『涼宮ハルヒのプリン騒動』
 ―最終日―
 
 
 
 昨日は酷い目にあったな。まさか鶴屋さんまでがあんなことをするなんて思ってなかったぜ。
 それにハルヒも……あんなに怒るとは思わなかった。
 まさかハルヒも俺のこと……いや、まさかな。さすがにそんな都合のいいことはないだろう。
 鶴屋さんのおかげというべきか、とりあえずなんとか機嫌がよくなったみたいで一安心だ。
 
 ……今日は何もないよな?順番的には長門の番な気もしないではないんだが。
 いやいや、長門だぞ?いくらなんでも長門はそんなことしないだろ。いや、頼むからしないと言ってくれ。
 なんてことを考えながら部室のドアをノックするも、中からは何も反応がない。
 鍵は……開いてるな。ということは?
 案の定、部屋の中では無口な宇宙人が一人黙々と読書にふけっていた。
 
「よう。長門だけか。……他のやつらはまだか?」
「そう」
 軽く挨拶を交わしながら、いつもの席へと腰を下ろす。
 背もたれに思いっきり寄りかかり、伸びをしながら大きく欠伸をついた後、再び視線を正面に向ける。
「……うおっ!?」
 すると、いつの間に移動したのか、目の前に長門の姿があった。
 
「い、いきなりはびっくりするからやめてくれ。なんだ?」
 長門はそっと右手を差し出す。……長門、お前もか。
「これ、プリン」
 おいおい、長門さん?俺がいくら間抜けでもここでこのプリンに手をつけることはありえないぜ?
「プリン、いらない?」
「あ、ああ、遠慮しとくよ。長門が食べていいぜ?……お前のプリンなら、な」
「そう、なら食べる」
 そう言うと再び自分の指定席に戻りプリンを食べ始め――
 バタンッ!!
 やっぱりこのタイミングで来たか。危ないところだったぜ。
 
「あら、今日は有希とキョンだけ?……ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」
「な、なに言ってんだ?俺じゃないぞ。長門だ。ほら、見ろ」
 そう言って長門の方を見ると、確かにプリンを食べている。うん、おいしそうに食べてるな。
「あんたこそ何言ってんのよ?あれはあたしのじゃないわ。有希の自分のプリンじゃない?そうじゃなくて……」
 ハルヒは俺の方を……ではなく、俺の目の前にあるプリンの空き容器を指差す。
 ……なんだこりゃ?
「それのことよ!今日鶴屋さんからもらってものすっごく楽しみにしてたのに!」
 ちょっと待て!なんでだ?さっきまでこんなのなかったはずだ。……まさか!?
 長門の方をちらっと見ると、微かに笑っているように見える。
 くそっ、あのときか。さっき長門が差し出したプリンはフェイクだったってわけだ。……やられた。
 
「落ち着けハルヒ。確かに何故かこれは俺の目の前にあるが、食べたのは俺じゃないんだ!信じてくれ」
「……有希、どういうこと?」
「私は食べてない。誓う」
 くそっ、長門。お前までそうやって俺をいじめるのか?……そろそろ泣いてもいいか?俺。
「ほら、キョン。有希はこう言ってるわよ?」
「違う、俺じゃないんだ!……そ、そうだ。これはきっと古泉の陰謀だ。古泉が食べたに違いない」
「……なんでそこで古泉くんが出てくるのよ。根拠でもあるの?」
「それはないが……俺の勘だ。だが間違いない。いや、もはや超能力と言ってもいいかもしれん」
 などと苦し紛れに言ってみたところでどうなるものでもないし、誰かが助けてくれるわけでもない。
「何言ってんのよ。あんたなんかに超能力使えるくらいなら今ごろ宇宙人が服着て歩き回ってるわよ」
 いや、そこに服着てプリン食ってる宇宙人がいるんだ。まじで。
 
 しかし、これが今目の前にこうしてある以上、どう考えても俺が不利だ。
 どうすりゃいい。落ち着け、クールになれ、キョン。
「あんたが今食べたんでしょ!?早く謝りなさいよ。今なら土下座で許してあげられるかもしれないわ」
 かもって、お前。絶対許す気ないだろ。
 
 その時、天啓とも言うべき考えが俺の頭の中に閃いた。
 いつまでも泣き寝入りばかりしてる俺じゃない。見てろよ、長門。
「わかった、ハルヒ。……今から俺じゃないってことを見せてやる」
「どうするつもり?」
「このプリンの容器を見てもらおう。……空だ。中にはスプーンが入っている」
「それがどうかしたの?普通じゃない。あんたが食べたから空なんでしょ?」
「俺が言いたいのはそうじゃない。……このスプーンを見てくれ」
「それがなんなのよ?普通のスプーンじゃない」
「確かに普通だ。だが俺はこれを使っていない。ということは、これは長門が使ったスプーンだ!」
「そ、それがなんだって言うのよ?」
「くっくっくっ、甘いな長門。甘すぎる。このプリンより甘いぜ」
「……やっぱあんたが食べたんじゃない」
「あ、いや、違う。今のは口がすべった。じゃなくて言葉のあやってやつだ。……俺は食べてない」
 
 ここで俺は再び長門の方に視線を移す。
 長門は何事かといった表情で俺の目を見つめ返している。
「これは長門が使ったスプーンだが、長門はこれを俺が使ったと言い張るんだよな?」
 長門はじっと見つめたまま微動だにしない。俺はそれを肯定と受けとる。
 
「なら例えば、……そうだな。俺がこのスプーンを今から舐め回しても文句はないよな?」
「あ、あんた。……なんて恐ろしいことを……」
「ハルヒも俺が食べたと思ってるんなら文句ないよな?」
「そ、そうだけど。……でももしそうじゃなかったら……」
 もらった。完璧だ。少なくともこれでハルヒは疑心暗鬼に陥るはず。ノン・リケットってやつだ。
 どうだ長門?さすがにこれで俺の勝ちだろう。
 そう思って長門の方を振り返ると、……なんと、長門が笑っていた。
 
 うっすらと微笑みを浮かべるというレベルではなく、明らかに笑っていた。
「甘いのはあなた。甘すぎる。CoCo壱の甘口カレーよりも甘い」
 ……いや、CoCo壱の甘口カレーって別にそんなに甘くないだろ。
 なんてツッコミを入れている場合じゃなかった。
「私は誓ってそのプリンを食べていない。だからあなたがそのスプーンを舐めたとしても私には一切の不都合を生じない」
「いやいや、待てよ。だってこれは――」
「そして、仮にあなたの言うようにこれを私が食べたのだとしても私には不都合が生じない。困らない」
 どういう意味だ?
「もし私の使ったスプーンをあなたが舐めたいというなら、……むしろ望むところ。それでも……」
 長門は本を置いたうえで、立ち上がり、体ごとこちらに向き直る。
「それでもあなたが自分の言うことが正しいと言い、スプーンを舐めるというなら、それはもはや変態と言うべき」
「そ、そうよ!どっちにしろそんなことするなんて変態よ!」
 なんてことだ。よくわからんがこのままスプーンを舐めると俺がただの変態ということになってしまう。
 くそっ、どうすりゃいい。きっとまだ方法は――、そうだ!!この手があった。
 
「わかったハルヒ。これから証明してやる」
 
 俺は立ち上がり、ハルヒの方へと近づく。
「な、なによ。……なんのつもり?」
 俺はハルヒの肩に手を置き、いつか言ったあのセリフを再び口にする。
「あのな、ハルヒ。……俺、実はポニーテール萌えなんだ。」
「は、はぁ?」
「いつだったかのお前のポニーテールは、反則的なまでに似合ってたぞ」
「ちょっ、えっ?その言葉!?そんな、なにこれ?どういうこ――」
 そう言って、いつかのときと同じように、ハルヒと唇を重ねる。
 
 しばらくそのままの状態で固まった後、どちらからでもなく、二人同時に離れる。
「……どうだ?プリンの味なんてしなかっただろ?」
「そ、そうね。プリンの味はしなかったわ。……でも、……とても甘かったわ……」
「そうだな。俺も甘かった。……大好きだ、ハルヒ」
 そのままハルヒを引き寄せ、ギュッと抱きしめる。
「……あたしもよ、キョン。……大好き」
 
「ハルヒ。……もう一回、キスしてもいいか?」
「えっ、こ、ここで?……そりゃ、あたしはいい――」
「外でして」
 いかん、長門がいるのすっかり忘れてた。
「す、すまん長門。出るよ」
「そ、そうね、ごめん、有希。じゃああとよろしくね」
 そうしてハルヒと二人で部室を出る。
 
 後ろで「惜しかった」と聴こえた気がしたが、おそらく気のせいだろう。
 惜しかった?なんのことだ?
 
「今日もあのケーキ屋に行くか?」
「今日?……うーん、あたしん家は?あたしがプリン作ってあげるわ」
「ホントか?あれうまかったらから楽しみだ。」
 そうして二人でハルヒの家へと向かう。
 
 
 ん?その後どうなったかって?
 
 
 もちろん、プリンとハルヒはおいしく頂いたさ。
 
 
◇◇◇◇◇
 
 
『涼宮ハルヒのプリン騒動』
 ―最終日(裏)―
 
 
 
「うまくいった」
「さすがに長門さんですね」
「そうですねぇ。私もドキドキでした。これからお二人はどうするんでしょうねぇ」
「ふふっ、そんなこと決まってるじゃありませんか」
「あんなことやこんなこと」
「ものすごい抽象的ですね……それで伝わっちゃうのもすごいですけど」
「まぁどちらにしても僕たちの仕事は終わりですね。お二人が仲良くして頂けるというのは良いことです」
「でも少しつまらない」
「それは私もちょっとありますよねぇ。お二人をこうやって見てるとおもしろかったですし」
「まぁそううまくばかりもいきませんし、そのうち何かあるかもしれませんよ?」
 
「……朝比奈みくるで遊ぶという手もある……」
「……な、長門さん?何か言いました?」
「何も」
「朝比奈さんで遊ぶ手もある、と言ったんですよ!」
「……なんでそんな強気なんでしょうか?……やめてくださいよ」
「まぁそれもそのうち計画を立てておきますよ」
「そのうち」
「やめてください。……それにしてもキョンくんがスプーン舐めたらどうするつもりだったんですかぁ?」「……問題ない」
「実はですね。……あのプリン、僕が食べたんです。つまりあのスプーンも僕が使ったものです」
「昨日頼んだのはこのこと」
「えっ、ええぇぇ!?古泉くんが?な、なんのためにそんなことを?」
「仮に彼がスプーンを舐めた場合に後でショックを与えるため」
「ちなみに長門さんは彼との会話で一切嘘は吐いてませんよ。それも驚きました」
「……ひ、ひどい。キョンくん立ち直れなくなっちゃうところだったんじゃ……」
 
「というのは建前。本当の理由は別にある」
「おや、どういことでしょう?それは僕も聞いていませんね」
「実は……」
「実は……なんですかぁ?」
「実はあのスプーンは私があらかじめ舐めていた」
「な、なんということです!?」
「ほぇぇ、すごい展開になってきました」
「つまり僕は長門さんの舐めたスプーンを知らずに使っていたというわけですか……」
「ちなみにその後、私がもう一度舐めた」
「……やっぱり最終的には長門さんだったんですねぇ」
「……じゃあ僕と長門さんは知らないうちにかなりディープな間接キスをしていた、というわけですか……」
「そう」
「ひえぇぇ、まさか裏でそんなことになってしまってたなんて、びっくりですぅ」
 
「間接の次は直接しなければならない」
「って、ええぇぇ!?それは長門さん、いくらなんでも……」
「いえ、そのとおりです。ここまできてしまったからにはもはや直接以外に選択肢はありませんね」
「ない」
「……もうどうでもいいですぅ、好きにしてください……」
「では長門さん、これから二人でプリンでも食べに行きましょう。二人で」
「……行く。二人で」
「ちょっと『二人で』を強調しすぎじゃないですか……?別にいいですけど……」
 
「では朝比奈さん。またいつか会いましょう」
「はい。……もうツッコミませんよ」
「……いつか」
 
「はあぁ、一人になっちゃいましたぁ」
「そんなことはないっさ!」
「えっ、あれ、鶴屋さんですか?」
「そうさ、みくるが一人きりになっちゃったもんで遊びに来たのさ」
「そうですかぁ。ありがとうございます。……ってなんで知ってるんですかぁ!?」
「そりゃそうさ。なんせハルにゃんとキョンくん、有希っ子と古泉くんがくっつくように仕向けたのはこのあたしさ」
「ふぇっ、どういうことなんですかぁ!?」
「やけに計画が出来るの早すぎだと思わなかったかい?まるで最初っから全部出来てたみたいにさ?」
「そ、それは……確かに、おかしいかなぁ、とはちょっと思いました」
 
「あたしが全て計画を予め考えておいたのさっ。そしてそれを有希っ子と古泉くんに指示してたってわけさ」
「えっ、そうだったんですかぁ?」
「そしてこの計画の裏の目的は実は有希っ子と古泉くんをくっつけることにあったのさっ!」
「つ、鶴屋さん。あなたはなんてことを。涼宮さんとキョンくんはおとりだったなんて……」
「そして二つのカップルを作ることの真の目的は、こうやってみくるを一人ぼっちにすることなのさ」
「そ、そんなぁ。鶴屋さんひどいですぅ……」
「うっひゃっひゃっひゃ。面白いほど簡単にいったさ。ハルにゃんとキョンくんがくっついた後だったしね」
「そ、そんな……、どうしてそんなことを?」
「ふっふっふ。あたしの最終的な目的はここでそのプリンを頂くことっさ!」
「えっ、プ、プリンですかぁ?ここにはないですよぉ?」
 
「あるじゃないかい。……そこにでかいプリンが、それも二つも」
「ふえぇ、ま、まさか鶴屋さん、それをねらってたんですかぁ!?なんですかぁ、その手は?」
「へっへっへ、じゃあみくる、覚悟はいいかい?……答えは聞いてないにょろ!」
「ひええぇぇぇぇ!!!誰か助けてぇぇ!!」
「諦めるっさ!もうこのあたりには誰もいないよ」
「つ、鶴屋さぁん……許してくださいぃ。……………………なんて言うとでも思いましたかぁ?」
「なっ!?み、みくる?どういうことだい?」
「うふふっ、鶴屋さんはこのために二人をくっつけようとしていたみたいですね」
「そ、そうさ。うまくいったじゃないかい?」
「残念ですが古泉くんと長門さんはすでに付き合ってたんですよぉ?」
「な、なんだって!?……じゃああたしのやったことって……」
「それに実は私と二人っきりになるのもこんなことする必要もなかったんですよ」
「み、みくる?……まさか?」
「鶴屋さんがなかなか言ってこないから、引っかかったふりまでしちゃったじゃないですかぁ」
「じゃ、じゃあ全部わかってやってたのかいっ?なんでわかったさ!?」
「うふふっ。もう決まっていることなんですよ?……まぁそんなことはどうでもいいじゃないですかぁ」
「……そうだね。あたしたちもプリンでも食べに行くかいっ?みくるプリンは後にとっておくさ」
「そうしましょう。私も楽しみにしておきますぅ」
「あっはっは!大好きだよ、みくる」
「私もずっと鶴屋さんが好きだったんですよぉ?」
「気付かなくてごめんにょろ。……さぁ行くっさ!」
「はぁい、行きましょう」
 
「それにしても……なんでみくるにばれちゃったんだろうね……?」
 
「うふふっ。……禁則事項ですっ!!」
 
 
涼宮ハルヒのプリン騒動 ―完―

 


 
 


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