・。」
「どうした?」
「・・ちょっと気分悪い。最近風邪気味なのよ。」
 
風邪気味だって?
声も枯れてない、鼻水も咳も出てない、だるそうにも見えない。
慌てておでこをくっつけてみる。 ・・・熱も無い。
でもハルヒが言うからにはそうなのだろうな。
 
「・・だから最近体調がおかしいって言ったでしょ。」
「そうか・・・俺にできることは何かあったら・・」
「それはそうとあんた時間そろそろやばいんじゃない」
「うぉ!?いけねっ」
 
時間の野郎、いつのまに進んでやがった。
これじゃハルヒと満足に会話もできない。
でも少ないが収穫はあった。
ハルヒが「今週末は○○に行くわよ!」と引っ張っていかないのは俺の仕事事情を心配してるから。
そしてハルヒの体調がおかしいということだ。今まで普通に見えたのになんてこったい。
明日にでも古泉に電話しよう。ちょっとは解決に役立つかもしれん。
 
俺が鞄を持って玄関を飛び出す。
ハルヒはしっかり玄関で「いってらっしゃい」と言ってくれた。
素っ気無いと思いきや、ちゃんと出迎えてくれるところがハルヒらしいかもな。
 
 
 
俺はその夜早く眠りについた。
早めに寝ておいたほうが良いと判断したからな。
 
 

 



「ほら、ここ違う!」
「そこは暗算でやっちゃだめ!」
「まさかこの公式忘れたんじゃないわよね」
 
ハルヒのスパルタ教育は留まるところを知らない。
土曜日。夜。家族は旅行。一応彼女と2人きり。 ・・・見事な337拍子だな。
こんな用意されたようなシチュエーション二度とないだろう。
・・・・そんなことを一瞬でも考えたら負けかもしれん。
ってほどハルヒは密度の濃い家庭教師に徹していた。
 
早めに晩飯を済ませて俺の部屋に閉じこもり、もう4時間が経過していた。
休憩や雑談を挟みながらも効率よく勉強を勧めていく様には俺も感心せざるを得ない。
今日のためにいろいろスケジュールを考えていたとしか思えない。実際そうなのだろうな。
最後の問題が解けたときはもう時計の針は日付変更線を越えていた。
 
「先風呂入るから」と言ってハルヒは部屋から出て行き、俺は一息つく。
ハルヒの使っていた教科書やら問題集やらをそっと覗いてみると、案の定線やメモやらがびっしりと書き込まれており、俺のためと思われる書き込みもある。ほんとに忙しい団長さんだ。
こら。ニヤケ顔になってるぞ。今日だけでもしっかりしなきゃな。
 
俺が風呂から上がって部屋に戻ると、ハルヒは俺のベッドで眠りこけていた。
布団は用意すると言った筈だがそういや準備してなかったな。
それ以前に寝る直前にまとめ問題やるって言ってたのに。教師が先にばててどうする。
・・・なんてな。ご丁寧に目の下にうっすらとクマなんかつくっちまってさ。
もし俺のために徹夜してできた・・とかだったら・・・、いや考えちゃだめだな・・・。
ハルヒの今日のスケジュールはほぼ完璧だった。
俺の今日のスケジュールは俺自身でさえ未知数なのにな。
 
 
ベッドに腰掛ける。
こんな時間だと俺でも眠い。まとめ問題は朝にでもやればいいだろう。
ハルヒに視線がいく。風呂上りの女の匂い、乾ききっていない髪、いつもの活発さとのギャップ、独占感、無防備に上下する肩・・・ハルヒの全てが俺を誘ってるようにしか見えない。・・・だめだな俺。
とりあえず起こしたほうが良さそうだ。
「ハルヒ、起きろ。ハルヒ、おいハルヒ」
「・・・ん・・・。キョン?」
こいつは低血圧なのか。スローな動きで起き上がり半分しか空いてない目を向けてくるハルヒ。
なんかもう反則どころの騒ぎではない。とにかく俺は隣に座るよう促す。
「もう寝るのか」
「・・・・どっちでもいい」
「眠いのか」
「うーん・・なんか思ったよりも疲れてただけよ。」
「徹夜で俺の為に予定表組んでたんだよな」
「・・・それが何」
「ありがとう」
「珍しいわね。あんたが素直に感謝するなんて」
「当然だろう。好きなんだから」
「・・・・キョン・・・」
 
 
ハルヒの手を握り、愛しむように撫ぜる。
引き寄せられる勢いでキス。そしてキス。
見つめあい、ハルヒが優しく微笑んだところで俺はハルヒを押し倒した。
 
「やっ・・!」
ハルヒは驚いた顔で見つめてくる。・・・当然だろうな。
徐々に不安の色も見えてきて、俺は動揺する。
 
「ハルヒ・・・その・・・いい、か?」
「・・・」
ハルヒは不安げな表情のまま黙り込んでしまった。
普通に考えればいきなりは無理に決まってる。急に罪悪感が湧く。
「すまん・・・すまない・・・あー・・」
「・・さい。」
「・・・へっ?」
「優しく、しなさい。」
「ハルヒ!?」
 
ハルヒは目を逸らして唇をキュッと結んだ。そしてちらりとこちらを見て。顔をちょっと赤くした。
心臓が壊れたように暴走を始める。俺はもう何も考えられなくなったようだ。
 
 
当たり前というべきか、谷口から借りたAVと現実は大きく違った。
ハルヒは目をつぶってずっと黙り込んでいた。
たまに目を開けて俺を見ては、荒くなった息を整えようとしていた。
俺が「声我慢しなくていいぞ」「力抜けよ」と声をかけても生返事だ。
俺自身、興奮しきって夢中だったせいで鮮明には覚えてない。
結構長い時間前戯をしていたが、結局ハルヒはずっと堪えるような表情だったと思う。
でも徐々に俺の努力が実ってきたようで、気が付いた時には眉間のシワも消えていた。
 
むしろ今度はこっちが堪える番になってきた。ので、俺は声をかけた。
「ハルヒ、その・・大丈夫か。」
「・・・ん」
「嫌だったらやめようか」
何故か俺はハルヒがここでどう否定するかを楽しみにしていた。
ハルヒは首を横に振る。もうそれだけで俺は衝動に支配されそうになる。
 
ハルヒは相変わらずだんまりなので「じゃあいくぞ」とでも声をかけようか迷ってる時に、ハルヒが口を開いた。
「・・キョン」
「どうした?」
ここでハルヒはいつも俺に見せるような不適な笑みを見せた。
俺が驚いている間もなく、ハルヒははっきりと言った
 
「ほら、早くきなさいよ。」
 
 
痛みを堪える表情が、喘ぎを堪える表情になる。
シーツを掴んでいた手が、俺の背に回される。
甘い息の中に、すがるように俺を呼ぶ声が聞こえるようになる。
全てが俺を刺激し、自我のコントロールを不能にした。
 
 
そのときはっきりと覚えていたのは、俺が壊れたようにハルヒの名前と愛の言葉を叫んでいたこと。
そして終わった直後の短い会話だけだった。
「・・・キョン」
「ん?」
 
「愛してる」
 
そしてハルヒは更に耳元で、俺の名前を呟いた。
 
こいつが一度も呼んだことのなかった、俺の本当の名前を。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
5日目、予想通り。
布団の中での俺の下半身はどえらいことになっていた。俗に言う夢精である。
なんとなくだが、今日もリアルな夢を見るとしたら内容はあの夜しかないとわかったからな。
とにかく見つかる前に処理しよう。
 
 
どうせなら夢の続きとして次の朝まで見ていたかった。
今でもよく覚えている、あそこまで俺に甘えてきたハルヒは当時新鮮すぎたからな。
といっても大したことはない。朝、カーテンの間から差し込む光で目が覚めた俺たちは笑いあい、キスを繰り返し、気持ちを素直に口にする。
布団から出ようとする俺の腕をひっぱって「もうちょっと・・・」と恥ずかしそうに言うハルヒは可愛いってレベルじゃなかった。
その後の会話で知ったことだが、ハルヒは俺がやろうとしていたことを知っていたらしい。
なんでも、前日に空にしたゴミ箱に唯一あった薬局のレシートを見てすぐにピンと来たらしい。
驚いたり不安になったりしたのは、俺が強引だったから・・・って俺はそんなつもり無かったんだけどな。
 
更に補足をしておくと、ハルヒがだんまりなのはこの最初だけで、次からは実にハルヒらしい反応を味あわせてくれた。俺もそれに応えようといつも必死だったな。
たまには思いっきりいじってやりたくなるが、なかなかそうはいかないみたいで、むしろハルヒが攻勢になって俺をヒーヒー言わせる時もあったぐらいだ。
 
 
いかん。そろそろ現実に帰らねば。
 
 
夜、仕事が終わった後俺は古泉に電話した
 
「古泉です」
「よお。久しぶりだな」
「珍しいですね。あなたから僕に連絡をよこすなんて。」
「そうでもねえよ。」
適当に挨拶をして、俺は早速本題に向かうことにした。
説明はそう長くはかからなかった。
ここ数日、高校の時のハルヒとの思い出が夢として出てくること。その夢がはっきりしていること。
ハルヒがもしかしたらイライラしてるかもしれないこと。
「で、だ。ハルヒの調子はそっちから見たらどうなのかなと思ってな。」
「そうですか。残念ながらあなたの期待には沿えません。その話には正直驚かされました。
何度でも言いますが涼宮さんはあなたと共に生活を始めてから本気でイライラすることはほとんど無くなりましたからね。
安定したとは言い切れませんが、今もです。」
「そうか。」
正直こういう結果じゃないかと薄々思っていたのであまり驚かなかった。
でももしちょっとでも異変がおきたらすぐに知らせろよ。
「もちろんです。しかし僕が思うに、普通に考えてあなた自身で解決するのが望ましいかと。」
「やっぱりな」
 
 
結局古泉に電話してもあまり解明が進んだとはいえなかった。
まぁ深刻な事態ではなさそうで安心した。そのときは嫌でも巻き添えを食うからな。
 
 
 
自分で言うのもあれだが、ハルヒのことを一番解ってるのは俺だ。俺しかいないんだ。
もしハルヒが俺に何かを求めたい、または求められたいのなら俺は全力で応えたい。
努力するさ。全力で努力するから。
 
だから・・・その間ぐらいは
 
懐かしい夢ぐらい見てもいいよな。ハルヒ。
 
 

 
 



俺は今、ハルヒの部屋の前にいる。
扉をノックするのが怖いが、それじゃお先は真っ暗だ。
なので、ノックする。返事は無い。
「勝手に入らせてもらうぞ。」
俺は恐る恐るハルヒの部屋に入った。入り口で立ちすくむ。
ハルヒは机に座っていた。出てけ、とも来るな、とも何も言わなかった。
後ろ向きなので表情はわからない。
 
 
ハルヒとはもう何度も喧嘩になった。
言い合いみたいなものは毎週のようにやっている。
大抵俺がやれやれとでも言いながらハルヒに譲ってしまうのだが、俺が引かなきゃハルヒは滅多に引かない。その結果がこれだ。
ハルヒは俺を罵倒し、部屋に閉じこもって3時間。
俺も大層怒りに震えていたが、ようやく頭が冷えた。俺から干渉するのは不服だがこれがルールというものなのかね。
悪い方が謝るなんて誰が決めた。問題は和解できるかどうかなんだよ・・・な。俺たちは。
 
俺たちが同棲を始めてまだ半年。
別々の大学に通っているせいで色々と食い違ったりして大変だがなんとか乗り切ってきた。
が、お互いにいろいろと溜め込んでいたらしい。
ハルヒは食事を作るので、俺が突然「悪い!今日飲み会行くから晩飯いいや」
とメールを送ったりすると大層ご立腹になされた。当たり前だよな。
しかしそれはハルヒも一緒で、同じことを何度も言い聞かせたこともあったっけ。
ストレスと似たようなものだろうか。気づかないうちにいつの間にか溜まって、気がついたら暴発してしまう。
付き合い始めて高校卒業まではハルヒと一緒にいてストレスなんざ溜まる余地も無かったが・・・
同棲を始めてからは、何かと不憫が続いてしまったようだ。
今日だって、きっかけはTVのチャンネル争いから始まり、どうして根拠のない浮気話にまでなるのか。
でもこれをすらりと乗り越えるのが俺たちなんだよな。
 
 
 
さて、ハルヒの背中に向かって俺は言葉をつむぎ始めた。
何を言ってるかは自分にもいまいちわからない。
なんせ今は夜中の2時である。生理的にきつい。
 
気づいたら土下座なんかしている。時計は3時を越していた。
俺は何を言っているんだ。声が枯れてるような気がするがどうでもいい。
ハルヒの声が聞こえた、気がした。
床しか見えなかった俺の視線にハルヒの足が入ってきた。顔を上げようとした俺だが、頭を手で押さえられた。
「何でいつもこうなのよ。」
ハルヒの呆れた声が届いた。まったく何でいつもこうなんだろうな。
「いつもいつも、何であんたが謝るのよ。」
床とハルヒの膝しか見えないぞ。
「ほとんど悪いのはあたしなのに」
どうでもいいだろそんなこと。
「明日あんたの好きなものでも作ってごめんって言うつもりだったのに。」
それは是非実行してくれ。
「何であんたは全部背負い込むお人よしなのよ。」
声、震えてないか。
「もうしゃべらないで!」
「うぇっ!?」
 
頭を上げようとした俺をハルヒは膝に押さえつけた。いや・・・いろんな意味でやばいぜこれは。
それでも上を向こうとする俺にハルヒは目隠ししやがった。
「だーめ・・・。」
別にどんな顔してても俺はどうも思わんぞ。
と言いたいがここは言わない方がいいだろうな。
それでも今のハルヒがどんな顔をしてるか見たかったな。
 
しかしよくよく考えてみろ。
膝に頭を押さえつけられ、そのまま仰向けになる。要は膝枕だな。
目隠しをされる。会話が終わる。そして今はもう夜中の3時過ぎだ。
それで気持ちが落ち着いたらどうなるか。サルでも分かるな。
俺はそのまま見事に眠りこけてしまったわけだ。
 
 
 
 
 
・・・寝足りないな。
チュンチュン聞こえるのは鳥の鳴き声だろう。ってことは今は早朝か。
この匂いはハルヒの部屋・・・そうか、俺は深夜にハルヒの部屋に押しかけたんだったな。
 
なんだかあたたかい。そういえば体に毛布がかかっている。ハルヒの奴・・・
目を開けようと思えば開けられるだろう。顔を隠すものは何も無い。
でもそれは無理ってもんだ。頭や髪の毛を撫ぜられているんだからな。
手を撫でられたり、耳元をいじられたり、首に触れられたり・・・本当にハルヒなのか?
うふふ・・っと軽い笑い声が聞こえた。畜生・・・かわいいじゃないか。
 
でもちょっとだるいんだ。床に寝てるようじゃ疲れは取れないからな。
だからもう少し・・・。もう少しだけ寝かせてくれよ。
もう少しお前の温かさに触れていたいから・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
・・・・やっぱり寝足りない。
素直に起きて布団に入ればよかったかな。
すーすー寝息が聞こえる。目を開けてみようか。
やっぱりハルヒは寝ていた。
 
俺の体の位置がずれていたのはハルヒが壁にもたれられるようにしたのだろう。
時間を見たらもうすぐ昼じゃないか。大学を思いっきりサボってしまったわけだな俺たち。
ちょっと惜しいがむくりと起き上がってみる。
普通部屋の壁にもたれかかって寝れるか?電車で寝たほうが疲れが取れるんじゃないかと思うな。
だから俺は俗に言うお姫様だっこでハルヒをベッドまで運ぶことにした。
 
ハルヒを寝かしつけてるうちに、俺は無性にさっきのお返しがしたくなった。
恐れ多いがハルヒのベッドに忍び込み、髪の毛をなでてみた。ついでに色々いじくってみる。
なんて柔らかいんだろう。なんて思ってるうちにハルヒがもぞっと動いた。
うーん と唸るハルヒ。目をつぶったまま「キョン・・んー・・」とか言うな。可愛すぎるから。
とりあえず俺は「今日は土曜日だからゆっくり寝ろ」と繰り返し呟いておいた。
しばらくしてハルヒは再び寝息を立て始めた。俺ももう眠くてたまらんな。心地よすぎる。
腕をハルヒに回して俺も寝ることにした。
 
 
 
 
昼過ぎにハルヒに叩き起こされ罵られまくったが別に後悔はしていない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・・・チュンチュン聞こえるのは鳥の鳴き声だろう。ってことは今は朝か。
この匂いは俺の部屋・・・そうか、俺はリアリティのある夢から現実に帰ってきたんだな。
ってな。もうそろそろ数字が曖昧になってきたが、今日で6日目だろう。
 
まさか同棲してる時の出来事が来るとは思わなかった。
進路騒ぎ、高校卒業、同棲開始、大学入学・・・いろいろあったはずなのに1年ぐらいは飛んだぞ。
これまでから察するに、もう高校にいた頃が夢に出てくることはないだろう。年月順だからな。
これでいくつか推測できることがあるが、はっきりしているのはこの夢現象はいつか終わるということだ。
寂しいのか怖いのかほっとするのか・・・変な気分だが、そのときまでに真実がわかるといいな。
 
今日は日曜日だ。俺の会社は休みなのでれっきとした休日だった。
俺は勉強と資料探しを兼ねて図書館に行くことにした。
丁度話をしておきたい相手もいるしな。
 
 
「長門」
やっぱりいた。椅子に座ってこれまた御堅い本を読んでいる。
古泉がダメでも長門ならわかることがあるかもしれない。そういうわけだ。
「よう、元気にしてたか」
コクン、と長門は頷き、古泉よろしく適当に挨拶した後俺は早速説明を始めた。
 
話が終わると長門は得意の単語説明を始めた。
「あなたに夢を見せているのは涼宮ハルヒ」
なんと。いきなり核心を突いてきた。
「やっぱりそうか。理由はわかるか?」
「不明」
「・・はは、そうだよな。」
 
その後も俺はいろいろと質問攻めにしたが、結果はあまり芳しくなかった。
それでも、わけのわからん宇宙人や未来人じゃなくて、ハルヒがこの現象を起こしているとわかっただけでも俺は良かった。
俺は最後に気になっていた質問をした。
 
「ハルヒがここのところ体調を崩している時があるんだ。原因がわからなくてな」
「・・・」
「本人は風邪って言ってるんだが」
「・・・」
「もしかしたらここ数日の夢と関係あるんじゃないかと思ってな。」
「・・・わからない」
 
俺が意外に思っているともう一言付け加えられた。
 
「夢とは関係ない。」
 
俺は少したわいもない話をした後、長門に礼を言って図書館を出た。
なるほど。古泉が言ってたことにも納得するな。こりゃお手上げになりそうだ。しないがな。
しかしハルヒの仮風邪とハルヒの夢現象が関係ないとは驚いた。
ということはハルヒは本当にたまに気分が悪くなると考えざるを得ない。
 
これじゃますますわからん。せめて夢にヒントが出てくればいいのに。
いや、本当はあるはずなんだ。間違いなくハルヒが見せてるんだからな。
 
 
今日も早めに寝ることにしよう。
さっさと寝て、また夢を見たいんだ。
少しでもヒントをつかみたいからな。
 
それ以前に、俺は毎晩ハルヒと過ごした日を夢で見るこの奇妙な習慣。
それが楽しみになっているんだからな。
 
 
 


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