俺の名前は谷口。いたって健全な、一青年だ。酒はたしなむ程度で、タバコも吸わないギャンブルもうたない。食事にも気を配っている。塩分はとりすぎないように配慮しているが、反対に気にしすぎて塩分不足でブッ倒れたりしないくらいの計算はしている。
つまり健康に気をつかっているってことだな。
つまらない人生だと思ってくれるなよ。俺の仕事は体が資本なんだ。やりたい放題の暴飲暴食で身体をこわして、肝心の仕事中にダウンしてしまわないようにという職務観念がはたらいているのさ。
俺は探偵をやってるんだ。健康に気を配る健全な仕事人ってことだ。

今回の俺の仕事は人探しだ。いきつけのバーのカウンター席で水の入ったグラスをかたむけながら、隣で訥々と口を開くスーツ姿のダンディーなおじ様が言っている話を要約すれば、そういうことになる。
もっと詳しく言うなら、行方不明になった依頼人の娘さんを探してくれということらしい。なんでも依頼人の娘さんは、お父さんが手塩にかけて育てた一人娘で、現在高校生。パパの言うことはなんでも聞いてくれる、心優しいたおやかな女性なんだそうだ。
原因理由は分からないが、ある日突如として 「探さないでください。ごめんなさい、時期がくれば必ず帰ります。心配しないでください」 という曖昧模糊とした書置きを残して失踪してしまったらしい。
文面を見る限り家庭内でなにかしらのトラブルがあったわけではなさそうだし、誰かにかどわかされたということでもなさそうだ。謙虚な感じすらするし。時期がくれば必ず帰ります、という文言の時期というのが何をどうする時期なのか分からないが (これはお父さんも分かっていなかった)、行方不明というよりは、父親にもいえない個人的な理由でカタをつけなければならないことがあって、一時的に家を離れているというのが正確なところだろうね。
しかし高校生の身で理由もつげずに家を飛び出る娘というのもすごい行動力じゃないか。よっぽどノリノリだったんだろうね。

「大事な跡取り娘なんです、悪い虫がついたらしたらと思うと、心配で心配で!」
まあまあ、お父さんは落ち着いてください。
言い忘れていたが、このお父さんは情報統合思念体という有名なICT関係のベンチャー企業の社長さんなんだ。そりゃもう大当たりした会社で、そうとうな利益を上げているらしい。これは世間の噂だが。よっぽどベンチャーしたんだな。一生に一度のビッグビジネスチャンス的な。
その会社がこのお父さんの手によって建設されたわけだが、お父さんには娘一人しか子どもがいなかった。いなかった、というとネガティブな印象を受けるかもしれないが、実際はそうでもない。娘さんはそっちの才能が豊富だったので、次期社長としてその手腕を期待されていたらしい。ICTの才能というのがどういう物なのか分からないから具体的には言えないが。情報操作とかだろうか。よう分からん。
俺も今は特に忙しいわけでもないし、これはこれで実に探偵らしい仕事じゃないか。それに相手が大手企業の社長ということだし。断る理由は一切ない。
仕事を請ける旨を伝え、バーをおいとまする時、思い出したように俺は社長さんから預かっていた封筒を開け、行方不明中の娘さんの顔写真を見た。
心臓がドキリとしたね。その写真には、俺がよく知っている少女の顔が映っていた。

俺はアパートに帰るとすぐに台所で湯をわかし、レトルトカレーとトマトサラダをもりつけて夕食を見繕った。健康的だろ?
おい、と呼ぶと長門有希は本から少し目をあげ、俺を見た。淡々とした表情は無言で 「なにか用?」 と問いかけているようだ。
なんか用、じゃないよ。今日お前さんの親父さんに会ったんだぜ。最愛の娘が行方不明になってしまったから探してくれって頼まれちまったよ。
「………そう」
そう、じゃない。いいか、確かお前、俺に言ったよな。親の了承はもらっているからしばらくうちに住まわせてもらいたいって。最初からおかしいと思ってたんだ。楽な仕事だったからな。全然了解なんてもらってないじゃないか。親父さん、かなり心配してたぞ?
「………書置きをしてきた」
だからその書置きにも問題があるんだよ。お前にしてみれば、所用でしばらく家を出ただけのつもりかもしれないが、親にしてみれば子どもがあんな謎の書置きを残して家出したら心配もするって。むしろあの書置きで 「ホウホウなるほど、じゃあ娘が帰ってくるまで待っていようか。いつ帰ってくるのか知らないけど」 なんて悠長に構えている親がいたらそっちの方が問題だ。
「………それは私のプライベートに関係すること。私からあなたへの依頼内容は、私が小説を書き終えるまで住居を提供してくれること。私の家庭内のことをあなたに追求されるいわれはない」
俺の目をみる長門有希の眼差しは、いつものように無機物的で淡々としたものだったが、強がっていることを気づかれていないかと心配するおどおどした色も混じっているように見受けられた。生意気なことを言うやつだ。まあ思春期のガキってのは背伸びしたがるもんだが。


いろいろあって事態がこんがらがってきたんで、ちょっと整理してみよう。
俺の身に何があったのかを順を追って説明すると、こうなるわけだ。

 長門有希が俺の元へ住居を提供してくれ、とやって来る。
 事情は分からないが、小説を一本書くまでの匿ってもらいたいらしい。
   ↓
 バーで長門の親父さんから人探しの仕事を依頼される。
 断る理由もないので俺、快諾。
   ↓
 実はその尋ね人が、長門有希だった。
 なんてこった。
   ↓
 長門に事情を問いただしているところ


俺だって別にブルジョア家庭の事情になんて興味ねえよ。他人の愛憎劇を見て 「やあねぇ~」 なんて言う、他人の不幸は蜜の味的オバサマ連中の脳ミソほど理解し難いものはないと自負してる俺だ。興味本位でそんなこと聞きやしないさ。
ただ、お前の親父さんの依頼を請けちまったからな。不注意ながら、探す対象の写った顔写真を見たのは依頼を請けた後だったから、断れなかったのは俺のミスだが。
しかし依頼を請けちまった以上、きっち仕事するのが職人ってもんだ。このままだと俺は、洗いざらい話してお前さんを家に護送しなけりゃいけなくなる。
「………」
長門有希は、なにも言わなかった。
カレー、早く食えよ。冷めるぞ。

聞きたいことなら山ほどあったが、今の状態じゃ何を聞いても良い方向に向かいそうになかったから、明日にでも改めて長門に話を聞こうと思い、その日はカレーを食って寝た。
それが間違いの元だった。



朝起きると、居間の机の上に書置きと茶封筒が載っていた。嫌な予感にかられて紙を手に取る。
そこには、数日間の間だったけれどありがとう、という文字列が書かれていた。茶封筒にはピン札で、依頼料が入っていた。
考える間もない。俺はそれを懐にねじこみ、靴に足をつっこんで外へ駆け出した。
冗談じゃないぞ。俺は別に長門をどうこうしようと思っていたわけじゃないし、依頼を破棄して追い出すつもりも毛頭なかった。本当だぜ? 神に誓ってもいい。

探偵に依頼をもってくる人間ってのは、たいてい何かに追い詰められているもんだ。たとえそれがどんな依頼内容でも、たとえば夫の浮気調査やペットの飼い犬捜索といった第三者にとってはヘソのゴマよりどうでもいいような物でも、依頼主当人には死活問題なんだ。だから、他に頼れる人もなく、探偵を頼ってやってくる。
分かるか? 俺は最後の希望的な存在なんだよ。
長門は言った。小説を一篇書き終えるまで住居を提供してもらいたいと。なぜ親に事情も話さず家を出てきたのかは知らないし、なぜそれが探偵の家でなければならなかったのかも分からない。
だが長門の中には、そうしなければいけない理由があったことは間違いない。厳とした理由がある限り、探偵はそれを拒むべきではない。そうだろ? それが仕事なんだ。
俺は、自分の個人的な理由で依頼を拒否することはできるだけしたくないし、今までずっとそうしてきた。そしてこれからもそうしていくつもりだ。
だから俺は長門を追いかけた。俺の言葉のせいであいつが傷つき、依頼を破棄するつもりになったんなら、それは俺の責任だ。探偵失格だ。


長門はお世辞にも運動が得意そうには見えなかった。あいつが俺より早く起きて手紙を書き、アパートを出たんだとしても、まだ遠くまでは行っていないはず。このあたりは滅多にタクシーも通らない場所だから、タクシーに乗ったとは思えない。うちは駅まで徒歩60分という最高の場所に建ってるんだ。電車という線はないな。長門が移動するとすれば、バスしかない!
俺は階段の下に停めてあったHONDAのVTR-250にまたがった。ブルーに輝く流動的なフォルムが魅力のスポーティーなバイクだ。
国木田には、どうせ買うならホーネットにすればよかったのにと嫌味を言われたが、いいんだよ。俺はこいつが気にいってるんだ。安いところも含めてな。


初速度40km超のフルスロットルでアパートを出たVTRは、ものの5分でバスの出張所にたどりついた。俺は駐輪場にVTRをつっこみ、キーをとって走った。
まだ早朝だ。人の姿はまばらにしかない。あの小柄なブルジョア嬢ちゃんを探し出すのは難しくないはず。

いた。ビンゴだぜ。あの横顔は長門有希だ。鈍器みたいな分厚い本を持ってることから考えても、人違いではありえない。
「長門!」俺の声に、長門はわずかに肩を揺らし、ゆっくり顔をあげた。
「………どうしたの?」
朝の散歩さ。
俺はフルメットを床に投げ出し、ベンチに腰をかけた。
長門が、冷ややかな目を俺にむけてくる。
「………私からあなたへの依頼は解約したはず。ちゃんと当初提示していた金額も支払った。もう、あなたと私は無関係。追ってこないで」
追ってきたわけじゃないさ。言ったろ? 朝の散歩にきたんだ。毎朝このバス停の自販機でネスカフェゴールドブレンドをホットでいただくのが日課なんだ。知らなかった?
あれ、小銭もってくるの忘れた。悪い、80円持ってない?
「………100円あげるから、なにも言わずこのまま帰って」
いや、100円もいらないよ。80円でいいんだ。まあ本当は、できればその80円よりもキミの身の上話を聞きたいところなんだけど。

もう仕事上のつながりはないんだ。お互い。数日間一緒に暮らしたルームメイトとしてさ、最後に聞かせてくれないかな。なんでうちに来たのか。
俺にだって情けはある。別にこの場でキミの身柄を拘留して、親父さんに問答無用で送り渡したりはしないさ。
長門は立ったまま、俺に背をむけた。
「………小学生のころ、私はシンデレラになりたかった。綺麗なドレスに身をつつんで、ステキな王子様とダンスを踊り、結婚する。女の子なら誰でも一度は憧れるんじゃないかと思うけれど」
分かるよ。俺も一時期は本気でウルトラマンになりたいと思ってたんだ。とうとう募集要項は手にいれられなかったが。
「………普通の父親なら、自分の娘がシンデレラになりたいと言ったら、どう答えるんだろう。お前ならなれるさと夢のある応答をするかもしれない。あれは空想上のお話なんだから、シンデレラにはなれないよと答えるかもしれない」
もし俺に娘がいてそんな質問をしてきたら、俺はすぐさまネットでガラスの靴を買って与えてやるね。amazonなら売ってるかもしれないぜ。
「………私の父は、小学生の私がシンデレラになりたいというと、『お前はうちの会社を継ぐんだ』とだけ言って相手にもしてもらえなかったわ」

「………中学生になって、私はまた別の夢をみつけた。中学生の私は、教師になりたかった。テレビドラマの影響だったけど」
キミが中学生というと、今から3年くらい前か。その頃やってた教師のドラマといえば、「熱血ジャーマンスープレックス先生」だったっけ?
「………父にそのことを伝えると、また『お前はうちの会社を継ぐんだ』と言われた。私がどんな気持ちになったか、わかる?」
まあね。単2だと思って買ってきた電池が、実は単1だった時の哀しみを10倍くらいに濃縮した気持ちだったんだろうな。
「………何を言っても私の父は、私の言うことなんて聞いてくれない。学校の願書だって私の志望を無視して勝手に出したくらいなのよ。私の言うことを聞いてくれるとしたら、おやつのお菓子はポテトチップスがいいか、かっぱえびせんがいいかくらいのもの」
確かに話をきく限りではあんたの父さんはワンマンだけどさ。世の中にけっこうそういう親いるもんだぜ? 気休めにもならないかもしれないけど一応。
「………私は父が嫌いではないし、父の会社が嫌いでもない。でも、周りを見ずになんでもかんでも自分一人でとり仕切ろうとするやり方は嫌いなの。職場での父はリーダーシップがあって敏腕で、最高の社長らしいわ。そうでもなければ、一代であそこまでの企業を経営維持していくことは無理でしょうし」
父が、社会で通用したやり方が家庭内でも同じく通用すると勘違いしたから、母は出て行った。と長門は小さくつぶやいた。
「………分かった? どうして私が、父に具体的な理由をつげずに家を出たのか」
ああ、わかったさ。これ以上、自分の中の大事なものを悪意のない父親の言葉で傷つけられたくなかったんだな。
「………もう夢をみることもないと思っていたのに。また、なりたいものができてしまったから。今まではただ諾々と父の言うことに従ってきたけれど、今回は。自分の力でそんな父の庇護から離れたかった」

今の時代はそんなものなのかもな。親離れできない子供ももちろんだが、むしろ子離れできない親の方が意識改革するべきだ。
「………家を出て小説が書ければどこにいたって良かったんだけど、友人の家や宿だと簡単に探し当てられそうだったから。そんな時、請けた仕事はどんなものでもこなしてくれる探偵さんの噂をきいた。だから、あなたのところへ厄介になったの」
停留所からバスが出てきた。どこへ行くバスなのかは見えなかったが、長門は荷物を持って歩き出した。

「………私を捕まえるなら今のうちよ?」
よせよ。さっきも言っただろ? 今は散歩中なんだ。プライベートな時間にまで仕事の話を持ち出してくれるなよ。そりゃ野暮天ってもんだぜ?
長門がふりかえり、わずかにうるんだ目で俺をみた。ありがとう。そう言い残し、長門は停留所から出ていった。
長門有希に、かける言葉がない。
ここで長門有希に情けをかけて親父さんの依頼を断れば、俺は自分の職人主義に大きな瑕をつけてしまう。俺みたいなカタギでもない自営業者は、職に対するプライドや主義主張のようなものを持っていなければやっていけないんだ。
かといって親父さんの依頼を最優先として、長門有希をとっ捕まえるのも気が引ける。
俺的に一番の妥協案としては、長門有希にさっさと小説とやらを書き上げてもらい、彼女が納得した上で家に帰ってもらうのが最良なのだが……
そんなことを考えながら、ぼんやりと長門有希の後姿を眺めていた。どうすっかな。


それは一瞬のできごとだった。ものすごい勢いで一台のワゴン車が停留所に近づいてきたかと思うと、開いていた扉から何者かが腕をのばして長門の体をつかみ車内にひきづりこんだ。
あっと声を出す間もなかった。たちまち長門有希の小柄な体はそのワゴン車の中に吸い込まれた。大量の排気ガスを撒き散らしながらワゴン車は悠々と走り去った。
頭で考えるよりも先に体が動いていた。俺はマッハで駐輪場に走り、音速でエンジンをふかしてVTRを発進させた。
ずいぶん乱暴なお出迎えじゃないか。親父さんの差し金でないことだけは確かのようだ!



  ~宇宙探偵、谷口 その②へ続く~


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